022話 理解したよ
ハランスへと舞い戻ったサトキ一行(リリーとザックスを除く)は数時間ぶりの門をくぐる。日は既に傾きかけており、このまま食料調達をしてギルドへ戻るのは流石に危険という事でここに宿に一泊する事になる。
リリーとザックスにはミランダが持っていた非常食を渡しており、これも説得の上泣く泣く了承させてある。ほんの少し上等なご飯を用意してやろうと思っている。
「取り敢えず今日は宿屋で泊まって、明日の早朝に買い出しに、そしてそのままギルドへ直行でいいよな?」
「うむ、それが一番じゃろう。あの二人の精神衛生上何日もあそこに置いておいたら発狂するわい。」
「そうだね。今でも縋り付く二人の顔が忘れられないよ…サトキと僕は宿屋、ラミット達はギルドの寮という事だから、明日はここに朝鐘一刻ぐらいで如何かな?」
「はい、それでいいと思います。」
「以下、同文っす。」
その言葉ともはや同時に女性3人組はギルド方向へと足早に去って行く。何事かと首を傾げるサトキ。
「…なんなんだ?」
「あぁ…恐らく気持ち悪かったんだよ、服が。」
「へ?服が?」
「…まぁ僕もなんだけどね?サトキには分からないかもしれないが、僕たちにとってあそこは魔の巣窟だ。同じ防御特化のミランダさえおいそれと行きたがらないのは、あそこの魔物が強すぎるから。今回は幾らサトキの魔法で守られているといっても正直なところ生きた心地がしなかったね…お陰で、冷や汗が尋常じゃなかったんだよ。」
「…あー、成る程、理解したよ。」
つまり女性陣は、一目散に風呂と着替えに行ったのだ。あれだけの恐怖体験だ、吹いた汗もかなりのものだったらしく、絞れば水でも出てくるのでは無いか…と思ったブライト。欲を言うならブライトもこのまま風呂に直行したいと考えていた。
だが一つ、早急に確認しなければならないことがある。それを確認しなければ落ち着かないのだ。
「サトキ、宿へ着いたらちょっと話せるかな?」
「ん?あぁいいぞ?ブライトの部屋でいいか?」
「あぁ、それで構わな…」
とそこで思い留まり、サトキの容姿を今一度確認。
美少女…女物のように見える装備…華奢な体躯(実際はそこら辺の男では相手にならない)…総合的に女にしか見えない…つまり、ブライトの部屋へ来られると大変よろしく無い。この街にはあらゆる方面から手を尽くしている為王子としてのブライトを知る者は少ないが、冒険者ライトを知っている者は多いのだ。
辺なところで「ロリコン冒険者」なんて呼ばれた暁には王子として表舞台に上がった時、死ねる。
「…やっぱり一階のスペースで話そう。」
「お?まぁ何処でもいいけどさ。」
そう言いながら二人は宿泊予定の宿へと向かったのであった。因みにこの時点でサトキとブライトを見た領民から…
「え、あれってライトじゃないか?」
「しかもあの方向って連れ込み宿が多い地区だろ…」
「強い奴は色欲も特殊なのかな…」
などなど誤解も甚だしいのだが、側から見ればそう見えても仕方ない。そんな事はつゆ知らず、二人は宿の門を潜ると一階のカウンタースペースへと向かう。
「マスター、隠匿のカクテルを二つ頼むよ。」
そう言い手渡したのは金貨2枚。カクテル二つには多過ぎるお金だが、それはある魔法代も含まれてる、それは隠蔽と防聴の魔法。ここのマスターは裏の人間ならば知る人ぞ知るある特異魔法に長けた魔法師で、たまにブライトもこうしてお世話になるのだ。
「はいよ、お釣りは3枚だよ。」
「ありがとう、十分だ。」
そして手渡されたお釣りは銅貨3枚。これも隠語で魔法の継続時間を示していた。今回は30分のようで、ブライトはお釣りをポケットにしまうと本題を切り出した。
「さて、サトキには一つ聞きたいことがあるんだ。」
「改まって如何したんだブライト。」
「君は、別世界の人間…正確にいうならば記憶を受け継いだ人間だそうだね?あぁ…悪いがラミットから報告は受けているんだ。そして彼女を責めないでほしい…これは僕が個人的に頼んだことで父…国王は元より大臣なんかも知らないよ。あくまで僕と彼女との取り決めなんだ…うまく破警の崩玉は作用しているようだね。」
前置きなく切り出された話題。サトキは一瞬、思考停止に陥るがすぐさま意識を戻し、警戒とともにブライトに意識を向けた。
「…破警…の崩玉?」
ラミットが他人に自分の秘密を話したこと…それは別にサトキにとって如何でもよかった。口頭での約束なんていつかはバレるし漏れる。だがラミットとブライトの間で取り決められた事前の約束ならばそれも仕方ないとサトキは考えたのだ。それこそ賛否両論あると思うが、既定路線で決まっているならばそれは仕方ないという考え方をサトキはしている。それよりもサトキの思考に引っかかったのは【破警の崩玉】という言葉。
「それって、ラミットが俺に使ったやつか?」
「そうだね、ビー玉くらいの大きさのやつ。」
