015話 見事にフラグ回収しやがって…
ルナーの目の前では残像と火花のアートが広がっていた。黒いラインが軌跡となり、2点が結びつき火花と散る。それは室内で醸し出す独特の小さな花火にも似ていた……
「じゃなくて!!!戦闘をやめて下さい!!!それ以上の戦闘は保たないですよ!!…建物が!!!!!」
「はははは!!!いやぁ中々どうしてやるじゃないかサトキ!!」
「はは!!ブライトもなんだよそれ!!!魔法剣を掛け合わせてそこから魔法を発生させるとか面白いな!」
戦闘…もとい試験は激化の一途を辿っていた。魔法戦、格闘戦、剣戟戦、それらが目まぐるしく繰り返され、幾ら強固に作られている訓練場と言えどもすでにボロボロ。ルナーに至っては入り口の壁から顔を出して、戦いの火の粉が掛からないようにしていた。
サトキの【死箱:薄羽妖刀:火付与】による上段斬りをブライトは【狂歌水月】で流し、反転、【雷雲童子】で横薙ぎ。
間に合わないと悟ったサトキは【駆動甲冑】に追加の魔力を注ぎ、【雷雲童子】をそのまま身体で受け、渾身の右ストレート…をブライトは紙一重で避け、後ろに跳躍、2つの魔法剣を片手に併せ持ち投擲。
【魔法憑依剣:複合:千鳥滝落とし】
二本の魔法剣が一本となり、一本の魔法剣が槍となる。水雷の槍は人間が投げたと思えないスピードでサトキへと肉薄する。
「(これはマズイ!)」
空中に【ボックス】作り、それを足場に無理やり槍の軌道から外れる。後ろで物凄い爆音と共に何かが崩壊する音が聞こえるが今はそれどころではない。ブライトが両手に新たな魔法剣を持ち既に目の前に迫っていた。
【魔法憑依剣:岩窟王】【魔法憑依剣:駆風燕雀】
ブライトは【駆風燕雀】を下段から振り上げた。その剣先から風刃が発生し、サトキの【駆動甲冑】に直撃し吹き飛ばす。ブライトの魔法憑依剣は魔法剣とは違い、何も風や雷を帯びただけの剣ではない。“攻撃用の魔法を剣に待機させる魔法技術”であるため、その魔法を戦闘中に任意のタイミングで放つことができるのだ。
「反則級の汎用性だなまったく…」
吹き飛ばされ壁に激突し、それでもなおサトキは無傷だ。【駆動甲冑】は現在サトキの手持ちの魔法の中で防御に最も優れた魔法である。暴走竜でもその防御を突破出来なかった、人間がそれを突破するのは難しい。
「僕からすれば君の魔法の方が反則くさいんだけどね。結界魔法だっけ?どれだけ隠し球を持ってる事やら。」
「でも本気じゃないだろう?さっきから魔法剣だけ、身体補助に多少の魔法は使ってるけど、攻撃に関してはそれしか使ってないしな。」
「そういう君だって本気じゃないよね?まぁお互い本気だったら訓練場ごと吹き飛ばしそうだけど…」
と言いつつも周りは既にボロボロ。確かに2人とも広範囲に及ぶ攻撃は行なっていないが、結果は同じようなものだった。
「しっ!」
「ふっ!」
先程まで会話をしていたが次の瞬間には一気に間合いを詰めて剣と刀で打ち合う2人。ブライトも戦闘狂と評されるが、サトキもテンションが上がり戦う事に喜びを感じ始めていた。サトキは元々インドア派なのだが、これも肉体の影響だろうか。
「さっきから岩窟王の魔法を使っているのだけど、全く効果がない、ね!」
「おお、こわっ!人知れず魔法使われる程怖いもんはない、よ!」
【岩窟王】の魔法は【石化の眼】という攻撃魔法がベースとなっている。これを魔法剣の状態で使うと、触れた場所から有機物、無機物問わず石化させるという凶悪能力なのだが、生憎とサトキの刀は結界魔法。魔力で形成されたものなので効果はない。
打ち合い、撃ち合い、殴り合う。訓練場は最早その原型を留めていない。ルナーも言っていたがこれは試験。本来ここまでやる必要はないのだが、どうやら2人ともそれ自体を忘れ、戦闘にのめり込んでいるようだった。
「じゃあそろそろ決着と行こうかサトキ。」
「だな…」
「ひぃ⁉︎」
言うや否や2人の魔力が膨れ上がる。サトキは膨大な魔力にものを言わせた爆発的な魔力。ランクB冒険者のブライトは研ぎ澄まされた刃のように鋭い魔力。受付嬢であるルナーでさえも感じ取れる程の魔力に、思わず悲鳴をあげた。
「…【魔法憑依剣:複合:風化塵風】」
「…【浮遊する牢獄】【薄羽妖刀:雷付与】【駆動甲冑:フルカウル】」
「「いく…」」
