001話 青天の霹靂
青天の霹靂。
思いもよらない求人が目の前にある。
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苦節、応募面接合わせて44社。最終面接11社。そのどれもがお祈りメールと化した結果、青年 神原 佐都紀は苦悩していた。
大学卒業後、就職活動を失敗していた佐都紀は、その後も大した危機感も覚えずにバイトと遊びに明け暮れていた。
実家暮らしのためそれほどお金に困るわけでもなく、趣味のゲームに勤しみながら、時折バイトをしてお金を稼ぐ…そんな生活に満足していた。
しかしそれは突然に終わりを告げたのだ。両親からの追放勧告によって。余りの怠惰ぶりに嫌気がさした佐都紀の両親は、近くのアパートを借りて佐都紀を実家から強制退去。向こう半年間の生活費を与え、その後は一切連絡を取らなくなった。
−これはやばい。
それまで就職という事に対して興味もなかった佐都紀だが、両親の本気とも取れる対応に流石に焦りを覚え、就職活動を開始すも結果は惨敗。
短期間に履歴書の書き過ぎで腱鞘炎気味になった手をさすりながら、公園のベンチで途方に暮れていた。
「このままじゃゲームどころの話じゃねぇぞ…」
まだ新しかったリクルートスーツは、働いたわけでもないのに良い感じにくたびれており、形りだけ見るなら会社帰りのサラリーマンに見えないことはない。だが蓋を開ければ週に2回のバイトしかしていない半ニートである。
そんな折、突然公園に強風が吹き荒れる。
「うわっぷ⁉︎…て、なんだこれ?」
砂埃と突風が佐都紀を容赦なく襲い、同じくして顔にピシャリと叩きつけられた一枚の紙。それがあの求人の内容だった。
内容は怪しさ満点、不信感がうなぎ登りの好待遇。流石にこんな悪徳商法臭すぎる内容に食いつくバカは…
「…これだ‼︎」
ここに居た。大学はそれなりにいい所に行っていたので、就活にさえ失敗しなければエリートコース間違いなしだったのが、何をどうしてこうなったのか。本人のみぞ知る謎である。
「何々?もしご希望される方は電話の上、下記の場所へお越しください?」
いうが早いか佐都紀は即座にポケットからスマホを取り出しダイアルをプッシュ。その行動力がもう少しいい方向に向いてくれたら…とは佐都紀の両親の愚痴だ。
『お電話ありがとうございます。こちら株式会社イセカイでございます。ご用件を承ります。』
随分と若い女性の声だ。女性は挨拶もそこそこに用件を聞く。
「あの、求人を見て電話したんですが…」
『まぁ!あの求人を見てお電話していただけたんですか⁉︎ありがとうございます!』
「え、あ、はい。」
途端にテンションの上がる女性に若干の面食らった佐都紀は、戸惑いながらも返事を返す。
『本当にありがとうございます!もしよろしかったらなんですが、面談はこの後でも可能でしょうか⁉︎』
「え?この後すぐですか?」
電話口の女性は本当に嬉しそうに話しを詰めてくるので、佐都紀はどうも話に割り込み辛い。
「でも、履歴書とかまだ用意してないんですけど…」
『あぁ!大丈夫です!こちらでどうとでもなりますから!』
女性の口から何か不審な言葉が出てきたが、佐都紀の脳は既に損得勘定が始まっていた。計44社も落ちた就活。振って舞い降りた求人。しかもどうやら募集が来るのを待ち望んでいた様子…これならば受かる可能性が高い、と。
「今からでも大丈夫です!ここに書いてある住所に向かえばいいんですよね?」
求人募集要項の中におそらく会社のオフィスがあるであろう場所が記載してあった。ここからならばバスに乗って30分とかかるまい。薄暗くなった公園は人気が全くなく少し不気味だが、今の佐都紀にとってはその公園すら明るく見えるほどに舞い上がっている。
−よっしゃぁぁ!!なんとかなりそうだ!これで俺も人並みの生活が出来る!
