021話 ……。
「ギャァァァ!!ギルド長!赤い殺人猿がぁぁ!!」
「お!おお落ち着くくくくのじゃリ、リリリー!!!!!」
「おお、おい!あそこには死界の番犬がいるぞ!!」
「ミ、ミランランダ…アレって…暗殺猫じゃ…あは、あはは…」
「アロン様…私、惰眠じゃなくて永眠しそうっす…」
「サトキ、これ大丈夫なの?」
「魔力値2000も込めた【ボックス】だから破られる心配はないと思うが。」
「いや、彼女らの精神衛生上の話なんだけど…」
現在、サトキ一同は血吸う森の中をハイキングしていた。血吸う森はこの国、引いては世界有数の危険地帯…俗に言う踏み入れてはいけない地だ。ライセンスの最高位Sランク冒険者でさえ、余程の用がなければ御免被ると言わしめるほどの場所。今は全員がサトキの展開した【ボックス】に守られながら森を進んでいるが、それがなければ速攻死人が出るようなところだ。
因みに全員サトキを囲むように位置取りしており、【ボックス】はサトキと全員を囲むように展開。展開起点となっているサトキが動けば、【ボックス】も動く様になっている。
そんな場所にギルドを作る…まず人は来ないだろう。そこそこの強さとランクを持つザックスでさえアレだし、一般人と同スペックのリリーに至っては失神寸前だ。
サトキは大体のお上の思惑を予想している。
「(何かしらの利害があって、且つ、利用価値を俺に見出した…それで俺がギルドを作りたいと聞きつけ、これ幸いにと特例に特例を作りこの森の管理を押し付けたってところか?…まぁ小説の読みすぎかも知らんが。)」
どの推測もそれ相応の実力がなければ成り立たないが、幸か不幸か実績と実力は既に証明してある。陰謀説など厨二の極みであるが、厨二=この世界と考えるなら大きく外れてもいないだろう…とサトキ。
「サ、サトキ!そのギルド予定地とやらはまだなのか!」
「もう直ぐ見えるはず…お、あった…ってうげ…」
「ん?どうしたんだいサトキ…うわぁ…」
鬱蒼と茂った森を抜け、開けた場所に出るとそこにはサトキが元いた場所…ギルド(仮)が見えた。しかしサトキとブライトはある光景を見てとても嫌そうな声と表情を浮かべる。
その光景とは魔物、魔物、魔物…ギルド(仮)を覆う【ボックス】の周りに夥しい量の魔物が群がっていたのだ。
「俺がいた時はこの広場には魔物なんて来なかったんだがなぁ…用心の為にボックス張っといて正解だったか。」
「「「「………。」」」」
「サトキ、彼女達が最早失神寸前なのだが…どうする?」
顔色が最早大変よろしくないレベルまで青くなっているラミット達。群がっている魔物は暴走竜や重き死霊番程の強さは持っていないが、どれも一体一体が高ランクの危険な魔物だ。それが十匹、二十匹となってくると、サトキとしても戦闘は避けたい。だが差して問題というわけでもなかったりする。
「よし、このまま中に入ろう。」
「え?でも【ボックス】を解除しなければ中に入らないんじゃないかな?」
このままギルド(仮)に入ろうとしても、互いの【ボックス】が邪魔になり中に入れない。だがサトキは最近、この結界魔法というものの特性を理解しつつあった。
「問題ないと思うぞ?俺は他の防御系の特異魔法師をミランダしか知らないけど、この結界魔法は自身の魔法との同調性が高いんだ。」
「同調性?…つまり同じ波長の魔法なら互いに干渉しないということかい?」
「正解。」
そう言いながらサトキは魔物など気にすることなく建物を覆う【ボックス】へ向かって歩く。ラミット達は最早喋る気力もない様で、只々黙ってついてきた。
サトキ達が近づくと建物に群がっていた魔物達は獲物を見つけたかの様に(実際そうなのだが)襲いかかってくる。
「いっ!ひぃぃ!?」
堪らずリリーが悲鳴をあげるが、彼女らに魔物の手が届くことはない。通常の上位魔法数発分の魔力が込められた【ボックス】は、その程度ではビクともしない。そしてサトキの【ボックス】と建物の【ボックス】が触れ合った瞬間、何事もないかの様に二つのボックスは互いに触れた部分から同調し、抵抗なく一同は中に入ることが出来た。
