011話 おっさん…
「どうやら昨日は大変だったみたいっすね〜。」
「…そのニヤニヤ顔をやめろ。気色悪いぞ。」
「人の不幸は蜜の味…ってよく言うじゃないっすか〜。」
「お前…ほんとクソ人間だな。」
「え、こんな美人にクソとか言います?」
ニヤニヤ顔のミランダにおちょくられながらも、サトキは図書館の一室で懸命に書物を読み漁っていた。先日、といっても昨日だが、ブライトとの手合わせを終えた後サトキは考えていた。
どれだけ業物の刀を持とうと、どれだけ高名な絵師の絵画を所持していようと、その使い方や価値を知らなければ、それは全くもって意味がない。しかし探ろうにも下地となる情報さえないこの状況でどうするべきか?
サトキの出した答えは、ひたすら関連書物から情報を抜き取り、自身の手で【結界魔法】という魔法理論を組み上げる事だった。
【結界魔法】自体は既に歴史書を司書官に遡って見てもらい、前例がない特異魔法として確定していた。
ならば体系が確立されていないのだから習う事は出来ない。一つ一つ自分で考え自分で実行する、トライ&エラーだ。
「え、無視っすか?無視なんすか?」
「(まずスキルを併用する魔法と併用しない魔法を、少なくとも用途に分けて同数に近い数で揃える必要があるな。)」
「図書館で放置プレイとかサトキっちも好きっすね〜」
「(あとは【反比例】の発動条件…HPコントロールだ。これが俺の全ての主軸と言っても過言じゃない。しかし…)」
「美少女攻め美人受けっすか…ありっすね。」
「 ね え よ !!」
「がっ⁉︎ま、待って!サトキっちのアイアンクローは手の小ささも相まってかなり食い込んでる食い込んでる!!!」
雑音が大き過ぎるため、サトキはその元凶にアイアンクローをプレゼントした。小柄な体型から想像できないが、サトキの成長上限はMaxである。純粋な腕力ならばかなりの物…というのも、成長上限とはこの世界ではレベルという概念と同じなのである。元々の身体能力は筋トレや訓練で向上させる事は可能である。それに加えて成長上限を増やしていくと素体の身体能力にプラス補正がかかるのだ。
従ってレベルMaxであるサトキの腕力は成人男性のそれ以上ということ、そんな力を小さな手でアイアンクローをすれば、それは万力で締められているに等しい。
「トマトよろしくグチャッと逝きそうだから勘弁っすよ!!!!!」
「というかミランダ、お前昨日どこいってたんだよ。なんかあの王子様はお前と面識があるとかいってたが?」
「…あのぉ、その前にこの鷲掴みの手を離してもらえないっすか?…つつっ、本当にその細身の身体のどこに怪力ゴリラが隠れ潜んでるのやら…」
「もう一回逝っとくか?」
「じょ、冗談っすよ〜…で、昨日っすか?昨日は領主様のところに行ってたっすね。んで、領地守護の魔法師の役目から外されたっす。」
「はぁ、ついにお前の天命も尽きたか…せめて路頭に迷わないようラミットには助命しといてやる。」
日頃の怠惰的な行動、発言、それらが遂に領主の耳に入ってクビになったか…と、サトキは憐れむような視線をミランダに送る。
「いやいや!クビになったとかそんなんじゃないっすからね?【刻印式魔法具】の最終確認も兼ねてお暇を貰っただけっす。」
「ちっ…クビになったんじゃないのかよ。ん?その刻印式って何なんだ?」
「今本気で残念がりやがりましたね?はぁ…あぁ、刻印式ってのは…」
刻印式魔法具とは、基本魔法を専用の道具に封じ込め、本人の魔力パターンを判別して、封じ込められて居た魔法を解放するという機構の道具だ。一般的に武器や防具に組み込まれ、俗に言う【魔法剣】や【矢除けの兜】などとして知られている。
それを今回、ミランダの【守護魔法】が込められた魔法具を作ったらしく、その試運転…最終確認のために昨日は呼ばれたとの事。
「そもそも特異魔法の刻印式魔法具なんて、初の試みっすからね。結構入念な準備をしてたみたいっす。わざわざ私の魔力パターンを模した専用魔法具まで作ってたっすからねー。」
「やっぱり特異魔法の魔法具ってのは今までなかったのか?」
「そりゃ一部を除いて無いっすよ。と言うか作る意味がないっすからね。」
特異魔法とはそもそもが発現率が低く、更に同系統の特異魔法を所持している人は極めて低い。基本的に極低確率での先天性や遺伝でしか特異魔法を会得する事は不可能である。ほぼオンリーワンな魔法なのだ。
刻印式魔法具が作られた経緯としては、戦闘時の効率化や隙を無くす為で汎用性に富んだ基本魔法を大前提として作成されている。
