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第一章の6ーゴースティン

第一章 向こうの世界へ


ゴースティン

 最初こそ眠りにつけなかったが疲れていたのだろう。知らず知らずに眠りに陥っていた。誰か女の子の様な声が陽気に笑う声にかけるは起こされた。最初は美樹か加奈かキャサリンの声だと思ったが、彼女達の声にしては幼すぎる。

 空耳だと思ってもう一度寝ようとした時にまた女の子の笑い声が聞こえた。こんな薄気味悪い病院でのことだから幽霊かとも思い恐くなったが、好奇心には勝てずにドアの所まで行った。この部屋は窓は外にしかなく、廊下の様子は窓越しに見ることは出来なかった。ドアを少しだけ開けてその隙間から廊下を覗いた。

 「わぁ!」とかけるはびっくりした声を上げて尻餅をついてしまった。かけるが廊下を覗いた時、赤いワンピースを着た十歳くらいの女の子が廊下に立ってドアの隙間から部屋を覗いて見ていたのだ。かけるはその女の子とばっちり目が合ってしまい驚かされてしまった。

 その女の子もかけると目が合って、驚いた様に後ずさるとまた笑いながら走って行った。走っていく女の子には両足は付いていたが、走る足音は聞こえてこないで、彼女の笑い声だけがいつまでも聞こえてきた。


 「ちょっと待って!ちょっと待てってば!」かけるは慌てて、ドアを開けて廊下に出た所で、かけるは自分がパンツ一丁で寝ていたことを思い出した。ベッドに戻りジーンズを慌てて穿()く時、前屈(かが)みに倒れてしまったが、そのまま強引にズボンを引き上げると、ドアを開けて廊下を少女が駈けて行った方向に歩いて行った。

 月明かりが廊下を照らしていたため、ライトが無しでも問題なく見えた。

 少女の笑い声は遠くから未だに聞こえてきていた。耳で聞こえるというより頭の中に響いて来るといった方が正しい、テレパシーと似た感覚であった。

 少女を追いかけながら、隣の女子の部屋を通り過ぎた際にドアが開いて美樹が出てきた。

「かける!かけるも今の女の子の声聞いたの?」

「ああ、今その女の子を追いかけて行く所だ。何か分かったらまた後で話をするよ」とかけるは急いで行こうとするが、美樹はかけるの腕を放そうとしない。

「待って!かける、私も行く!」

「美樹、君が来ても仕方ないよ。それに幽霊が恐いんだろう」とかけるは腕を振り(ほど)いて行こうとするが、美樹は「いや、私も行く!」と言った。

「それなら早く着替えなよ!」とかけるが言うと、美樹は嬉しそうな子供の様に目を輝かせて部屋の中に入って行った。

 美樹はジャージを着ていたが、ジャージからジーンズのいつもの姿に戻ってドアから出てきた。

「加奈とキャサリンは?」とかけるは訊いた。

「彼女達はまだ寝てる」と答えた。


 二人であの少女の駈けて行った後を追うことにした。

廊下は月明かりが明るく照らしていたので問題はなかったが、階段や月明かりが照らしていない場所は暗かった。

 かけるはポケットライトを持ってきていたが、美樹は何も持って来ていない。美樹はかけるの腕をぎゅっと両手で握った。そんな姿を見ると、美樹もちょっとは可愛いものだとかけるは思ったりした。ただ、美樹に掴まれている腕が痛いのだが……。

 少女の笑い声は以前として頭に響いてきており、その声が響いてくる方向へと二人は歩いて行った。

 昼間の内に皆で病院の隅々まで歩いていたので、病院内のフロアー構成は判っていた。

 かける達は病院の二階で寝ていた。病院は地上に三階、地下に一階の計四つ分のフロアーがあった。 食堂や台所は一階にあり、二階や三階は病室だ。声のする方向へと一階に下りてみた。声はさらに下から聞こえてくるということは、地下一階だ。