「!?…ブライト、もしかしてお前…」
ビー玉。ガラス玉とも言われる子供の玩具。透明なものや色付きのものなど大小様々。そして、もちろんこの世界には似たようなものはあるが、その言葉は存在しない。
「正解。同郷に会えて嬉しいよ、これまで言えなかったことを許してほしい。」
「……。」
笑顔で手を差し出すブライトにサトキは理解の追いつかないといった顔でその手を握り返す。ここでようやく話の重要性を思い出したサトキは辺りをバッと見渡した。しかし周りの酒飲み達はこちらの話には全く興味がないように笑い下世話な話で盛り上がっている。
「問題ないよ、これを見越して盗聴を防ぐ魔法をかけてもらってる。」
「…そうか。何から何までびっくりしっぱなしだよ。で?このタイミングで話した理由は?」
ここまで、この時までブライトは自分の正体を隠していたのだ。このタイミングで話した理由があるとサトキは確信していた。
「もちろん理由はあるよ。サトキ、君は“女神”には会ったかい?」
「女神?いや、そんなのには会ってないけど…」
「そうか、という事は君は転移系異世界人なんだね。」
「あー、その言い方は嗜んでるな?ブライト。」
「あはは…僕は地球では本の虫でね、そっち系統もバッチリさ。で、話を戻すけど僕は転生系異世界人。前世の仕事は司書で、死因は過労死さ。」
「…おいおい、司書で過労死とかどんな労働環境だよ。」
「まぁ想像にお任せするよ。そして僕は所謂転生の間で目を覚まし、そこにいたのが“女神”というわけ。」
ブライト曰く、女神は女神でもあれは邪神系統の女神という事。
「もうね、禍々しかった…いや、見た目は見目麗しく僕のどストライクだったんだけど。雰囲気というかオーラがね、どす黒かったんだよ。」
ブライトは生前、人の感情の機微や雰囲気からその人の特色を推察するのが得意だったようで、その女神を見たとき、これは何か厄介ごと系の転生なのだと確信したそう。だが普通の人間に心の内を覗かれる女神ってどんだけだよ…とサトキは思った。
「転生の際に欲しい能力は何かと言われたんだけど、何かありそうでね。僕は“精密な魔力操作”“精神系統の強度最大”“最高の頭脳”を注文したよ。そしてあの顔…表では『謙虚なのですね』とか言ってたけど、あれは裏では『しょぼ…』とか考えてたね、絶対。でもまぁ結果的に要望通りの能力で転生したんだ、この国の王子としてね。」
「腹黒女神ですね、わかります。」
「そのネタも十数年振に聞いたよ…そして悪い予感は的中した。」
「悪い予感?」
「この世界にはステータス表みたいなのがあるよね?鑑定スキルなんかはないんだけど、それに似たような特異魔法は存在する。初めて開けたステータスには特に変わったところはなかったんだけど、僕は感覚的に自分が何かに縛られていると漠然とだけど感じたんだ。縛られるというより操られていると言った方が適切かな?」
それにはサトキも若干心当たりがある。それはラミットからこの世界の人間ではないな?と鎌をかけられた時、心とは別に身体が勝手にラミットに対して攻撃を仕掛けたのだ。あれがブライトのいう操る、という事なのだろうか?
「生まれた時から意識はきちんと持っていたから僕はそれから様々な勉強と研究をした…といっても、周りに気取られないように年相応の対応をしながらだけど。」
0歳から自我があるのだ。時間は豊富にあっただろう。しかしサトキはふと気になった…0歳から自我があるという事は当然アレも経験しているはず。
「最初からって事は…もしかして羞恥プレイも経験済み?」
「……それはあまり思い出したくない。生まれて速攻で精神耐性が役に立ったとだけ言っておく。」
サトキの言うアレとは…そう、赤ちゃんならではのお食事だ。中身はおそらく成人男性で、身体は0歳児。余程そういう性的趣向を持ってなければ単なる羞恥プレイだろう。
「でだ…ここで誤算が生じた。この世界では基本魔法と特異魔法、二系統の魔法体系しか存在しないという事だ。何かに縛られているとわかったけど、それを打ち砕くには基本魔法しか使えない僕では無理とわかった…あのクソ女神、必要な説明省きやがって。」
「おい、素が出てる素が。というか敬語苦手なら俺の前では辞めればいいじゃん。」
「…王家に生まれたからね。地獄の英才教育の賜物でこの口調がデフォなんだ。話を続けよう、そこで特異魔法を宿していない僕は考えた。自分の力でどうにか出来ないならば、内からどうにも出来ないなら外からどうにかしたようってね。そんな折、僕はまだ冒険者だったラミットと出会い、共に冒険者として活動するようになったんだ。仲間として行動しているうちに僕はラミットに自分の秘密を打ち明けた…その時、僕の身体は意思とは無関係に彼女を襲ったんだ。ここでようやく僕は自分を縛る鎖の正体を知ったわけだね。そして…まぁ諸々の詳細は省くけど、出来たのが“破警の崩玉”。これは隷属魔法というものからヒントを得て作ったんだけど、どうやら僕たち異世界人以外には効果はない。」