「と…着いたぞ、みんな。」
「し、死ぬかと…もう二度と来たくない。」
「なんでこんな所に建物なんか…」
「…申し訳ないが、帰る時にもう一度森を通らなきゃならんのだけどな。」
「「「「……。」」」」
サトキの言葉にブライトを除く一同の顔色が目に見えて悪くなった。だが、いくら冒険者とはいえ女性であるラミット達は兎も角、ザックスまでこの有様とはサトキも予想外だ。
「…ブライト、そんなに怖かったか?」
「あはは…サトキみたいに絶対的な防御力と攻撃力を併せ持ってれば脅威には感じないだろうけど。いくら【ボックス】で守られていたとは言え、女性には酷だろうね。況してやこれからの事を考えるとあの魔物達は厄介極まりない。」
ブライトの懸念は尤もだ。冒険者でさえ恐怖を覚えるのだ。一般人では無理だろうし、例えここまでの安全を確保する…例えば(現実的ではないが)森の入り口からギルド(仮)までに【ボックス】のトンネルを倒したところで、道中の心的負担は計り知れない。
「そこは要検討だな。」
「サトキ、本当にここにギルドを開くつもりかい?君も父達…国王や大臣達が何か企んでいることは察しがついているんだろう?」
「まぁ何かあるとは思うけどな、それとは別にこれはこれで俺の存在意義だから。」
「存在意義?」
「…いや、こっちの話だよ。さ、中に入ろう、多分埃っぽいだろうけどそこは我慢してくれ。」
そうして(精神的に)満身創痍の一同はギルド(仮)内部に入っていくのだった。
「首尾はどうだ。」
「内通している者達からの情報だと上手くやれた様です。これで手薄になるでしょう。」
「そうか。ならば計画は最終段階と捉えて構わんのだな?」
「ええ、至急配下の者に動く様伝えたいと思いますが、宜しいですね?」
「うむ、頼んだぞ?」
「…では。」
薄暗い一室。そこには如何にも裕福そうな小太りの男ともう一人、ローブを被った人物が何やら話し込んでいた。小太りの男は如何にも贅を尽くした結果の風貌でその口元には醜く笑顔が浮かんでいる。
「これで彼の地は儂のものとなったもの同然。成功の暁にはお前にも望むものをくれてやる。」
「ありがとうございます。では準備もあるので私はこれで…」
「うむ。頼んだぞ。」
「はい。」
ローブの男は一礼すると退室する。この場に残ったのは小太りの男一人だ。
「くく…葬儀には参加してやろう。その場を明け渡す代償としてな。」
「聞いての通りだ…次は無い…行け。」
ローブの男は部屋を出るなりそう呟く。誰に向かって話しかけたでも無い、独り言。その直後、辺りから気配が二つ消えた。
ところ変わり、サトキのギルド(仮)では円卓会議擬きが行われていた。議題はギルドにおける最重要課題だ。
「【鋼鉄】ってのはどうですか?」
「いや、そこは【城壁】だろう。」
「城壁って、なんか脆そうなイメージがあるっすね…【鉄壁】辺りでいいと思うんすけど、私だって捻りなく【守護】っすよ?」
「捻りなく行くなら【結界】でよかろうて。」
「というか、そもそもギルド名って二つ名から受け継いで付けるものだからな。ギルドの名を決めるっていう風習自体ないだろう。」
「確かに、サトキの場合ランクからギルドまで順番があべこべだよね。」
最重要課題…つまりギルド(仮)からの脱却だ。何故そんな事が最重要なのかというと、サトキが所有?している建物は既にギルドとしての体を成している。各種受付、執務室、会議室、解体場と保管室、更には住居用の個室まで。つまり後は人を集めるだけでギルド自体の運営は最低限の可能なのだ。
受付のノウハウはリリーが持っているし、冒険者の決まり事やルールなどのノウハウはザックスが、一時的にではあるが相談役としてラミットもいる。運用人員がラミットとサトキを除けば二人なのは些か少な過ぎるが、元よりここは血吸う森のど真ん中。依頼の持ち込みや冒険者で溢れかえるということは早々ない為問題はない。つまり残すのはギルド名だけという事なのだ。
「【玩具箱】というのは如何でしょうか?」
そんな中、アロンが控えめに手をあげる。
「【玩具箱】っすか?」
