010話 戦闘狂
「…小僧。お前本気で言ってんのか?」
「本気も本気、と言うか近接戦闘が主だからね。装備は極めて軽い方が動きやすい。」
「だからそんな防具じゃ意味がねぇって言ってんだろが!まだ普通の服を厚着した方が防御力があるわ!」
場所はアザポート。防具屋ではなく、装備屋と銘打っているのには訳があり、装備=武器、防具、道具…装備品ならばなんでも揃っているからだそうだ。
そんな店内で明らかに山賊風の風貌のおっさんと美少女風のサトキがメンチを切りながらにらみ合っていた。因みに恒例の【男女くだり】は実施済みで、誤解も解いた後である。
「だから防御力の代わりに耐熱、耐寒、防塵、防刃、その他諸々の性能を上げてくれって言ってるだろ?」
「接近戦闘主体のくせして防御力下げる馬鹿がどこにおるか!」
「だから防御に関しては何とかなるんだって!」
「なるか!そもそもそれなら防具なんぞいらんじゃろ!それに何だこの【防御力無視、耐物質特化】と【刃無し柄と鞘】って、お前鍛冶屋舐めてんのか!」
サトキが注文したのは【防御力無視、耐物質特化】と【刃無し柄と鞘】の2点。どうやらこの山賊風店主は、鍛冶にも精通しているようでオーダメイド品も取り扱っていると言う事でサトキが注文したのだが…先程からこのやり取りの繰り返しである。
因みにスラムの少女は店の隅で、サトキが買った甘菓子を貪るように食べていた。ハムスターの様に頬を膨らませる姿は保護欲を唆る。
「俺は基本注文を断るような事はしねぇがな坊主。お前の注文は受けれねぇぞ!ふざけてるとしか思えねぇ!」
「至極本気なんだがな…(やっぱ結界魔法の説明無しじゃ奇天烈な注文に思えるか)」
サトキとしては特異魔法をこの店主に教えるのは別に構わない。しかし、ラミットからも散々釘を刺されているように、本来はそう簡単に公開するべき情報ではないのだ。だがこのままでは話が全く進まないのに加え、サトキとしても困る。そこで、腹をくくり店主に情報を開示する事にしたサトキ。
「(職人気質の口の硬さを信じるか…)あー、なら根拠を示して、納得できたら作ってくれるのか?」
「…ふん。説明出来るなら、な。男に二言はねぇ。」
ならば、と。言うが早いかサトキは人差し指をピンと立てる。おっさんは頭の上に?を浮かべながら訝しげにその指先を見ていた。
「…坊主、何がしたいんだ?」
「論より証拠だ、なんか斬ってもいい硬いもんある?鉄以上が望ましい。」
「…ほらよ、初級冒険者用に配ってる剣だ。材質に鉛とかも混ざってるが斬れ味に問題はねぇ。」
おっさんは近くの樽に挿してあった剣の一本をサトキに渡す。銀貨2枚と値札が掲げられた量産品の剣だが、造りもしっかりしており、幾ら純粋な鉄ではないと言っても銀貨2枚以上はするだろう。
どうやらこのおっさん、見かけによらず義理人情に厚い人物の様だ。
「文句は言うなよ?」
「ん?一体何を…なにっ⁉︎」
サトキが先程立てた人差し指を剣の腹付近に一閃。すると、まるで豆腐でも斬ったかの様に剣が中頃から真っ二つに折れるでもなく、斬れたのだ。その光景におっさんの口はあんぐりと開いたまま。
「…何をしやがった坊主。」
「これが俺の自信の所以だよ。特異魔法…これだけ言えば分かってくれるだろ?」
特異魔法…そう聞いたおっさんはムムムッと口をへの字に結ぶ。
特異魔法と今の現象を必死に紐解こうとしているような顔だ。どうやら魔法にも造詣が深いらしく、無駄にハイスペックなおっさんである。
「…刃を発生させる魔法…いや違うな、それならば防御は必須。空間切断…も微妙に違う。空間…形成…鋭利さ…造形…ふむ、いいだろう。坊主のオーダーしっかりと作らせてもらう。」
「(…へぇ…)助かるよ。」
たった一度の【薄羽刀】を見ただけでその概要を的確に予想したおっさん。その考察力と洞察眼にはサトキも舌を巻く。結界魔法は基本的に透明に近い状態が普通だ。結界を重複発動すれば光の屈折により、可視化する場合があるが、薄羽刀などは極めて薄い刃の為にほぼ見えない、のにも関わらず。おっさんは特異魔法というキーワードと物が切れるという現象だけでその推測に至ったのだ。
なかなかどうして、アザポートという店はどうやら大当たりの様だとサトキは噛み締める。装備品というのはいくらサトキのような防御力が化け物以上と言えども、命の一端を預ける相棒である。腕がいい者に頼むに越したことはない。
