第一章の7ーゴースティンのカリーナ
第一章 向こうの世界へ
ゴースティンのカリーナ
かけるは、ふと自分のいるベッドを見て疑問が湧いてきた。そういえば、この病院の施設から推測するに人間用の病院だ。人間のいないロボットだけになってしまったので、廃業となったのなら、この街は数年前までは人間が住んでいたことになる。台所から失敬した食料の賞味期限から推測するに数年前までは人間がいたということだ。
数年前にサイボーグやロボットが来て、住んでいた人類は殺されてしまったのか?それとも生き延びたのか?昨日の老婆達はその時に殺されたのだろうか?かけるは思い巡らせていた。
「その通りよ!ここがサイボーグ達に占領されてしまったのはわずかニ年前のことだわ」と話す声がした。
「誰だい?誰かいるのかい?」とかけるは辺りを見渡した。俊一もキムもホルヘもまだ寝ている。
「あたしよ!、昨日の赤いワンピースを来たゴースティンよ」と昨日の無邪気な笑い声は言った。かけるは笑い声のする方向を見たが何も見えなかった。
「太陽が出ている時は消えるとは言っていたけど、本当に見事に消えるものだな。待てよ!君は僕の思考を読んだ。ということは君はテレパシーを使えるのか?」
「そうよ!だから言葉に出さずに話しているから、あなたも理解出来るし私も理解できるの。言語は幾つもあっても、思考は変わらないからね。おばあちゃんがね、あなた方はまだ解らないことも多いだろうから付いてやってくれって」
「それは有り難い!」
「本当はね、あたしまだ小さいから諜報活動とか出来ずにおばあちゃんにくっついてるだけなんだ。おばあちゃんは足が悪くても、昼間は浮遊出来るから情報を抑えることも出来るけど、私はね。どうしてもうるさくしちゃったりして感づかれちゃうのよ。だからあなた達に押し付けられたって訳なの」
「そうか。君も大変なんだね。ところで名前は何て言うの?」
「カリーナって言うのよ。お兄ちゃんはか・け・るよね。知っているわ」
「そうか宜しくね」とかけるは右手を出した。すると右手に暖かい小さな手が握ってきた。もちろんかけるには見えないが触れられた暖かさは感じることが出来た。
「ところで話を戻すけど、ニ年前にサイボーグ達に占領されたって言ってたよね。でも戦争は十年前から始まったんじゃないの?」とかけるが訊いた。
「そうよ!何の不思議もないでしょう。このキルケ病院は戦時中から野戦病院として認知されていたの。ただの野戦病院ではないわ。ロイドもゴルゲも人類も関係なく診察して治療する病院なの。そのキルケ病院で働く医師や看護師は、人類が多かったから人間用の食料品が多かったのよ。でもこの土地をロイドが占領してからは、この病院の必要性がなくなってしまったのよ。ロイドだけならサイボーグ専用の病院の方がいいでしょう。そうして二年前に捨てられてしまった病院なのよ」とカリーナが答えた
「なるほどねぇ、ここもいろいろあったんだね!」とかけるは頷いた。かけるは思い出した様に再び話し出した。
「ところで、カリーナ!コーネリア姫はどこにいるんだい?コーネリア姫に是非とも会う必要があると思うんだ。コーネリア姫の考えを是非とも聞きたいと思うんだよ!」
「実は……」
かけるの問いにカリーナはもじもじと答えにくそうだった。
「実はコーネリア姫は軟禁されているの」
「軟禁って誰に、ゴルゲにかい?それともロイドにかい?」
「違うわ!人類によ!」カリーナは少々怒った様な口調で言った。
かけるは絶句した。
「同じ仲間であるはずの人類に、何故コーネリア姫が軟禁されないといけないんだ?」
「昨日の夜、おばあさんから現在は徹底抗戦を叫ぶ政治家が今の人類の主流だと言っていたでしょう!現在、人類の政治を執り行っているのは初代大統領であるサイキスと言う男なんだけど、彼が徹底抗戦を叫び大統領に選任されてからは、私達ゴースティンを作り出したり、軍事費を大幅にアップさせてあらゆる兵器製造に力を注いできたの」
「それでね、コーネリア姫はそんなサイキスに反対して独自に和平工作をしてきたの。だからサイキスにとってはコーネリア姫は目の上のたんこぶでしかなかったの。そうは言ってもコーネリア姫には力がないから、何も影響がない内は好きに泳がせておいたんだけど、コーネリア姫が和平工作の一環として、あなた達を違う世界から呼び寄せることを耳に入れたのよ。そうなると状況は変わってくる。あなた達がどの程度の力があるか未知数であることから、民衆の三分の一は疑ってかかってどうせ何も出来ないだろうと無視して、三分の一はあなた達に賭けてみようと和平を願う様になったの、そして残りの三分の一は未だに徹底抗戦を仕掛けるためにあなた方が邪魔になったのよ」
「そこでサイキスはコーネリア姫が民衆を煽動したという罪を作って軟禁してしまったのよ!もしコーネリア姫にあなた達が接触してしまい、民衆の過半数が和平に動くことを怖れているのよ」
「でも、何故、そのサイキスとやらは、和平になることを怖れているの?何故、徹底抗戦に拘っているのかな?」
「それは、サイキスの家族に理由があるの。サイキスには姉と妹がいるのだけれど、サイキスの姉と妹は結婚した夫と共に軍需工業の会社を経営しているのよ。サイキスの姉は人工衛星からのレーザーの照射により、この惑星のどこにいても攻撃出来る恐ろしい破壊兵器を開発しているの。サイキスの妹は核を利用した大量破壊兵器を開発している。これらの兵器は、実用化こそされてないけど、既に開発段階から製造段階に移され実際に配備されているわ。破壊力の大きさから、この兵器が使用されたら人類軍とゴルゲ軍とロイド軍との均衡は破れ、再び人類軍が優位に立てると言われているのよ」
「サイキスは自分の大統領の地位を利用して、国家の予算を、姉と妹の兵器の開発に大きく注ぎ込んでいるの。だから彼にとっては和平が成立して戦争が終わってしまえば、大きな利益を生み出す兵器開発に予算を割くことが出来ないばかりか、今まで国家予算を私物化してきた責任を取らされることが判っているのよ」
「そんな裏の事情があったのかぁ!それにしてもカリーナ、君はまだそんなに小さいのに、何故そんなことまで詳しく知っているんだい?」
「小さいからって馬鹿にしないで!こう見えても諜報部員よ!私は子供でじっとしていられないからおばあちゃんが世話役についているけど、諜報部員としての教育は受けてきたのよ」と言った。
「それは悪かった。頼りにしてるよ、カリーナちゃん!」
「ちゃん付けで呼ぶのは止めて!呼び捨てでいいわ!」
「はいはい、分かりました」
「『はい』は一度だけ!」
「はい」とかけるは答えた。これではどっちが年上だか分かりゃしないと思ったが口には出さなかった。
するとカリーナが「そうよ!お兄ちゃんなんだからしっかりしてよね。もっとも、人間として生きていた時間とゴースティンとして生きている時間を足し合わせると、私の方が先輩よ」と言った。テレパシーで通信しているので、思ったことは全て読み取られてしまうのだった。
「事情は分かった。それでは僕達の次の任務はコーネリア姫を助けに行くことだね。手を貸してくれるかい?カリーナ!」とかけるは頭の中で話し掛けた。
「もちろんよ!頼りにしてるわよ、お・に・い・ちゃ・ん!」とカリーナは返してきた。
かけるは口に出して「そうと決まれば皆を起こさなくっちゃ!」と言って、力が湧いてくる感覚を味わっていた。