 地下一階は病室ではなく検査用に区分けされていた。放射線科などの検査や診察する科や手術室、さらに一番暗くて冷たくて恐い部屋の霊安室があるのも地下一階だった。


 地下一階に下りるとここは月明かりが届くはずもなく真っ暗でどこからかひんやりとした風が流れている様な気がした。

「もう帰ろう!」と美樹はかけるの腕を強く握って引っ張った。かけるでさえ怖くなるようなシチュエーションだ。美樹は幽霊に対しては怖がりだから無理もない。

「先に帰りなよ!」ここから帰るだけなら一階と二階の廊下は月明かりがあるから灯りなしでも大丈夫だろう。僕はあの少女を見つける。彼女が何か知っている様に思うんだ」

 美樹は今まで歩いてきた後ろを振り返った。幾ら月明かりがあっても階段は暗い。それにこんな所で一人になるなんて絶えられなかった。

「ふん、あんた一人じゃ頼りないから、付いていってあげるわよ!」と美樹は強がりを言った。

 「そうだ!歌を歌いながら行こう!」とかけるが提案した。恐い時などは、恐怖を追い払うために歌を歌ったりするものだ。かけるが勇気が出るような歌を歌い出すと美樹も歌を合わせてきた。美樹の声は震えていた。かけるも歌いながらも声が震えているのを隠せなかった。かける達が歌い出すと、先程まで頭に響いていた少女の笑い声がぴたりと止み、暗闇の中に静寂が訪れた。少女の笑い声が止まったこと、そして静寂が、痛い程に恐怖を(つの)らせた。

 かけるは歌うのを止めて時折「ぼくたちは敵じゃないよ。何にもしないよ。ただ話を聞きたいだけなんだ。出て来てくれないかなぁ」と闇に向かって声をかけた。あの赤いワンピースを着た女の子に語りかけてみた。

 だが闇はシーンと静まり返ったままで何も物音が聞こえなかった。放射線診療科にも検査科にも入ってみたが、誰もいる気配がなかった。

 残る扉は一つだけ霊安室だけだった。霊安室は奥まった部屋にひっそりとあった。かけるは重い扉を手前に引くとギーという音と共に扉が開いた。美樹は恐さに心臓が破裂しそうなのを我慢して、かけるの後ろに隠れていた。


 「誰かいるの?」と声をかけながらかけるは隅々にポケットライトの灯りを照らした。昼間に来た時も太陽光線の入らない地下一階のこの霊安室は暗かった。でもその時は他の皆七人一緒で、灯りもたくさんあった。今は二人だけで、灯りも(とぼ)しいポケットライトだけだ。

「ほら、かけるぅ、誰もいないよ!もう帰ろう!」と心細げに美樹が言った時だった。

 かけるの持っていたポケットライトの灯りがふっと消えた。かけるは慌てて何度もスイッチを押してみたり、電池の蓋をしっかり閉めなおしてみたが、消えたポケットライトの灯りは戻ってこなかった。

 「お前達は何者だぁ!」といきなり霊安室の暗闇が緑色の炎をあげ、その緑色の炎に何者かが映し出された。その顔を見て美樹は「きゃぁー!」と長い悲鳴をあげて、かけるに寄りかかりながら床に崩れ去った。気絶してしまったのだ。

 かけるも息をゴクリと呑んだ。緑色の炎に照らされた顔は老婆のものだった。その老婆の傍らに先程の赤いワンピースを着た女の子が老婆に隠れてこっちを見ていた。

 美樹が失神したのも無理も無かった。彼らの顔や体からは皮膚は無くなり肉がとろけてぶら下っているゾンビの姿だったのだ。女の子の目玉はしっかりと付いていたものの、老婆の目玉は既に片方がなく、もう片方もぶらぶらとぶら下がっていた。

 立ち尽くしているかけるにもう一度老婆は声をかけた。

「お前達は何者じゃと訊いているのだ!」

かけるは失神した美樹を壁に座らせてから老婆と女の子の方を向き直った。

「……ぼっぼっ僕達は……何故かは判らないが、この世界に迷い込んでしまった者です。黒い獣に追いかけられたり、三つ首の化け物と戦ったり、ロボットに逮捕されて、刑務所を逃げ出してここに隠れたんです」かけるはドモリながらも下手に嘘をつかずに正直に話した。