「寸法と刃無し剣のデザインはどうする?良かったらうちのデザイナーに任せるが?寸法は大体で作ってあとで合わせればお前さんの場合問題ないだろう。」
「そこら辺は任せるよ。デザインに関しては注文は無いけど、出来れば柄は細めに作ってくれるとありがたい。」
「ふむ、わかった。一応紹介しておこう…おい、ノンノ!」
「はーい!何か用?あなた。」
おっさんが店の奥に向かって叫ぶと、奥から1人の女性が現れた。ショートボブの愛らしい顔立ちに、小柄な体型も相まって保護欲を唆る。2つの大きなお山も怪しからん…と思っていると、サトキはある単語に驚愕した。
「…は⁉︎あなた⁉︎奥さん⁉︎」
おっさんはどう見ても50代前半。対してノンノと呼ばれた女性は高く見積もっても20代前半…
「ギルティ!!おっさんにこんな美人の奥さんとか!」
「は?ぎる…?というより何坊主は怒ってやがる…まぁ、俺もこんな女房に恵まれるとは思ってなかったよ。このまま鍛治と道具とともに天寿を全うすると思ってたんだがな。」
「あらあら、何か面白い話なのかしら?初めまして、ロベルトの妻でノンノと申します。お客様かしら?」
「あ、サトキと言います。冒険者で、おっさ…ロベルトさんにオーダーメイド品の注文をしにきました。」
漸くここで名前の出てきたおっさん…ロベルト。サトキとしては、ロベルトの名前よりも、如何にしてノンノを射止めたのかが非常に気になるところだ。
「あらあら、そうなの?では物によるけどデザインは私がするのね?任せて、飛びっきり可愛いものにするわ!」
「……」
またこの件をやらなきゃいけないのか…とサトキ。しかし放置してゴテゴテの可愛い防具を作られても困るので、否応無しに恒例の誤解を解く作業に入るのだった。
「…たく、どうにかなんないかなこの容姿。いっそのこと髪の毛をバッサリと切るか?」
夕日の沈みかかった通りを、サトキはそうボヤキながら歩いていた。数歩後ろには案内役の少女がテクテクと黙って付いてくる。オーダーメイド品は、刃無し柄が翌日、防具が3日後になるようで、後日改めてアザポートに向かう予定だ。
「勿体ない…おねぇ…お兄ちゃんの髪はとても綺麗。」
サトキのボヤキが聞こえたのか少女そうサトキに進言する。それを聞いたサトキと言うと、長く伸びた髪先を目の前に持ってきて、うーむ…と唸る。
「まぁ邪魔には変わらないし切るか纏めるかどっちかだな…と、随分世話になったな。これは手間賃だ。」
とサトキは懐から金貨を一枚だし少女に握らせる。
「え、こんなに…でも今日はご飯も貰った…」
「何気にすんな。飯屋では嫌な思いもさせたしな、迷惑料だよ、迷惑料。」
「…ありがとう…。」
少女はぺこりと頭を勢いよく下げると、路地の方へと駆けてゆく。辺りもまだ完全に日が落ちたわけではないのでまだ明るい。心配はないだろうと手を振ってその後ろ姿を見送った。
「さて…わざわざ付けてきて何の用だ?」
「いやぁ、バレてしまいましたか?」
若い男の声とともに建物の陰から1人の男が出てきた。その風貌にサトキは心当たりがある。飯屋で騒ぎを鎮めたあの優男風の男だ。
「白々しい。ワザと気配を見つけてくださいと言わんばかりに膨らませて、そのまま隠密に専念してたら俺なんかじゃ見つけれねぇよ。」
そう、サトキが気付けたのは何も気配感知が優れているわけだからではなく、背後で急激な魔力の発生に気づいたからだ。
「いやはや、それに気付くだけでも冒険者としては上等なのですがね…近頃の冒険者は魔力の機敏に疎いものですから。」
そう言いながらサトキへと歩を進める男。一見すると文系で事務職が似合いそうな風貌の男だが、まず纏っている魔力の流れが尋常ではない。サトキは自身が膨大な魔力を持っているために、“魔力”を可視光線として知覚できる感度が人より高い。
その為、この男の体から醸し出される、研ぎ澄まされた流水の様に円環する魔力から、サトキはこの男が強者であると読み取る。更にはこの男が飯屋で薄羽刀を初見で見破ったことも含めかなりの警戒心を抱く。
「…何の用だ?」
「あれ?警戒させちゃいました?僕としてはこれから行われる試験の対象者を見ておこうと思っただけなんですが…」
