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第一章の3ー獣人ゴルゲ

第一章 向こうの世界へ


獣人ゴルゲ

 雨は降り止まずに富士の樹海は夜を迎えていた。道が判らず樹海から逃れられない以上、洞穴で夜を明かすしかなかった。

 富士の樹海には熊や狼がいるとは聞いたことがないが、何か獣がいるかもしれない、それと先程の黒い獣がこの世界にいないとも限らない。そこで火を絶やさない様に、焚き火当番を決めて順番で当番をして、他の者はその時間帯に眠ることにした。


 明け方近くになって焚き火当番は俊一が行っていた。美樹から交替した俊一だった。

 俊一は写真部に所属していた。写真部には、女の子のいろんな角度からの写真を撮るのが目的で入部したのだ。写真部では体を鍛えるトレーニングもなく、また俊一の性格と入部理由からも厳しいカメラワークなどはパスしてやらなかった。

 それが、今回のキャンプでは慣れないことも多く、心身共に疲れてきっていた。目を開けようと指で開いても、体を(つね)ってみても、起きていることが出来ず、つい、うとうとと眠ってしまった。


 朝、かけるが起きてみると、他の皆は寝ていた。薪当番だった俊一も寝てしまって焚き火の炭が赤く燃え残っているだけだった。俊一はあぐらをかいて座ったまま寝ていた。

「何だよ!俊一寝ちまったのか。まあ仕方ない疲れているだろうからな」とかけるは呟いた。

 かけるは「うう寒い!」と身震いして、焚き火の赤くなった炭の火を吹いて新しい薪をくべた。薪は朝の(つゆ)で濡れていたため、なかなか火が燃え移らなかったが、時間をかけてやっと火が大きくなってきた。かけるが焚き火の火を大きくしようとしている間に、一人二人と起きて最後に俊一が起きた。

「おお、悪い!悪い!つい寝ちまった」と俊一が謝った。

「ついじゃないでしょう!誰か一人が焚き火の番をしないと私達全員が危険に(さら)されたのよ!」と責める様に言ったのは加奈だった。

「まぁまぁ、俊一も悪気があってのことじゃないしさぁ」と俊一を(かば)っているのは美樹だ。

「そんなこと言ったって美樹……」とまだ言い足りそうな加奈をかけるが(さえぎ)った。


 「しっ静かに!外に誰かいる!」かけるの声は緊張していた。一同に緊迫した空気が流れた。

「何、何ですって?」と加奈が驚きながらも小さな声で言った。俊一が目を見開き息を呑んだ。

「何だ、ありゃぁ!化けもんだ!」とホルヘが言った。

 洞穴の外の朝霧が晴れてきて、かけるにもその姿は見えてきた。洞穴から見上げる位置の窪地に降りる縁の辺りで、昨日かけるが見た獣が三頭集まって何やら話していた。

 昨日見た時も感じたが、彼らの体躯(たいく)は大きく2メートルは軽く超えていると思われた。この獣は翼と腕は別になっている。鼻っ柱は狼の様に長く鼻が利く様で何やらくんくんと匂いを嗅いでいた。

 かけるにとっては、あの獣を見るのは二回目だが、他のメンバーにとっては始めてだ。皆が驚き大きな声を張り上げない様に、ショックで声を張り上げそうな人の口をお互いに塞いだ。幸いにも彼らは気付いていないらしい。

 かけるは冷や汗が流れる顔を拭くこともせずにじっと息を押し殺していた。心臓は大きく高鳴り、心臓の音があの獣達の所まで聞こえてしまうのではないかと心配した。かける以外のメンバーの口の中に溜まった唾を呑み込む音、心臓の鼓動さえ聞こえてきそうな程緊迫が走った。時間がとても長く感じられた。顔から流れた冷や汗が(あご)からポツリと地面に落ちた。


 やがて、もう一頭の獣がやって来て、三頭の内一番獰猛そうな獣に何やら耳打ちをした。そして、急いで四頭とも飛んで行った。正に飛んだのだ。背中にある翼を羽ばたかせ飛んで行った。彼らの下の落ち葉が羽ばたく風によってひらひらと舞った。青空に不気味な黒く大きな獣が飛ぶ姿は、カッコいいものではなく吐き気さえ(もよお)しそうな程気味悪いものだった。


 「ふぅ、やっと立ち去ったよ」とかけるは溜め息を付きながら顔の冷や汗を拭った。かける以外の皆も胸を撫で下ろした。

 美樹が「しかし、奴ら何か会話している様だったけど何て言っていたのかしら?」と訊いた。

 「えっ!あんなに大きな声聞こえなかったの?奴ら、『昨日の奴は探さないといけない!この辺にいるはずだ。何としても生け捕りにしろ!』ってあの獰猛そうな黒い獣が言っていたわ。さすがに耳打ちしていたのは聞き取れなかったけどね」と加奈が言った。

