第二章の3ー誘拐
第二章 人類国第二回大統領選
誘拐
そうして四日後に人類国の大統領選を控えた日のことだった。コーネリアとスコットの四歳になる娘サリーと三歳になる息子ケリーは、コーネリアとスコットが大統領選で各地を訪問している際には、キムやホルヘや加奈やキャサリンと家の中で遊んだりしていた。
カリーナは見守ってはいたが、幽霊なので一緒に遊んであげることは出来なかった。子供達は、たまにコーネリアやスコットが帰ってきた時などは大喜びだ。
スコットは応援演説だけなので、たまにお土産を持って帰って来て子供と遊んではまた出かけた。
サリーとケリーもすっかりキムやホルヘや加奈やキャサリンに慣れ、家の中で一緒に遊ぶことに慣れて来た。外に出すのはさすがに危ないということで、いつも子供達と家の中で遊んでいた。
キャサリンはゴルゲ国やロイド国の話を聞くために外に出ていた。サリーとケリーにキムとホルヘと加奈を加えて一緒に遊んでいた。最初こそ緊張してサリーとケリーを守ると言う目的で見張っていたのだが、一ヶ月以上が経っても、何事もなかったので気が緩んでいたのかもしれない。
そんな気が緩んでいた時のこと、玄関の呼び鈴が鳴った。
ドアホーンから「こんにちは、管理人のトーマスです」といつもの声が聞こえてきた。
コーネリア達が住んでいるビルの出入り口にはレーザーガンを持った警備員が立っている。スコットとコーネリアが出かける前に管理人のトーマスさんに、買い物と手紙や配達物を、毎日同じ時間帯に一緒に持ってきてもらえる様に頼んであった。いつも同じ管理人さんが、届けに来てくれるなら安心であると考えていたのだ。
この管理人さんは既におじいさんだが、コーネリア家族が軟禁される前から、この海中都市で住み始めてから、ずっと世話になっているおじいさんで信用出来たのだ。
加奈達が子守をするようになってから毎日同じ時間帯に来てくれていた。その日もいつもと同じ時間帯にやってきた。
ケリーが、管理人のトーマスから配達物を受け取りにドアを開けた。美樹達が来た時もそうだったように、ケリーは好奇心旺盛の人見知りしない男の子だ。ドアから誰が来たか、いち早く知りたいらしく、呼び鈴が鳴ると誰よりも早くドアを開けたがった。
「ダメ!ケリー、開けちゃダメ!」と加奈が叫んだ時にはケリーはドアを開けていた。加奈はドアの外の管理人さんの声に通常ならざる声を聴き取った。
けりーがドアが開いた後、管理人のおじいさんトーマスは銃鉄で首の辺りを叩かれてその場に失神した。
管理人トーマスがその場に崩れたので相手の顔が見えた。冷徹そうな表情のない大きな男と、同じく冷徹そうに目の釣りあがった女、そしてその後ろにはボスらしい威厳がある男だった。
彼等は失神した管理人がその場に崩れ落ちる時には、女の方が崩れ落ちた管理人トーマスの前にいたケリーを抱き抱えていた。動きが素早かった。
一瞬度肝を抜かれたキムとホルヘだったが、ホルヘがすぐにケリーを取り戻すために素早くドア近くの女の所まで移動した。ところが、女はその時には廊下を既に逃げ去っていた。ホルヘは「待てー!」と言って女を追いかけたが女とホルヘの距離は離されるばかりだった。
男達は震えるサリーの方に向かって、家の中にずかずかと入って来た。
「何者だ!」と訊いたキムの質問には答えずに、大男はサリーに手を伸ばしてきた。
キムが大男の腕を捕まえて捩じ上げようと後ろ手にした。ところが、大男はキムの怪力を返して逆にキムを後ろ手に取った。
その間にボスと思われる男はサリーを抱き上げた。サリーが恐怖に泣き喚いていた。
加奈はサリーを捕まえた男の腕にしがみつき「何すんのよー返しなさいよ!」と言って思い切り腕に噛り付いた。男は痛いとも言わなかった。むしろ痛かったのは加奈の歯だ。噛み付いた加奈が、男の皮膚を少しだけ噛み切った、皮膚がめくれた男の腕から機械が見えた。
男は腕にしがみ付いている加奈を振り飛ばした。加奈は吹っ飛んで壁に衝突した。大男もキムの腕を取ったまま壁に吹っ飛ばした。キムは壁に激突してぐったりとしてしまった。彼等はそのまま泣き喚くサリーを連れて堂々とドアから出ていった。
ホルヘは暫く追いかけたが、女を見失って部屋に帰ってきた。
ホルヘが部屋に帰ってみると、部屋の惨状は凄まじく荒れており、部屋にはキムと加奈が倒れていた。
ホルヘはキムと加奈に駆け寄り「大丈夫か?」と訊いた。加奈がコクリと頷いた。キムは「くそぅ!俺達が付いていながらサリーとケリーを守れなかった!」と言って壁に拳を叩きつけた。キムのパンチにより、壁に大きく穴が開いた。
わずかに一瞬の出来事だった。キムとホルヘと加奈の三人が付いていながら、二人の子供達を強引な手段で誘拐されてしまった。
暫くして何も知らないキャサリンとカリーナが帰ってきた。部屋の惨状を見て唖然とした表情をした。
誘拐されたことを聞いて、さすがの冷静なキャサリンも言葉を失った。キャサリンは一歩先手を打っていたはずだ。
ゴルゲ国やロイド国は、こんな誘拐をしている余裕はなかったはずである。
サイキスか?