「やめんか馬鹿ども!!!!!」
「ぐ!?」
「くへっ!?」
サトキ、ブライト両名の身体が地面に叩きつけられる。メキメキと地面に亀裂を入れながら落とされ続ける2人に、いつの間にきたのかラミットが鬼の形相で近付いてきた。
「お主らはギルドを倒壊させる気か!?ブライト!今お主が放とうとした魔法は物質を風化させる風を発生させるものじゃな?サトキ!お主が今込めておった魔力、暴走竜の時以上だったぞ!なんじゃ、殺し合いでもしておったのか!」
「いやぁ…その、興が乗ってしまったと言うかですね。」
「テンションが上がり過ぎたというか…」
「ほう、で?勢いでギルドの訓練場を崩壊させた、剰えギルドをも破壊しようとしたと?」
ラミットの顔は笑っているが、目が笑っていない。目のハイライトが漆黒に染まり、恐ろしく怖い。
「「大変申し訳ございませんでした。」」
「…はぁ、全くお主達と来たら…ルナーや!もう出て来てもよかろう。」
「あ、は、はい!」
「して、此奴らの戦闘記録は取れたのじゃな?」
「はい、一応物陰に隠れながらでしたけど、記録は出来てます。後は合否判定を書き込むだけですが。」
ラミットが手を振ると漸く落下魔法が消え、サトキとブライトは立ち上がる。ブライトは身体に着いた埃をはたき落とすと口を開く。
「うん、試験は合格。領域判断はプラスってとこかな?」
「えっと…ではランクC+って事で記録して大丈夫ですか?」
「うん、それで問題ないよ。」
「え、いいのか?ランクC+ってブライトの一個下だけど。俺は依頼も殆どやってないが。」
「問題ないよ…と言いたいところだけど、実績が伴わないとどんなに実力があっても認めないもの達はいるからね。魔物のスタンビートでも起これば簡単なんだけど。」
「これブライト、滅多なことを言うものじゃなかろう。魔物のスタンビートなど起こった暁にはこの街は終わりじゃ。」
そこへ何者かが訓練場へと向け、走って来た。余程急いでいたのか服や髪は乱れていたが、それは受付嬢のアロンだった。血相を変えたその顔からは焦りが隠しきれないでいた。
「どうしたのじゃアロン。そこまで慌てるということは何かあったのか?」
「た、大変ですギルド長!スタンビートです!魔物のスタンビートが突如街の近くで発生しました!!」
「「「……。」」」
アロンを除く全員の視線がブライトへと向けられた。全員が何を言わんとしているのか分かるブライトは苦笑いする。
「ぼ、僕のせいではないと思うんだけどなぁ…」
「見事にフラグ回収しやがって…」
「とにかくCランク以上の冒険者に召集をかけるんじゃ!アロン!急げ!」
「は、はい!」
「はわわわ!私はどうすれば…」
「ルナーもアロンについていかんか!」
「は、はいー!!!!!」
慌ただしくアロンとルナーが訓練場から出て行く。残されたサトキ、ブライト、そしてラミットは2人が出て行くのを確認すると真剣な面持ちに切り替わった。
「ブライト、お主ならどう守る?」
「確かミランダの【守護】は魔道具運用に切り替わったんだよね?ならば魔物の進行度合いにもよるけど、オーソドックスに街の防衛をしつつ、遊撃チームを編成するして、原因の魔力溜まりを潰す…かな?」
「うむ、幸いミランダも今回は戦力として最初から参加可能じゃしな。してサトキはどう思う。」
「どう…とは、今回のスタンビートか?俺はこういう知識が少ないんだが、単純に考えれば暴走竜との関連性は否定できないと思う。あまりにも日が短すぎるだろう。」
魔物の異常発生は、頻度こそ少ないが年に数回は起こりうる事案だ。しかし大抵は人の手の行き届かない場所で発生し、街などに進行しているところを発見される。しかし今回のスタンビートは街の近くで、唐突に、なんの前触れもなく発生していた。更にはごく最近に暴走竜の不可思議な発生も鑑みると、全く関係ないと断ずることは出来ない。
「とにかく現状把握と対策を立てねば、2人とも会議室に急ぐぞ!」
「スタンビートねぇ、どんな規模か気になるところだね。」
「なんか災難が多いな…この街。」
今まで(客観的に見れば)死闘を繰り広げていたとは思えない程にケロッとしているサトキとブライト。冒険者として名を馳せているブライトは兎も角、地球時代は運動があまり得意でなかったはずのサトキまで平然としているのは、単に肉体スペックのお陰だった。本当に肉体様様である。