 皆、加奈の方を見た。

「なっなによ!何か変なこと言った?」

「いや、僕には全く聞こえなかったけど、よく聞き取れたなぁって」かけるが言うと、加奈以外の皆も頷いた。

「あんな大きな声で言っているんだもん!聞こえない訳ないじゃない!変なの!」


 「しっかし、驚いたなぁ!あんな鬼みたいな獣がいるなんてね」と俊一が言った。

「お、鬼?」

「だって頭に角があったじゃないか!」

「角?」

かけるにとっては、あの獣を見るのはこれで二回目だが、角が見えなかった。

「角なんてあった?」

「あったよ!一本前に突き出ていたじゃないか!でも確かに黒い毛に覆われてはいたけどね」と俊一が言った

 また皆が俊一の方を見た。

この洞穴から彼らが立っている場所まで30メートルは裕にある。そんな所まで見える訳がない。

 かけるは「俊一、お前って、視力良かったっけ?」と訊いた。

「いや、言いはず無いだろう。眼鏡かけてんだから。眼鏡かけて1.0しか出ないよ。そんなこと()えて訊かなくても知ってるだろうよ」と俊一は答えた。

かけるの視力は両目とも2.0だ。そのかけるでさえ見えなかったのに、何故かけるより視力の弱い俊一に見えたのだろう。かけるはそれ以上考えるのを止めて言った。


 「とにかく奴らがいなくなった今、ここから逃げよう!奴らが帰ってくるかもしれない」

「でも何処へ?」とキムが訊いた。

「判らないが、とにかくここは危険だ。奴らがまた帰ってくるかも知れない」とそこまで言って、かけるは何やら思い出して加奈に訊いた。

 「加奈、さっき奴らが昨日の誰かを探しているって言ったよね?」

加奈は答える代わりにコクリと頷いた。

「昨日の誰かって、もしかして……」

「かける……」かけるの後を引き取って美樹が言った。

そうだった。かけるは昨日、この洞穴で獣が人間の女性を殺しているのを見ている。さらにまずいことにそのかけるの姿を見られていた。


 「でもどうなっちゃっているんだ!ここは富士の樹海だろう!日本に、いや世界中にもあんな化け物が生息しているって聞いたことないぞ」とホルヘが言った。

 それに関しては皆同意見だった。とにかく、荷物をまとめて、洞穴を後にした。窪地から這い上がったかけるは、昨日とは違う感覚を覚えた。

「ここは違う!」

「何が違うんだよ?」と訊く俊一にかけるはさらに続けた。

「ここは昨日いた富士の樹海じゃない!」

「そんな馬鹿な!俺達はずっと洞穴にいたじゃないか?」

「確かにそうだけど、見てごらん!」とかけるは指を指した。

 「昨日、僕達が結びつけた白い紐がない!」

かけるにそう言われて、皆辺りを見渡した。確かにその通りだった。昨日は白い紐を取り残さずにそのままにしておいた。だが今日はその白い紐が辺り一面からなかった。

「でも、それはあのホログラムのお姉ちゃんが白い紐を全部取ったからじゃないの?それか、さっきの獣が取り去ったとか?」と俊一が訊いた。

今まで黙っていたキャサリンが首を振った。

「確かに違うわ!昨日、この窪地に降りる時、木の根に引っ掛かって木の根を折ったのよ。この木の!」とキャサリンが指差した方向にある木の根は折れておらず傷一つついてなかった。

「どういうことなんだろう、これは?」かけるの問いに答えられる者はいなかった。


 とにかくこの場所でじっとしていては、またあの黒い大きな獣が戻ってくるかもしれない。とにかく進むしかなかった。

 もう一つ、ここが富士の樹海ではない証拠が上がった。かけるは磁石付きの時計を持って来ていた。昨日は歩きながら磁石を見る度に、方位磁石の針は違う方向を指していた。ところが今は方位磁石の針はいつも同じ方向、すなわち北を指していた。


 どこに逃げていいか判らないが、朝方の獣は洞穴から北に向かって飛んで行った。そこで、奴らから逃げて早く脱出するために南へ向かうことにした。昨日車を降りて南側から北に歩いたはずだから、方角としては戻る方向で合っていると思うのは、ここが富士の樹海であればという条件の下に過ぎない。だがここがどこなのか答えが出るまで待ってはいられなかった。


 一向が、樹海の中を歩いていると大きな沼に出た。富士の樹海に沼などない。湖も樹海から離れているはずだ。明らかにどこか違う所に来てしまったのだ。沼は深い緑色をしており、かなりの深さがあるようだ。

 水面には霧がたなびき、神秘的というよりは背筋に冷たいものが()う様な不気味な感覚を感じた。

「なんか不気味な湖ね!」と美樹が言った。

「深さはかなりあるね!三百メートルぐらいあるよ」と俊一が言った。

「何でそんなこと解るんだ?」

「何でだろう?俺にも何故だか解らないけど解るんだ!」

 「ちょっと泳いでいこうぜ!」とホルヘが言うのと同時に服を脱ぎ捨てている。パンツ一丁になるが早いかホルヘは沼の中に入って行った。ホルヘは水泳部員で素潜りも得意だ。こんな所で溺れないだろう。

「おーい!かけるぅ、おまえも泳げよ!気持ちいいぞぉ」

さすがにかけるは、ホルヘと違ってこんな不気味な場所で泳ぐ気になれなかった。

「ちょっと一休みしようか!」とかけるは言って荷物を降ろした。皆も「ふぅ」と息を付きながら腰を降ろした。

 水辺に行っていたキャサリンが帰ってきて言った。

「ねぇ、この沼の水おかしいわ!大量に硫黄が含まれてるの!」

「どうも、臭いと思った。富士山は休火山で、かなり昔に噴火したから硫黄がふくまれているんじゃないの!温泉でも湧いているとか」と俊一が言った。

「違うのよ!ここの水の組成に含まれる硫黄は休火山で出るものじゃないのよ!硫黄の他にもリンやセレンと言った自然界ではほとんど存在しない元素が含まれているの!」

「そんな水の中で、ホルヘは大丈夫なのか?でも何でそんなことが解るの?」

「何でかしら!でもこの組成もデータも頭の中に入っているのよ!」

「とにかくホルヘを呼んで来よう」とかけるは立ち上がった。


 かけるが沼の(ほとり)でホルヘに声を掛けようとした時、泳いでいるホルヘの後ろに何かの航跡が見えた。白い泡の道がホルヘの泳ぐ後を追っている様だった。凄い速さでホルヘに近付いていた。

