002話 前途多難
「…これが現実か。」
サトキの起き抜けの一言。どこか哀愁漂うサラリーマンが呟きそうな言葉だが、サトキの場合その意味合いは違う。
「そしてこの身体もそのままと。こりゃ本腰入れるしかないか…はぁ。」
目覚めた時に映った見覚えのない天井。飾り気のない寝室。そう、そこは昨日サトキが眠りについた場所だ。つまりそう言う事だった。
「こういう転移ものは読む分には面白いんだけど、流石に我が身が体験するとなるとなぁ…っと。」
布団から起き上がり、大きく伸びをする。サトキの座右の銘は【過ぎた事は諦めろ】。自分の境遇についても意外とすんなり受け入れたようで、取り敢えずの目標を頭の中に思い浮かべる。
−まずはこの建物近辺の地理的条件を確認。そのあとは近くに街か村がないか探して見るか。で、運が良ければ人材確保、と。
基本サトキは短絡的且つ楽観的な感性の持ち主。簡単に言ってしまえばお馬鹿である。どの位かと言うと、大学では工学部なのにも関わらず、就職先は「金回りが良さそう」という理由で全て商社関係の会社ばかりを受けるほどには馬鹿である。
何はともあれまずは何事も行動しなければ始まらない。サトキは初めて受付兼酒場がある一階へと降りる。
「おお、さすがTHE ギルドって感じだなぁ。俺1人しかいないけど。」
広々としたホールエリアに受付スペース、その横に併設された酒場などはサトキのイメージ通りのギルドだった。クエストボードには当然ながらまだ何も貼られていないが、ゆくゆくはあそこに依頼書などが所狭しと貼られるのだろう。
だが今はその段階ではない。エントランスの扉を開けると草木の香りが乗った風が勢いよく吹き込んだ。そこは見渡す限りの草原と森林だが、都会暮らしだったサトキにとってはとても開放感あふれる風景だ。
「おー…中々だけど、これヤバくないか?」
その言葉には2つの意味がある。
1つ、ギルドというのは人々が往来する都心や少なくとも小規模クラスの街中に作られることが普通だ。安全な街から危険な場所へ、そして安全な街に戻る。冒険者の心理状態や依頼の持ち込みやすさをこのサイクルによって成り立たたせているのだ。安全な街というのがミソ。
たがこのギルドが建っているのは建物を中心として、その周りを草原、更にその周りを奥深そうな森林が囲っている。恐らくだが森林には魔物がいるだろう。そうなると依頼の持ち込みは元より、冒険者自体が根付くかどうかも怪しい。
2つは建物の警備体制だ。周りを森林に囲まれているこのギルド予定地は常に魔物に対する警戒を強いられる。そうなると余分な人員を裂かなければならないのだ。
「前途多難だなこりゃ。」
兎にも角にも人員を早急に確保する必要がある。まずは近くの村か街へと思うサトキだったが…
「街ってどっちだ?」
そもそも街の方角どころか、どんな街があるのかも分からないサトキ。更にはこの時に漸く気付いたのだが、森林を抜ける際の武装や自分の魔法の使い方さえ知らない事に思い当たるという短絡思考。
「……。」
その危険性を漸く感じたサトキは、いそいそとギルド(仮)へと戻って行く。決して忘れていたわけではない…などと心の中で言い訳をしながらだが。
さて、まずサトキがした事は自分の武器とも言える基本魔法、特異魔法、スキル、固有スキルの理解と使用方法を知る事。本来ならばもっと早くに思い到らなければならないのだが、そこはご愛嬌だろう。
「えっと…まず基本魔法はと。」
この世界の【基本魔法】とは、種族に関わらず全ての魔力を持つ者に、火水風土雷の適性が全て備わっている。つまり、大人だろうと赤子だろうと適性が1以上あるという事だ。
因みに適正値の区分は1は赤子、2は普通、3は熟練級、4〜6は達人級、7〜9を神話級、10は前人未到で今のところ確認されていないらしい。
次に【特異魔法】。これは先天性の固有魔法とも呼べるもので、一族間で遺伝するものや、特異魔法を持たぬ家系の中に突然現れるもの。またごく稀に【継承】という方法で後天的に発現させる事もある。遺伝、【継承】以外で発現する確率は1万分の1程度。
【スキル】。基本的に身体に常時発動している能力を指すことが多く、〇〇耐性や〇〇無効が多いが、【鉄化】や【軟化】なども存在する。稀に自身以外に影響を及ぼすスキルも有るにはあるが、多くは知られていない。
【固有スキル】。【特異魔法】よりも発現する確率が極めて低いオンリーワンスキル。基本的にその人物のみが扱うことの出来る1世代限りのスキルの事を指す。遺伝する事はなく、発現確率は3万分の1程度。