それらは専門の武具店などで普通に販売されており、購入の際、自分の魔力パターンをその魔法具に登録する事で使用可能となるわけだ。
ならば何故、特異魔法の魔法具は作られないのか?それは単に需要と供給…作り手と買い手の比率が圧倒的に違う為である。特異魔法は何万人に1人、対してその魔法具を買いたい人物は何百、何千にも登るだろう。とてもじゃないが賄いきれない。
更に特異魔法とは基本的に遺伝で受け継がれるものならば一子相伝、門外不出。突発的に授かったとしても、自分のアドバンテージをみすみす他人にバラす事はない。あとは技術的難点も挙げられる。
基本魔法は赤子からお年寄りまで、その全ての属性に適正は必ずある。その為、他人が作った基本魔法具でも、魔力パターンさえ登録すれば買った別の他人でも発動させることは可能なのだ。しかし特異魔法はそうはいかなかった。魔法具自体は作成できるが、発動できるのは本人だけ…それでは魔法具としての意味を成さない。その解決策として…
「私の魔力パターンを登録し、それを媒介として魔力を通すためだけの…魔法具を起動するための魔法具を作ったわけっすね。」
「なるほどなぁ…で?受付嬢と専属魔法師の職を失ったミランダはこれからどうするんだ?」
ラミットからサトキ付きにされた際、ミランダは受付嬢から除籍されており、今回領地守護の役目も半ば除籍に近い形だろう。職なしのミランダ…この怠惰を絵に描いたような女はこれからどうするのか?そうサトキは思った。だが性格はさて置き、特異魔法保持者だ。冒険者となれば受付嬢よりは稼げるだろう。
「あぁそれなんすけど、領主様とギルマスから伝言っす。サトキっちはギルドを設立しようとするならば、良き仲間、良き縁は大切にして、実際に設立した際支えてくれる人々を囲っておくべきだ…という事で、私はサトキっちの“クラン”に入ることになったっす!」
「はっ!?なんだそれ!?聞いてねぇぞ!」
「今言ったっすからね!…って、ギブギブ!食い込んでる食い込んでる!!!!!」
アゲイン フォーユー アイアンクローをプレゼントされるミランダ…はさて置き、“パーティー”と“クラン”の違いは何か。それは人数の制約と上下制度である。パーティーとは一般的にフォーマンセル、4人1組プラス1人(臨時要員)であるのに対して、クランは人数無制限。更にパーティーは、リーダーというものを暫定的に決めるが、素材や報酬の分配は基本的に平等である。反対にクランはリーダーをトップに、副リーダー、班長、と役職者から順に分配される仕組みになっている。
その点を考えるならば、クランというものは余程の信頼関係がなければ、直ぐにでも解散するような不平等性を孕んでいるのである。だが組織として考えるのならばクランが一番近く、そのままクランからギルドへと上り詰めたのが何を隠そう【破槌】のラミット本人である。その為、だいぶ後から登録した冒険者(Cランクそこそこ)達はいざ知らず、それよりも上のランクの冒険者、受付嬢などはクラン時代からの信頼の置ける者達で構成されている。
従って、のし上がる野心ある若者達は、総じてクランを選ぶ者が多い…必ずしもそれが成功するとは限らないが(寧ろ9割方が一年以内に解散を迎える)。
「ギルマスという前駆者がある以上、その助言には素直に従っておくべきっすよ?」
「それは一理ある、が、お前に言われると無性に腹が立つ!」
「ちょ⁉︎理不尽極まりな…痛い痛い痛い!ギブギブ!!!!!」
右手のアイアンクロー、左手に書物。ずいぶん器用なことをしながらサトキは考えた。ミランダは特異魔法【守護】の保持者。確かに性格はこんなんであるが、受付嬢の事務能力と戦闘能力は申し分ないだろう。だが逆に、何故こんな(普段はどうしようもないクズだが)人材をサトキに譲渡する形でよこすのか?ラミットとその領主の真意を図りかねていた。
「…単なる先行投資じゃよ…っていうのがギルマスの言葉っすよ。というかいい加減手を離してもらっていいっすか?マジで割れそうなんすけど…」
「…たく、何から何までお見通しってか?いけすかないねぇ。まぁこんなんでも人材には変わりはないか。」
「いててて、こんなんて…そりゃあんまりっすよ。」
掴まれた跡がくっきりと残る額を摩りながらミランダはボヤく。普段の言動と行動を鑑みれば当然の評価といえよう。これで特異魔法が無かったら本当に只のクズであるが。
