020話 いたぶる気満々じゃの…
「あ…そうじゃ。ザックスよ、お主はサトキのギルドの筆頭ギルド職員に、リリーは筆頭受付嬢にするために呼んだんじゃった。」
「なっ!?」
「え?」
「まじ?」
突然のことに素っ頓狂な声を出すザックスとリリー。サトキはそのことを聞いて有難いと思う反面、面倒だなと感じた。これが、まぁ無理な話であるが、各筆頭をアロンないしミランダ、ブライト辺りがやってくれるならばサトキとしてもやり易いのだが、交友関係でもないリリーとザックスでは今後の行動に支障が出ると考えたのだ。
「待ってくれギルド長!俺はなんの納得もしていない!そもそもこの子の実力も知らないんだぞ!」
「ならばこれからその実力を試せばよかろう?丁度その予定もあるのじゃし。リリーは何か問題あるかの?」
「私は…キチンとした給金と福利厚生が整っているのならば構いませんが…」
「そこの所は如何なのじゃ?サトキ。」
「ん?あぁ。給金に関しては相場を知らないがここの基準+αで、福利厚生も俺のできる限りを用意するつもりだけど。」
サトキは一応その辺りは考えている。この世界の所得水準は分からないが、筆頭と言うからにはかなり位の高い役職だろうと当たりを付けていたので、【破槌】の給金水準に更に血吸う森での勤務なので危険手当ということで+α。有給休暇に食費手当、住宅手当(ギルドの一室を賃貸)、週休二日制に産休、育児休暇等を考えていた。就職活動中に見た広告の抜粋ではあるが標準的なものはこのくらいだろう。有給休暇や週休二日などは人が揃ってからにはなると思うが。
「…うちよりも高待遇じゃの。と言うことじゃがリリー、如何じゃ?」
「え…と、その有給休暇って何なんでしょうか?正直高待遇過ぎて申し訳ないくらいなんですが…」
「あれ、有給休暇ってないの?普通、日給制ならその日の仕事を突然休んだり、月給なら規定の日数に届かなかったりしたら給金が減るよね?」
「減るの。」
「減りますね。」
「有給休暇ってのは、休んだその日を働いた事にできる日を数日分保有できる制度だよ。」
「ますます厚遇すぎる様な…」
「お主、常識には疎い癖にそういう事は思いつくのじゃの。」
否、単なる異世界知識である。
「勿論これは全職員に当てはまる。区別するために役職手当を職員の階級に分けて付けるけどね。」
「え!?」
「お主…それは些かやり過ぎじゃ。」
この世界の制度は基本的に月給、日給の二つ。それも働いた事に対する給金のみ。雇い主の温情で休日や他の手当がつく事はあるが、休みも1ヶ月に一回取れるかどうかだし、子供の出産に伴っては退職することが普通である。何処のブラック企業だとサトキは思ったが、これが普通なのである。
「そうか?血吸う森という危険地帯での勤務なんだ。それぐらいの待遇はあって然るべきだろう。」
「本当にこの世界の常識には疎い癖にのぉ。まぁ良い、サトキがそうするというのなら構わんよ。で、リリー如何じゃ?」
「えっと、ではサトキさん、よろしくお願いします。」
「うん、よろしく。何なら拘束力のある契約書でも交そうか?」
「い、いえ!ラミットギルド長の推薦される方に万一も無いと分かってますので結構です!」
「よし、じゃあ後はザックス、お主じゃな。リリーや、訓練所の使用許可を取ったてきておくれ。」
「わかりました。」
受付嬢第1号はこれで確保できた。残りはギルド職員第1号予定のザックスだ。正直言ってサトキとしてはどちらでもよかった。ギルドの設立許可をもらったと言っても直ぐに開業するわけではない。場所が場所だけに入念な準備と方向性を話し合ってから運営を開始する予定なので、別にすぐにギルド職員が必要というわけではない。一応リリーさえいれば事足りる。
だが、ザックスがギルド職員になれば助かるのも事実だろう。やりにくさはあるものの、ザックスのその豊富な経験は得難い。しかし、取り敢えずは…