でもこの誘拐が世間にばれたりしたら、マイナスイメージは拭えない。絶対にばれないということか、それとも捨て鉢の一手かと考えていたキャサリンの頭が激しく回転した。
「加奈、コーネリアさん達には電話した?」
「いや、まだだけど、この件連絡すべきかな?」
「隠しておけることはでないわ!すぐスコットさんの携帯に電話して!コーネリアさんは演説中かも知れないから!」キャサリンに言われて、加奈はスコットの携帯に電話した。
キャサリンはカリーナに話し掛けた。
「カリーナ!あなたのゴースティンのネットワークで誰が誘拐したのか突き止めて!黒幕は誰かということも!」とキャサリンに言われてカリーナも音もなく外に出て行った。
「ホルヘ、このビル自体のセキュリティーシステムが稼動しているはず。監視カメラなどのセキュリティーシステムに残っている誘拐犯の情報を探して来て!」
「キム、奴らの特徴を詳しく話して!」
キムが見たままの犯人の様子をキャサリンに話している時、加奈がスコットと電話が通じて、誘拐のありのままの様子を話していた。
電話が切れると加奈がキャサリンに「スコットとコーネリア達が今夜の予定をキャンセルして帰ってくるって!」と言った。
「有り難う!加奈も一緒に犯人の特徴を思い出して!」とキャサリンは言った。そしてキムが言ったことにさらに加奈が見たことを付け足してデータとして頭の中に仕舞いこんだ。加奈が噛み付いた時に腕が機械だと言っていた。サイボーグだ。
キャサリンが思考を巡らせている内にホルヘが帰ってきた。
「進入経路は潜水艇ドックから堂々と入って来てた様だ。潜水艇ドックの当直の保安部員は残念ながらもう息がなかった。潜水艇は既にドックの中にはいなかった。セキュリティー管理室の人はまだ息があったが、話せる状態じゃないから、他の住人に頼んで病院に運んでもらった。セキュリティー管理室に残っていた監視モニターが、一瞬奴らの姿を捉えていたけど壊されていた」
「有り難う!監視モニターの映像は一瞬でも犯人の顔を捉えたのね?いいわ、ホルヘ一緒に来て案内して!その間にあなたが見た犯人の特徴を教えて頂戴!」
キャサリンは一通りデータを収集して、頭の中でデータを整理した。そうしている内に警察がやって来て、加奈達も取り調べを受けることになった。
キャサリンはその場に居なかったので取り調べを受けることはないのだが、海中都市の警察署まで一緒に付いて行った。キャサリンは待合室から離れ、コンピューター室へと行った。
キャサリンはコンピューターの様な能力とテレパシー能力があるために無線LANの様に、キーボードに触れずとも近い距離ならコンピューターにハッキングしてアクセス出来たのだ。テレパシー能力を使ってコンピューターに自分の頭を接続するイメージだ。
警察も、キーボードを触らずモニターを見ていない人間が、データに無断でアクセス出来るとも思わずにキャサリンには全く無関心だった。
キャサリンは、急いで監視モニターにちょっと映っていた三人と加奈とキムとホルヘが述べていた特長を元に犯罪者リストから検索していた。犯罪者リストには合致するものが見つからなかった。
加奈が男の一人の腕が機械だったと言っていたからロイドかもしれない。人類国の警察のコンピューターから、ロイド国の警察犯罪リストをチェックしたが見つからなかった。さらにゴルゲの警察犯罪者リストをチェックしても見つからなかった。
そうしている内に加奈とホルヘとキムの取り調べも終わり、コーネリアの家まで警察に送ってもらった。既にコーネリア達は帰って来ていた。
加奈が開口一番に「ごめんなさい!あたし達がついていたのに!」と謝った。加奈の目からは涙が零れ落ちていた。
「謝るのは私達の方だわ!あなた達をこんな危険な目に遭わせてしまって!」とコーネリアが謝った。
「ちきしょう!今度遭ったらただじゃおかない!」とホルヘが言った。
「もちろんだ!今度こそ負けるもんか!」とキムも言った。
誘拐事件であれば犯人から要求が来るだろうことを考えて、警察が逆探知をしかけてコーネリアとスコットと一緒に待っていた。その間にかけるは皆をかける達の部屋に集めた。警察もこの部屋までずかずかと上がってくることはない。
情報を共有しておきたかったのだ。