ブライトはポケットからラミットが持っていたものと同じ崩玉を取り出しサトキにそれを渡す。
「それはサトキが持っていてくれ。これはラミットに頼んでいることと同じなんだけど、もし異世界人と思しき人がいたらそれを使ってくれないかな?僕らの楔は早々に断ち切ったからわからないけど、縛っているものが『自身の正体を知ったものを排除する』だけとは到底思えない。あのクソ女神の事だ、まだ厄介な事を仕組んでいるに違いないからね。」
「それは構わないが、結局俺にこのタイミングで打ち明けたのは何でだ?」
「その崩玉がきちんと効果を成しているか確認するためだよ。これを使うのは僕を含めて3人目だから。まだ検証が足りてないんだ…」
「え?…3人目って事は、まだ異世界人がいるのか?」
初耳だった。サトキとブライト以外にも同郷がいる。それだけで胸が躍ったが次の言葉でそれは脆くも打ち砕かれた。
「…その子は僕が殺した。」
「…何故?」
「女の子はここから離れた領地の冒険者だった。僕はたまたま仕事の関係で訪れたんだけど、その女の子は明らかな異世界人だったんだ。この世界に弓という武器はもちろんあるんだけど、彼女の使う弓は所謂弓道で使う長弓、そしてその装備も特注で作ったのか袴のようなものだったからね。」
明らかに浮いた服装。長年、サトキとは違いこの世界に転生体として生を受けたブライトは、歴史や文化などの常識は頭の中にきちんと入っている。それらを思い出しても弓道という文化はこの世界には存在しない。
「僕は浮かれていたんだと思う。初めての同郷に会えて失念していたんだ。この楔は恐らく年月をかけて効力を強めていくもの。彼女が転生なか転移なのか、どの位この世界にいるのか、それによって言葉を慎重に選んで話しかけるべきだった。」
ブライトの表情は悲痛と後悔に歪んでいた。悔やんでも悔やみきれない、自分の浅はかさが許せない…そんな表情だ。
「僕は軽率にもこう問いかけたんだ…『君は異世界人?』ってね。」
その後の豹変は凄まじいものだったらしい。女の子からは異常な魔力が放たれ、特異魔法師だったのかブライトの知らない魔法で暴れて、周りの人々を巻き込みながら暴れ出した。高位の冒険者だったらしく周りは死屍累々、そこには最早女の子の意識はなかった。ただただ唸り、ブライトを殺さんと暴れまわったそうだ。ブライトはこれ以上周りに死者を出さない為にも苦渋の決断で彼女を手にかけた。
「…確かに俺もラミットに襲いかかったけど意識はあったぞ。」
「うん。それが恐らくこの地に来たばかりの者とそうでない者の違いなんだ。後から調べたら女の子はこの世界の生まれで、そこから換算するならば既に10年以上経過している。恐らくこの世界に来た異世界人に対して『異世界人』と『転生、転移前の世界に関する情報』はNGワードなんだ。だから僕はある基準を設けた。異世界人と思わしき者に接触する場合は必ず周りに人気がない場所、そしてもし自我なく暴れまわった場合にそれに対処できる者又は同伴、これが最低基準。そしてある程度ある期間での経過観察…これは崩玉使用後に副作用だったり、クソ女神が何かしら介入してくる可能性があるからね。」
「なるほどな…それでこのタイミングだったわけか。」
「そういう事…正直今のサトキに暴れられたら僕もラミットも止められないからね、内心ヒヤヒヤしてたんだ。」
「で、俺にも一枚咬めって事か。」
「正直にいうとサトキの様な強者をこちらに引き込めた事はかなり大きい。僕は一応王子という立場があるし、表立って動けない事があるし、僕よりも強い冒険者や武人はごまんといる。それにあの女神がこの事態に気付かないとは到底思えなくてね。」
「新たな手を打ってくると?」
「うん。そもそも僕たち異世界人に何の為にこんな楔を打ったのかも分からない。だが良からぬ事を企んでいるのは確かだ、確実に裏があるね。幾ら善意でも死人を他世界へ転移させるメリットなんてあるはずない。それこそ…“ライトノベルじゃあるまいし”、だよ。引き受けてくれるかい?」
「はぁ…ここまで聞いて、嫌です、はないだろ?ブライト。俺も一応その楔から救ってもらった身だ、手伝わせてもらうよ。」
そうサトキがいうと、ブライトはふっと表情を緩ませた。どうやらかなり気を張っていた様だ。残りのカクテルを一気に飲み干してブライトは再び手を差し出した。
「ありがとうサトキ、僕は古賀 哲也だ。改めてよろしく。」
「あぁ、俺は神原 佐都紀だ。此方こそ。」
二人は隠蔽の魔法が切れた後も周りに聞かれても支障がない程度の前世話で盛り上がった。
お読みいただきありがとうございます。ようやく物語の基盤となる話を出す事ができました。今後ともよろしくお願いします!