と苦笑いでサトキの問いに答える。
「…試験?」
「あれ?聞いてません?ランク昇格に関する認定試験の話。」
ここではたと思い出す。確かにそんな話をラミットがしていたな、と。
「と言うことは、おま…貴方が認定官なのか…ですか?」
認定官ということは少なくとも運でなれる役職ではない。確固たる実力と人格がなければならないもの…とラミットが言っていたことを思い出す。ならば悪戯にその人物の心情を悪くするべきではない。サトキは普段使い慣れない敬語を話そうとするが、どうも素が見え隠れする。
「くくっ…無理に敬語で話さなくても結構ですよ?別に私はそこら辺は気にしません。私はブライトと言います。」
どうやら器量の狭い人種ではなかったようだとサトキは安堵すると同時に、ご好意に甘える。
「すまないな、俺はサトキ、どうもこういうのは不慣れで。ところで試験はまだ少し先のはずだけど?なんでもうこの街に?」
ラミットの話では早くとも4日はかかるとの事だったはず。認定官がこうしてサトキの目の前に現れるのは何かあるのか?と勘ぐってしまう。
「なに、試験の前に軽く手合わせを…と思いましてね。」
「手合わせ?それは試験の時じゃダメなのか?」
「試験では特例法の規則に則った項目しか行いません。そんな形式張ったやり方じゃ相手の力は正確に計れないと思いませんか?」
とブライトは笑顔でのたまった。だか、サトキには見覚えがある。その笑顔は一種のジャンキー性のある笑顔…詰まる所、ブライトは戦闘狂の類なのではないかと。
「(うへぇ、甘いマスクの下は戦闘狂って誰得だよ。)」
サトキは知らなかったが、ブライトは高ランク冒険者とともに生粋の脳筋と知られていた。もちろん王家出身者な為、暴れまわるというような迷惑行為をするわけでもなく、ただただ強者との戦いに喜びを覚えるタイプである。
「勿論貴方に損はさせません。試験項目に【戦闘術】と【戦闘判断】の二項目があるのですが、手合わせをした場合これらの項目は、試験当日免除されます。いわば試験の前倒しですね。」
「といっても、俺が個人で決めていいものか?一応今回の試験はこの国の法律に則ったものだろう?」
「あぁそこはご心配なく。立会人としてギルド職員…ラミットを付けますので、公式なものです。」
法律云々を元に煙に巻こうと考えたサトキだったが、すぐさまその退路は塞がれた。というよりも、ブライトの目は最初からやる気満々だ。最初から拒否権などない。
「(どうあがいても逃げれないな…)わかった。何処でやるんだ?」
「ギルドの訓練場でいいでしょう。あそこならば多少壊れてもラミットがなんとかしてくれますし。」
どうやら手合わせはラミットのギルドでやるようだ。ブライトは意気揚々と…危ない笑顔でサトキに先を急がせるのだった。
「はぁ…何をどうやったらうちのギルドで手合わせをする事になったんじゃか。」
「俺に聞くなよ。どちらかと言えば俺も巻き込まれた側だぞ。」
場所はギルド訓練場。ブライトがギルドに入るなり、受付のルナーにラミットを呼ぶようにと言った時のルナーの顔は見ものだった。なんせ、この国の王子がいきなり目の前に現れたのだ。新人受付嬢のルナーに、表情筋固定というスキルはまだ身に付いていなかったようだ。
「というか、あの人この国の王子なのかよ…いいのか王子が戦闘狂って。」
「もはや手遅れじゃ、あれでも風貌通りの頭脳は持ち合わせておる…それに戦闘狂が合わさっただけじゃ。」
「最悪の組み合わせじゃねぇか…」
そんな渦中のブライトはと言うと、サトキから10メートルほど離れた場所でウォームアップをしていた。戦闘用の装備なのか、スカウト風の軽装備、腰に刺された鞘付きの短剣が五本。それ以外は何も無い。
対するサトキはと言うと、服装は先程のままだ。正確に言うとアザポートに頼んである装備が出来ていないだけだが。
「そろそろ準備はいいですかサトキ。」
「大丈夫だ。」
腹をくくるしか無いか、と心の中でそうぼやいたサトキに、ラミットが一言だけ忠告をする。
「サトキ。殺すつもりで相手をするんじゃ、王子は特異魔法を授かってはいないが、それを補って余りある実力と技法がある。油断するで無いぞ?」
それだけ言うとラミットは公平に審判をする為に2人から距離を取り、ちょうど中間くらいの位置で手を挙げた。