「無事、スタンビートを確認しました。ええ、こちらにも香炉を設置しております…はい。かしこまりました…。」
「何やっているの!急いで!!」
「…は、はいー!」
サトキたちが会議室に向かうと、既にそこには明らかに猛者と分かるような者たちが椅子や壁に凭れ掛かり、ラミット達の到着を待っていた。
「やっと来たかギルマス…ん?後ろにいるのはライトと…誰だ?」
入り口近くにいた女の冒険者がそうラミットに声を掛けた。燃え上がるような赤髪をショートに纏め、重鎧、腰にロングソードを帯剣している事から重戦士系統だろう。身長はサトキよりも頭一つ高い。
「フランか、奴はサトキじゃ。先程ランクC+になったばかりじゃが実力は保障しよう。竜殺しと言えば分かるじゃろ?」
「竜殺し…へぇ、いろんな情報と噂が錯綜してたから実際はどんなもんかと思ってたんだが、こんな可憐な女の子だったとは。」
もはやお約束…サトキは女冒険者フランにいつも通りの件を仕掛けようと…
「フラン、奴は男じゃ。女と間違えると無駄に噛み付かれるから皆も覚えておくんじゃぞ!サトキ、お主の今の格好からしたら間違えられても文句は言えんのじゃからな?よし!時間が惜しい!無駄な事はせずに作戦を固めるぞ!」
「え、男?というかあの成りでランクC⁉︎」
「竜殺しならば納得はいくが…あれ男なのか?」
「女装趣味の美男子?お姉…お兄様?」
「嘘だろ…」
「男の娘…ハァハァ」
たしかに今のサトキは着物調の袴、それに長い髪を1つで結び、巫女と言われてもおかしくない格好をしている。いくら不可抗力と言えども間違われても仕方ないだろう。その為、ラミットは無駄な時間を避けるために、皆に訂正した後すぐ様会議を始めようとした。こればかりは仕方ないだろう、だが…
「おい…三番目と五番目、ちょっとオモテ出ろ。」
三番目と五番目のセリフだけは許容出来ないものがある。主に貞操的な意味で。
「サトキ!後にするのじゃ、今は対応が先じゃ!」
「…了解。」
「サトキも災難だなぁ…ぷっ。」
「うるさい…というか最初の時よりえらく態度が崩れたな?」
「どっちかというと、敬語も擬態に近いしね。これが素に最も近いよ。」
ブライトが肩に手を置き労おうとするが、どちらかと言うと状況を楽しんでるようだ。サトキはげんなりとした様子で溜息を吐き、近くにあった椅子に腰を下ろした。
「さて、皆も聞いての通りじゃがスタンビートが発生した。暴走竜の一件もあり、わが街の冒険者数はかなり少ない、従って諸君らに言おうぞ…必ず生きて帰ってこい!」
「「「おう!!!!!」」」
そう気合を入れた冒険者達がぞろぞろと会議室から出て行く。それを目が点になって、見送るサトキ。
「…は?作戦会議は?」
「え?だから今ラミットが言ったじゃないか。“必ず生きて帰ってこい”と。」
「いや、もっとこう第何班は〜とかないのか?みんなそのままでてったぞ?」
作戦というより、今のは『いのちをだいじに』状態で、コマンド指定したらあとは全自動NPCに任せるようなものだ。
「といっても、こんな事態の時はどのレベルの冒険者がどう動くのかは事前に決まってるんだ。スタンビートではランクC以上の冒険者が遊撃、それ以下の冒険者は防衛だよ。」
「え、だってさっきラミットが『お主なら、どう守る?』とか聞いてなかった?」
「あれは最終確認、今回もマニュアル通りでいいのかのね。だからさっき僕がいったのはこの街のスタンビートマニュアルそのままの戦法だよ。」
「なら何で集まったんだよ…」
「それも定例だから、としか言えないね。」
「嫌っす!何でやっと各任から解放されたのに行かなきゃいけないんすかぁ〜」
「いい加減にしなさいミランダ!みんな戦ってるのよ?ランクCの貴女を遊ばせておく余裕なんてこの街にはないの!」
そう言いながらアロンが引きずって連れてきたのはミランダだった。相変わらず気怠そうにしている、非常事態でも全くブレがない。
「アロンご苦労じゃ。ミランダいい加減にせい、特異魔法保持者のランクCが戦いに参加させんわけなかろう、特にお主はな。」
「恨むっす〜こんな怠惰日和にスタンビート何て起きやがって〜…」
「ならばほれ、とっとと殲滅して昼寝でもきめればよかろう。」