この件に関して一番情報を持っているのはキャサリンだった。キャサリンは今回のこと、警察のデータベースには誘拐犯のファイルがなかったことまでを一気に話した。キャサリンの判断の的確さと行動の早さに皆舌を巻いた。
「ヒュー凄いね!」と俊一がみなの気持ちを代弁して言った。
「悔しいことに、奴は、この世界でパワーアップした俺よりもパワーがあったぞ!」とキムがぼそっと自信なさげに呟いた。
「そうだよ!あの女も、この世界での俺よりも素早く動けたよ!」とホルヘが言った。
今までのゴルゲの獣人も、ロイドのサイボーグも、力があったり速かったりしたが、キムは同等に力があり、ホルヘも素早く動けたのだ。ところが今回の敵は完全にキムのパワーを、ホルヘのスピードもかなわない上回った動きをしていた。
「一体何者なのかしら?」と美樹が言った。
「加奈の話では、腕がサイボーグだって言うから、ロイドという線もあるけど、ロイド国もゴルゲ国もキャサリンの策のおかげで、自分達の国の方が忙しく、誘拐なんてやっているとは考えられないしなぁ」とかけるが言った。
「彼等が依頼したならありうるかもよ」と美樹が言った。
「もちろん依頼したのは分かるが国内事情に火が付いた時に、依頼して誘拐なんてするだろうか?暗殺ならすぐ終わるが、誘拐はすぐには目的のものを手に入れられる訳じゃないしね」
「もうそろそろ、犯人グループから要求があるかもしれないわ。居間に行ってみましょう」とキャサリンが言った。
かける達が居間に入って行った時、ちょうどタイミング良く電話が鳴った。警察が逆探知の準備をして指で合図をした。そしてゆっくりとコーネリアが受話器を取った。
「もしもし」
「あんたの可愛い子供達は預かった。返して欲しければ二十億ギラ用意しろ!一人十億ギラだ、安いもんだろう」
「そんな大金持ってないわ!」
「それじゃぁ、あんたの可愛い子供達、生まれてからそんなに生きていないにも関わらず、天国に行くだけだな」
「ちょっと待って!子供たちは元気なの?子供たちの声を聞かせて!」
「まぁ、いいだろう」
「ママー助けて!ママ」と言ったのはサリーの声だ。
「ママ暗いよ!早く助けてぇ!」と言ったのはケリーの声だ。
「待ってなさいね!必ずママたちが助けるからね」とコーネリアはサリーとケリーを安心させる様に言った。
「おっと、もういいだろう!それじゃぁ、また連絡する」と言って、犯人グループは電話を切った。
その場にいた警察官が「逆探失敗です」と言った。
「どうやら、大統領選に関してではなく、単なるお金目当ての誘拐だったみたいですなぁ」と居間にいた警察官の一人が言った。他人事の様な口調がコーネリアにとっては歯痒かった。刑事の言葉には誰も何も答えなかった。
「コーネリアさん、犯人が要求しているお金を用意出来ますか?」と、先程他人事の様に言った刑事が訊いた。
「二十億ギラなんてお金無理です。ありません」
「でも、犯人グループが要求している以上、お金を作らないとお子さんの命が危ないですよ。一番上の札束以外は、新聞紙をお札の大きさにして騙す手もありますが、ますます命が危険に晒されるだけです」
「分かっています。すみませんが暫く席を外してくれませんか?スコットと二人きりで話したいと思います」とコーネリアは言った。居間に三人警察官がいたが、逆探知機の機械をそのままに外に出て行った。
「ご免なさい!あなた達もちょっと外してくれる?」とかける達の方を見て言った。かける達は自分達の部屋に戻った。
部屋に戻ってきたかける達は再びミーティングをした。
「大統領選とは関係ない。ただのお金目当ての誘拐みたいだな」と俊一が言った。
「本当にそうかしら、どうも引っ掛かるのよねぇ」とキャサリンが言った。
かけるも続けて言った。
「僕もどうもおかしいと思うんだ。キムのパワーやホルヘのスピードを凌ぐ程の奴らだからプロだと思う。そんな奴らに依頼しておきながら、要求がお金というのはどうもおかしい様に思うんだ」とかけるが言った。
「確かに変よね、キャサリンの話では犯罪者リストに乗っていないかファイルを消したかそんなプロがお金欲しさに誘拐なんてするかしら?」と美樹が言った。