魔法に関しては、適正値に達したクラスの魔法であればイメージするだけで使用可能であるが、その使用する魔法の特性、原理、効果範囲などをきちんと理解しておくことが必要、それにより脳内のイメージと固有魔法名をキーとして、MPを消費して発動する。
ただしそれは発動するだけの場合であって、魔道具に魔法を書き込む場合や魔法の理論を説明する場合は特殊な文字、文体で表す必要があり、それを“構築式”という。特異魔法も同様であるが、魔法の種類などは門外不出や一子相伝の為、詳しく記されている書物が極めて少ない。突発的な特異魔法発現者に至っては地道な研究と反復が必要とされる。
スキルや固有スキルに関しては、本人が自覚していなくても良くも悪くも自動で発動している為、スキルの詳細を知るだけで良い。
等々、細かく意味もなく難解な言い回しや言葉を簡単に纏めるとこんな内容であった。因みにここに至るまで、サトキは計4回ほど読むのを挫折しそうになった。
なお、これら本人情報をステータスというらしくそれらは、頭の中で【ステータス】と念じれば一覧が出現するそう。
「えーと?つまり、魔法に関しては適正値に合わせた魔導書みたいなのを読めばいいと…。んで、スキルに関しては勝手にやってるから詳細だけ知っとけってことか。なんだ、案外簡単じゃん…で?俺は…」
−【ステータス】
【サトキ・カンバル】種族 ハイヒューマン
成長上限 100/100
HP5000/5000 MP10000/10000
基礎魔法:火1 /10 水1 /10 風1 /10 土1 雷1/10
特異魔法:結界魔法7/10
スキル:苦痛耐性 毒耐性 即死無効
固有スキル:【反比例】
→HPが少なくなればなるほどMP、基本魔法、特異魔法の値を一時的にブーストする。最大ブースト値は500%、ブースト開始は総HPの50%以下。
と頭の中にイメージとしてステータスが表示された。
「お?なんか手引きに書かれてた時より詳しくなってるな、これが理解を深めたってやつか?てかこの成長上限ってのは何なんだ…」
サトキはパラパラとお目当ての単語が載っているページを探し当てる。以下は原文をそのままお載せしている。
【成長上限】
産まれてから寿命を全うするまでの間に、基礎魔法や特異魔法の適正値の上昇の余地を数値化したもの。大抵の場合、幼少から成年に至るまでに鍛錬や勉学などによって20〜50/100に到達する。それ以降は成長速度は緩やかになり、80/100ほどで成長が止まる事が多い。100/100で成長が完全に停止する。
「はい⁉︎」
ここでサトキはもう一度自分のステータスを振り返る。
成長上限 100/100
基礎魔法:火1 /10 水1 /10 風1 /10 土1 雷1/10
特異魔法:結界魔法5/10
「なんで成長打ち止めのお知らせ⁉︎俺まだなんもしてないけど!」
なんとサトキの成長上限は既に100/100となっており、これ以上の適正値の成長は望めない。そればかりか基礎魔法は全てオール1。区分でいうならば赤子と同レベルである。
だがそこで気付いた事がある。サトキの固有スキル【反比例】だ。説明によればHPが減れば減るほどステータスが強化されるスキルであるが、下手をすればそのまま命を落としかねない。だがそれをスキルが補助していた。
「なるほど、だから即死無効なんてスキルがあるのか。」
これならばサトキの総HPを超える攻撃を喰らっても、最悪1以上は残る筈。そうなればブーストは最大の500%となり、ステータス全体の大幅な底上げが見込めるだろう。
しかしこれは諸刃の剣でもある。強くなれば強くなるほど、一撃でも喰らってしまえばそのままお陀仏…という可能性があるのだ。しかも【反比例】は総HPの半分を過ぎて発動する為、自身のHP管理はかなりシビアさが求められるだろう。序でにHPの概念欄も読んでみると…
【HP】
体力、耐久値とも呼ぶ。この世界においてHPとは生命数値のみの意味ではなく、HP=防御力でもある。原則としてHPを超える攻撃を受けない限り死ぬ事はない。
「え?て事は俺、実質最強?」
固有スキルやHPの概念を総合的に読み解くとあまり喜べるものでもない。そもそもこの時点でHPや魔力値が高いのか低いのかも分からないのだが、サトキにその頭がない為、後の祭りになる可能性が大いにあるが…。
