13話 補欠人間
「…で、ノンノさん。これはどういう事ですか?」
「あ、あはは…何といいますか、カンバルさんが男の娘というのは知ってたんですが、どうも気合が入ったといいますか。」
「…今、会話の中に誤植があったような気がしますがそれは置いておきます。で、もう一度聞きます。何故、頼んだ装備のデザインが着物何ですか?しかも女の!!!」
「ごめんなさい〜!!!」
サトキの他にあるのは明らかな女物の着物だった。これはサトキがロベルトに頼んだ対物質、対魔力耐性に特化した装備である。では何故デザインが着物なのか?
アザポートでは、オーダーメード型商品はロベルトが装備の要となる素材に各々の効果を付与したり、魔物の素材を加工して金属板や布地に形成する。そしてノンノが装備品のデザインを決め、その形に作り替えるのだ。その時サトキがノンノに注文したのは【白と黒を基調とした動きやすいデザイン】。
そして出来上がったのは白と黒の女物の着物。確かに普通の着物とは違い、見た目からは想像できない位通気性は驚くほど良く、足を踏み込んだ際に発生する股幅の開きは考えて作ってあるし、脇下の可動域も余裕をもって作ってある。帯も巻くタイプではなくワンタッチ式。左腰には鞘が収まる様に金属製の金具が付いているという、女物、その一点を除けばかなり良いものが出来ていた。着物というよりも袴に近いが。
「本当に、本当に女物という一点を除けば素晴らしい出来なのに!!」
「本当にごめんない〜!!でも使われている素材を考えると作り直すのにかなり時間が掛かるの…」
オーダーメイドという事で、サトキは金に糸目はつけなかった。丁度、暴走竜討伐の臨時収入も入った事だし、どうせならば良いものを、という考えだったからだ。その為、ロベルトはサトキの要望に応えるよう、かなりの素材を使ってこの着物の布地を完成させた。
ギャングフロッグの筋繊維は耐水、撥水性に優れる。トルネードホークの羽は耐塵、通気性に優れ、リターンフェニックスの皮膚は完全熱遮断。メタルボアの筋繊維は耐刃、そしてサトキが唯一持ち込んだ暴走竜:雷の鱗。これはラミットがサトキの討伐証明として研究所には回さず、ギルドで保管していたもので、その後サトキが譲り受けた。その鱗を粉末にして布の繊維に混ぜ込んであり、耐雷というよりも完全な絶縁体の役割を果たしていた。他にも大小様々な魔物の素材…それら魔物は暴走竜は言わずもがな、他の魔物もランクB -を超えるものばかり。作り直すにしても完全に同じもので…というのは難しかった。
「良いじゃないっすかサトキっち。これに髪も後ろにひと結びすれば完全な女流侍っすよ…くふっ!」
「笑ってんじゃねぇミランダ!追い出すぞ!」
「で、ですね。丁度布が余ったので…」
「えっ!まだ布あんの⁉︎」
しめた!とサトキはその布で別のデザイン(男物)を作ってもらおうと…
「同じデザインの物を3着と同じ素材の手袋をサービスしておきました。」
「ガッデム!!!!!」
「あははははははは!!!!!」
ついに大笑いしだしたミランダ。因みに昨日の約束を果たし、サトキに宿を一室取ってもらっていた。このまま居座るつもり満々であるが。
「そしてこちらが…」
「…あ、俺の悲痛な叫びはもう無視なんですね。」
「…すみません、もう布はないので諦めてもらうしか…そしてこちらが柄と鞘ですが…」
「もう、それでいいです…ん?えらく意匠が凝った彫り物ですね。」
「あ、いえ。実は1つお謝りしなければいけない事が。」
サトキが渡された見た目は一本の刀。柄と鞘の接地面にはロック用のスライドが付いており勝手に分離できない様になっていた。ロックを外し柄を抜いたところでそこに刃はないが。また全体の意匠はかなりのもので、幾何学的紋様が深く掘られ、溝の中を白、表面を黒で塗装されていた。
「あはは…ん?ノンノさん、それ刻印式じゃないっすか?」
「あ、はい。そうなんです。実はあの人が勝手にカンバルさんの注文に手を加えてしまい、刻印式の魔法具になってしまったんです。」
「え、ロベルトさんって刻印師だったんすか?」
「ええ、そうですよ?ここだけの話ですが、トールズさんの刻印魔法装置の魔力札を作ったのもあの人です。」
