第四章の3ーユン教侵入
第四章 トカゲの尻尾
ユン教侵入
翌日、かけるは慣れたもので普段着に着替えて病室を抜け出した。面会者は今日もそれなりに来ている。目立つこともない。
玄関まで来て、かけるがいなくなったと騒いでいたかけるの知っている若い女性の看護師に出会ってしまった。廊下をあちらから歩いてくる。かけるの方を見ていないので、かけるはそっぽを向いて手でさりげなく顔を隠してすれ違った。
その看護師がかけるに気付いたみたいで、「あらっ」と言ってかけるの顔を覗き込もうとした。かけるは反対側を向いたまま、歩くスピードを速めて通り過ぎた。
その看護師は行き違うかけるの方を暫く見ていたが、勘違いだと思って、かけるとは反対の方角に歩いて行った。
かけるは美樹達六人と待ち合わせて、昨日のストリップバーに行ってルードルシュタインを呼んで来て、皆に紹介した。
ルードルシュタインは紹介されたかけるの仲間に加奈、美樹、キャサリンの女の子までいることに何か不服そうな顔をしたが、何も言わずに黙っていた。
ルードルシュタインはかなりの荷物を持っていて、その大きな荷物を皆で分担して持ち運んだ。ルードルシュタインのジープに荷物を載せ荷台に乗り込んだ。キーワイルの繁華街から一時間程の距離だということだった。
ルードルシュタインは町外れにジープを停めて教団の衣装に着替え、かける達も彼の持ってきた衣装に着替えた。
衣装は黒一枚布で真中に頭を通す穴がある。その黒い布を頭から被って黒い腰紐を締める。それに頭から黒い袋を被る。目と鼻と口の場所に穴が開いてて頭の天辺が尖っている。全身黒い衣装だ。
「嫌、趣味悪いわねぇ!全身黒ずくめ」と加奈が言った。
「文句言うなよ!全身隠せるから見つからずに紛れ込めるんだからさぁ」と俊一が言った。
「まぁ、そうだけどねぇ」と加奈が言うのを遮ってかけるが言った。
「そう言えば刑務所を襲った奴らも全身黒い衣装を着ていたとニュースで言っていた」とかけるは気付いてはっとした。
「可能性高いわねぇ!」と美樹が言った。
ルードルシュタインとかける達七人は黒い衣装を着て、さらに靴を脱がないといけなかった。裸足で歩くのは小石が慣れていないと痛い。
「痛い!本当に裸足で行かないといけないのぉ?」と加奈が文句を言った。
「嫌なら止めるんだな。こっちはお前さん達と違って遊びじゃないんだ。遊び気分でいられたらこっちが迷惑だからな」とルードルシュタインに言われて、加奈もぶちぶちと文句を言いながらも我慢して歩いた。
ジープを降りてから、たっぷりと三十分程歩くと尖り屋根で石を積み上げて作られた大きな教会があった。古ぼけたイメージを出すために古い石を積み上げてはいるものの、建てられてからそう年月が経っている様には見えなかった。教会のイメージではあるものの、十字架の代わりに黒色の卍のマークがある。おそらく教団のマークなのだろうが、不気味な雰囲気を与えている。
既に広場には、多くの同じ様に黒ずくめの信者達が集まっていた。晴れている日は外でミサを行い、雨が降っている時は教会の中で行うらしい。
一人の同じ黒ずくめの姿をして大男がやって来ると、信者達は土下座をする様に膝をついて鼻を擦り付ける様にして、「メシスト様!メシスト様!メシスト様!」と三回お辞儀をした。そして、お辞儀をした後も顔を上げてはいけない様で皆、そのままのスタイルで聞いていた。
「皆さん、本日もユン教団のミサにようこそ、いらっしゃいました。世紀末の世の中、皆さんに幸せを齎すためにこの教団は生まれたのです。我々皆が幸せになるために自分が持っている財は教団に捧げましょう!そうすれば世紀末が来てもあなた方は助かることが出来ます。神様が必ず助けてくれます。それにはあなた方自らが、自分の汚らわしき財を犠牲にして、教団に差し出す必要があります。財を払って富を買うのです。あなた方に幸福を!」とメシストが言うと、多くの拍手が鳴り響き「メシスト様」の大合唱が始まった。
そして次々と、自分の持参したお金や宝石や財をメシストの前に置かれた賽銭箱の様な箱に投げ入れた。財を投げ入れた信者にはメシストが「幸福あれ!」と抱き締める、そうすると信者達は有り難がってお辞儀をする。感激して涙を流す信者までいる。
かける達はそんな光景を見ながら、異様な雰囲気を感じていた。メシストの言っていることは、かける達が聞いても何の感銘を受けない様な説教でしかないが、何故信者達は自分の財を出してまで、メシストに抱かれたいと願い、涙すら浮かべるなんて、どうしてそこまでのめりこめるのだろう?
キャサリンは外国で暮らしていたことがある。キムもホルヘも日本人ではないが、日本で暮らしていた時期が長い。それでも両親が宗教を持っているので、宗教というものに日頃接している。
その三人でさえ、ここまでする信者の気持ちが判らないのだから、日本以外の外国を知らないかけるや美樹や加奈や俊一には異様な光景としか目に映らなかったのだ。次から次へと自分の財を差し出そうとする信者が列を作っている。
ルードルシュタインが「行くぞ!」と言って、かける達に声をかけた。信者達が列を為している時は、メシストは信者に釘付けで、教会の中は手薄に違いない。教会の中を調べるなら今の内だ。
ルードルシュタインとかける達七人は、信者の集団を抜けて、こっそりと教会の方へと近付いて行った。メシストのお付きの者がこちらを振り向きかけた。
その時、メシストに抱かれた女性信者が失神して倒れた。それを見て会場がざわついたおかげで、こちらに向きかけたメシスト教祖のお付きの者は倒れた女性の方に向いた。
おかげで、その隙に教会の中に体を滑らす様にして潜り込んだ。
「ところで何を探すんだ?」と俊一が訊いた。
「もちろん、ユーベルタンに決まってるだろうが」とルードルシュタインが当たり前なことを訊くなと言う口調であった。
「いや、それは判っているんだけど、そんな探して判る様なところにいるなら、既に信者が見つけている様に思うんだ。他になにか、手掛かりになる様な書類や証拠を調べる必要があるんじゃないかってことだよ」と俊一が言った。
「そうね!そういったものがあればデータとして仕入れておきたいわね」とキャサリンが言った。
「そうだね、ユーベルタンを探すのが第一目的とは言いながらも、ここにそのまま隠れているとも考え難いしね。ただ、あまり時間がない。ここはどうだろう。別れて探そうか!一つのグループは手掛かりや証拠になるデータや資料を探そう。もう一方は徹底的に屋敷の中をまわってユーベルタンを捜そう」とかけるは提案して皆を見た。
「俺は当然ユーベルタンを探す」とルードルシュタインが言った。