「これより、冒険者サトキと冒険者ブライトの模擬試合を始める!双方致死以上の攻撃、魔法の使用は控えるように、では…始め!」
ラミットの振り下ろした手。それを確認したサトキはブライトに視線を移す…時間にしてコンマ半秒。目の前に映ったのはブライトの人差し指だった。
「⁉︎」
迫る指を顔を傾ける事によって回避。そのまま後方に跳躍し、ブライトから距離を取る。
「おぉ、初見で私の【抜手】を躱したのはサトキが3人目ですよ。」
本当に驚いた顔のブライト。だが、サトキにそんな言葉を気にする余裕はなかった。
「(瞬間移動?いや、特異魔法を持たない王子ならば純粋な身体能力もしくは五属性魔法…全く分からなかった)」
気配も初動も全てが察知出来なかった。気付いた時には既に眼前に迫っていたのだ。これは王子相手だからとかそんな理由で手を抜いていいような相手では無い。そう、暴走竜以上の敵として認識すべきだ。そうサトキは考える。
サトキは懐のポケットから根元から刃の折れた剣の柄を取り出す。それを対象に魔法を発動。
…刃の薄さは限りなく薄く…刃の強度は限りなく強度に…刀身は反り気味の日本刀のように…丈は1.5メートル…発動…【薄羽刀】
不可視、不壊、最硬度の【薄羽刀】。暴走竜に使ったものよりも全てにおいて上回る切れ味を誇る水準にまで引き上げた結界魔法だ。間違っても手合わせ程度の試合で出すようなものでは無いが、ここまでしてもまだ足りない…サトキにそう思わせるだけの理由がブライトから感じ取れた。
「ほぅ。本来はそのように運用するのですね。私の武器と似た運用方法…ますます面白い!」
吠えると同時にまたあの笑顔で突進してくるブライト。今度は先程と違い、迫ってくる過程が見えたことで納得きた。
ブライトはまず全身を弛緩させ、完全な脱力状態に。身体が前に倒れたと同時に足元に風魔法を。前方への推進力を得たブライトは超低空姿勢のままサトキへと肉薄した…この間コンマ半秒。
「(…恐らく魔法自体は推進力を得るためだけの初級も初級!後は純粋な身体能力かよ!)」
ブライトの抜手を半身になって躱すと、上段から薄羽刀を振り下ろす。それはブライトも予知していたらしく、身体を捻り、そのまま横薙ぎの蹴りを放ってくる。
「がっ⁉︎」
あの細身の何処からそんな力が?と思うほどの威力。そのまま5メートル程吹き飛ばされ壁に激突する。ガラガラと壁に蜘蛛の巣状のヒビが入るが、サトキ自身は無傷だった。
この世界に来た時。サトキの身体は地球での身体ではなく、容姿から何から何まで全て変わっていた。地球にいた頃はろくに運動もしてこなかったサトキ。運動神経も良くはなかったはずだが、この世界では思うように体が動き、また、体力や肉体の耐久性も比べようもなく上昇していた。
仮に地球であの蹴りをサトキが受けていたら確実に瀕死の重傷を負うはず。その為、どうやら用意された肉体のスペックはこの世界の水準でもかなり高いようだ。
「うーん、確かに特異魔法自体は強力なのでしょうが…技術…いや、身体の反応速度が付いて来ていませんね。魔法に頼りすぎなのでは?戦闘技術はまだまだ、と。では魔法はどうでしょうか?」
「てて、無茶苦茶な王子様だな…。って!」
起き上がったサトキが見たのは、ブライトの周りに展開された五色の槍。槍を形成する魔法自体はそう難しいものではない。が、そこに込められた魔力とその五本同時に展開された技量がやばいと思える位には、サトキにも分かった。
図書館でミランダと魔法について調べている際、サトキはある質問をした事があった。
『なぁ、この【並列魔法】ってどんな魔法なんだ?そもそも何属性?』
『え?並列魔法っすか?それは属性魔法じゃななくて…と言うかそもそも魔法の名称じゃなくて、魔法技術の事っすね。』
『ん?魔法技術?』
『並列魔法っていうのは、一度に同種類の魔法を、二属性以上で同時に展開する技術の事っす。前提として並列思考を習得している場合なんすけど、魔法の構築を二つ以上同時に行う事を並列魔法って呼ぶんすよ。因みに私は無理っす。どんだけ難しいのかというと、同列に書かれた別々の文章を、同時に読んで同時に理解する…そんくらいっすね。しかも属性を増やせば増やすほど文章は増えるし、高度な魔法でそれをやろうとすれば難易度はうなぎ登りっす。』