かけるよりも俊一が(いち)早く叫んだ。

「ホルヘ、急げ!後ろを得体の知れない化け物が追いかけているぞ!」

 ホルヘが泳ぎながら後ろを振り返ると、そいつは浮上してきた。潜望鏡の様に首だけ浮上してきたそいつはネッシーみたいな首長恐竜の様だった。

 しかし、そいつの牙は肉食恐竜のティラノザウルス並に発達していた。そしてさらにユニコーンの様に長い角を前方に突き出していた。

 顔は竜の様に口が裂け、目が吊り上って眼から眼光と呼べるほどの威圧感を感じた。

 さらに驚いた事に新たに一つそして二つと同じ様な首が水面に顔を出した。三匹いるのかと思ったがそいつがさらに浮上して胴体を見せた時、それが間違いであることが判った。そいつの胴体は一つで首が三つあったのだ。


 ホルヘは全速力で泳いで逃げた。その三つ首恐竜は凄い速さでホルヘを追いかけた。あわやホルヘは三つ首恐竜に食われそうになった時、ホルヘの泳ぐスピードがぐんと上がった。そしてホルヘは止まって反転して潜水した。潜水した後、ホルヘはなかなか浮かんでこなかった。一分、三分、五分、十分と時間は経過したにも関わらず、ホルヘは海面に上がってこなかった。

 ホルヘを追いかけて、三つ首恐竜も水の中で泳いでいるのだろう。三つ首恐竜の立てる波が激しく沸き起こり、それによって三つ首恐竜の位置を察することが出来た。

 ホルヘがかける達の近くの湖の岸辺に浮上した。浮上したホルヘを目ざとく見つけた三つ首恐竜はかける達の方に全速力でやってきた。

「うわぁ、逃げろ!」

 言うが早いか皆は逃げ出した。

三つ首恐竜はかける達が逃げた方に追ってきて陸に上がってきた。三つ首恐竜の全体は首の高さも含めると30メートルを超える高さで、幅が7メートル程だ。重量が重いらしく大地を駈ける度に地震の様に大地が揺れた。

 三つ首恐竜の足は水中恐竜の様に水かきがついていたが陸上を走ることも出来るらしく、陸に上がっても速度を落とすことなく凄い勢いで走って襲ってきた。


 キムが、幹の太さが一メートルはあろうかという大木を引っこ抜き、枝を叩き払ってその木を三つ首の胴体に突き刺した。信じられないほどの怪力をキムはやってのけた。

 三つ首恐竜は相当なスピードが付いていたため自分から木に刺さって、木が刺さった個所から緑色の血が噴出(ふきだ)した。大地が揺らぎ空が割れる様な叫び声を上げた。

 しかし、三つ首恐竜は首の一つに刺さった木を噛んで抜いた。なにせ首が三つもある。一つが損傷を負っても二つの首が残っているのだ。その瞬間、緑色の血が遠くまで飛び、かける達にもかかった。べとべとする粘性の高い血液だ。

 美樹が三つ首の足に空手の蹴りを何発も繰り出した。そんな美樹の蹴りなど三つ首に効くはずがないと思われたが、美樹の蹴りは凄い威力であった。三つ首は四本足だったが、美樹が右前足を蹴ると痛そうによろめいた。なんと三つ首の足は直径一メートルから二メートルはありそうだが、美樹の蹴りを数発受けただけでよろめいたのだ。美樹の蹴りは尋常(じんじょう)の破壊力ではなかった。三つ首は右前足を蹴られ、バランスを崩し、美樹の方に倒れてきた。

 かけるは危ないと思うより先に体が動いていた。かけるは、かけるのいた場所から美樹のいた場所まで30メートル程あったが瞬時に美樹の元へ移動して、三つ首恐竜が美樹の上に倒れる前に美樹を抱えて空に浮いていた。かけるも信じられなかったが、かけるは美樹を抱えて空に浮いていたのだ。


 三つ首恐竜が倒れ、もの凄い揺れがやってきた。空中に浮いていたかけると美樹を除く他の連中は、衝撃で二メートル程も跳ね上がった。三つ首が倒れた地面が大きく陥没した。

 三つ首恐竜はそれでも死んでいなかった。体格的に倒れてしまうと自分では起き上がるのは難しい。しかも、美樹に右前足を傷められ、キムに空けられた穴からは緑色の血が絶えず噴出(ふきだ)している。

 それでも三つ首恐竜は胴体は動かさずとも三つの首を回して辺りの木々を噛み付いて暴れている、(すき)さえあればかける達を食ってやろうと鋭い眼をしていた。

 倒れている三つ首恐竜に、キムが新たに引っこ抜いた木を突き刺した。

 かけるから既に下ろしてもらっていた美樹は、跳び蹴りを倒れている三つ首恐竜めがけて打ち込んだ。美樹の足は三つ首恐竜の胴体にめり込んだ。

 かけるは、三つ首恐竜に倒された木を三つ首恐竜に打ち立てた。かけるはキムの様に怪力がない。かけるはそこに転がっている木を三つ首に打ちつけようと思っただけだ。木はふわりと浮き上がり三つ首恐竜に突き刺さった。かけるは、サイコキネシスすなわち念動力を使えたのだ。