「いやぁ、それは判っているよ。キャサリンと加奈と美樹とキムは徹底して資料やデータを調査してくれないか。俊一とホルヘと僕はルードルシュタインと一緒に、屋敷の中を地下室があれば地下室も徹底して人が隠れられる場所を探す。あのメシストに抱いてもらうために並んでいる信者の列から見て、三十分でここに集まって屋敷を出る必要があると思うんだ」とかけるが言うと、皆答える代わりに頷いた。
「それじゃぁ、今から丁度三十分後にね」と美樹が言った。
「ちょっと待って、俊一!どこにコンピューター室があるかだけ教えてくれない」とキャサリンは訊いた。
俊一が透視出来る範囲でコンピューター室の位置や資料がありそうな位置を手短に教えた。
かける達は別れて行動することになった。かける達は一階から足早に歩き、俊一の透視で部屋の中を覗いて、かけるは俊一が部屋を透視した状況をメモして歩いた。
俊一は足早ではあるが、地下室や隠し部屋の存在も丁寧に調べた。部屋に誰がいるか見張りがいるかなどの状況も事細かに透視した。見張りがいるということは、何かを隠していたり守っている可能性が高い。
ルードルシュタインが、見張りをナイフで殺そうとするのを、かけるは止めさせ気絶させるだけにするように言った。次に来る時に警戒が厳しくなるので、相手側に気付かせたくなかった。
教会は二階まであるが、一階を回り二階を見て回ったが、隠れている人もいなければ、隠れるスペースもなかった。ここではなかったのかもしれない。素早く敷地内を見つからない様に移動して、教会以外の建物も調べた。
教会以外は駐車場となっている倉庫と鐘を鳴らす塔があった。教会より十メートル近く高い塔に、青銅色の鐘がぶら下っている。その塔の途中には部屋になるスペースがなく階段だけだ。下に抜けられる地下室がある様にも見えなかった。
そして一通り回った時には、三十分近く過ぎており、集合場所に行くと、既にキャサリン達は待っていた。キャサリン達は睡眠ガススプレーを持っていたので、見張りがいた場合は眠らせておいた。
いずれにしても、見張りと接触があった場合は、次に来る時に警戒が厳しくなるだろうが、誰であるか悟られていないならまだ打つ手がある。
教会の玄関から外を見ると、並んでいる列は数人だ。メシストに財を捧げて幸福を約束された人は、さも幸せな顔をしてなかなか帰ろうとしなかった。それでもばらばらと帰っていたので、かける達も目頭を押さえて、顔を隠しながら感銘を受けている振りをしながら、信者に紛れて帰って行った。
ジープに乗ッてキーワイルの繁華街に戻る時に、お互いが得た情報交換を行っていた。かける達は全部の建物を俊一が透視したが解らなかった。しかし、メモに残しているから見取り図を書いてくるとかけるは説明した。
キャサリンはコンピューターのデータベースを細かく検索したが、ユーベルタンのことは何も出てこなかった。お金の入出金もアクセスして徹底的に調べたが、ユーベルタンの名前が挙がらなかった。ユーベルタンの会社や何かの名前すら挙がらなかった。データとして残しておくことに危険性を感じているのか、本当に関係がないのかのどちらかである。
加奈やホルヘやキムはそれぞれいろんな部屋を探したが、やはりユーベルタンに関する資料も何も手掛かりになる様なものは見つけられなかった。
誰も手掛かりとなるものを見つけられなかった。
そこに美樹が興味深いことを言った。
「私ね、資料は見つけられなかったけど、面白い物見つけたわ。たぶんメシストの物だと思うんだけどね、彼って、まめな性格なのね。日記を見つけたわ」
皆が美樹の方を向いた。ルードルシュタインが運転しながら話に乗り出して来て、話の続きをせかした。
「それでどんなことが書いてあったんだ?」
「うん、全部は読んでいる暇もなかったんだけど、ユーベルタンが逃げた日付で『今日、Y様がいきなりやってきた。Y様にしては珍しい。予定外の行動だ。作戦が失敗した様で左足を負傷していた。何が何でもY様をお守りしなくては』と書かれていたの」
「ひゃっほぅ!ほら、見ろ!ビンゴだぜ!」とルードルシュタインが、嬉しそうに手でハンドルを叩いた。車が左右に揺れて段差を大きく飛び跳ねた。嬉しそうなルードルシュタインをそのままに美樹は話を続けた。
「それとね、アイラ,サイキス、ユリサが脱獄した日の日記なんだけどね」
「どうしたの?」と加奈が訊いた。
「『本日、Y様のお子様達が脱獄した。誰が企てたのか?ニュースでは黒ずくめの衣装と言っていたが、まさか我等の仕業にするためか?独自に情報を収集しないといけない』と書かれていたのよ」と美樹が言った。
「変だな!」とかけるが言った。
「そうでしょう。ユーベルタンがユン教を隠れ蓑に、ユーベルタンの娘のアイラとユリサ、そして息子のサイキスを脱獄させたとしたら、メシストが知らないということあるかしら?」と美樹が言った。
「そうね、確かに変ね。その日記以外にはユーベルタンとユン教の繋がりを示す情報がないということは、信者を使って彼らの脱獄をさせることが出来たのは、ユーベルタンではなく教祖のメシストだけだものね。そのメシストが脱獄に関してはめられたと言っているということは、誰か他に首謀者がいるか?メシストだけ外されているか?」
「でもちょっと待ってよ!Y様というのはユーベルタンと決めてしまっていいのかしら?それともう一つ、その日記が本当にメシストの物と決めて掛かっていいのかしら?それと仮にメシストの日記だとしても、そんな大事なもの教会に置いておくかしら?」とキャサリンが言った。
「そうだね!でもユーベルタンに関しては、イニシャルの一致と、ルードルシュタインの仲間がユーベルタンを見たと言うこと、ユーベルタンが逃げた日付の日記に左足を怪我したY様ということ、サイキス達が脱獄した日付のことも一致しているし、ユーベルタンが日記のY様と考えて間違いないだろうと思うよ。ここまで偶然が一致する確率は少ないだろうからね」とかけるが言った。
「私も日記の様な、人に見られたくない物を教会に持ち込むのはおかしいかなっと思ったのよ。でも私が見つけたのはシステム手帳でスケジュールが書いてある欄があって、そこにメモの様に書き込める欄があるタイプのものだったのよ。それでね、スケジュールが細かく書いてあったから、メシストの秘書かとも思ったんだけど、メシストは秘書にさえユーベルタンのこと隠していると思うの。だからメシストのものと思ったのよ」と美樹が言った。
「それならメシストの可能性高いわね」と加奈が言った。
「可能性が高いなんてもんじゃなくて本人だろうよ」と俊一が言った。
「それで、結局のところよぉ、どこにいんだよ?ユーベルタンは」と賞金稼ぎのルードルシュタインは、せっかちな性格らしく結論を急かした。
「そうだぜ!ユーベルタンの居場所について今日は収穫がなかったからな」とキムが言った。