ともあれ、現状サトキの有効な自衛手段が【結界魔法】しかないので、その訓練をするしかない。しかし魔法という超常現象がない世界で育った為、魔法のイメージと言われてもいまいちピンとこないサトキ。結界と聞いて思い浮かべるイメージと言えば防御だ。
「結界、結界…あれだよな、術者を守る障壁みたいなの。でもこれ、攻撃に使えるのか?」
特異魔法は基本魔法と違い、汎用性が高い代わりに確立された技術体系が少ない。遺伝などで一族に伝わる特異魔法の場合は、記録として残されている為比較的習得が簡単だが、サトキのように偶発的に発現した者は、手探りでの模索を余儀なくされる。似たような魔法ならばヒントを得る可能性があるのだが、生憎とこの世界で知人と呼べる人物は1人もいないのだ。
「壁や俺自身をドームみたいに囲って防御するのには向いてるんだろうけど、壁や球体じゃぁな、せめて鋭角があれば…あれ?」
ここでサトキはある事に気付く。結界は必ずしも球体ではなくていいのでは?と。ここで思い出したのは昔見たアニメ。結界を使い妖怪を退治する物語だが、そこで主人公が使っていた結界の形状は箱型。更には長方形や薄い箱型の形状を取っていた。また原理は不明ではあるが、結界内に閉じ込めた妖怪を滅するという手段もある。
「…アリなんじゃないかな?」
サトキは早速その構想を試してみる事にした。目の前にある木製のカップに結界魔法を使ってみる。イメージするのは半透明の立方体。強度は取り敢えず車がぶつかっても問題のないくらいに…
「あれ?」
だがカップに変化はなく、ステータスに表示されているMPも減っていなかった。イメージはなるべく具体的に行ったはず、何が足りないのか?と…
「んー?あぁ魔法名か!」
魔法の発動はイメージ+固有魔法名だ。口に出すのも心で唱えるのも自由だが、必ず魔法名を唱える必要がある。
「魔法名って、確かあのアニメじゃ『結界』としか言ってなかったと思うけど。んー、じゃ取り敢えず…【ボックス】!」
ネーミングセンスはあれだが、ピンッと今度はたしかに半透明の立方体がカップを覆った。ガラスのようだが、試しにコンコンと叩いてみると硬質な音がする。
「おお!出来た!ということはMPも当然減ってるわけだよな。」
−ステータス
【サトキ・カンバル】種族 ハイヒューマン
成長上限 100/100
HP5000/5000 MP9900/10000
基礎魔法:火1 /10 水1 /10 風1 /10 土1 雷1/10
特異魔法:結界魔法7/10
→【ボックス】対象を中心に立方体の結界を形成する。大きさは自由自在であるが硬度は消費したMPに比例する。相対位置が固定されており、発生点から移動することはない。酸素供給のオンオフが可能。
スキル:苦痛耐性 毒耐性 即死無効
固有スキル:【反比例】
→HPが少なくなればなるほどMP、基本魔法、特異魔法の値を一時的にブーストする。最大ブースト値は500%、ブースト開始は総HPの50%以下。
サトキの予想通り、今度はMPが消費されステータス内容も更新されていた。消費MPに強度が依存するという事なのでサトキは結界を叩いたり踏みつけてみるがビクともしない。
「ガラス以上は硬いみたいだけど、どの位の硬さがあるのか検証してみないとこの先が不安だな。」
一応イメージとしては車がぶつかっても問題のない様にと結界を張ってみたが、実際はどうなのか全くわからないというわけで、木製の棒で殴る、厨房にあったフライパンで叩く、鉄製の棒をフルスイングで当てる…等々試してみたが、一向に結界が壊れることはなかった。どうやら一定水準以上の強度はあるみたいだ。
しかし発生点から移動しないという制約があるため、結界を張ったまま移動するという手段は使えない。せいぜい相手を封じ込める事や自身を守るくらいの使い方だろう。
「とにかく一応の魔物に対する対策は出来たな。ギルドの警備に関しては当分はおれが結界で覆う方向でいい。」
消費MPがたったの100であれ程の硬度なのだ、かなりのコスパだろう。魔法なしの対人対魔物戦においては十分実用範囲だ。
「よし、これで今度こそ街へ行ける!地図によると南に街があるみたいだしな。」
ギルド(仮)より南へ10キロ。地図が正しければそこには防衛都市【ハランス】という街があるようだ。地図では街の規模などは分からないが、防衛都市というくらいなのだから小さくはないだろう。