 ホルヘは木々に巻き付いている(つた)(ほぐ)して、三つ首恐竜の三つの首をぐぅの音が出ない程巻きつけた。三つ首恐竜が抵抗するよりも早く巻きつけてしまった。

 こうして戦いは終わった。

三つ首恐竜は動くことも出来ず胴体には木が打ち立てられ、美樹の蹴りを受け、木の蔦で三つの首が巻きつかれて身動きが出来ない状態になっていた。


 かける達も肩で息をしていた。倒されている三つ首を前に誰も何も言う事は出来なかった。三つ首恐竜の存在よりも自分達がやったことが信じられなかった。

 自分自身に何が起きたのか受け入れられなかったのだ。かけるはいち早く呼吸を整え三つ首を調べ出していた。かけるは遠泳は得意でありスタミナは人一倍あったのだ。

 三つ首恐竜は(わに)の様な(うろこ)に包まれており、竜のような首を持ち、脚は水かきもあるが陸上をあれだけのスピードで走れるというのが不思議であった。三つ首は眼から粘性の高いどろどろの水を流していた。まるで涙の様だった。


 加奈が近づいてきて「お前達は何者だ?何故、わしのテリトリーに入ってきた?」と言った。

かけるはギョッとした。

 加奈は「この三つ首恐竜さんがそう言っているの!」と説明した。

 「こいつの心臓はこれだけの図体の割には、俺達の心臓の三倍ぐらいしかないよ」と俊一が言った。

 かけるは加奈と俊一の言葉に混乱していたが「お前こそ誰だ?ここはどこなんだ?何故、僕達を殺そうとする?」と加奈に言った。もちろん加奈に言った訳ではなく加奈に通訳してもらおうと思ったのだ。加奈は両手を上げ「私は言葉は解るけど話せないのよ!」と言った。

 「やっぱり、ダメか!」とかけるががっかりして言うと、キャサリンが奇妙な言葉を三つ首恐竜に向かって話し出した。

三つ首が何か(わめ)いていた。

加奈が通訳した。


 「わしは三つ首恐竜だ!ここはコロラン樹海だ!お前たちはわしのテリトリーを(おか)した。だから殺さなくてはならないのだ。それにお前達は人類だ。我々の敵だ!戦って滅ぼさねばならない!お前達こそ何者だ?人類にお前達の様な能力を持った奴らがいるなどと聞いたことがないぞ」と言った。

 「僕達は地球の日本にある富士の樹海で迷って、何故だかここに来たんだ!お前のテリトリーを侵すつもりはない。それより、お前のボスは何者だ?人類と敵視しているおまえ達は何者だ?」

 かけるの言葉を、キャサリンが何か(わめ)いているだけにしか聞こえない言葉に通訳した。

 「そんなことも知らないのか?我々はゴルゲ国に所属する者だ。お前ら、本当にそんなことも知らないのか?我々ゴルゲは……」

 三つ首恐竜はそれ以上しゃべることはなかった。というよりしゃべれなかった。

 突然、雷が三つ首恐竜の一つの首に落ちて三つ首は炎上してしまった。雷雲一つ無かった青空にいきなり雷が落ちた。誰かの意志が働いた様な不可解な出来事だった。

 「ゴルゲ?」かけるは呟いてみた。ゴルゲとは一体何者なんだ?ゴルゲ国とは一体?考えてみても答えが見つかるはずがなかった。


 かける達は南に歩きながら三つ首恐竜との戦いで発揮した自分達の能力について振り返っていた。思い出すと武者震いさえする凄い戦いだった。

 この世界にやってきて、自分達には人間の力を超えた力を発揮出来るらしい。こんな楽しいことはない。

 だが、人並みはずれた力には、相応の責任が伴うことを、その時は誰も考えてもいなかった。

 「すっげえなぁ、かける!お前、空を飛んだぞ!」

「僕も夢みたいだよ。空を飛びたいって夢が叶ったみたいだ。それに瞬間移動とサイコキネシスが使えるんだ。凄いよ、これは!」かけるは興奮していた。興奮していたのはかけるだけではない。皆が自分の能力に酔っていた。


 「今気付いたが、俺はかなりの視力を手に入れた。それだけじゃない。実は」と俊一はそこまで言ってかけるに耳打ちした。

「えぇ、透視ですって?」と大声を上げたのは、かけるではなく加奈だった。

「いやらしい!透視って私達の服も透視出来るの?」

俊一は答える代わりに加奈を見ながら鼻血を出した。

「このドスケベ、変態!」加奈はそう言うと俊一に往復ピンタを浴びせた。加奈のピンタで顔が横を向いた俊一は美樹の方を向く形になった。

「こっち見るな!変態!」美樹の横蹴りが顔に決まった。俊一は一瞬にして顔がぼこぼこになってしまった。助けを求める様に見たキャサリンから、石が投げつけられ顔に命中して血がドピュッと出た。