「よし、殺そう。」
だった。周りのみんなはそんなサトキを見て、ザックスに黙祷を静かに捧げていた。漲る殺意、溢れる殺気、サトキは本日も通常運転である。
「では模擬戦のルールじゃ。死に至らしめる術式、後遺症を残す術式は禁止、直接攻撃はあり。どちらかが負けを認めるか戦闘不可能と判断されたら終了じゃ。」
サトキとザックスは無言のまま対面にして構える。サトキの得物は言わずもがな【死匣】。対するザックスは大剣だ。
ザックスは典型的な大剣の攻撃力で攻め、炎の魔法で攻めめ、殴って殴りまくるというTHE冒険者を体現した様な戦い方をする。特異魔法は持っていないが、逆に言うと基本魔法と身体能力だけでA領域まで上り詰めた正に歴戦の猛者である。口ではサトキのことを実力が疑わしいと言っていたが、その立ち姿には全くの隙が見当たらない。
対するサトキは…まぁ着物を着流し日本刀を腰から下げた美少女にしか見えない。確かにこれをA領域に匹敵する猛者と言われても首を傾げるレベルだろう。
「では、始め!!」
「らっ!」
先手を取ったのはザックス。大剣を上段から勢いよく振り下ろす。見た目からは想像もつかない速度からの振り下ろし。単純明快な攻撃であるが、初見であればまず決まるであろう人間の反応速度を超えた初手だ。
「っ…!」
だが目標としていた場所にサトキの姿は見当たらない。飛び退いたのならば追撃、左右に避けたのならば薙ぎ払い、上に飛んだのならば魔法で撃ち落とす…初手から繋がる攻撃パターンは当然ザックスは持っていた。だが、サトキがいたのは自分の懐。飛び退くでも避けるでもなく、サトキは迫り来る大剣に対し更に一歩踏み込んだのだ。
「【薄羽刀】」
「!?」
【死匣】の柄を握りポツリと紡いだその一言に追って一閃。ザックスは大剣から手を離し、後ろへと緊急回避を取った。大剣使いに似合わない軽装備のザックス。それでもその装備に使われている素材は高級なものが多く、下手な重装備よりも防御力と耐久性は優れていた…今は無残にも胸元がパックリと斬られていたが。
「ワザとっすね。」
「だね…ギリギリ避けれる間合いに刃の長さを設定した様だ。」
「いたぶる気満々じゃの…」
現在サトキは【反比例】のスキルを併用していないため、【薄羽妖刀】や【駆動甲冑】などの魔法は使えない。ブーストした基本魔法の付与も使う事が出来ないが、今はそれで十分だった。
「(さて…どう調理してくれようか。肉を削ぎ腑を掘り出して血祭りに…)」※反則負け
「まぁギルド長が推すんだ。生半可な実力ではないことは分かってたさ。【灼熱の大蛇】」
ザックスの足元に現れた紅く燃え上がる大蛇が3匹。サトキは凄まじい勢いで這い寄りながら、その軌跡を焦がす。
「基本魔法…(いいなぁ)」
サトキも基本魔法自体は使えるが、【反比例】を併用しないと子供にも負ける…正確には、子供と同じような基本魔法しか使えない。初級の初級である【火球】などといった【◯球】系の魔法でも、サトキほどの魔力を持つものが込めるだけ込めれば大魔法威力程度は出せるのだが、いかんせん汎用性に乏しい。
サトキはその大蛇を避けるように後方へと飛んだ。そこへいつのまにか接近したザックスが炎を纏った拳で殴りつける。
ガキンッ…と鈍い響き。
「…硬いな」
その音源は燃える拳を防がんとする結界魔法【ボックス】だった。丁度サトキとザックスの間に現れたそれは、ザックスの拳程度ではビクともせずただサトキを守るためだけに鎮座していた。
「いっ!?」
そしてザックスの目に飛び込んできたのは【死匣】を構え、横薙ぎに振り切ろうとするサトキの姿。先ほどの攻防でその斬れ味は分かっている。その為ザックスは勢いよく拳を引っ込めると後ろへ跳躍する。
「シッ!!」
スパンッと気持ちよく斬れたのはザックスの拳…ではなく、その目の前にあった【ボックス】。