サトキは再びエントラスからギルド(仮)の外へと出て、建物全体を覆うように結界を張った。注ぎ込んだMPは用心のため1000ほど、最終的にどの位の硬度なのかは分からなかったが、最初に張った結界の10倍だ。
自衛手段の確保と戸締り(?)もした事で漸く街へ向け出発することが出来る。まだ見ぬこの世界の街並みに心踊らせながら、サトキは防衛都市【ハランス】へと向かうのだった。
※ ※ ※
「ようこそ防衛都市ハランスへ。というかお嬢ちゃん1人かい?」
サトキは寄り道する事もなく、一直線にハランスへ向かってきた。途中、やはりという感じで猿のような魔物や猪のような魔物、はたまた巨大蜘蛛の魔物まで襲いかかってきたが、それら全てサトキの結界によって動きを封じられていた。因みに、魔物に酸素が必要かどうかは分からないが供給はオフにしてある。
そんなこんなで森林を危なげなく抜け、街道に合流して漸くバランスの入り口である門前へとたどり着き、その門番に開口一番言われたのが先程の(サトキにとって)暴言だった。
「…いや、俺男だから。」
「は?あぁそういうのに憧れる年頃かな?でも君みたいな年頃の女の子が南街道から来たから驚いたよ。ところでご両親は何方かな?」
どうも門番とサトキの話が噛み合わない。完全にサトキを女の子と勘違いをしているのと、その勘違いにより街道から一人で歩いてきたサトキを『親とはぐれた子供』と認識しているようだった。
「だ・か・ら!俺は男だと言ってんだよぉ‼︎」
「へ?…くっ⁉︎」
流石に女女女と言われて頭にきたサトキは、門番の周囲に2メートル立方の結界を張った。ついでに酸素の供給は無しだ。
「どうした!」
「おいそこの君!何をした!」
「あ。やべ。」
異変に気付いた他の門番が詰め所から慌てて飛び出してくる。それに気付いたサトキはすぐ様結界を解除した。しかし結界被害にあった門番は、既に解除されているのにも関わらず酸欠のため地面に手をついて荒い息をしていた。
「動くな!何をしたかは知らんが衛兵に危害を加えたんだ。詰め所まで来てもらうぞ!」
剣を抜いた衛兵3人がサトキを取り囲みそう告げた。サトキの言い分としては、余りにも勘違いが過ぎる門番に軽いお灸を据えただけなのだが、どうやら客観的にはやり過ぎたようだ。
防衛都市の門番を任されるだけあって、サトキのような華奢な人間相手でも油断は見られない。
この場を切り抜ける事自体は比較的簡単であるが、後々の活動を考えるとここは大人しく付いていくのが手だな…とサトキは渋々両手を挙げ降参の意を示した。
「おいガンツ!大丈夫か⁉︎」
「あ、あぁ。いきなり半透明の箱のような奴に囲まれたと思ったら息が出来なくなった…もう大丈夫だ、怪我もない。」
「そうか…だが、なんでこの女の子はいきなりお前を襲ったんだ?」
衛兵は門番に事情を聞く。その間も剣はサトキに向けられたままだが。
「…あー、もしかしたらなんだが…彼じ…彼は男らしいんだ。」
「は?」
「いや、俺も同じ反応をしたさ。南街道から一人で歩いて来たんだ、両親がいると思って『年頃の〜』みたいな感じで言ったらいきなりキレてさっきの箱に閉じ込められた。」
今の話を聞いていた衛兵達に困惑の色が広がる。目の前にいる人物は、どう見ても女の子にしか見えない。着ている服は男物だが、整った顔立ちや細身の身体、また髪の長さから衛兵達の目には正真正銘の女の子だ。
「だから俺は男だって言ってんだろ‼︎なんならブツでも見せてやろうか⁉︎」
極め付けはその高い声だ。ソプラノボイスでそんな捲し立てられた所であまり威圧感はない。それらの情報を踏まえると、やはりサトキは女の子にしか見えないようだった。
「だぁ⁉︎こんな所で脱ごうとするな!ズボンに手をかけるな!わかった!わかったから!一応男っていう事は信じるからそのズボンに掛けている手を退けろ‼︎」
どう言っても懐疑的な態度を崩さない衛兵に痺れを切らしたサトキは、その場でソレを証明できる唯一の物証を提出しようとするが、流石に止められた。日本にいたなら公然猥褻未遂の容疑がかけられそうだ。
「お前らが信じようとしないからだろうが!で⁉︎結局俺はどうすりゃいいんだよ。」
「何方にせよ、詰め所に来てもらうことに変わりはない。そのまま私について来てくれ。そこで詳しい事情と街に入れるか審査する。」
「はぁ…やっぱそうなるか。」
サトキは気怠そうにため息を吐いた。そうなった原因は大半がサトキ本人の所為なのだが、今日も棚上げスキルは絶好調の様だ。
そんな様子のサトキを衛兵は詰め所へと連行するのだった。