「え、マジっすか?てことはサトキっち知らず知らずのうちに一級品の武器をゲット?」
「あのおっさ…ロベルトはすごいのか?」
「ふふ、おっさんでも結構ですよ?あの人かなり老け顔ですから。あれでも私の2つ上なんですけどね?」
サトキは当初、普通の柄と鞘を注文していた。そこに魔法的機構は考えておらず、ただ単に【薄羽刀】の土台になればと思っていたのだ。柄を抜いてそこに結界魔法で発動する、そんなフローで考えていた。しかし聞くところによると、ロベルトは柄と鞘に一体の刻印式の機構を加え、事前に登録した魔法形態を柄を抜いた、正確には柄と鞘が離れた瞬間に発動する様にしてしまったという。サトキからしてみれば発動の手間を考えるならば願ったりかなったりなのだが、ノンノからしてみれば夫が勝手にお客様の注文に手を加えた事が良くないと考えている様だった。
だが、2人の関心は今、そこではない……
「「…2つ上⁉︎」」
「え…そこに食いつきますか?」
「え、当然ノンノさんの年齢は見た目通りっすよね?」
「え、てことはおっさんの実年齢がかなり若いってことか?」
「ええ、そうですよ?私は今年29、あの人は31ですね。」
「「いやいや老けすぎ(だろ)(っすよ)⁉︎」」
ロベルトの見た目はどう見ても50代のそれ、老けているというよりは貫禄がありすぎる。
「あはは、本人も少し気にしてる様なんですよね…あっ、でまだ続きがありまして、その刻印式魔法具は事前に発動魔法と本人の魔力パターンを登録しなければいけないのですが、生憎、今あの人は入院中ですから…」
「それなら問題ない。」
「あなた⁉︎」
部屋のドアが開くと、そこには身体に包帯を巻き、ジャケットを羽織ったロベルトがいた。急いでノンノが駆け寄る。
「まだ入院してなくちゃダメじゃない!傷は浅かったけど、血はかなり流しているのよ⁉︎」
「問題ねぇよ、サトキの刻印魔法具の登録をやったらすぐ戻る。」
「というかここがよく分かったな。よくよく考えればノンノさんも。」
「ギルドの受付嬢の方が快く教えてくれましたよ?」
「俺もだな。」
「あー、ミランダ。ギルドにはプライバシーって概念ないのか?」
「恐らくあの子じゃないっすか?ほら、私の代わりに入った新人の子。」
サトキの頭の中では新人のルナーの顔が浮かんだ。ノンノは兎も角、ロベルトに迫られて根負けする姿が簡単に想像できる。
「あー、ルナーって子か。その内機密情報もぽろっとこぼしそうだなぁ。」
だがその情報が悪用されたわけでもないので今回は目を瞑る事にする。それよりも目の前で言い争ってるおしどり夫婦である。
「傷口が開いて悪化したらどうするの!私心配で心配で。」
「大丈夫だ。これが終わったらすぐに病院に戻るから。早く退院してお前の手料理をがっつり食いたいからな。」
「もう…ロベルトったら。早く終わらしてちゃんと病院に戻ってね?」
先程からこんな感じである。
「んっん!そろそろいいかおっさん。そういうのはとっとと退院した後にやってくれ。」
「おお、そうだったな。じゃあ早速登録するとするか、といっても簡単なんだがな。」
そういうとロベルトは登録の仕方を説明する。
まず今この魔道具は休眠状態であるという事。そして今からロベルトの魔力で休眠状態を解いて、その次に魔力を込めた者のパターンを覚え込ませる。そしてこの魔道具にサトキの発動させる魔法の構築式を専用魔法具を使い登録すれば完成という事だった。
「構築式?それってどうやってわかるんだ?」
「は?サトキっち、構築式は構築式っすよ。魔法使う時も頭の中に出てくるでしょうイメージすると勝手に。発動形状や空間位置とか数式や変数みたいなの。」
「いや、俺魔法使う時殆どイメージだけでやってるからそんなのはないんだけど。」
「「「え?」」」
「え?」
ミランダ、ロベルト、ノンノに驚いた顔をされ、サトキは困惑する。そう言われても確かにサトキは魔法を殆どイメージで使っている。ああなったらこうなる、あれをやれば便利だな、とかそんなあやふやなイメージだ。それをミランダに説明すると大層呆れられた。
「もちろん魔法自体はイメージで発動できるっすけど、同時に構築式必要っちゃ必要っすよ?ちなみに私が水魔法のウォーターカッターを使う時の構築式はこうなんすけど…」