「ええ、サトキさんは次から次へと新しい方法を考え出し、時には特異魔法だけですが新たに作ったりする事もあるとミランダから聞いてましたし。」
「あー、成る程。確かに魔法師から見たらサトキは【玩具箱】だね。」
「でもイメージ的には箱は箱でも“開けては行けない箱”、パンドラの匣じゃがな。」
「…パンドラの匣…そういえばサトキの武器って死の匣と書いてパンドラって読むんだったよね?それならば最早武器から名を取って【死匣】でどうだい?」
「おい、それじゃ俺が死を運ぶ厄病神みたいだろ。」
流石にサトキもそれには待ったをかけた。あまりにも物騒すぎる。
「強ち間違いではなかろうて、妾から言わせるならば玩具箱よりびっくり箱じゃがな。」
「ラミット、上手いこと言うね。でもサトキ、二つ名とは抑止力でもあるんだよ、人間相手のね?この国は常に侵略の危機に晒されている。その際、冒険者の二つ名とはその国が保有している力を示しているんだ。」
「でも個人の力で勝てるもんでもないだろう、戦争ってのは。」
「確かにそうだけど、指標の一つになるんだよ。だから冒険者の二つ名はインパクトがあったほうがいいんだ。」
「成る程…だからといって死匣はどうなんだ、死匣は。」
「だが他にも案があるわけでもあるまい?」
そう言われると唸るサトキ。【城壁】や【鉄壁】などの案は出たがどれもイマイチしっくりこない。しかも大変不本意な二つ名なのだが、どうも厨二を燻られるた。なんかこう…理由なき格好良さがあるのだ。
「まぁ、死匣でもいいか。」
不本意、大変不本意ながらも…と自分に言い聞かせながら了承の意を伝える。
「…決まりじゃな。それはそうとサトキ、ギルドは良いとして、お主はこれからここを拠点にするのじゃろう?」
「まぁそうなるな。」
このギルドは居住空間がきちんと確保されており、サトキと数名の職員が住むくらいの余裕はある。だがここで重大な見落としをラミットに指摘されることになる。
「魔道具があるから明かりなどは良い、水道もどこから引いてあるかは分からぬが問題ない…さて、食料はどうするのじゃ?」
明かりや機械は全て魔道具が揃っているため魔力を注げば稼働するし、水洗トイレ、風呂などに使う水も何処かの地下水を引き上げている。しかし食料がなかった。こんな危険な森に商隊が来るはずもないし、職員に買い出しに行かせる事も出来ない…となると食料は必然的にサトキが調達する事になる。
しかしサトキは仮にもギルド長になった身。トップが使いっ走りみたいな事をずっと続ける事は体裁的によろしくない。となると如何するか?
「あー…その問題があったな。こりゃ街道の設置が急務かな?取り敢えずはちょっとハランスまで行って買い出ししてくるよ、後よろしく!」
と言いつつギルドを出て行こうとするとリリー、ミランダ、アロンがサトキの手を必死に掴み凄い形相で縋ってきた。
「ちょ!ちょ!サトキさ…ギルド長!こんな危険な場所に私達を残していくんですか!?」
とはリリー。半泣きである。
「もし周りの魔物がここに来たらどうするんです!私達なんて頭からパクっ!です!」
とはアロン。パクっ!の部分の身振り手振りに少し萌えたのは内緒。
「メンドくさいのごめん何で私もついて行くっす!」
とはミランダはいつでもミランダなミランダ。
流石に魑魅魍魎が巣食う魔境に取り残されるのは嫌らしい。
「いや、ザックスやラミット、ブライトまで居るんだから問題ないだろう?」
「「「いやいや、この森の魔物相手とか命がいくつあっても足りん」のじゃ」よ」
3人とも口を揃えて無理という…何のためのAランク領域なのかと言いたくなった。
「えぇー…」
「と言うわけで一緒に行くっす。荷物持ちも大変っすからね。」
「まぁそれでもいいか…あぁリリーとザックスは留守番な?色々やってもらわにゃいかんし。」
「「無慈悲!?」」
それからリリーとザックスを説得するのに小一時間かかった。落とし所としてギルドを覆う【ボックス】に可能な限りの魔力を注ぎ込むという事で、無理矢理納得させたのだが、号泣しながら縋り付くリリーとザックスには少し給与を上乗せしとこうと思うサトキだった。