「それについては明日から張り込みをしたらどうかと思うんだ」とかけるが言った。
「張り込みぃー!」と皆が声を合わせた。
かけるは皆の反応に関わらず話を続けた。
「今日、俊一の透視したことを元に簡単な見取り図を作るから、それを参考にして、あの教会が見える位置にテント張って監視していれば、必ず敵もボロを出すと思うんだよ」
「うーん、仕方ないな!信者としてミサに参加した時だけではボロを出さないもんな。でも、本当にあそこを探していてユーベルタンを見つけられるのか?」とルードルシュタインが珍しく弱気な声を出した。
「見つけられるか見つけられないかは、張り込んでみないと分からないよ」とかけるが言った。
「でもテント一つで皆一緒に寝るのー?」といかにも嫌そうな声を出したのは加奈だ。
「心配するな!俺は自分一人でテントを使う」とルードルシュタインが言った。
「でも俺たち、テントなんて持ってないじゃんよぉ」とホルヘが言った。
「テントは俺が何とかしよう。一つでいいのか?」とルードルシュタインが訊いた。
「やはり二つ欲しいわよ!絶対に!」と加奈が言った。
「いや、一つにしよう!ピクニックじゃない。それに寝るまで一緒にいることもないし、素早く動く必要があるかもしれない。テントを畳む時間が惜しいと思う」とかけるが言った。
加奈は何か言いたげではあったが、言葉を呑み込んだ。
「そうね!テントの中で着替えるわけじゃないもんね。俊一は教会を見続けていないといけないから、覗きも出来ないしね」と美樹が言った。
「俺は覗かないって!もうこっちの世界で、自由に覗ける様になったら、覗くのつまらなくなったよ。やっぱり見えなそうでチラッと見えるチラリズムがいんですよぉ」と俊一が言ったが無視された。
キャサリンも「いいわ」と納得した。
かけるはテントの中でミーティングが出来る。しかもルードルシュタインに聞かれない話も出来る。それが、テントを二つも出していたら、情報を共有していないで行動が遅れることを心配したのだ。
「それじゃぁ、テントは用意しておく!明日何時だ?」とルードルシュタインが言った。
「もしユーベルタンが隠れているとしたら、必ず食事を摂るはず。その食事をどこに持っていくかで隠れ場所が解ると思うんだ。だから朝食前と言いたいところだけど、昼食前の十一時はどうだろう?」とかけるが言った。
「昼食だぁ?冗談じゃねぇ、そんなのんびりしていたらユーベルタンの野郎が逃げちまうじゃねぇか!朝食前の七時にしようと言いたいところだが、俺もテントを調達する都合上、十時でいいだろう」とルードルシュタインが主張した。
ルードルシュタインに押し切られる形で朝の十時から張り込みをするということになった。集合時間が決まった所でキーワイルの繁華街に着いた。そこで皆降りてバラバラになった。皆はキーワイルにホテルを取っている。
かけるは皆と別れてから、病院を抜け出していたことを思い出した。明日の朝から、病院を抜け出すのはかなりしんどいと思った。「まぁ、なんとかなるだろう」とかけるは楽観的に考えて病院に戻った。
病院に着いて、病院を抜け出す時、知っている看護師に遭ったことを思い出した。看護師はちょっと疑念を抱いただけの様だったが、念のために病院の門から自室の前まで瞬間移動して中を窺って、なんともない様なので自室に入った。
暫くすると、また看護師達がかけるの部屋にやって来た。あの看護師が、かけるらしい少年の姿を見つけたのが気になって、その後病室を覗いたらしい。そしてかけるがいないことに気付いた。今度ばかりは、他の看護師にもかけるがいないことがばれてしまっていた。
看護師達が入って来た時、かけるは寝た振りをしていた。
「寝た振りしたって駄目よ!」と看護師はベッドに寝ているかけるに言った。
かけるは何も言わずに黙っていた。
「今日、あなたが病院を抜け出すのを見たんだから……」と看護師は言って、かけるのベッドの脇までやって来て、掛け布団を捲った。
かけるは言われるままに起こされて、昨日の若い女性の看護師に連れられてナースステーションに連れて行かれた。
そしていなくなった理由、どこに行っていたのかと訊かれた。本当のことを言う訳に行かなかったので、キーワイルの繁華街に言っていた、ちょっとお腹が空いたからと嘘をついた。半分は本当のことなので、全部嘘ということではなかった。
それから担当医の所に連れて行かれた。担当医が宿直で入っていたのだ。かけるは担当医の前に座らされた。かけるの担当医は若く優しい男性の医師だった。
書き物をしていたかけるの担当医は、かけるが椅子に座ると、書き物からかけるに顔を向けて、開口一番かけるに訊いた。
「君は病院を抜け出したそうだねぇ。どうしてなんだい?」と訊かれた。かけるは先程、看護師達に説明したことを繰り返した。かけるの担当医は、かけるが話し終わった後も、かけるの顔をじっと見つめてから言った。
「君は早く退院したくて、うずうずしている様だねぇ。どれ、傷口を見せてごらん!」
かけるの左肩の包帯を取って傷口をじっくりと見た。
「うーん、まぁ、いいだろう。もうすっかり傷口も塞がってる。これなら退院していいよ!君も病院の中でうずうずしているみたいだからね」と言ってかけるにウィンクした。
「ええ、本当ですかぁ?」とかけるの顔は輝いた。
「明日、退院手続きが出来る様にしておくよ。いいよ、もう行っても!」と担当医は言って、再び書き物の机に向かった。
「先生、実はぁ……」とかけるは言い出しそうにしながら俯き加減に口を開いた。担当医が「何だね?」と言いながら再びかける方を向いた。
「明日、九時には退院手続き出来るでしょうか?それとお支払いは?」と言った。
「はっはは、明日デートの約束でもあるのかな?心配は要らないよ。八時半には病院の事務の人が来てくれるし、三十分もあれば手続きも終わるだろう。支払いに関しては、人類国に請求するように言われているから大丈夫だよ。ただ請求書に君のサインが必要なだけだからね」と言った。
「有り難うございます」とかけるは笑顔のままお礼を言うと病室に戻った。保険証などなく、お金がないかけるは、入院代など払える訳がない。これで一つ問題は解決した。
かけるは寝る前にもう一つやらないといけないことがあった。俊一が透視したことをメモにしていたが、それを元にあの教会の見取り図を作成しないといけない。
明日監視する時に役に立つはずだ。かけるは病室に戻ってから、メモを読み返しながら、自分の記憶と照らし合わせて、全体図を描いて部屋の一つ一つに特徴を描き入れていった。
かけるは教会の見取り図を描きながら「本当にユーベルタンが隠れているのだろうか?」と不安になってきた。