とミランダが部屋に備え付けのメモ帳に構築式をさらさらと書いてくれたが、普段読み書きする文字とは違い幾何学的な何か、としか言いようのない文字で書かれていた。
「ミランダ…これ全く読めないんだが。」
「え、サトキっち。これ子供でも知ってる“魔文体”っすよ?」
魔文体…この世界の人間、亜人問わず全ての人は魔法を使うことができ、各適性を最低限保有している。その為この世界の学校機関は、研究者を育成する大学、官僚や宮廷魔法師を目指すための高等学校、魔法を学ぶ為の魔法学園、ここまでは義務ではなく任意性の学校。この世界で義務教育が定められているのが、魔法構築式を読み解き、組み上げる為の【魔文体】を習う為の学校というよりも寺子屋のような場所だ。これが【手引き書】に書かれていた所謂、特殊な文字、文体である。
大体7歳〜12歳の間に【魔文体】を習い、その後各学校へと進学したり、冒険者になったり、家業を継いだりと様々。
「じゃあサトキっちって、普段どんな感じで魔法使ってるんすか?」
「どんな感じでと言われてもな、こんな感じだけど。」
「「「うわぁ…」」」
「そもそも魔法ってイメージが重要なんだろ?実際イメージだけで発動できるし。」
全員の視線の先にはサトキが書いた魔法発動時のイメージ図。それはもう絵心がないのか元々そんなイメージなのか分からないくらいごちゃごちゃしていた。幼児が殴り書きした絵に近いだろうか。
「サトキっち、それは魔文体で構築式を理解した上での話っすよ…でも魔法がそれで発動してるんだから問題ないといえば問題ないんすけど…どうやって魔法具に登録するんっすか?」
「それだな、サトキの発動イメージで登録出来るかだが…正直俺も初めてだから分からん。だが、やるしかあるまい。何故魔文体が使えんか分からんが、要領としては同じだろう。」
そういうとロベルトは魔法具を休眠から解き、サトキへと渡す。
「この魔法具に魔力を通した後、例の透明な刃をイメージしろ。それで恐らくだが、多分、推測では…出来るはずだ。俺も構築式ではなくイメージだけでやるのは初めてだからな、まぁ失敗した時はその時だ、別の方法を考えてやるよ。」
「ん、ああ。悪いな。やってみるだけやってみるか。」
サトキは魔法具へと魔力を注ぐ。
「お?赤く光ったぞ?」
「それが魔力パターンを登録した光だ。よし、じゃあ魔法をイメージしてから抜いてみろ。発動できていたら成功なんだが。」
サトキは指示通り、【薄羽刀】をイメージしそのまま抜き放つ。
「…失敗っすか?」
「何もないわね。」
「いや、こいつの魔法は透明なんだ…サトキどうだ?発動できているのか?」
【薄羽刀】は極限まで薄く伸ばした結界魔法だ。光の屈折率が低く、殆ど透明に見える。サトキは自分の魔力をさらに流し確信した。
「うん、問題ないな。ちゃんと発動できてる。」
「おお!そうか!イメージだけで出来るとは思わなかったが、出来たなら何よりだな!じゃあ後は銘を付ければ登録は終わりだ。」
「え、銘っているのか?」
「バッキャロウ!!!!!刀、銘…それは男のロマンだろうが!お前も男に生まれたのならロマンを追い求めずにどうする!!!!!」
「男…ロマン…はっ!俺が間違ってたぜおっさ…いや、ロベルト!そうだ!男のロマンだよな!」
外野の女性陣は、何この人達…みたいな目で見ているが、サトキとロベルトはお構いなし。銘とは、刀とは、ロマンとはを論議し、どんな銘にするかかたりあっている。
「よし!決めたぞ!銘は【死匣】だ!」
「パンドラだぁ?それは刀だろう、何故死箱なんだよ?」
「開けてはいけない死の箱…そしてこれは抜かせてはいけない絶対両断の刀…それを掛けて死箱だ!」
結界魔法=ボックスから箱にあやかったのもある。それに何か厨二をくすぐられて死と箱を繋げて、死箱と考えついたのだ。
「成る程!よし、後は魔力を流しながらもう一度抜きながら銘を呼べば完成だ!」
「わかったぜロベルト!こい、【死箱】!」
刀が青白く輝き、一瞬だけその輪郭が見て取れた。これで魔法具【死匣】の完成だ。その完成と同時に、これ以上興奮すると傷に響くということで、ロベルトはノンノに連行されていった。
「…………。」
「ん?サトキっち、どうしたんすか?」