仕事内容や給料、どんな会社なのかも書いていない怪しすぎる求人…
それでも今の佐都紀にとってはどうでもよかった。あまりにも落ち過ぎて狂ってきていた佐都紀の価値観は、待遇や働きやすさなどの一般的な就職要項よりも、なんでもいいからとりあえず内定をもらうという風に完全に目的がシフトしていたのだ。
『あぁ、それでしたら…』
と、電話口の女性が一拍置く。
「…私がお連れしますのでご安心ください。」
次の瞬間、女性の声はスマホからではなく、いきなり目の前に現れた女性の口から発せられた。
「は?え?」
「カンバル サトキ様ですね?只今より、勤務地であるアルフォンに向かいます。少々浮遊感が御座いますが、ご心配なく。」
突然目の前に現れた女性…いや、絶世の美女と呼ぶに相応しい少女は、にこりとそう微笑むと佐都紀へ向けてその細く透き通った肌をした手を向ける。
徐々に何か取り返しのつかない事態が起きているのではないか?と、正常な思考が戻ってきたが時既に遅し。
「えーと、そのアルフォン?って外国の名前だったり…」
「いいえ、アルフォンは世界の名です。」
「…は?ちょっ…」
これが、神原 佐都紀。地球での最後の呆け声だった。少女の手から発せられる謎の光に佐都紀と少女が一瞬で包まれるのだった。
※ ※ ※
「…と待って‼︎…ん?」
右手を少女に向けて伸ばした状態で、佐都紀はそこが先程までいた公園でない事に気づく。強いて言えばその少女も目の前にはもういない。
「何処だここは…」
先程までいた公園。辺りは日が暮れ、薄暗い中でベンチに座っていた筈だ。だが、佐都紀が見渡す限りではここが先程と違う場所というのがわかる。
木目調の床や壁、シンプルな調度品が飾られた棚、来客用であろうか一対のソファとテーブル。極め付けは目の前にある明らかに高級そうな執務机と自分が座っている高価そうな椅子…それに窓から見える青空。
明らかに先程の状況と相違点が多過ぎた。佐都紀は混乱する頭をどうにか落ち着かせようと椅子から立ち上がり、ふと姿見の目の前を通り過ぎる…
「は?」
通り過ぎた姿見の目の前に勢いよく戻り、自分の姿を穴が空くくらい目をひん剥き凝視する佐都紀。
そこに立っていたのは紛う事なき男の娘。
ショートボブに切り揃えられた髪にくっきり二重の鋭い眼、華奢とまでは行かずとも細身の体。そしていつ変わったのか男性用と思われる上下の動かしやすいトップスとズボンを履いている男の娘。男性用の服を着ていなければ女と言われても全く疑いようが…
−まて、もしかして本当に!
バッと自分の下半身へと視線と感覚を送る佐都紀。もしかすると男の娘ではなく、本当に娘の可能性もある。が、それは流石に杞憂に終わったらしくそこには立派な息子は鎮座していた。
「よ、よかった…」
姿見の目の前でペタンと腰を抜かす。息子はまだ天国に召されていない事に安堵した佐都紀は、取り敢えず今の状況を思い返してみる。
−(1)謎求人に電話する
(2)目の前に女が現れる
(3)知らん場所にいて、何故か男の娘になる
「ダメだ、意味がわからん。」
特に(2)と(3)の過程が飛び過ぎて最早考える余地がない。過程が分かったところで意味はないが状況を把握するには情報が必要だ。
取り敢えずこの部屋に何か情報がないか、藁にもすがる思いで佐都紀は物色を開始する。
だがそれはさらに混乱を深める結果となってしまった。
佐都紀の目の前には今の状況を打破しうるであろう書籍達…。
「【会社の手引き】…」
これはまだいい。あの女性…少女が勤務地云々言っていた。状況が全くさっぱり意味不明だが、まだこれは理解できた。
「【アルフォン 世界歴史】…」
これも…ギリ許容範囲内だ。少女の最後の言葉が確かアルフォンだった筈。
「【魔物大全 改訂版】…」
ダウト。内容がルナティック鬼畜モードになった。いきなり地球の生物学を否定する本だ、だが次も酷い。
「【魔法一年生 7月号】…何処ぞの出版本か!」
最早ここまでくる寧ろ清々しい。他には【魔法応用構築学】、【龍種生態研究書】、【魔物を初めて狩る前に読む本】などなど。厨二病全開の出版社の編集が、徹夜の勢いでそのまま作ったような本が次々に出てきた。
「…まぁ、状況が少しでも進展した事で良しとしよう…問題は中身だ。」
佐都紀は取り分け(この状況下において)マトモな【会社の手引き】を手に取った。表紙を捲るとそこには【ギルドの手引き】と知らない文字で記載されていた。だが何故か理解は出来ているし、それよりも。
「おい、【会社】の手引きはどこいった…」
ギルドと言うと佐都紀の記憶の中では、よくゲームやライトノベルなどに出てくる総合案内所的なものしか浮かんでこない。だが、まだここがそのギルドと決まった訳ではない。そう淡い期待を胸に次のページへ。
【サトキ・カンバル】種族 ハイヒューマン
成長上限 100/100
HP5000/5000 MP10000/10000
基礎魔法:火1 水1 風1 土1 雷1
特異魔法:結界魔法7
スキル:苦痛耐性 毒耐性 即死無効
固有スキル:【反比例】
「どこからツッコんで欲しいんだこの野郎‼︎」
盛大に【会社の手引き】を床へと叩きつけるサトキ。ついでに叫んだ時に自分の声があまり低くない事も含めてその怒りを本にぶつける。
この際部屋にあるもの全てに当り散らしたい衝動に駆られたがそれは流石に自重する。
「…ふぅ。とにかく中を全て読んでからだ。それから考えよう。」
我が身に降りかかった(自分の短絡さは棚に上げて)危機的状況をどう乗り越えるのか?