 老婆が指名手配のチラシを見ていれば、ロボット警察に通報する危険性も考えたが、彼女達はかける達の敵には見えなかったのだ。

 老婆は暫く黙っていたが納得した様に話した。

「そうか、お前達が私達人類の味方になってくれる人達か?そうか、やっと来てくれたのか?」

「おばあさん達こそ何者ですか?昼間この部屋を(のぞ)いた時はいなかったと思いますが。それに人類と言っていましたが本当に……」とかけるは幾分落ち着きを取り戻して言った。

「そりゃぁ、そうさね!私達は昼間は別の顔で出かけている。姿は見えないさね。夜になったら本当の顔に戻ってここの病院で休んでいるのさ。わし達以外にもこの廃屋となった病院を(ねぐら)にしている仲間は一杯いるよ!でも皆昼間はいないよ!人類のために働いているんだ!」

「昼間は見えないって、もしかしておばあさん達は幽霊なのかい?」

「ふっ幽霊か?そうさねぇ、呼び方はどうあれそんなもんだね!我々は一度死んでいる。だが幽霊ではなくてゴースティンと呼ばれる者さ」

「おばあさんはさっき、僕らのことを人類の味方になるって言いましたよね!おばあさんなら、何故僕らがここの来たのか知っているんですか?この世界は一体何なの?」

「やれやれ、最初から話してやらないといけない様だね。話は長くなるよ。いいかい?」

「もちろんだよ!最初から話をしてくれるなら仲間を皆呼んでくるよ!僕達皆に関係することなんでしょう?」

「お前たちは何人いるんだ?」

「僕とここに倒れている美樹も入れて七人」

「それでは皆一緒に話してやるよ!連れておいで!」

老婆は手を上げて仕方ないと言った素振りを見せた。

 かけるは床に座って寝ている美樹の頬を叩いて起こした。

「おい、美樹!起きろ!起きろったら!」

美樹はうっすらと目を開けて「幽霊はもういない?」とかけるに訊いた。美樹が周囲を見渡すと老婆と女の子を見つけた。

「ああ、まだ幽霊がいるじゃない!幽霊が消えたら起こして!」と寝ようとした。

「いいから起きろよ!これからこの世界のことについて、そして、何故僕らがここに来たのか話してくれるんだよ。早く起きろってば!」とかけるは美樹を揺り動かした。

美樹は「でも幽霊は大丈夫なの?」と目を閉じたまま訊いた。

「彼女達なら大丈夫?呪い殺すとかの幽霊じゃない!善い幽霊みたいだから!」と言うとやっと美樹は目を開けた。それでもまだ体は震えていた。

「ちょっと皆を起こしてくる!美樹はここにいて!」とかけるが立ち上がって行こうとした。美樹は改めて老婆と赤いワンピースを着た女の子の姿を見て、慌てて「待って!かける、私も行く!」とかけるの後を追った。美樹は一人でゴースティンと一緒の残されるのが耐えられなかったのだ。


 かける達は走って二階に戻り皆を叩き起こした。かけるは説明ももどかしく、寝ぼけ眼の皆を地下一階の霊安室に連れて来た。あの老婆と女の子を見ると、加奈もキャサリンも悲鳴を上げた。俊一やホルヘやキムは悲鳴を上げなかったものの(まばた)きすることも忘れたみたいに眼を大きくさせていた。

 簡単に今までのことを説明して、皆で座っておばあさんが話し出すのを待った。真っ暗な中、ゾンビのおばあさんの話を聞くのは、なんとも言えないゾクゾクとした恐さを感じていた。

 「さあ、おばあさん、始めてください。ここはどこなのか?僕達は何故ここにいるのか?教えてください」

「改めて数人の人の前で話すのは、こんなゴースティンの姿になっても照れくさいもんだねぇ。それじゃぁ、始めようかね。話を始めるには十年前から始めないといけないね」

 「この惑星ではね、人間は戦争ばかりしていたのさ。領土を争い、資源を争い、何かとつけて争っていたのさ。相手を打ち負かすために自分達をどんどん強くしようと、ううん、強く見せようと開発していったのね」