 「まぁまぁ、彼もなりたくてなったわけじゃないから……」とキムが助け舟を出した。

俊一は「もうちょっと早く助けてくれ!」と涙をうるうるさせてキムに言った。


 かけるが「加奈、そう言えば、君は聴力が人一倍優れているんだね!今の耳打ちも、あの獣達の会話も聞き取っていたもんね」と加奈に話を振った。

 「そう、それとあの黒い獣や三つ首恐竜の言葉を理解出来るわ!残念ながら、あたしは話せはしないけどね」と言ってキャサリンの方を見た。


 キャサリンは「私はいろんな国の言葉を話せるけど、不思議なのよ。会話は普通話せるなら聞けるはずなんだけど、獣や三つ首の言葉は判らないの。だけど、彼らの言葉は単語も判らないけど頭に浮かんできて、勝手に口を伝って出てくるのよ」

「それと、キャサリン、君はデータ分析のようなことが出来るのかい?さっき水の組成がどうのとか言ってたけど」

「そうみたい!さっきもちょっと舌で舐めてみて組成がわかって、それを活火山のデータと比較したのよ。活火山のデータなんて記憶した覚えなんてないのにね」

 「大丈夫なのかい?リンやセレンの様な元素が含まれていたんだろう!」とかけるが心配そうに言った。

「大丈夫よ、飲んでないから、それに不思議ね。舌でなめたけど大丈夫なものなのねぇ」

「歩くコンピューターだね。頼りにしてるよ」とかけるが言うと「ヒュー」とホルヘが口を鳴らした。


 「そして、美樹、君の空手の威力が数倍にもなっているね!三つ首恐竜のあんな固そうな足を、回し蹴り何度もして足は痛くないの?」

「それが全く!驚いたことに空手の試合で人間の足を蹴った時よりも痛くないのよ!楽しいくらいに蹴りが出せてなんかとっても楽しい気分だわ」

 顔を腫らした俊一が「美樹にあんな能力が与えられたら周りの者が死んじゃうよ!」と泣き言を言った。

「何か言った!」美樹がギロッと俊一を睨んだ。

「いえ、何も!」俊一は俯いてしまった。


 「そして、キムさん、あなたの怪力は凄いね!あんな大木を力だけで引き抜いて、それを三つ首恐竜に刺せるんだから!」

「ボディービルやっててもあんな爽快なことはないよ!自分でもたまげたねぇ!木を丸ごと引っこ抜いたんだから。それとね、もう一つタフな頑丈な体というのも能力に上げて欲しいな!見てよ、この傷」

 キムは木を引き抜いた際に、木の棘だらけだった。さらに三つ首が暴れた際に跳ね飛ばされたのだが、切り傷も擦り傷もすっかり治っていた。

「そりゃぁ、いいね!医者要らずだね!」

「まあね!」とキムは得意げに答えた。


 「最後にホルヘ、幾ら水泳部とはいえ、あの潜水時間には驚いたよ!危険な要素の入った水の中でよく平気だなぁ!さらに三つ首恐竜を縛る時の俊敏さ、正直言うとホルヘの動きが見えなかったよ」

「自分でもびっくりする程速く動けるんだ。そして水の中でも全く地上と同じ様に呼吸して動けるんだ!さっきも硫黄だとか入ってたらしいけど、全く問題ない。これでオリンピックも間違い無しさ!」

「オリンピックに潜水なんてないだろう!」とかけるが突っ込むと、「いいさ、俺が潜水の種目を作ってやるから」とホルヘは答えた。

 皆はワクワクしてきた。この七人の能力でこの世界では、とてつもないことだって出来る様に思えた。


 「それにしても三つ首が言ってた『ゴルゲ』って、あの洞穴で見た黒い獣みたいな生き物のことかなぁ?」とかけるは独り言のつもりで呟いた。

 キャサリンが「まだデータが集まってないから判らないわ。でも全く違う獣と三つ首だけど、似ている点がある様には思うわ。それは、二種共にいろんな動物の部位を合わせた様な体や形、そして顔だったわ」と言った。

 そう言われて皆初めてその共通点に気付いた。そう言えば、両方とも動物の部位を付け替えた様な形をしていた。

「でもそんな動物が自然界にいるのか?」とかけるが訊いた。

「いるかどうかは、この世界のことは分からないので何とも言えないわ。でもちょっとおかしなことがあるの」

皆は歩きながらも、キャサリンが続きを話し出すのを待っていた。

 「それはね、私達の地球に住んでいた動物がああいった顔や毛並みや体躯をしていたのは、たまたま偶然にではなくて、ある環境に適応するために、自然に一番都合の良い体になったと思うのよ。それぞれジャングルや川や海で住むためのね。でもそれらが混在(こんざい)しているというのは、自然とは思い(にく)い気がするのよねぇ」

美樹が驚いて「そっそれじゃあ、誰かが故意に作り出したって言うの?そんな馬鹿なぁ!大体何のために?」

「分からないわ!まだデータが集まってないもの!」

「そうだよ!それをこれから僕達で解き明かしていくんだよ!」とかけるは言った。


 かける達一行が樹海を南に向かって洞穴を出てから既に四時間、三つ首恐竜との戦いを終えてから二時間経過していた。依然として歩き続けていた。

「ああ、もう疲れた!まだ歩き続けるの?もうダメ!少し、休もうよ!」と加奈はその場にへたり込んでしまった。三つ首恐竜との戦いから、暫くは自分達の能力の(すご)さに興奮しており疲れを感じなかったのだが、興奮が冷めるとドッと疲れを感じたのだ。加奈がへたり込むのを見て、皆も同様にへたり込んでしまった。