「ちっ…(あわよくばその拳、三枚おろしにして再起不能にしたものを…)」※反則負け
「なんつう斬れ味…それに…」
自分の拳ではひび一つつけられなかったそれを、まるで豆腐のように両断したサトキ。ミランダの様な障壁系統の特異魔法とは聞いていたが、その方向性はミランダのそれと全く違う。
鬼気迫る勢いで威圧してくるサトキに、ザックスは首を傾げざる得なかった。
「彼女は何故ああも怒ってるんだ?」
「よし…死ね!」
「おわっ!?」
ザックスはまだサトキのことを女だと勘違いしていた。その為、何故サトキがここまで自分に対して敵意を向けているのか分かっていない為、地雷を踏み抜き続ける。
「ま、待ってくれサトキさん」!何故君はそんなに…うぉ!?」
最早殺す気で殺る…そう言わんばかりに攻め立てるサトキに、ザックスは右往左往しながらも避け続ける。
「おぉ…気持ちいいくらいに地雷を踏んどるのぉ…」
「あれ止めた方が良くないっすか?」
「自業自得とも言えるけど、確かに女の子にしか見えないしね。」
「でもこのままだと訓練場ごと破壊されそうなんですが…」
「ちっ!ちょこまかと…【殺人部屋】!」
物騒な魔法名と共に発動する結界魔法。丁度着地したザックスの薄皮一枚。ギリギリの距離で大小様々な【薄羽刀】が配置され、ザックスの動きを封殺した。
「っ…」
筋繊維一本でも動かせば間違いなく斬られる。そんな縦横無尽に設置された半透明な刃を見ながらザックスは息を飲んだ。
「おえ…またエグい魔法を。」
「あやつは本当に何でもありじゃな…」
ミランダとラミットは苦笑いだ。
「さてと…」
サトキはゆっくりとザックスに歩み寄る。既に勝敗は明白。ザックスはやれやれといった顔をしながら宣言した。
「あぁ…俺の負…」
「一刀両断だ。何、痛みは一瞬だからさ?」
「…けだよ…えっ!?ちょっ!まっ!?」
勢いよく【死匣】を振り上げるサトキに、ザックスは驚きの声を上げる。もちろん周りも焦った。
「ちょ!?サトキっち!タンマタンマ!勝ちっすからサトキっちの勝ちっすから!」
「つまり勝者は何してもいいんだよな?なら殺す。」
「いやいや、サトキ。これは模擬戦だからね。殺しちゃまずい。」
「何?なら今から決闘に切り替えよう、そして殺そう。」
「阿呆が!さっさとその物騒な刀と魔法を収めんか!」
「…むぅ。」
ミランダ、ブライト、ラミットから羽交い締めにされ、両腕を抑えられたサトキは渋々魔法を消すと、ザックスをハイライトの消えた瞳で真っ直ぐ見た。
「あと…俺は、男だから。」
「は?え?…男?」
「そう男。間違ってもかわいいとか、女の子とか、可憐とか、俺の目の前で口走ったら殺す。」
「いや、でも…」
明らかに見た目は女の子。しかも女用の着物を着用して、髪型も声も女の子そのものだ。俄かには信じられないが…取り敢えず目の前のサトキは怖かった。
「男。それは揺るぎない事実だ…アーユーオーケー?」
「…オ、オーケー…」
何が何だかわからなかったが、取り敢えずサトキに「女」というのはNGだという事は理解したザックス。必死に首を縦に振る。
「…まぁ何はともあれじゃ。これでザックスもサトキのギルド職員という事です良いかの?」
「あぁ、よろしく頼むよサトキさ…サトキ。」
さん付けしようとしたところで、サトキの眼光が鋭くなったので慌てて呼び捨てに変えるザックス。しっかりとトラウマは植え付けられている様だ。
「よし、じゃ今から行くとするかの。サトキのギルドへ。」
「は?今からか?」
「何、善は急げというじゃろう?」
こうしてリリーとザックス、二人の従業員を確保したサトキは、ラミットに勧められるがままギルド(仮)へと移動することになった。
そして一同は、ラミットさえも忘れていたことがある。ギルドがあるのは血吸う森…難易度最高峰の危険地帯であった事を。