隠れられるスペースはどこにもない。教会に隠れているという保証はない。ずっと前にルードルシュタインの仲間が見たと言うだけだ。見間違いかもしれないし、仮にユーベルタンであっても、数週間の時が過ぎている。未だに同じ教会に隠れている保証は何もないのだ。
翌朝、朝食後かけるは病院での手続きを済ませた。かけるが病院を抜け出した際に迷惑をかけた若い女性の看護師に見送られて病院を後にした。かけるはいろいろと迷惑をかけたことを申し訳なさそうに頭を下げたが、その看護師は「いいのよ!私もこれで余計な心配しなくてすむわ。もう病院に帰って来ないでね!」と言って笑顔で見送ってくれた。
そのまま、皆と待ち合わせてジープに乗って教会が見える範囲でテントを張る場所を探した。俊一には見えて相手側からは見えない場所で、加奈には相手の会話が盗聴出来て、相手側からはこちらの会話が聞こえない場所が的確だ。
周囲の音が煩いと加奈が聞き取れないし、かといって何もない所にテントを張れば教会側から見つけられるので、場所選びは重要だ。教会の周囲には何もない場所に築かれていた。おそらく相手に襲われる可能性を考えて、見張りを立てやすい用心のためであるのだろう。
砂漠と同色のテントでカムフラージュして、距離を取ってテントを設置し終わったのは昼の十一時半だった。かける達は各自、適当にパンや珈琲などで軽い食事を摂っていた。
俊一は、以前ダン達を監視する際に使用したスコープを使って監視した。同様に加奈もダン達を盗聴する際に使用した集音・増幅装置で盗聴した。
十二時を過ぎた頃、食堂に教団幹部が集まり出した。教団幹部は黒い覆面を取り外して席について、ある者は一人黙々と、ある者達は仲間内で騒がしく食べ始めた。
俊一はその中にユーベルタンの顔がないか探し、加奈は彼らの会話の中にユーベルタンのことなどの情報がないか聴き取る。三十分が過ぎても食堂に集まった人達の中にはユーベルタンの姿も見つからなければ、ユーベルタンに関する話題もなかった。
その情報を俊一と加奈から聞いた時、ルードルシュタインが「ここにはいなかったのかぁ」と寂しそうに言うので、望みが断たれたという思いが、かける達の間に広がった時、俊一が「ちょっと待って!」と叫んだ。
一人の信者が、食事をトレーに乗せ蓋を被せて、食堂の裏口から外に運び出した。そのまま、その信者は教会の鐘の塔の所に持って行き、ドアの鍵を開けて中に入った。そして、塔を鐘へと登る螺旋階段の支柱となっている柱に近付いた。柱はブロックを積み上げられて作られている。
その内の一つのブロックを押すと人がしゃがんでやっと通れる大きさの鉄のドアが現れた。ドアの横にOPENと書かれているボタンを押して、食事を載せたトレーに蓋を付けたまま、その中に入れてCLOSEのボタンを押すと再び鉄のドアが閉まった。下向きの矢印を押して、その信者は再び塔のドアをロックして出て行った。
塔の中を透視出来る俊一だからこそ出来る業だった。塔の柱がエレベーターになっていることは、俊一の前回の調査では解りえなかった。俊一の報告を聞き耳を立てて聞いていたルードルシュタインは小躍りをした。
「やっぱりいたんだ!ユーベルタンの野郎がここにいたんだ」そんなルードルシュタインの子供の様な喜び様に、皆も笑顔になった。
「これでユーベルタンがいることは明らかになったな」とホルヘが言った。
「まだ、ユーベルタンと決まった訳ではないわ。でも地下に誰かが匿われていることは確かね」とキャサリンが言った。
「誰かじゃねぇ!ユーベルタンに決まってる」とルードルシュタインが言った。
「でも、あの地下にどうやって行くかだよ。見た所、人間一人がやっと屈んで入れる様な大きさしかないぜ、あのエレベーター」と俊一が言った。
「そうね、それだと一人ずつしか行けないんじゃないの」と加奈が言った。
「でも、それじゃあ、一人入って見つかった時点で、エレベーターを止めるなりして、次の刺客が侵入して来ない様に防御するんじゃないかしら。一人が見つかってしまったら、さらに解らない場所に移動してしまうわ」と美樹が言った。
「どこに隠れようが俺がとっ捕まえてやる」とルードルシュタインが言った。
「他に出入り口はないのかなぁ?」とかけるが訊いた。
「あったとしても、ここからじゃ解り得ないわね」とキャサリンが言った。
「俊一とやら、あんた、あの塔の地下は透視出来ないのかい?」とルードルシュタインが訊いた。
「さすがに地面の下は透視出来ないよ。そんなに簡単には透視って出来ないんだぜ」と俊一が答えた。
「行くしかないってことだな。しかしどういった作戦で行くかだな!問題は」とキムが呟いた。
「俺が行く。俺の獲物だ。誰にも渡しゃぁしねえ!」とルードルシュタインが言った。
「ちょっと待って!皆ユーベルタンのことだけに集中しているけど、アイラやサイキスやユリサ達、もしかしたらマイクなどの脱獄した人達のこと忘れてるわ」とキャサリンが言った。
「確かにその通り、でも先程の食事は一人分だけだった。アイラやサイキスやユリサはいない。もしユーベルタンが脱獄を企てたとして、何故、子供達と一緒に暮らさないのか不自然に思わないか?」とかけるが言った。
「それは、あそこから抜けるに抜けられないからじゃないのか?」とキムが言った。
「そうだったら、何故アイラやサイキスやユリサを脱獄させる必要があったんだ?もちろん、ほとぼりが覚めてからという考え方もある。だが、それなら刑期を終えるまで待っても良かったはずだ。危険を冒して脱獄させる理由があったのかな?やはり脱獄を企てたのは、ユーベルタンではないのかも知れない」とかけるが言った。
「それか、ユーベルタンの死期が迫っている可能性もあるわね。だから危険を冒してでも、脱獄させる理由があった」とキャサリンが言った。
「でもそれなら、刑務所に面会に行けばいいんじゃないの?それか特赦というのか恩赦というのかでアイラ、サイキス、ユリサがユーベルタンの面会に行ってもいい」と俊一が言った。
「いずれにしてもユーベルタンを捕えることに専念しよう。そして、ユーベルタンの口から吐かせる必要がある」とかけるが言った。
「そんなの当たり前だろう。生かしたままにしないと賞金が減っちまうじゃないか。そんなこと判っているから俺に行かせろ!というより俺が行く!」とルードルシュタインが言った。皆はルードルシュタインの言葉に返す言葉もなかった。
「当たり前じゃねえか!お前らは俺の仲間じゃねぇ。お前らが何と言おうが俺は一人でも行く!」とルードルシュタインが言った。
俊一が両手を上げて仕方ないと言う顔をして、皆も仕方ないという雰囲気が流れた。
夕食時に作戦を決行することになった。昼食時の様に、食事の運び役である食事係が鍵を開けて、食事をエレベーターで下に運ぶ。