「かける!お前空を飛べるんだから、空からこの樹海がどこまで続くか見て来てくれよ!」

俊一の言葉にへたり込んでいた皆の視線はかけるに集まった。

 「やってみるよ!」とかけるは言うが早いか、空にスーッと浮き上がったと思ったら、もの凄いスピードで上昇してしまった。上空高く二百メートル程上がって、左に右に上に下にあっちこっち行ったり来たりして、ようやく上空に静止出来た。

 まだ力のコントロールが上手く出来なかったのだ。先程三つ首との戦いでは必死であったために出来たが、今はコントロール出来なかったのだ。しばらくするとかけるは戻ってきた。戻って来る時もまっすぐ飛べず木の枝にあっちこっちぶつけて下りて来たというより落ちてきた。ドスンと尻餅をついてしまった。

 「いてぇ!」とかけるは叫んだ。

かけるの滅茶苦茶(めちゃくちゃ)な飛び方を見ていた俊一が声をかけた。

「何だよ、かける!お前飛び方忘れてしまったのか?早過ぎないか?とても華麗な飛び方とは言えねえなぁ!」

かけるはちょっと恥かしげに頭を()いた。

「それでどうだった?この樹海はどの位歩けば抜けるんだ?」

「後、一キロも歩けば樹海から出られる。さらに一キロぐらい歩けば街の様なものが見えたよ」

かけるの言葉を聞いて皆に希望の光が訪れた。

 「そうと分かれば早いとこ、この忌々(いまいま)しい樹海を抜けてしまいますか?」とホルヘは皆に提案した。

皆、今までの疲れも樹海を抜けられるという喜びから、疲れなどどこかに消え去ってしまった。樹海に入って迷って洞穴で一晩を過ごし、富士の樹海にいたつもりが、富士の樹海と似た様なコロラン樹海に来てしまっていた。木々の隙間(すきま)から見える太陽しか見えず、いつまでも続く鬱陶(うっとう)しい樹海にうんざりしていたのだ。

 かけるの話に期待を抱いた一行は、再び意気揚揚と歩き出した。美樹など陽気にスキップを踏んでいる。皆が持ってきた食料は二日分はなく一日分だけだった。今日、樹海を抜けられないと樹海で食料を見つけない限り、お腹が空いて餓死(がし)してしまうかもしれない。でも街に出られれば食料はなんとかなるかもしれない。

 出口があると分かった皆の足取りは軽く速かった。十分も歩くと樹海の切れ目が見えた。向こうは明るい日差しが木々に(さえぎ)られることもなく眩しい光を受け地面が光っているようだ。


 「やったぁ!出口だ!」と言って駆け出そうとするホルヘを俊一が止めた。

「待て、ホルヘ!あそこを見ろ!」

急ぐホルヘの手を俊一は握って、もう一方の手で指差した。俊一が指差す方向には、一匹のあの黒い獣が銃を構え立っていた。

「なんだよ!たかだか一頭じゃないか!回避(かいひ)して行けばいいだろ!」と向きを変えて進もうとするホルヘをまた俊一が止めた。

「あっちにもこっちにもいるんだよ!」

皆には見えなかったが俊一には見えていた。

 この樹海とあちらとの境界線にあの黒い獣が距離を置いて点々と立っていた。あちらと樹海の境界を守る衛兵の様だった。一匹の黒い獣が無線で何か話していた。

 その会話は、誰も聞き取ることなど出来なかったが、加奈は聴き取った。

「昨日の奴がそこを抜けるかもしれないから警備を(おこた)らない様に!」と無線から聞こえてきた。

衛兵は「分かっております。警備の数を増やして(あり)の子一匹通しません!」と答えていた。

加奈の言葉にキャサリンが呟いた。

「どうやら、かけるのことみたいだね。先程、かけるが空中でアクロバットをやっているのが見つかったんでしょう」

 十分考えられることだった。かけるは飛ぶことに夢中でそんなことを考えもしなかったが、昨日もかけるは獣が女性を襲ったシーンを目撃している。

 黒い獣はかけるを探しているらしいから、空を飛んでいたかけるを発見していたとしても不思議ではない。


 「さて、どうするかな?」とキムが言った。

衛兵がいる限り樹海を抜け出せない。

「そんなの簡単じゃない!衛兵がいない時にこそっと抜けちゃえばいいのよ」と美樹が言った。

「衛兵がいない時って夜まで待つってことかい?それよりもあんな奴ら、俺達が力を合わせれば倒せるよ」とホルヘが言った。

「夜まで待つのは危険かもしれないわ。衛兵以外にかけるのことを探している奴らがいるはずよ。夜まで待っていたら彼らに見つかってしまうかもしれないわ!かといって、彼らと真正面から戦うのはナンセンスよ。相手のデータもなく未知数なんだから」とキャサリンが言った。

「そうだね。もたもたしている時間がないかもしれない。でもどうやって?何か策があるかい?」とかけるは訊いた。

キャサリンは首を(かし)げた。

かけるは他のメンバーの顔を見た。皆、首を傾げて顔を(そむ)けた。

 そうしている内に、衛兵は交替の時間がやって来た様で、交替した。何時間毎に交替しているらしい。とにかく衛兵があそこにいる限りあちら側には行けない。彼らをあそこから離れさせる必要がある。