「うう〜」
「こいつ本当に手遅れだな。」
「ミランダは昔からこうだからね、もう無理だよ。」
「よし、ではブライト、ミランダ、サトキ。お主ら三人も行ってくれるかの?妾はこの事を領主と王都に報告する。」
「了解っと、サトキ、ミランダ行こうか?」
「そうだな…俺もミランダじゃないけど早く終わらせて寝たいよ。」
「せっかくの惰性ライフがぁ…」
ブライトに続くようにサトキとミランダも部屋から出ていく。ミランダはまだ何か言ってたが渋々と言った様子で後をついていった。
「…ふぅ。暴走竜に続き、スタンビートか。本当にどうなっておるのかのぉ?のう、アロン。」
「はい、ここまで短期的に魔物の非常案件が発生するなんて聞いたことがありません。ここまで来ると人為的な可能性がありますが…」
「暴走竜とスタンビートの人為発生か、それこそ聞いたことがないの。アロンや、何とか裏は取れるかの?」
「わかりました…私は関係各所に通達を行ってきますので失礼します。」
「うむ…はぁ。」
ラミットの溜息は何に対して吐かれたものか。だか気持ちをすぐさま切り替えると、自身も報告のため会議室を後にするのだった。
サトキ達がハランスの街の門を抜けるとそこは既に戦場と化していた。ゴブリン、オーク、コボルト…比較的低ランクの、小柄な部類の魔物が先に森を抜けてきたようだ。まだ門の近くということもあり、こちらはDランク以下の冒険者が順当に対応している。乱戦模様になりつつあるが、ランクD冒険者達がうまく指揮をとり、危なげなく魔物達を処理していた。
「サトキ、ここは彼らに任せても大丈夫そうだ。僕たちは魔力溜まりの方へと向かおう。ほらミランダ、急ぐよ!」
「うへぇ…」
「…こいつ、いつにも増してダメだな。」
「もう今日は完全にオフな気分だったんだろうね。それでも頑張ってもらうことに変わりはないけど。」
もはや本当に使い物になるのか?というレベルで腑抜けているミランダを尻目に、サトキ達は急いだ森を抜ける。だなグダグタ言いつつも視界も足場も悪い森の中を、サトキ達に全く遅れなくついていくミランダはさすがと言えるだろう。
ここでふとサトキは自身のHPを確認する。視界の邪魔にならないよう残量の確認。若干回復してしまっていたが、半分を少し切るぐらいだった。
「(これなら毒を飲まなくても大丈夫だな…)」
「サトキ、アレはやばいよ。」
「うへぇ…今回のスタンビートって、魔物の種類が多いからまさかとは思ったっすけど、まかさっすね…」
一瞬思考がそれたサトキにブライトが声をかけ目配せする。その視線の先にはバイマンティス、ハイオーク、ジェネラルリッチ、キングレイス、グレーワイバーン、レッグデーモン…多種多様な魔物達が、先行した上位冒険者達と戦っていた。
「なんか、魔物の種類に纏まりがないな…」
「だね、今回のスタンビートは“混合型異常発生”だ。」
「死霊系、獣系、飛竜系、悪魔系、アンデット系…選り取り見取りっすね。」
魔物の異常発生には二通りあり、1〜3種類の“単型異常発生”と4種以上が発生する“混合型異常発生”だ。そして明らかに厄介なのが、今回の混合型だった。
「獣系は兎も角、死霊系や悪魔、アンデット系は厄介だな。ミランダ、“文雷鳥”をラミットに飛ばしてくれ。」
「あれ結構魔力喰うんすけどねぇ。で?内容は混合型と死霊系関連でいいっすか?」
「ああ、それで構わない。」
ブツブツ言いながらミランダは魔法を発動し、掌に一羽の電流が迸る小鳥が現れた。先程ブライトが言った伝達用雷魔法“文雷鳥”だ。術者のイメージを魔力として記憶して、雷に変化し予め決められた受信者の元へ飛んで行く。意外にも中級魔法に分類され、例えば決められた受信者以外の者に触れられると、その性質を通常の中級の雷魔法として変化させ相手を襲う。受信者の元に辿り着くと雷鳥は無害な魔力へと変換され、専用の魔道具で文章へと変換される仕組みだ。青空へと羽ばたいた文雷鳥を見上げミランダが一言…
「…ああ、鳥になりたい。」
「さて、現実逃避はやめようかミランダ。今からお仕事の時間だ。」
「やる事やったらその分寝る時間が増えるぞ?というか俺も早く終わらせて、この服(着物調袴)を脱ぎたい。」
「…諸行無常。」
一斉に戦闘準備を整えた三人は、各状況を開始するのであった。