「要求金額も安すぎるんじゃないかしら?確かに二十億ギラって凄いお金だけど、あたし達のオークションで二百億ギラついたのよ。今この世界が注目するコーネリアのご子息よ。もっと高い値を吹っかけてきても良さそうなものなのに」と加奈が言った。
「だからそれはそれだけお金に困っているからじゃないの?借金してるとかさぁ」と俊一が言った。
「いや、俺とホルヘが戦った奴はそんな借金を抱える様な奴じゃない!なぁ、ホルヘ!」とキムがホルヘに振った。
ホルヘも「そうだ!あいつらはそんなしみったれた奴らじゃない。プロフェッショナリスタだ!」と言った。キムとホルヘの意見が初めて一致した。
「もしかしてお金目的とすることがダミーだとしたらどうかしら?」とキャサリンが思いついた様に言った。
「うん、本当は大統領選挙に関するのが誘拐目的でも、それを知られたくないとか?」と加奈が言った。
「そうすると黒幕はサイキスかしら?」と美樹が言った。
皆は考え込んで唸ってしまった。
「ところで、コーネリアは二十億ギラを払うだろうか?」とホルヘが訊いた。
「そりゃぁ、子供達の命が掛かっているんだから、何としても払うだろう!」とキムが言った。
「その二十億ギラを払ったために選挙資金が足りなくて選挙に望めないということもあるのかなぁ?」とホルヘが言った。
「それでも、ここまで大統領選が大きくなった以上、借金してでも続けるだろうよ!」と俊一が言った。
「貸してくれる所があるのか?」とホルヘが訊いた。
「そんなことは分からないけど……」と俊一は言った。
「サイキス現職大統領には姉と妹がいて軍需産業を経営しているということだったよね。彼女達はコーネリアが大統領になってしまったら多分破産するよねぇ」とかけるが言った。
「そうか!彼女達が共同して、またはどちらかが企んだ可能性もあるのね」と美樹が言った。
「サイキスが事件に関わっているかどうかは別にして、彼女達が企んだことだとすると、お金目的の誘拐を偽装することも考えられることだよね」とかけるが言った。
その日はそれ以上、犯人グループからの電話はなく、スコットとコーネリアは二十億ギラの金策にあっちこっち走っていた。
二十億ギラなんて大金など、姫としての昔のコーネリアならまだしも、軟禁されているただの大統領候補としてのコーネリアが持っているはずがなかった。
コーネリアとスコットは、知人から銀行から借金をして駆けずり回っていた。かける達も何か手伝うと言ったが、コーネリアはかける達に体よく断り、必死になって金策していた。
そうして次の日、また昨日と同じ時間に電話が掛かって来た。
「金は用意出来たかい?」とコーネリアが電話に出る早々、話し掛けてきた。
「なんとかお金は出来ました。サリーとケリーは元気なんでしょうね?」と強い大統領候補の顔ではなく、我が子を心配する母親のコーネリアとして言った。
「心配するな!まだ死んじゃいねぇ!こいつらを生かすも殺すもあんた次第だってことを忘れるな!」
「子供たちの元気な声を聞かせて!」
「ダメだな、昨日聞いただろう。何度も聞かせる程、俺はお人よしじゃないんでな」
「人でなし!」
「有り難うよ!誉めていただいて。俺達は人ではねぇんでな」と言いながら冷たく笑った。
「それでどうすればいいの?」とコーネリアが言った。
「やっとビジネスの話になったかい!あんたが一人で三十億ギラを持ってくるんだぞ!場所は……」
「ちょっと待って!昨日は二十億ギラって言ったわよ!」
「一日あれば利子がつくだろうが。そんなこともわからねぇのか、大統領候補様は!」と電話の声は言った。
コーネリアは悔しくてギリギリと下唇を噛み締めた、下唇から血が滲み出た。
「何だよ!こんなに時間を与えてやってるのにまだ指定の金ができねぇのかよぉ。子供の事が可愛くないのかぁ?仕方がない。明日、もう一度同じ時間に電話してやるから、必ず用意しておくんだぞ」と言って一方的に電話を切った。
コーネリアはスコットに抱きついて悔し涙を泣がした。
かける達は部屋に戻った。
美樹が部屋に入るなり悔しさを言葉にした。
「何よ、犯人の奴ら!昨日は二十億ギラって言っておいて、今日は三十億ギラ!利子ですって、馬鹿にするんじゃないわよ!」
「変質者じゃないの!きっと頭おかしいんだよ!」と加奈が言った。