 かけるが口火を切った。

「僕が(おとり)になろう!」

皆、顔をかけるに向けた。

「僕は飛ぶことが出来るし、瞬間的に移動することが出来る。僕が奴らをおびき出している(すき)に、逃げれるだけ逃げてくれ!」

「それでかけるはどうするの?」と美樹が腕組みをして訊いた。

「奴をまいてから僕もすぐに行くよ」

「それは危険だわ!奴らには蝙蝠(こうもり)の様な翼だか羽だかがあるわ。奴らも飛べるじゃないの。かけるは逃げ切れないかもしれないわよ」とキャサリンが言った。

「僕には飛ぶ他にも、瞬間移動が出来るんだ!奴をまく時も瞬間的に移動出来ると思うんだ」

 皆腕組みして考えていた。

黒い獣の能力が何も判らないのだから危険には違いない。だが、隠れて待っていても見つかってしまう危険性がある。

 だが、他に名案がある訳でもなくやることにした。いざとなれば皆の力を合わせれば奴らを倒す事が出来るとキャサリン以外は軽く考えていたのだ。三つ首恐竜を倒した事で自分達の力を過大評価していたのかもしれない。


 いよいよ作戦を決行する時が来た。かけるはゴクリと生唾を飲み込んだ。正直言ってかけるは恐かった。見つかって捕まってしまったらどうしよう?出来たら逃げ出したかった。

 だがこの恐怖から逃げ出すにやらなければ、この場から逃げることさえ出来ない。皆を逃がさないといけない。ちょっとした勇気が必要だった。かけるは自分に気合をかけると同時に、木々の間から飛び出した。

 衛兵が見つけやすい様に大声で叫び(わめ)いた。かけるを見つけた衛兵は無線で仲間に報告して、かけるを追ってきた。思った以上に速い。かけるは木々の間を全速力で駈けたが、差はどんどん縮まりつつあった。近くの衛兵も追ってきた。

 かけるは走っては追いつかれると思って空を猛スピードで飛んて木々の間を抜けた。

 追って迫り来る獣との差が広がった。蝙蝠の様な翼だからスピードは出ないのだ。しかし油断は出来なかった。

 もう一匹の獣がかけるの前に先回りしていた。かけるは足を前に出して急ブレーキをかけて進路を左に変えた。足からの向きを変えると方向転換できることを掴んでいた。足の裏から噴出して推進しているのと同じ様な感覚である。かけるが左に方向転換すると、前方からさらにもう一匹が迫ってきた。

 足を前に出して踏ん張って急ブレーキをかけて後ろに行こうとしたが、後ろからも迫ってきていた。どうやらかけるを殺すためか捕えるためか、躍起(やっき)になって総動員で捉えるつもりらしい。かけるの四方から迫り来ていた。

 かけるは上に向かって飛び一気に急上昇した。かけるを追いかけてきていた四匹も急上昇してきた。かけるは木々の上に出て宙に浮いて止まった。四匹もかけるを囲む様にして宙に止まった。

 かけるは宙を飛ぶのは超能力によるが、獣は翼なので羽ばたいている。スピードで競り勝っても奴らは多勢に無勢だ。長期戦になればかけるは確実に疲れてしまい飛べなくなる。それでは、かけるは振り切れなくなる。持久戦に持ち込めば不利になるのはかけるの方だ。

 かけるはなるべく美樹達から離れる様に飛び続けた。飛んでいるスピードはかけるの方が黒い獣よりも速い。

 バンッと後ろで音がした。奴らはピストルを持っていた様だ。これでは逃げる前に撃たれてしまう。一発、二発と続けて音がする。

 どうやら奴らはかけるを生かしたまま捕えることは考えていない様だ。それとも麻酔銃なのか。もうこれ以上は奴らを引き付けられない。かけるに向けられた銃声が激しく聞こえる中、かけるは一瞬にして消えた。瞬間移動能力を使って空間を移動したのだ。


 かけるが(おとり)として、獣達の注意を惹くために奴らの前に出て奴らを引き連れて逃げている間に、他の六人は走って樹海の木々の間から抜け出て走った。

「やったぁ!これで樹海を抜けて自由になれる!」先頭を切って走って行ったのはキムだった。ところが、木々から抜けて獣の衛兵が立っていた所より10メートル程行った所で、キムは激しく何かにぶつかり痙攣(けいれん)した。キムの体から煙が出ていた。

キムは傷みにしびれながらも他の皆に言った。

 「くっ来るな!見えない壁に電流が流れてるんだ!」と叫んだ。キムの声はハスキーに変わっていた。

 他の五人は走っていた足を急に止めてブレーキをかけた。顔は心配そうにキムを見ている。キムはやっと見えない壁から離れて倒れた。キムの体で青白い電流が放電している。体からバチバチと激しい放電の音がして青白い火花が飛んでいる。キムはこの世界に来てタフな体を手に入れていた。他のメンバーであれば死んでいただろう。