「最初は兵器開発に力を入れていったのね、兵器をどんどん高度化して開発して、正に兵器の開発競争に明け暮れていたのさ」

「それは僕らのいた地球も同じかもしれないね」とかけるが口を挟んだ。

おばあさんは、地球のことをさも知っているかの様にうんうんと頷いてからまた話し出した。

「殺傷兵器を開発して、その防御する防御のための兵器を開発してね。でも、どんなに兵器を開発しても人間自体は強くならないのよ!弱いままなのね。そこで、人間自体を強くして相手に勝つという人達が現れたの!」


 「あなた達も()ったって言ってたわね。黒い毛皮に象の表皮をもち狼のような牙を持ち、蝙蝠の翼を持つ。あれは、あなた達は黒い獣って呼んでいたけど、あれは元は人間なのさ」かける達は大きなショックを受けた。獣と思っていたのに、人間だと言われたのがショックだったのだ。

老婆はかける達の驚きをそのままに話を続けた。

「人間だったのよと言った方が的確かしらね!ゴリラや象や蝙蝠や狼などと人間を掛け合わせた獣人なのよ」

「脳は人間なの。だから感情も心もある。だけど、体は他の

 動物を掛け合わせた生き物なの。DNAって知ってるかしら?」

「知っています。デオキシリボ核酸のことで、DNA: DeoxyriboNucleic Acidの略です。高分子生体物質で、地球上のほぼ全ての生物にとって、遺伝情報を担う物質です」とキャサリンが答えた。

 「そう正解ね。その遺伝情報を担う物質を取り出して自由に(つな)ぎ合わせる技術を開発した人間達がいたのよ。そいつらはDNAを掛け合わせることでタフなボディーを作ったわ。通常の小火器、例えば銃や機関銃などはあいつらには通じないわ。空を飛ぶ者、水の中に住む者、他の生物のDNAと掛け合わせることで従来の人間が出来なかったことが出来る様になった」

「もちろん、人類も彼らを無視出来なかった。兵器を持って彼らに戦争を挑んだわ。人間の知能を持ち、はるかに優れた能力を持った者を野放しにはしておけなかった。自分達より強い相手を野放しにしておけば脅威でしかないものね。ゴルゲは人類からの独立戦争と称して戦争を開始したわ。ゴルゲにとっては人類は敵でしかないの」

 「そうか!だから奴らは僕達のことを敵だと思っていたのか!…待てよ!それなら僕が見た獣人に殺された女性は誰だったんだろう?」とかけるが言った。

「そうか!あんた達はコーネリア姫の使いの侍女に遭ったんだね!」

「いや、遭ったって言っても獣人に殺されたのを見ただけ!彼女は誰なの?コーネリア姫って?」とかけるは急き立てる様に訊いた。

「まあまあ、順々に話していくからちょっと待っておくれよ!」


 「獣人の他に自分達の肉体を改造することによって強くなろうとした人間もいたんだよ。あんた達が刑務所に入れられ、この街を作ったのがロイド達、サイボーグなんだよ。奴らは人間の脳以外はほとんどの器官を機械に変えてしまったんだよ」

「獣人のゴルゲは獣達を操る周波数の電磁波を開発して、獣も兵士として操ることが出来るのさ。そしてサイボーグのロイドも絶対命令服従型として、全てが機械で出来ているロボットを下級兵士として操ることが出来るの!」

「獣やただのロボットも敵になりうるの?ロボットなんて大量生産すれば幾らでも兵士を生産できるじゃない!」と加奈が言った。

 「その通りです。彼らの勢力は次第に人類の生存を侵略していったのさ。人類も兵器を開発して対抗したが、兵士一人一人の強さが勝敗を分けた。勢力範囲をどんどんと奪われていったのさ。人類も対抗してロボットを作ってもみたが、ロボット工学の先駆者は全てロイド側に連れて行かれた後さね。テクノロジーが数段遅れていて、人類が開発したロボットはサイボーグのロイドに数年の遅れを取っていると言われてたくらいだからね」