「なんか滅茶苦茶むかつく野郎だぜ!」ホルヘが椅子を蹴飛ばし、キムはギリギリと歯軋りした。
「大統領候補って言ってたから、昨日は知らなかったけど、今日判って、足元見られて金額を釣り上げたのかなぁ?」と俊一が言った。
「やっぱり、お金はダミーだわ!きっとわざとお金を釣り上げたり、イチャモンつけて大統領選挙まで伸ばすつもりだわ」とキャサリンが言った。
「僕もそう思う。卑怯な奴らだ!」とかけるは拳を握り締めた。
そこへカリーナが帰ってきた。方々駆けずり回ってゴースティンに訊き回って来たらしい。
「あら、かける達も帰ってきてたのね!」とカリーナは幾分疲れた声を出した。
俊一が「幽霊も疲れるのかい?」との質問には答えずにカリーナは「サリーとケリーを誘拐した三人組のことが分かったわ!」と言った。
カリーナの言葉に皆カリーナの周りに集まってきた。
「あいつらはフリーの何でも屋でいつも三人で組んで仕事している。殺しもやるし、殺しだけじゃなく誘拐も強盗も何でもやるわ。だから何でも屋!やり方も選ばずポリシーなど何もないみたい。ただ仕事に関しては莫大な金額を要求するけども必ず成功させてきたって言うプロフェッショナルよ。金次第でロイド国にも人類国にもゴルゲ国にも牙を向く恐ろしい奴らだということだわ」
キャサリンが口を挟んだ!
「それだけいろんな事をやっていても、人類国にもロイド国にもゴルゲ国にも、警察の犯罪者リストにはなかった。ということは誰かがファイルを消しているのね」
「その通り、犯罪者リストにないのは当たり前で国籍、年齢、性別、名前、生年月日、写真と、どのデータベースにも何のデータも残っていないはずよ。何故だか判る?」とカリーナが訊いてきた。
かけるが即座に答えた。
「仕事の依頼者か、彼等のバックがそれだけ大物なんだ!」
「バックがいるの?フリーなのに!」と加奈が言った。
「バックがいるか、いたとしたら誰なのか?少なくても、各国の警察の犯罪者リストからだけでなく全てのデータベースから彼等の存在を消しているんだから相当な人物か組織よ」とカリーナが言った。
「それで依頼者は判ったのかい?」とかけるは話の先を急がせた。
「誰が依頼者か明確には判らないわ。でもあるゴースティンが、コーネリアの子供の誘拐計画を聞いたらしいの」
「サイキスの姉妹?」とキャサリンが訊いた。
「何で判ったの?」とカリーナが驚いていた。
「別に。でも今の状況下で一番可能性が高いのは、この二人でしょう。コーネリアが大統領になったら破産しかねないんですもん。切羽詰っているでしょうしね。でもこの二人はあの何でも屋三人のバックではないわ。彼女達は確かにお金を持っていても彼等三人の全データを消し去ることが出来ないでしょう」
「カリーナ、今度はサリーとケリーがどこに連れ去れられているのか探ってみてくれないか?」とかけるが言うとカリーナは得意そうに「ヘヘーン!」と言った。
「実はもう大体の場所は聞き出しているんだ!」と言った。
「ええ、それは一体どこよ?」と美樹が興奮した様子で訊いた。
「知りたい?」とカリーナがお茶目な顔をして訊いた。
「聞きたいに決まっているだろう!」と俊一が言った。
「それはね、探すのに誰も入らないから見つけられず、彼等の様なフリーの何でも屋だから入れる場所。それでいて、誰も住んでいなくて、今大統領選間近でほとんど人っ子一人いない場所」と言ってウィンクした。
「まさか!」とかけるの顔が白くなった。
「そう、そのまさか!戦闘エリアよ!」
「今、人類は大統領選で、ゴルゲは内乱と呼ぶのか革命と呼ぶのか、ロイドは内部の反抗で戦闘エリアは兵士はまるでいない。軍隊は自分達の国に帰っていて他国と戦争どころじゃないのよ。戦闘エリアは元々誰も住んでいないし、戦争商人も兵器を売ろうにも軍隊がいないから売りに入って来ない。戦争をやっていないからと言って、誰も入ってくることないのよ。だから誰にも見つかることないのよ、今は。皮肉なことに、戦闘エリアがこの世界で、今一番安全な場所かも知れないわ」
「かけるは、戦闘エリアを越えてきたのよね。地理に詳しいかしら?」キャサリンがかけるの方を見て言った。