『うへぇ、そりゃ無理だ…』
だが、ブライトはそれを五属性全てでやってのけている。いくら初級寄りの魔法でも、それを並列魔法で行う難易度は計り知れない。
「【ボックス】!」
自分自身を囲うように【ボックス】を展開。込めた魔力は初期値。それと同時にブランドからランス系の魔法が全弾発射されるが、ラミット曰く【ボックス】に込められる初期魔力は普通の冒険者が放つ上級魔法に匹敵するらしい。初級寄りのランス系魔法を五発食らったところでビクともしなかった。
「ほう、竜殺しの特異魔法は障壁系のものですか?あの鋭く切れる不可視の剣といい興味が尽きませんね…が、その対処方法は心得てますよ?丁度ミランダもそんな感じの特異魔法ですからね。」
ブライトは素早く魔法を構築…目の前に現れたのは鉄の塊。それは土魔法5で訓練場の土から抽出した鉄、それに手持ちのアダマンタイトという硬強度の鉱物の粉末を混ぜた合金だ。それを風魔法で乱回転させ、雷魔法で帯電させる。
バチッとブライトとサトキの間に何か電気のラインのようなものが見えた時、サトキの現代知識(アニメから得た知識)がもしやとその正体を予見した。
「…っ!(まさか超電磁砲か⁉︎)」
障壁系魔法に有効な手段として最もオーソドックスなのは高威力一点突破。土魔法で生成した槍で突く、重質量の武器で殴るなど様々ある。しかし障壁系魔法とはその対象を守る為にどの術者もそれなりの魔力と強度を確保している為、言うほど簡単なことではない。それがサトキの【ボックス】ともなれば尚更だ。込められている魔力は初期値と言えども、一般の冒険者が上級魔法を放てる量。それを防御のために費やしているのだから生半可な攻撃ではビクともしない。
だが、ブライトの放とうとしている魔法。それを見たサトキは確実に破られると確信した。
「責任は取れないので当たらないように注意してくださいね?…【離反者の雷矛】」
一瞬にして音速を超えて飛来する鉄球。原理自体はサトキの考えた超電磁砲とおなじだが、魔法により再現されたソレは地球で費用対効果の観点から実現不可能とされている物よりも遥かに強力だ。
「(ボックスを多重展…間に合わない!)」
「そこまでじゃ!」
突然響き渡るラミットの声。同時にブライトの魔法は、地面に吸い込まれるように不自然な形で着弾。轟音と共に地面を苛烈に抉るに留まった。
「これブライト!お主はこやつを殺す気か!【離反者の雷矛】なんぞ対人で使う魔法ではなかろうが!」
「相変わらずの理不尽さだね、ラミットの【落下魔法】は。それに当てる気も殺す気も僕にはなかったよ。ラミットが仲裁に入るってわかってたからね。」
それを聞いたラミットは呆れた顔で溜息をつき何も言わなくなった。
「ところで、カンバラ君。」
「カンバルだ…それにサトキで構わないし、君もいらない。」
「…それは失礼、ではサトキ。確かに君の特異魔法は攻撃力、防御力ともに優秀だ。でも切り札の枚数が少なすぎるし、能力に頼り切って近接戦闘があまり得意じゃないように見える…合ってるかな?」
「ああ、それを今痛感したところだよ。」
「だが君はあの暴走竜を倒している。確かに先ほどの魔法も強力ではあるが、失礼を承知で言うとそれだけで勝てるほど暴走竜とは弱いものではない…なんで他の魔法を使わないのかな?」
サトキの強さ…それは結界魔法と反比例というスキルのバランスで決まると言っても過言ではない。【ボックス】と【薄羽刀】は基本的に結界魔法単体で構成された魔法なのに対して、【駆動甲冑】や【薄羽妖刀】は反比例によって底上げされた基本魔法を結界魔法と組み合わせた魔法である。
故に、反比例のスキルを使わずにそれらの魔法を発動したところで、魔法の特性上デメリットしか無い。HPコントロールも、対人戦においては難しい課題でもあるため、自ずとサトキの戦略の幅は限られてしまうのだ。
「残念だけど、現状の君では特例法の試験で合格を上げることは出来ない。幸いにまだ試験まで時間はあるんだ、よく考えるといいよ。自分の力と限界について…じゃ、また試験日に会おう。」
言うだけ言ったブライトは颯爽とその場を去っていく。悔しさと情けなさと言う感情を孕んだ目で、サトキはその後ろ姿を眺めるしか出来ずにいた。