 「今は、人類と獣人のゴルゲとサイボーグのロイドの三者が戦争状態にあったが、人類が数を減少させたことにより均衡が取れてお互いの領域を侵略しないように不可侵条約を結んだ。当初はゴルゲもロイドも人間を敵視してゴルゲ対人類、ロイド対人類の構図になっていたが、今では人類の力が弱くなったために、ゴルゲ対ロイドの構図が強くなったのさ」

 「不可侵条約があるとはいえ戦闘エリアでは戦争が続いてる。人類は兵士となるべき人の数が大幅に減少してる。だが、戦争を放棄すれば、兵器に頼っていた弱い人類はゴルゲやロイドの敵ではないじゃろうて。領土を取られ奴隷とされてしまうじゃろう」

 「人類の中で戦争を嫌い奴隷として生きる事を主張した人もおったのだが、多くの人類にとっては、今まで下等な獣やロボットの奴隷として働くなら徹底して抗戦を叫ぶ人もいて、人類の政局は徹底抗戦を叫ぶ人が(おも)なのさね」


 「我々ゴースティンは見ての通り一度は死んでおる。人類として徹底して戦うことを目指す人類は新たな技術を開発したのさ。死者を(よみがえ)らせて、兵士として使おうというのじゃ。私も孫のカリーナもそれで(よみがえ)させられたのですじゃ。見ての通り、肉体は朽ちてる。魂も(はる)か遠くに旅立った後じゃ。その魂を引き戻す技術なのさね。ところが朽ちる肉体を止めることは出来ぬ。それでこんな姿になっておるのじゃよ。じゃが、こんな姿で蘇っても何も出来ぬ。夜は皆本来の姿のゾンビに戻るのさ。しかし太陽が出ている間は、この姿では動けない。太陽が出ている間は姿が消えているのじゃよ」

 「姿がない我々は戦場でも活躍すると考えられておった。なにせ姿が見えないのじゃから、戦争でも弾に当たる事もないじゃろう。ところが、朽ちた体に魂があって消えることが出来ても、わたしらには体力やエネルギーがほとんどないのじゃよ。結局、戦局に大きな変化を与えることは出来なかったのさ。それでも、軽い偵察の仕事などには持って来いの姿であったため、我々ゴースティンは皆諜報活動に従事しているのさね」


 「現在、人類は兵力増強の大勢(たいせい)の中で、和平の道を探っている一派がある。それがコーネリア姫を中心とする集団なのじゃよ。でもこのコーネリア姫を中心とする一派は、人類の中でも力を持っておらん。技術力も政治的な力も権力も軍事力もほとんど所持しておらん。政治家の中で疎まれている存在ではあっても、力がないので相手にされてさえいない状態じゃよ」

「でも、……それだったらどうしてコーネリア姫の使いの者がゴルゲに殺されないといけないの?」と美樹が少々考えながら訊いた。

「それは、コーネリア姫が伝令に遣わした使者に問題があるのではなく、その伝令によってこの世界に来る人たちに脅威(きょうい)を抱いていたからじゃ」

「……それってもしかして……」と俊一が言った。

「そう。あんた達じゃ!あんた達は、この世界に来て特殊な力を身につけたじゃろう!その能力を使ってコーネリア姫に力を貸してあげて欲しいのじゃよ」

「この特殊な力は、そのコーネリアとか言う姫が俺達に与えたものなのかい?」とホルヘが訊いた。

「いいや、おそらく、それは違うじゃろう!コーネリア姫が持っているのは未来を予知する能力だけですじゃ。あんた達は元々そんな能力の可能性を秘めていたんじゃないかのう。それをコーネリア姫が未来を予知したことから見出したんじゃないかと思うとるよ」