先程から【死匣】を持ったままその場に固まっているサトキにミランダが声をかける。
「ああーーー!!!!!やっちまったぁぁぁ!!!!!」
「うわぁ⁉︎いったいどうしたんすか⁉︎」
突然奇声をあげたサトキにビックリするミランダ。当の本人は奇声をあげ、悶えながら床を転げ回る。
「久しぶりのアツ語り…厨二発動して変な名前を…がぁぁぁ!!!」
「だから一体どうしたって言うんすか⁉︎」
サトキはそれから小一時間、部屋の中を転げまくっていた。
「捕まった?アレがか?」
「はい。【五剣】、【破槌】、【守護】…そしてサトキ・カンバル。以下の4人に襲撃班は邪魔をされ、乙2から乙5まではその場で、乙1がギルドへと身柄を護送されました。」
「どんなラインナップだそれは…軽く小さな街なら堕とせるな。まぁアザポートは単なるついでだ…が、後始末は付けておけ。」
「畏まりました。私の方で対応いたします。」
暗い一室。姿は見えないが、男と女が話し合っていた。声から男は壮年の、女はまだ若い声だ。
「だが乙1は転移適合者だろう。何故捕まった?」
「魔力抑制の封具の様です、何れかが所持していた様で…」
「えらく曖昧な情報だな。」
「申し訳ございません、一介の身ではこれが…」
「くくっ、まぁ構わん。計画に支障はないからな。」
「はっ…」
男の何処か憎悪を混ぜた様な笑いに、女は肝を冷やした。この男の前では命なんて道端に落ちている石ころと、いや、石ころ以下だ。
額を伝う冷や汗を感じながら、女は部屋を後にするのだった。
「して、その格好はどうしたんじゃサトキ…ついに目覚めたのか?」
何かおかしなものでも見るような顔でサトキを見るラミット。ギルド執務室でソファに深くもたれ掛かり、麦茶に似たような物を飲んでいる。対するサトキはと言うと、あのノンノ作の着物…いや、袴を身につけ、腰には【死箱】が挿さっていた。色合いを考えなければ、戦う巫女の様。
「何をどう間違ったのかこれが出来た。結構貴重な素材で作ってあるから作り直しは難しいし、要望した機能はきちんと付いているから…」
そこでサトキは一拍おき。
「この刀と同じで一日中悩みに悩んだ末、身につけると決めた。異論も意見も評価も受け付けん。」
苦渋の決断…というと大袈裟かもしれないが、サトキとしてはそれぐらいの葛藤があった様だ。能力は折り紙付き、だがデザインが大変不本意…だが、この世界では簡単に命を落とす可能性があるため、背に腹はかえれないという結論に至った様だ。
「これには触れないでもらえるとありがたい。」
「う、うむ。何かしらんが触れんでおこう。して、今日は試験の日じゃが、先日のアザポートを襲った犯人の事を少し話しておこうと思っての。こうして少し時間を作ってもらった次第じゃ。」
確かに、サトキもその件は気になっていた。転移使い…恐らくリーダー格であったあの少女。よくよく考えてみれば他の黒尽くめも背格好は少女と似た様なものだった。1人はサトキが確実に手を下した。もしかしたら同じ位の子供だったのかもしれないが、サトキに人を殺めたという精神的葛藤はあまり無かった。
もちろん多少の罪悪感はある。地球で同じ条件でやったとしても正当防衛が適応されるはず。しかし、こんなに平然とはしていられないはずだ。もちろん人を殺めたのは初めてだ、多少の罪悪感…で気持ちの整理がつくはずがない。
「(精神がこちらの肉体に引っ張られている?)」
健全な肉体に健全な精神が宿る…つまりは肉体に精神が宿るという考え方。それに当てはまるならこの心の変化も納得できる。
「情報に関しては全く喋らん、両親、出身地、転移魔法、何故あそこを襲ったのか…全てが謎じゃな。だが1つ分かったことがある、あの子は補欠人間じゃ。」
「人間、完成された人間、これらは天然発生ものじゃ。だが補欠人間…これは所謂の、合成獣と同じなんじゃ、人造人間ともいうかの…。」
「は?あの子が?パッと見ただけだがふつうの人間にしか見えなかったぞ?」
「うむ、あれはかなりの完成度と言えるものじゃ。だが、補欠人間には心臓の代わりに魔物の魔石が使われる。それが絶対的な証拠じゃ。」
何か得体の知れない事態が、着実に水面下で渦を巻いている。そんな気持ち悪さが頭をよぎった。