「かけるだけじゃないのよ!私だってあの戦闘エリアを超えてきたんだから!」とカリーナが自分の存在を忘れられてぷーと怒った。
かけるが話を先に進めた
「戦闘エリアの地理については、また調べるとして、まず誘拐犯の性能を教えてくれ!奴らは三人、キムよりもパワーのある奴と、ホルヘより速い奴と、腕がサイボーグの奴、他にも奴らの性能で判っていることあるかな?どうだい、カリーナ?」
「ごめんなさい!何せ彼等の戦闘を見たゴースティンなんていないのよ、判らないわ!」
「まあ、仕方ないな。戦闘エリアに行って自分で確かめるしかないね!でも全員で動いてコーネリア達のガード件連絡係がいないとまずいよね」とかけるが言った。
「俺は行くぜ!」とキムがすぐさま言った、続いてホルヘも「俺も行くぜ!借りは返さないといけないからな!」と言った。
「俊一は来てくれるかい?」とかけるが訊くと俊一は頷いた。
「カリーナは?」と訊くと「私が行かないと始まらないでしょ!」と言った。
「それじゃあ、今回は男子四人とカリーナで行くことにしようか?」とかけるが言うと、「私も行くわ!決まってるじゃない!」と美樹が言った。
「美樹、君はここで皆を守ってくれないかい?」とかけるが言うと、「それなら、かけるが残ればいいじゃない!」と美樹が言った。
キャサリンも「私も調べたいことがあるからキーワイルの街まで行きたいわ」と言った。
加奈も「私だって行きたいわよ!私のせいであの二人が連れ去られたんだから。自分の責任は取らないと」と言った。
そこで協議の末、結局皆で行くことにした。
コーネリア達は警察が守ってくれる。ゴルゲとロイドは抑えてある。サイキスは動けないだろう。他にもコーネリアを暗殺するような人が他にいるとも思えない。
そして、コーネリアに話して、幾らかの活動資金を貰った。コーネリアも、今は自分よりも子供の安否の方が大事であると、かける達全員が行くことを喜んで承認してくれた。
翌日、キーワイルとの連絡船で各自別々に乗り込んだ。一応変装して偽名で乗り込んでいたのは、七人全員が一緒だと目立ってしまうからだ。
変装が巧かったのか、今となっては海中都市に入ったり出たりする人をチェックすることもなかったからか、怪しまれることなくキーワイルの街に着いた。キーワイルの街で一行は別れて行動した。
カリーナは、誘拐されたサリーとケリーの居場所などを仲間ゴースティンに聞き込み、ホルヘとキムと美樹は武器ショップなどを見て回った。能力だけでは勝てそうになかったからだ。加奈は自分の聞き耳を立てて誘拐についての情報収集、俊一も透視能力をもっと強めるために練習していた。かけるは戦闘エリアの地図や地形を徹底的に調べた。
キャサリンはキーワイル市街地にあるキーワイル市役所に行った。目的はコンピューター室の近くからキーワイル犯罪記録とブラックリストのチェックからあの誘拐犯の三人を割り出し、そしてサイキスの姉と妹について調べたかったのだ。
キーワイルは市民の力が強いので、警察も市民からなっているのであるから、犯罪者リストであっても、データベースを管理しているのは、警察ではなくて市役所なのだ。
キャサリンはもしやと思っていたのだが、キャサリンの考えはズバリ的中した。海中都市から人類やゴルゲやロイドの警察の犯罪者リストを見たが、彼等三人のことは見つけられなかった。
その時に、キーワイルと地底王国に関してはアクセス出来ないことに気付いた。今キーワイルのデータベースにアクセスしてみて判った。このキーワイル自由都市は各国のデータベースに繋がっていなかったのだ。
本来、この自由都市は、船員はならず者や自由商人がいて自由に交易している所だ。人類国やゴルゲ国やロイド国の犯罪者リストは手に入れていたとしたら、犯罪履歴のある人は誰もこのキーワイル自由都市に入れない。
そのため、キーワイルは各国のデータや情報は念入りに収集・分析していた。しかし、その一方、キーワイルの情報が各国に洩れることはキーワイルの様な軍事的には弱い都市においては好ましくない事も多々ある。それでキーワイルのデータを、ネットワークに組まずにいたのだ。
このキーワイル自由都市が独自に詳細な犯罪者リストを作製していた。このデータベースはネットワークに繋いでいなかったために、人類国でもロイド国でもゴルゲ国でも見ることが出来ないはずだ。