 「コーネリア姫のことはそのくらいにして、話にもどろうかい」と老婆は言って話の続きに戻った。

 「均衡が取れていた人類とゴルゲとロイドの三者じゃった。でもあんた方が人類に加われば、ゴルゲにとっては脅威になると考えたのじゃ。じゃから、コーネリア姫からの使者があなた達に接触する前に使者を殺してしまった。ところが、ちょうど向こうの世界とこちらの世界の(とびら)となった樹海にあなた方が来ていたのは、ゴルゲにも判らなかったのじゃろうて。向こうの世界からこちらの世界のことが全く判らない様に、こちらの世界からも向こうの世界を知ることは出来ないのじゃからのう」


 「でもそれなら何故ゴルゲは知ることが出来たのかしら?ゴルゲの中にもコーネリア姫の様に予知が出来る者がいるってこと?」と加奈が言った。

「そうだよ、でもサイボーグのロイドは俺達のことを知っていた様には見えないから、ロイド達にとっては俺達のことを予知した者はいないのにな」と俊一が言った。

「サイボーグのロイドはデータに(もとづ)いた可能性をコンピューターではじき出すことは出来るが、データのない所では可能性も何もないのじゃよ。ゴルゲは動物のDNAと結びつきあった獣人じゃ。虫の知らせとか動物的な勘はゴルゲはコーネリア姫と同じくらいかそれ以上に優れているはずじゃ。だからこそ、あんた達の存在に気付いたのじゃろう。鋭い動物的な勘があればこそ為せるワザじゃて」

「それで全てわかったよ」と俊一は言った。

「でもちょっと待って!ゴルゲも獣人、ロイドはサイボーグで人間の脳を残しているのなら、あたし達が人類に味方をして戦うというのは戦争に加担(かたん)しろ!ってこと?」と美樹が言った。

「相手が獣の形していても、相手がロボットの形していても、脳が人間なら、戦って奴らを殺してしまったら人間を殺すってことじゃないの?」と加奈が言った。

「それが戦争ってやつなんだ」とホルヘが言った。

キムもホルヘの考えに頷いた。

「そうではないよ!戦争に加担するのではなくて和平に協力してくれ!ってことだよ」とかけるが言った。

「和平ったってどうやって?」と美樹が言った。

「今の状況では全く判らないわ。でも逃げる事も出来ないでしょう」とキャサリンが言った。

「とんでもないことになっちまった!俺達にそんな期待をかけられても、俺達に一体何が出来るって言うんだよ?」と俊一が言った。

「あんたたちならきっとやってくれるでしょう!なんと言ったってコーネリア姫が見出したのじゃからな。私はコーネリア姫を信じております。ですから、コーネリア姫が見いだしたあなた達を信じとるじゃ」と老婆は言った。


 その夜は老婆と女の子にさようならを言って、二階に戻って寝ることにした。ベッドに戻った面々はあれ程疲れていたにも関わらず眠れなかった。あの老婆に教えてもらったことでやっとこの世界のこと、そして何の為に自分達がこの世界に来たのか全容が(つか)めて来た。

 だが新たな迷いが生じてきた。自分達が何をすればいいのかだ。コーネリア姫とやらに「ゴルゲと戦え!」とか「ロイドと戦え!」と言われた方がすっきりする。人類の味方につくといってもゴルゲもロイドも元々は人間であり、脳は今でも人間だ。

 ゴルゲの獣人もロイドのサイボーグも、今でも脳は人間なら、人類の味方とは誰の味方ということなのか?

 和平の道と簡単に言うが、一体何が出来るというのか?さっぱり思いつかなかったのだ。そんなことを考えながらも夜は更けて、気付くと朝になっていた。少しでも眠った様だ。


 このロイドの街は、かけるの日常であるいつもの朝とは違っていた。サイボーグやロボットの町だから、彼らは人間が食べる様な食べ物を必要としない。米も麦も穀物も何もない。だから(すずめ)がいない。食べ物がないので虫なども発生しないのだ。いつも朝、チュンチュンと雀の(さえず)る音に起こされていたかけるは違和感を感じた。

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