「さてと…そろそろ宿に戻るか。調べたい内容は粗方調べたし、試験まであと2日。付け焼き刃の魔法を作るより、今ある魔法の練度を上げた方が得策だな。」
そう席を立ち、司書官に閲覧用の許可札を返すと図書館を出る。日は既に沈みかけており、街灯の光が道を照らしていた。
「ん〜!」
慣れない読み物に何時間も費やした代償か、背伸びをすると背骨がパキパキと音を鳴らす。地球にいた時もライトノベルや漫画などは何時間も読んだことはあるが、完全な文学系の書物を数時間に渡って読んだことはないサトキ。軽い疲労感に襲われながらも、自分の宿へ帰ろうと…
「いやー、今日の晩飯はなんすかねぇー。」
「…まて。ミランダ、お前どこに帰るつもりだ?」
「え?そりゃ、クラン長たるサトキの宿っすけど?」
「お前、自分の宿は?」
「今まではギルドの女子寮に住んでたっすけど、受付嬢と守護役を外された時に追い出されたっす。だからお世話になります。ついでに貯金なんてしてこなかったから無一文っす。」
「よし、帰れ。」
「いやだなぁ、だから帰る場所は一緒ですって。」
「何故俺が衣食住の面倒まで見にゃあかんのだ!!とにかく俺は帰る!お前は自分で宿探せ!」
「お役に立つっすからぁ〜、冒険者再登録して明日から本気出すっすからぁ〜、なんなら枷でもなんでもしますから〜。」
そう言いながらサトキの洋服に捕まり、ズルズルと引き摺られるミランダ。それでも我関せずと歩いて帰ろうとするサトキ。美少女(風の男の子)に掴まって引き摺られる(見てくれだけは)美女。かなりシュールな光景であった。
「だぁ!鬱陶しい!お前いい加減に…ん?」
「なんと言われようともわた…え?」
街中で騒ぎ立てる2人よりも、それをかなり上回る音が辺りを一瞬で駆け巡った。それは地響きを伴う、お腹の底にドカンと響くサトキが聞いたことのある音でそれに近いのは…
「爆発音?」
「みたいっすね…それにあっちの空、何か明るくないっすか?」
そうミランダが指差した先は、確かに空が赤く染まっていた。恐らく火災か何かも発生しているようだった。
「それにあそこら辺は確か…」
図書館から見える焼けた空。その方角は先日、防具関係を頼んだアザポートが入っている地区だった。この爆発音の原因がアザポートであるという保証はないのだが、どちらにせよ放っておくには忍びない。
「ミランダ、ちょっと様子見に行くぞ。」
「そっすね。街中であんだけの爆発音っす。何かがあったみたいっすからね。」
ミランダも何かを思ったのか表情を引き締めた。いうや否や、サトキは持ち前の身体能力で、ミランダは足裏に発生させた空力場を踏み台に空を駆けて、各々現場へと急ぐ。
地上は現場に近づくにつれ人混みが多くなり走り難くなったため、サトキは民家の屋根に駆け上がりその走る。ミランダに遅れて30秒、漸く屋根の上で下を見下ろすミランダの背後へと到着する。
「何があったんだ?」
「あ〜…状況は少しばかりヤバイっすね。」
その言葉を聞き、サトキは件の場所へと視線を投げる。そこはやはりと言うか、嫌な予感が的中しアザポートが入っている建物。玄関口は盛大に吹き飛び、その周りを街の警ら部隊と思しき者達が囲い。その先には、首元に刃物を突きつけられているアザポート店主、ロベルトの妻ノンノ。そしてその足元には…
「おっさん…」
力無く地に伏せているロベルトの姿があった。ノンノが何か、恐らくロベルトに向かって叫んでいるが反応はない。そしてその原因を作ったであろう張本人、ノンノに刃物を突きつけている、頭まで真っ黒のローブで覆われた集団。警ら部隊も恐らくノンノを人質に取られているため迂闊に手を出さないでいた。
ロベルトとは別に深い仲ではない。昨日が初対面だし、最初は小娘と勘違いして初心者用の女性装備を進めてきた為、ぶっ飛ばそうかとも思った。だがあの観察眼や洞察力は純粋に凄いとも思ったし、何だかんだで最後には意気投合した。
この世界に来て、ギルドや門番以外で出来た初めての知人だ。そんなロベルトが地に伏せ、ノンノが涙を流しながら叫んでいる。浅い知人という関係である。だが知人が困っているのに手を差し伸べてはいけない理由はあるのか?
答えは、否、である。
「ミランダ…あの黒ゴミども片付けたら今晩の宿泊費ぐらい出してやる。」
「そこでずっと面倒見てやる、くらい欲しいもんすけど。まぁそんなこと言ってる余裕も無さそうっすね。」
屋根の上で立ち上がる四つの眼が、その集団を鋭く見下ろすのだった。