ということは、キーワイル自由都市で奴ら三人が犯罪を起こしていれば、このキーワイルのコンピューターに直接アクセスしないと消すことが出来ない。
どうやら彼等のバックは、そのことまで考慮しなかったらしい。キーワイルの犯罪者リストの中に、奴ら三人のデータを見つけたのだ。
キャサリンは、さらにサイキスとサイキスの姉と妹のデータを引き出して頭にインプットして、市役所を後にした。
皆七人が各々の思いを込めてばらばらに行動した後、ホテルの部屋に集まって会議をした。
最初に口火を切ったのは加奈だった。
「私は今日は街を聞き耳立てて歩き回って、街の噂を得て情報収集したわ。驚いたのは、スコットとコーネリアの二人の子供が誘拐された噂で持ちきりだったわ。人質の安全優先のため、報道が規制される報道管制が取られていて、テレビやラジオや新聞や雑誌などでニュースは流れていないにも関わらずよ。それでコーネリアがこのまま大統領選に登場するかどうか賭けをやっている人もいるぐらいよ」
「それは俺も見たよ。町外れの倉庫の中で大掛かりな賭けをやっている。コーネリアが大統領選を継続するかどうかと、コーネリアが大統領選挙に出馬した場合の大統領は誰か、といった賭けが闇で大々的に行われているのを見たよ」と俊一が言った。
「報道管制にありながら噂として広まったのは誰かが故意に情報を噂として流布しているからじゃないかしら?やっぱりサイキスファミリーが絡んでいるのね。彼等が噂を流したに決まってるわ」と美樹が言った。
「汚い奴らだ!」とホルヘが呟いた。
かけるが何か気付いた様に言い出した。「そう言えば、誘拐が起きた時、加奈から電話をもらったスコットとコーネリアはスケジュールを打ち切ったけど、コーネリアのスケジュール表からすると一番空いている時間帯だった。だからスコットのみならずコーネリアも海中都市の家に帰れたんだ。もしかしたら、コーネリアが出て来れる時間帯を知っていたのかもしれない」
確かにスケジュール表の中で、あの時間帯だけがぽっかりと空いていて、コーネリアがこの時間を使って、選挙選で使う原稿を見直したり出来る時間だと言っていたのを、かけるは思い出したのだ。
「ということは、奴らはコーネリアのスケジュールを知っている内部にスパイがいるってことか?」とキムが訊いた。
「判らない。ただ可能性があるってことだけだよ!あのスケジュールは内部の限られた者しか知らない。僕だって、たまたま見せてもらえたけど、君達は知らなかったでしょう。サイキスファミリーなら、コーネリアの行動をスパイさせることも出来たのかなぁなんてね。まぁ、あくまでも可能性があるってことだけどね」とかけるが言った。
「十分にあり得ることだわね!」とキャサリンが言った。
「実は今日、市役所に言ってきたんだけど、面白いデータを見つけたわ!」と言ってキャサリンが市役所のデータベースで得た情報を話し出した。
「キーワイルは自治警察だから独自のデータベースに犯罪者リストを持っていて、そこには人類国やロイド国やゴルゲ国からはアクセスできないの。そこであの三人の何でも屋のデータ、そして各国主要人物リストから、サイキスの姉妹のデータも見つけたのよ」
そこでキャサリンは皆を一回り見回して話を続けた。
「サイキスの姉はアイラと言って、アイラはアイラ衛星開発株式会社の経営者であることは周知の通りよね。会社は衛星開発を行っている。そしてサイキスの妹はユリサと言って、ユリサニュークリアディベロップメント株式会社の経営者で、核開発を行っていることも周知の事実よね。当然と言えば当然なんだけど、コーネリアの大統領選出馬以降、彼女達の会社の株価は下落しているわ。特にこの所、コーネリア有利の下馬評が言われる様になってからは、アイラとユリサの株式会社の株価はコーネリアが大統領選に出馬を表明する以前の十分の一にも減少しているわ」
「やっぱりぃ!、それで彼女達姉妹がこの誘拐を企んだのね!」と加奈が結論を急いだ。
「そうかどうかはまだ判らないけど、可能性は高いわね。それでね、さらに面白いことが判ったの。彼女達の会社の筆頭株主は其々(それぞれ)別会社なんだけど、同一人物が会長の座に座っているのよ。その会長の名前はユーベルタンという男なの」