その隙に食事係から鍵を奪って、食事の代わりにルードルシュタインが地下に行ってユーベルタンを捕まえて、ユーベルタンを地上に連れてくるという作戦だった。
ルードルシュタインの作った作戦であるが、かける達は乗り気になれなかった。地下の状況もよく判らないのに危険過ぎると思っていたからだ。
それをルードルシュタインに告げると、ルードルシュタインは「心配のしすぎだ!嫌なら俺一人でもやる」と言う。
ルードルシュタインにとっては、今まで一人で賞金稼ぎとして生きていた。それだけに協調心に欠ける点があった。ルードルシュタインにとっては、かける達がぐだぐだと話し合うことが鬱陶しく煩わしいものでしかなかった。
今までは情報を収集する目的もあって、かける達と一緒に行動していたが、もううんざりだった。早くユーベルタンを捕えて、差し出して賞金を貰う。それだけで十分だった。余計なことをぐだぐだと考えるのは苦手だった。
元々短気で忍耐力にも欠けていたルードルシュタインは、かける達の言葉に聞く耳貸さなかった。
ルードルシュタインの作戦に難色を示していたかける達を見て、ルードルシュタインは自分一人でやると言って、信者の衣装を着て正面から歩いて行こうとした。
「無謀だ。止めてくれ!」と言うかける達の声は、もはやルードルシュタインの心に届いていない様で、ルードルシュタインは振り返ることもなく教会へスタスタと歩いていってしまった。
ルードルシュタインは信者の恰好で教会に一人で正面から歩いて行った。当然、門の衛兵に引き止められた。ルードルシュタインは、メシスト教祖様に渡したい財があると言って門を開けてもらった。ミサの時以外にも財は受け付けるのだった。ルードルシュタインは教会に行く振りをして、調理場の裏口付近に身を寄せ機会を窺っていた。
俊一はずっとルードルシュタインの行動を窺っていた。かける達はテントにいた。ルードルシュタインを一人で行かせたことに関しては気が咎めることではあった。
当初は一緒に行動する予定ではあったが、ルードルシュタインはかける達を鬱陶しく思っており、一緒に行くことを受けつけなかった。
常に一人で行動してきた賞金稼ぎにとっては、自分を殺して人の意見に妥協して誰かと一緒に行動することが、非常にストレスを感じるものに違いなかった。
かける達としてもルードルシュタインが成功すればいいのだが、失敗すれば痛手を負うことは判っている。しかし、彼の作戦には自分達も付いていけない。
かけるは最後までルードルシュタインを説得しようとしていた。だがルードルシュタインと美樹達との板ばさみになり、ルードルシュタインに付いて行くことによって、仲間割れを起こすことを考慮して、ルードルシュタインが一人で行くことに強く反対することが出来なかった。
ルードルシュタインにとっては、かける達は最初から仲間じゃない。かける達の了解も同行も必要じゃなかったのだ。そうしてルードルシュタインは何も言わずにテントを離れた。
「テントは片付けて、そこに置いておけ!」とだけ言い残してルードルシュタインは教会に勇み足で歩いて行った。
七時を過ぎた頃、食堂に教団幹部が再び食堂に集まり出した。七時半になると食事係が厨房の裏口から出てきた。覆面をしているので判らないが体躯と行動の特徴から昼間と同じ人物に思われた。
おそらく信頼できる同じ人物を食事係として、少しでも安全にと思ったのだろう。
食事係が中のシェフと何か話し終えて、外に出て来てドアを閉めた時、ルードルシュタインは素早く動いて、食事係に後ろから羽交い絞めにして、麻酔薬を染み込ませたハンカチを口に当てた。
食事係は暫くもがいていたが、ある瞬間に一気に体から力が抜けた。持っていた食事が地面に散らばった。ルードルシュタインは眠り込んだ食事係を引き摺って物陰に隠した。
ルードルシュタインは地面に散らばった食事を適当にトレーに載せ蓋を被せて、何食わぬ顔で鐘のある塔へと向かった。教会の門からは見えない。食事中であることもあり、誰も見ていなかった。衛兵が少ないのは、下手に宗教施設に衛兵が多いと疑いを抱かせることになるからであると思われた。
鐘のある塔のドアの鍵は眠り込んだ食事係から奪ってある。ルードルシュタインはドアの鍵を開けて中に入ってドアを閉めた。
これで仕事の邪魔をする者はいない。ルードルシュタインは急いで食事のトレーを近くのテーブルの上に置き、エレベーターが隠されている柱に近付いて、あるレンガのブロックを押し込んだ。このスイッチとなっているレンガのブロックについては、既に俊一から訊き出していた。
エレベーターの鉄のドアが現れた。OPENのボタンを押した。エレベータのドアが開いた。ルードルシュタインは小さいエレベーターの中に屈んで入った。
エレベーターの中は、屈んでいる限り頭をぶつけることはないが、立とうとすれば子供でも頭をぶつけるくらいの高さだ。エレベーターの中にも昇降ボタンやOPENやCLOSEのボタンがあった。
やはり食料を運ぶためだけのエレベーターではなく、人が乗ることを前提に作られている。人が乗るにも関わらず、このエレベーターの狭さはいかにも隠し部屋として、当初から設計されたものらしい。
ルードルシュタインは、テントで見ているだろう俊一の方角に向かって、親指を立てて見せた。さすがに一匹狼として賞金稼ぎをしてきただけのことはある。手際が整っていて動作が早い。
かけるはルードルシュタインが一人で行くのはいいが、携帯で何かあったら連絡する様に伝えておいた。ルードルシュタインもそれぐらいなら了解した。
エレベーターのドアが閉まった。暫くして、かけるの携帯にルードルシュタインから電話があった。
「よぅ、かけるかい?潜入したぜ!エレベーターの前に衛兵がいたが倒した」
「潜入成功か!中はどんな様子だい?」
「やっぱり、中はかなり広い。道が繋がっているぜ!部屋が幾つもある。こんな時、俊一の透視があれば楽だがなぁ!」と言ってルードルシュタインは電話口で笑っていた。その笑いがいきなり途切れた。
「何だ、ありゃ?ユーベルタンなのか?うわぁぁ」
そこでルードルシュタインからの電話がプツンと切れた。
「どうした?ルードルシュタイン!どうしたぁ!返事をしてくれ!」
電話からツーという無機質な音だけが鳴り響いていた。
かける達は食事を摂りながら、テントの中でミーティングをしていた。ルードルシュタインからの電話の状態から何かあったことは推測された。かけるは電話を切って急いで助けに行こうとするのを皆に止められた。このまま何も判らずに、かけるが行けばルードルシュタインの二の舞になるだけだ。