 放電が収まったのを見て、俊一とホルヘはキムを抱えて木々の中に逃げ込んだ。

「ちきしょう!衛兵だけじゃなかったのか!」とホルヘが悔しそうに(つば)を吐き捨てた。


 そんなこととは露知らずかけるは瞬間移動で電流の流れる見えない壁の向こう側に抜けた。

「やったぁ!成功だ!」

かけるは周囲を見渡して皆を探したが見当たらなかった。

 「あっかけるだ!向こう側に行っている。成功したんだ!きょろきょろして俺達を探しているぞ」と俊一が興奮気味に言った。

「俺達も早く向こう側に行かないと!」

ホルヘの言葉には焦りが含まれていた。

「あたし達には向こうに行けない。かけるにあたし達がここにいることを知らせないと」と美樹が言った。

「でも一体どうやって?」と俊一が訊いた。

「あたしとキャサリンの能力でかけると通信出来ないかな?」と加奈がキャサリンの方を向いた。

「どうやって?こんな所で叫べばまだその辺にうろちょろしている奴らに聞こえてしまうわよ」と美樹が言った。

「心の中で思うことで会話出来ないかしら?」と加奈は言った。

「可能性があるならやってみて!」と美樹が言った。

「判ったわ!」とキャサリンは答えると目を閉じた。心でかけるに話し掛けているのだ。

 かけるはキャサリンの声が聞こえた。いや、声が聞こえたのではなく、声が頭に響いて来たのだ。

「キャサリン、どこだ?どこから話し掛けているんだ?」

加奈がかけるの言葉を聞き取った。

「良かった!通じたわ!」

「さらにかけるったら、『一体どうしたっていうんだ?』って言ってるわ。言ってるんじゃなくて心の中で思っているみたい!心の中が読めるわ」

テレパシー能力も身につけた様だ。

 かけるとの交信で見えない壁に電流が流れていること。その壁に(はば)まれてそちらに行けないことをかけるに伝えた。

かけるは加奈とキャサリンを通して俊一と会話した。

「俊一、お前の優れた目でも見えない壁は見えないのか?」

通訳されて俊一に伝わった。

「そんなこと出来ないだろう!幾ら何でもそこまでは」と俊一は言いながらも見えない壁をじっと見つめた。

「見える!見えるよ!」と俊一は思わず叫んでしまって周囲を見渡して口を(つぐ)んだ。

 見えない壁というより透明な壁だ。これまた透明な電線が張り巡らされている。先程、キムが接触した個所で電線から放電の光が見えた。


 かけるは皆の元に瞬間移動して皆に合流した。

「俊一、壁の高さと位置を教えてくれ!僕が皆を運ぶ!」

衛兵のいなくなった見えない壁近くまで皆で移動した。

「壁は大体5メートル程の高さで見渡す限り張り巡らされているよ」

「よし、分かった!」

 かけるは怪我人のキムを抱えて向こう側に壁を飛び越えて、安全な場所に寝かせて戻ってきた。続いてキャサリン、加奈と運び終えた。美樹を運ぼうとした時に、美樹が「私は最後でいい」と断ったので俊一を先に運んだ。

 俊一を運んだ時に空のかなたから猛スピードでかけるが振り切った黒い獣の群れがやってきた。黒い一団はまだ超えていない美樹の元にもの凄い勢いで迫っている。

 俊一を運んだかけるは飛んでいたのでは間に合わない。美樹が殺されてしまう。美樹は蹴りやパンチを出して来る一団を()ぎ倒しているが、黒い一団は飛べるだけに美樹の攻撃を巧くかわしている。

 多勢に無勢で、美樹は防御しきれずに、黒い獣の一団は美樹に牙を向けて襲い掛かる。

 正にその瞬間、美樹に噛み付こうとした一匹が美樹の前で止められた。美樹を包んで球状にシャボン玉の様にバリアが出来ていた。美樹にはバリアを張る力もあったらしい。だが、黒い獣の猛攻撃でバリアの球はどんどん小さくなっている。

 黒い獣の一団の激しい攻撃に美樹のバリアが消えてしまった。そこに黒い獣の牙が美樹に襲い掛かる、まさにその瞬間、かけるは瞬間移動で美樹の元に行き、美樹を抱えて再び瞬間移動を行って皆の元に運んだ。

危機一髪だった。


 不思議なことに、奴らは透明な壁を飛び越えて追いかけては来なかった。翼があるので飛び越えてくることは簡単なはずなのに、壁のあちら側でこちらを見てしきりに無線で連絡している。

 加奈が無線の話を通訳した。

「奴らは境界線を越えました。境界線を越えて追撃する許可を下さい!」

無線の声は少し間を置いて「駄目だ!それ以上は追撃するな!ロイドと問題を起こす訳にはいかんのだ!仕方ない。追撃を止めて通常任務に戻れ!」

加奈の通訳に皆はほっとして肩を落とした。かけるは前のめりに倒れてしまった。

「どうしたの、かける!どうしたっていうの!」と美樹は言いながらかけるに駆け寄り、かけるの手首を握り脈拍を測った。頬をかけるの口元に近づけた。

「大丈夫だわ。疲れたのね。眠っているわ」

無理もない。人を抱えて運んだり、さらに人を抱えて瞬間移動をするのは大変体力を使い果たすのだ。皆を助けたい一心で、それを何回も繰り返したかけるは、体力を使い果たしていたのだ。


 怪我人のキムと疲れて眠っているかけるがいては遠くへは行けない。だが、その場にいる訳にはいかない。かけるが空から見えたという街まで行かないと食料もない。

 美樹と俊一が肩を貸して眠っているかけるを引き()り、キムの体は鍛えていて大きく重いので、ホルヘがおんぶしてキャサリンと加奈が手伝って引き摺って歩いていった。

 かけるとキムを引き()りながら2キロメートルぐらいはある道のりを汗だくになって歩いた。

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