まずはこの【会社の手引き】もとい【ギルドの手引き】を全て読んでからにしようと自分に言い聞かせるサトキ。
「まずはこの【ハイヒューマン】からして意味がわからん。簡単に言うと高位人間?上位者?とか言う意味なんだろうけど。普通のヒューマンと何が違うんだ?」
ここに来て最初の疑問。ハイヒューマンとは何か?それを解決するには対象物があれば簡単なのだが、あいにくと今この部屋にいるのはサトキ1人。基本魔法や特異魔法、固有スキルや成長上限にしてもそうだ。だが、差し迫って速やかに且つ早急に知りたい情報がサトキにはあった。
「そもそもここはどこだ?」
そう、【ギルドの手引き】に書かれている内容云々よりもサトキが知りたいのは、ここがどこでどんな場所なのか?という事。
窓から見える景色と言えば草原、そしてその周りを取り囲む森だけだ。見える範囲に人が住んでそうな場所は一切なかった。その景色だけ見るならば地球のどこかとも言えなくもない。だがサトキは薄々ある可能性に行き着いていた。
「…異世界転生…いや、異世界転移とかいうんじゃないよな?」
サトキはゲームの他に、漫画やライトノベル等も人並み以上に嗜んでいる。その中で好んで読んでいたのが異世界系の創作品。取り分け異世界転移というジャンルに、今のサトキの状況が酷似していた。
そんな系統の作品の中に転生と転移の2種類があるが、今回の場合もしここが地球ではないのであれば転移に当たるのだろうか…などと若干逃避気味に考え始めるサトキ。もしかしたら寝て起きたら【夢オチ】という可能性もある。
「…いかん。とにかく現実を見よう。例えこれが夢でも現状は今が現実だ。」
1人でブツブツと呟くが、それを聴くものはいない。だが前の姿ならばいざ知らず、今のサトキの姿は見てくれだけなら美少じ…美少年だ。見られ聞かれたとしても、まぁ不思議ちゃんなのかな?程度だろう。
「種族、魔法その他のステータスはそれとなくわかったけど、比較するものがないからどう解釈していいか全くわからんしなぁ。その他には…」
【ギルドの手引き】にはギルドの設立方法、クエストの報酬設定、指名依頼の条件、冒険者の等級区分などなど、やはりというかサトキの知るギルドそのものの運用に関する記述があった。更に追記で当面の運用資産や設備備品の管理方法が記載されていたが、そこでサトキは最も重大な事に気づく。
「…待てよ?そもそも第一前提として人が足りなくないか?」
その通りだった。ギルドを運営する為のノウハウと資金は準備してあるし、建物も先程見た見取図が本当ならば居住区を除いても十分ギルドとして解放できる規模のもの。
だが根本的に足りないものがあった。それはギルド運営するにあたっての人材だ。受付嬢、事務職員、試験担当官などのいわゆるギルド職員。ライトノベルなどの知っている職種だけなのでまだ必要な人員はあるかもしれないが、簡単にあげるだけでもこれだけ必要なのである。
「最低でも受付と事務は絶対必要だ、となると2人…いや3人はいるな。」
ローテーション制で組むならば1人受付、1人事務、1人休日がいいだろう。サトキとしては地球のバイト先のように、ギリギリの人数でスタッフにブラック労働を強いるようなことはしたくないと考えていた。そもそもそれではサトキ本人の首を絞める事となる。
「給与は…まぁ運用資金から当てるとしても、そこら辺の相場が…待てよ?そもそもこの世界の金銭価値が全くわかんないぞ?」
日本のように円であれば問題ないのだがそう甘くはないだろう。会社を運営しようとしているのに、その長が無知な会社など誰も働きたいとは思わない。
「…相談役がいるな。」
受付要員もそうだが、まずはサトキにこの世界の常識を教えてくれる人物が要る。そのあとは自分の補佐をしてくれるなら尚良しだ。本来なら先程見つけた【会社の手引き】や【アルフォン 世界歴史】に載っていればよかったのだが、【会社の手引き】には本当にギルド運営に関する事しか載ってなく、【アルフォン 世界歴史】には最近の情勢は何も載ってなく、世界歴史とは名ばかりで戦争や侵攻云々の戦闘系のものしか記載されていなかった。
雇ったギルド職員に教えてもらうのも手だがそれでは威厳がなくなるし、示しがつかない。
「はぁ…まずは相談役の確保が当面の目標か。」
ふと窓を見るともう日がどっぷりと暮れており、時間は分からないが夜も更けていそうだ。サトキは「続きは明日だな」と持っていた本を閉じ、見取図通りに階段を登り、寝室として当てがってある部屋へと着いた。因みに一階が受付兼酒場、二階がギルドマスター室、三階が居住区となっている。サトキは酒場に関しては当分開ける気は無い。
重たい瞼を擦りながらもそもそと布団の中は潜り込む。少し厚みの足りない煎餅布団だが、今のサトキには関係なかった。
「明日になったら本気出す…あと、夢オチだったらいいなぁ。」
そう淡い期待を抱きながらサトキの意識は闇に堕ちていくのであった。