「一体、どうしたって言うんだろう?やはりルードルシュタインを一人で行かせるべきじゃなかった。僕が彼を引き止めていれば」かけるが元気のない様子で言った。
かけるはルードルシュタインを救えなかったことで自分を責めていた。
「かける、自分を責めても何も変わらないわ。それにルードルシュタインはまだ無事かも知れないでしょ!」と美樹が言った。
「そうよ、かける!彼は自業自得よ!一人で先走りした結果よ。誰にも彼を止めることは出来なかったわ」と加奈が言った。
「そうだよ!ルードルシュタインの奴は一人で行くことを自分で選んだんだ。俺たちが止めたにも関わらず一人で行ってしまったんだ。仕方ないよ」と俊一が言った。
「ルードルシュタインが失敗した以上、私達はより慎重に進めないといけないわね」とキャサリンが言った。
「そうだな!これで奴らのガードも固くなるだろうしな」とキムが言った。
「俺たちにとってはやりづらくなったな」とホルヘが言った。皆暫し黙っていた。
美樹は気分を変えて明るい声になって言った。
「さて、これからどうするかよね。問題は全く解決されていないままね」
「ルードルシュタインの電話から、ユーベルタンらしき人物を見つけたのよね」と加奈が言った。
「そう、そこでルードルシュタインの身に何かあった」とかけるが言った。
「地下に一人で行くのは危険だな」とホルヘが言った。
「かける、かけるならエレベーターを使わずに地下に瞬間移動出来るんじゃないか?」と俊一が訊いた。
「それは無理だよ!僕が瞬間移動出来るのは、その場所がイメージ出来る所だけだよ」
「でも、コーネリアをテレビ局に連れて行く時は場所も分からないのに瞬間移動出来たじゃないか!」と俊一が言った。
「あれは、コーネリアが強いイメージを持っていたから、そのイメージに瞬間移動したんだよ!」とかけるが言った。
「それなら、私がイメージをテレパシーでかけるに送ればいいのよね」とキャサリンが言った。
「そうか!キャサリンが先に行けばかけるはそのイメージを元に瞬間移動出来るかもしれないわね」と加奈が言った。
「でもキャサリンだけ、先に行かせるわけにいかないじゃない」と美樹が言った。
「地下のエレベーターの所にいる衛兵をどこかに惹き付けられないかな?エレベーターで皆が降りるまで」とかけるが言った。
「得意の陽動作戦か?」と俊一が言った。
「でも地上で陽動しても、地上の教団幹部の敵を呼び起こすだけだろう」とキムが言った。
「それじゃぁ、地下で陽動すればいいじゃん!」とホルヘが言った。
「何言ってるのよ!その地下に行くために苦労してんじゃない」と加奈が言った。
「そういう手があったわね!」とキャサリンが手を打った。皆キャサリンに一斉に注目した。
「おそらく、地上と地下を繋ぐ電話回線があるはずよ!普段は教団幹部にもユーベルタンのことは知らせてないから、使われていないはず。でも緊急事態なら……」
「そうか!緊急事態を引き起こせばいいのか!地下にいても危険が伴う様にすればいいんだ」とかけるが言った。
「でも、どうすれば具体的にいいのか、さっぱり判らないんだけど」と加奈が言った。
「黒ずくめの衣装でアイラ、サイキス、ユリシスやマイクなどの囚人を脱獄させた。人類国も黒ずくめの衣装ということで、ユン教を疑っていると思うのよ。そこで、警察にあの教会に踏み込ませるのよ。そうすれば、地上から地下に緊急通信を使うはず、地下の衛兵も応援として呼び出される。その間に地下に潜入するのよ」とキャサリンが言った。
「でも人類国が攻撃している最中に地下にいて、そのまま埋もれてしまうなんてことないかなぁ」と俊一が言った。
「それに人類国に攻撃させるなんて出来るの?」と加奈が訊いた。
「軍隊に出動願うわけじゃないの。攻撃じゃないわ。警察が踏み込むのよ。警察が踏み込むには確かな証拠と逮捕礼状が必要なはず。でも緊急を要する場合は、礼状無しに踏み込めるんじゃないかしら?その状況を作ってあげればいいのよ」とキャサリンは意味ありげに言った。
キャサリンの言葉には強い自信が見えたため、皆キャサリンのアイデアに従うことにした。
教会では暫くしてから、シェフの一人が食事配達係が帰って来ないことに気付いて、厨房の裏口から顔を出した時、床にこぼれている食事を見て、鐘がある塔に急いで走った。
ドアの鍵が開いたままにされており、中には食事が載せられたトレーに蓋がしてあったのを見て、大急ぎで戻って厨房の仲間達に話した。
その中の一人がメシスト教祖に報告しに、メシストの部屋に階段を駆け上がって行った。俊一が示した見取り図でのメシストの部屋は、美樹が日記を見つけた部屋だった。
部下の報告を受けたメシストは、部下が退室するとすぐに、本棚の本を数冊取り出して机に置いた。本棚の奥のドアを開けるとそこには電話の受話器があった。受話器を起こすとメシストは誰かと会話した。
そのメシストの会話を加奈が盗聴していた。相手からの声は聞こえないが、メシストの声は聞こえる。
「ユーベルタン様、ご無事でしたか?」
「すみません、しかし族が塔の地下に侵入した様でして……」
「はい、そうですか!判りました。すぐ代わりの食事をお持ち致します」とメシストは言って電話を切った。、そして、本棚の奥の蓋を閉め再び本でカムフラージュして本棚の扉を閉じた。
急いで、代わりの食事係が塔に食事を持って行って、暫くしてルードルシュタインによって眠らされていた食事係も目を覚ました様だった。
その一部始終を見ていた俊一と会話を聞いていた加奈のおかげで、地下にユーベルタンが確かにいるということと、地上と地下との緊急電話の置かれている場所が判った。
かける達はテントの中で夜まで待っていた。ルードルシュタインは未だに教会から帰って来なかった。ルードルシュタインが地下に消えてから、地上にいる教団幹部や信者達に動きはなかった。特に警戒を厳しくすることもしなかった。
朝から夜まで、ずっと監視していた俊一が妙なことに気付いた。
「なぁ、かける、ルードルシュタインからの電話で、塔のエレベーターを地下に下りて見張りの衛兵をやっつけったって言ってたよな?」
「ああ、言ってたよ!それがどうかしたのか?」
「食事係が運ぶ食事は一人分だろう。衛兵達の食事はどうなってるんだろう?」
「それは衛兵が入れ替わっているからだろう」とホルヘが言ったところで、ホルヘも矛盾に気付いた。
「そうなんだよ、衛兵が入れ替わっているなら、地下衛兵と交替するために、あのエレベーターで行き来するはずだろう?でも俺が監視してから一度も交替要員がエレベーターを使っていない。あの塔の柱のエレベーターを使わないなら、他に通路があるか?だけど、通路があるなら、何もあんな塔のエレベーターを使う必要ないだろう」確かに俊一の疑問は言い得て妙だった。
「そうよね、言われてみれば何か変だわ。ルードルシュタインが衛兵をやっつけたと言っていたから、代わりの衛兵が行くなり、怪我しているなら救護班が行くなり、動きがあるはずよね」と美樹が言った。
だが、それ以上考えても答えが見つかるわけではなかった。七時を過ぎて、教会では食堂に教団幹部や一部の信者が集まってきた。
会話の中に食事係が襲われたこと、そもそも誰に食事を持って行っているのかといったことが噂になっていた。食事係には口止めしただろうが、噂というものは止めることが出来ない。
でもどうやら、彼らはユーベルタンのことを知らされていないらしかった。
七時半を過ぎた頃、昼間とは違う食事係が二人、食事を届けに鐘のある塔の方に行った。やはり警戒している様だった。
一度襲われたにも関わらず、塔のエレベーターで食事を届けてるのだから、他に地上と地下を結ぶ道がないということが推測された。
食堂は一人一人と食べ終わり、誰もが食堂から去って人気が少なくなり、代わりに各部屋の電気が灯った。
さらに皆が寝静まるまで待った。夜の十一時になった。各部屋に戻った教団幹部の部屋の灯りが幾つか消えていた。決行の時が来た。暗闇に紛れて教会の近くまで歩いた。
教会の門の前でさらに時間を潰した。メシストの部屋の電気が消えて、俊一の透視でメシストが寝るのを待った。
十二時を回ってやっとメシストの部屋の電気が消えた。そして街灯以外は全部屋の電気が消えた。
「さぁ、いよいよ始めようか!」
キャサリンは携帯からキーワイル警察に電話した。
「はい、こちら、キーワイル警察です。どうしましたか?」
「私の友達のユンナが全身黒ずくめで黒い覆面をした人達にさらわれたの。キーワイルの外れにある元は戦闘エリアのユン教の教会に連れ去られたんです。お願い、早く来て助けて!」とキャサリンはなるべく緊迫感を持って話した。
「はい、誘拐ですね。あなたのお名前は?」
「ユンナの姉のヨンナです。お願い、早く助けて!ユンナはまだ小さいのよ。中で何をされているか判らないわ。私もここにいると危ないかも……あっ誰か来る。逃げなくちゃ。お願い、早く来て!」と激しく慌てている口ぶりで電話を一方的に切った。
警察がキャサリンの演技を本気にしてくれるかどうかわからないが、キーワイル警察ならば、アイラやサイキスやユリサの人類国刑務所からの脱獄を知っているはずだ。その脱獄劇でユン教を疑っているはず、間違い電話として片付けることはないと思われた。
ユンナもヨンナも適当に思いついた名前だが、ユン教のことが頭にあり、咄嗟にユンナと言ってしまった。名前は調べられることはないだろうとキャサリンは思ったのだ。
門の前には門番が二人いる。ホルヘは素早さを活かし、門番の後ろに回り、二人の門番がしているユン教の覆面を外して外へ逃げた。
どこにでもいる普通のおじさんの顔が現れた。
「待て!この野郎!」と門番が追ってきた。ホルヘの突然の行為に驚かされて門番が銃を使う暇なく走って来た。
コーナーを回った所で、美樹が一人に当身を食らわせ、キムがもう一人の首を腕で挟み締め上げて失神させた。門番の二人は意識を失ってその場に崩れ落ちた。
かけるは、守衛がホルヘに釣られて走り出してきたのを見て、瞬間移動した先は管理室だ。管理室には管理人がいた。
「お前は誰だ!」と言う管理人に催眠ガスをスプレーして眠らせた。その管理室の部屋の中に塔の鍵がある。鍵のありかは食事係の行動を監視していた俊一から聞いていた。塔の鍵を取り出して、監視カメラや警報システムや塀の上の電流を切り、全セキュリティーシステムをオフにした。
その鍵を持って玄関の鍵を開けた所で皆が待っていた。キャサリンに鍵を手渡し、かけるは再びメシストの部屋に瞬間移動をした。
かけるはメシストのベッドの横に歩いて行った。メシストはベッドの横に立つ人の気配に目を覚ました。
「何だ!おまえは!」とメシストが上半身を起こした時、催眠ガススプレーを吹きかけた。そのまま、メシストはベッドに仰向けに倒れた。
かけるは念のため、メシストの顔の近くに耳を近づけるとメシストはスースーと寝息を立てていた。
かけるはメシストの部屋で本棚から数冊を取り出すと、本棚の奥に小さな扉があり、中には緊急電話の受話器があった。かけるはその受話器を取った。
三回のコール音の後に電話がつながった。
「メシストか?こんな夜更けに電話してきおって今度は何じゃ?」と懐かしい声がした。忘れもしないあのユーベルタンの声だ。
「大変です!族が押し入りました!」
「お前は誰だ?メシストではないな。メシストはどうした?」
「メシスト様は族にナイフで切られて重傷です。そこで、私が呼ばれて、この電話で電話する様にと命を受けました」とかけるが声を変えて言った。
「お前は何者じゃ?名を何と言う」とユーベルタンが訊き返した。
「私はメシスト様に仕える者でエドと言うものです」
「よし、判った!」と言ってユーベルタンは電話を切った。
かけるには声色を似せることなど出来ない。さらにメシストに仕える者エドと名乗ったが、適当な名前を名乗っただけだ。それで本当にあの賢いユーベルタンを騙せるかどうかは疑問だった。
むしろ電話しない方が良かったかもしれない。でも地下に衛兵がいれば、地上に応援に来るため陽動出来ると思っていたのだ。
それにしても、かけるはユーベルタンがいると思っても疑う気持ちを拭えなかったが、これではっきりした。先ほどの声は間違えようもなくユーベルタンの声だ。
以前の自信に満ちた声は猜疑心の固まりの様な声に変わって、疲れている様に感じさせたが、紛れもなくユーベルタンの声だった。
かけるから鍵を受け取ったキャサリンは走って塔まで行き、鍵を開けて中に入った。美樹達もキャサリン達に続いた。
柱の石のブロックを押すとエレベーターの扉が現れた。OPENのボタンを押して、エレベーターの中に屈んで入った。
CLOSEのボタンを押すと、エレベーターの中に電気が点いた。地下と地上の二つのボタンしかない。キャサリンは、緊張しながら地下行きのボタンを押した。エレベーターはゆっくりと下り出した。
どの位下っただろう十メートル程であろうかと思われた。エレベーターのドアが開いた時「きゃぁ、何するの!やめてぇ!」と叫び声を上げた。
エレベーターの上で待っていた五人はキャサリンの叫び声でキャサリンの危機を知った。一刻の猶予もならなかった。
キムが閉まっているエレベータのドアに手を無理矢理入れてこじ開けようとした。
キムの腕の力こぶに汗が滲み出していた。「うりゃぁ」とキムは一気にエレベーターのドアを両側に力任せに開いた。
エレベーターのドアを開くと、外の街灯の光が中を照らした。そこには空間があり、エレベーターの箱を吊り下げている太いワイヤーが数本見えた。
キャサリンの声の届き具合から、推測するに深さ十メートルくらいのはずだ。
「行ける!」キムは一人呟いて、大きな体を屈め穴の中に足、胴体、頭を入れて、エレベーターの箱を吊り下げている太いワイヤーに両手で捕まり太ももで挟んだ。そのまま腕の力のみで下まで下りて行った。
「おーい!キム、大丈夫か?」とホルヘが上から地下に下りて行ったキムに声を掛けた。
「大丈夫だ!今エレベーターの天井に着いた。思った通り、そんなに深くない。十メートルくらいだ。
その時だった。エレベーターがいきなり上昇し始めた。やばい、キムはまだエレベーターの箱の上に乗っている。このままではキムが天井との間に入って潰される。
美樹がすかさず、DOWNの矢印ボタンを押したが、エレベーターは止まらない。
「駄目だわ、エレベーターが止まらない」と美樹が叫んだ。
「おい、キム!エレベーターのボタンが効かない。なんとか止めろ!」とホルヘが叫んだ。
「やってるが駄目だ!ちきしょう!」
ホルヘは、キムが地上のエレベーターの穴に来たら引きずり出そうとキムの手を引っ張った。
ところが、キムの体は大きく、エレベーターの穴は小さくエレベーターの上昇速度は速く間に合わない。キムの手を掴んだホルヘを持ち上げる様になって、キムは手を放した。
「キムゥ、キムゥ!」とホルヘは上に向かって叫んだ。
キムは迫り来る天井に両手をついて、両足を踏ん張ってエレベータに押し潰されまいと踏ん張った。暫く、その状態が続いた。
ガラガラガッシャーンと激しい音がして、エレベーターの箱が地下まで落ちた。キムの踏ん張りにエレベーターの箱を吊り上げるウィンチが壊れたのだ。
地下から砂煙が地上まで巻き上がってきた。キムは咄嗟にワイヤを掴んでぶら下っていた。
俊一は塔の中から教会の方を監視していた。今の激しい音で教会の幹部が寝泊りしていると見られる各部屋で灯りがついた。
「やばい、気付かれちゃったよぅ」と俊一の声は泣きそうである。
キムはワイヤを腕の力でのみ下って行った。下にエレベーターの箱がつぶれて、地下の灯りが見える。もうこうなったら何が何でも地下に入るとキムは決めた。
下の潰れて壊れたエレベーターの箱を小さく踏み潰し、半開きになっている地下のエレベータのドアを無理矢理力任せに開いた。
ギーと重い音がして開いて地下に出られた。地下を用心深く伺うが誰の姿もない。さらにドアを開いて、なんとか人が通れる様にした。
塔の中のエレベーターが落下する派手な音に地上の教団幹部は起きて玄関から様子を見に来た。
教会の幹部用宿舎に泊まっている人達だけだが二十人程はいる。皆、手に銃を構えライトを持ってぞろぞろと出てきた。
その時、厨房で大きな爆発が起きて、炎の固まりが外に噴出した。そして「火事だぁ!」と叫ぶ声が礼拝堂の方から聞こえてきた。
礼拝堂は教会宿舎の隣にある。ミサを行う時、雨だったら使用するためのものであるが、この教会は砂漠に位置するために、雨が降ることはほとんどなく、礼拝堂も使われることがほとんどなかった。
かけるはメシストの部屋から電話を掛けた後、すぐに皆に合流せずに礼拝堂に行った。礼拝堂には黒い卍の像が掲げられており、ステンドグラスから差し込む光で中は明るかった。
カーテンに火を付けて木の椅子を燃やして放火した。カーテンは耐熱用を使っていなかった。ドアを閉めてすぐに気付かれない様にして厨房に行った。
厨房ではプロパンガスを使用していた。厨房からカーテンを引き千切り結んで長くして、厨房の外まで引っ張ってきた。
その時、塔から大きな音が教会の方まで鳴り響いた。教会の中の者が起き出した。かけるは塔の方からの物音が聞こえてきた。何が起きたかは知らないが、作業を早く終わらせないといけないと直感した。
かけるは急いで厨房に戻るとガスの元栓を開けた。シューと嫌な音を立ててガスは激しい勢いで噴出した。
かけるはすぐさま厨房を出て先程伸ばしておいた引き千切ったカーテンに火を点けた。カーテンの火はゆっくりと確実に厨房の方へと進んでいる。
そしてカーテンの炎は強さを増して、厨房のドアを焼いた。そこで厨房に満たされたガスが引火して大爆発した。
大爆発した瞬間にかけるは塔の中に瞬間移動した。これで暫くは時間が稼げる。
「どうだ!調子は?」とかけるが訊いた。
「おお、かける、遅かったな」と俊一が言った。
地下にキムが降りて、安全であるとして美樹が降りているところだった。
加奈はエレベーターの穴から下を見て「恐い!ダメェ、出来ない!」と言ってしゃがみこんでしまった。ぐずぐずしてはいられない。ホルヘに先に下りてもらった。下でキムが立って、キムの肩にワイヤを掴みながらホルヘがいる状態にして、かけるが加奈を抱えて宙を浮きながらホルヘにしっかりと渡した。そのままかけるも下に下りた。下から「俊一、いいぞ、早くしろ!」と言った。
俊一は皆の中では少々デブだった。俊一はかけるに言われてから、急いでエレベーターの穴に入ろうとしたが体が引っ掛かってしまった。
「うーん、うーん」と唸っても引っ掛かった体は抜けない
「かけるぅ、助けてくれよぅ」とエレベーターの下にいるかけるを呼んだ。かけるは宙に浮き俊一の近くまで行って、俊一の体が引っ掛かっているドアを念力で曲げた。引っ掛かっていた服が敗れ、俊一の体は下に落ちていった。
下ではキムがいて落ちてきたかけると俊一を受け止めたが、重さに受け止められずに三人で潰れた。
「俊一、おまえ絶対ダイエットしろよ!」とキムは落ちてきたかけると俊一の下で言った。
「うん」気乗りのしない様子ではあったが俊一は答えた。
これで六人が地下に入った。地下には誰もいなかった。キャサリンも既にいなかった。キムは地下のエレベーターの穴を怪力でドアを曲げて塞いだ。
「誰もキャサリンの思念を受け取っていないのかい?」とかけるは訊いて皆の顔を見渡した。作戦が裏目に出た。キャサリンが先に行ってテレパシーでイメージをかけるに送り、そのイメージに瞬間移動する筈だったが、どうやらその前に何らかキャサリンがテレパシーを送れない事件が起こってしまった様だ。
こんなことなら、キャサリンを先に行かせるんじゃなかったとかけるは後悔していた。
先に行くと言ったのはキャサリンだった。キャサリンが先に行ってイメージをかけるに送る。そうすれば二人は進入出来る手筈だった。キャサリンのテレパシーはこの教団の敷地くらいであれば届くはずだったのだ。
過敏な加奈でさえ、キャサリンのテレパシーを受け取っていない。ルードルシュタインと一緒でこの地下に下りた時点で何かの事件に巻き込まれた様だ。
でもキム達が下りた時には何もなかった。ルードルシュタインとキャサリンが下りた時に何があったのだろうか?