「ええ、嘘!あのユーベルタン様がぁ?」とカリーナが驚きの声をあげた。
「カリーナ、ユーベルタンを知っているの?」
「もちろんですとも、ユーベルタン様はコーネリア様の父上であるコルシカ王の腹心と言われたユーベルタン大臣様ですよぉ!コルシカ王に政策について助言される立場にもありました。王制が廃止されて隠居なされたって聞いてますけどぉ」とカリーナが言った。
「このユーベルタンは隠居というのは世間一般にそう思わせているけど、隠居してから陰の大物と言われる程、とにかくいろんなことをやっているわ。このユーベルタンの子供達がアイラ、サイキス、ユリサなのよ。隠居してから自分では動かず、自分の子供達を動かして政権、財権を握っているの。まだ推測の段階でしかないけど、あの三人の何でも屋を動かしているバックはユーベルタンらしいのよ。ユーベルタンならロイドにもゴルゲにも顔が利くのよ」
「ええ、どうしてゴルゲやロイドにまで顔が利くの?」と俊一が訊いた。
「これは不確かな情報でしかないけどね、ゴルゲ国の獣人を生み出すDNA操作の研究や、ロイド国のサイボーグの研究には莫大な研究開発資金が必要なのよ。コルシカ王は獣人やサイボーグには反対だったから国の補助金は得られないわ。陰で、彼等に研究開発資金を拠出していたのが、ユーベルタンらしいのよ」
「なるほど!それなら話が繋がる!」とかけるが言った。
「あくまでも不確かな情報よ!」とキャサリンが加えた。
「さぁ、大物について話した後は、我々の直接の敵、三人のことについて話すわね!加奈が噛み付いたボスの名前がダン、ホルヘの取り逃がした素早い女の名前がクリスティーナ、そしてキムが叶わなかったパワーの持ち主がザルドー。彼等はユーベルタンが持っている会社の一つで生み出された怪物よ。彼等はサイボーグじゃないわ。サイボーグは人間の部分を残しているものだけど、彼等はアンドロイド。全てが機械で出来ている。脳も人間のものではないわ。コンピューターが埋め込まれている。感情というものがないから冷酷非情に仕事をこなせるのね。判断能力は人間の比じゃないわ。彼等はキムよりパワーがあって、ホルヘより早く動け、かけるより速く空を飛べる。さらに透視は俊一よりも優れ、聴力は加奈よりも優れ、戦闘能力は美樹より高い。そしてデータ分析能力も私以上だわ」とキャサリンが言った。
「……そんな化け物にどうやって勝てばいいんだ?」と俊一は言った。
皆暗く沈んでしまった。
「奴らに弱点はないの?」とかけるがキャサリンに訊いた。
「奴らは水に弱いと言っても、海の様な塩水であっても錆びはしないけど、多少は動作が鈍くなるはずよ。ホルヘの水中滞在能力を活かすのが一つのキーになるわね。でもそれだけじゃ勝てないと思うわ」とキャサリンが言った。
「奴らの体が機械なら、エネルギー源があるはず。エネルギー源は何だい?」とキムが訊いた。
「奴らは、他のロボットと違って、複数のエネルギーを変換して自分のエネルギーにしているわ。太陽、地熱、風力、潮力、赤外線など世界にありふれているエネルギーを変換して使っているから無限のエネルギーと考えていいわ」
「それじゃぁ、勝ち目なんてないじゃないか!」とホルヘが言った。
皆すっかり顔が俯いてしまって沈んでしまっていた。
かけるは話をちょっと変えてみた。
「有り難う、キャサリン。でもよくそこまで調べられたね?」
「私よりもこのキーワイル自由都市が凄いのね。このキーワイルは小都市ながら大国の中立としてやってこれたのは情報の多さにあると思うのよ。彼等は他の国の動静を分析して、キーワイルの中での出来事を把握して、いつも逸早く動いてきた。だから情報の量も質も、他では考えられない程持っているのよ。当然、そんな情報にアクセスするには、幾重にもガードされているけど、そこにアクセス出来たのは、私がこの世界で身に付いている能力のおかげだわ」
「有り難う!キャサリン!それではカリーナ、君の集めた情報を聞かせてくれないか?」とかけるはカリーナに話を振った。
「キャサリンの話を聞いた後は話し難いけど、誘拐されたサリーとケリーは戦闘エリアの中のサルモン地区にいるらしいわ。あるゴースティンがあの三人が大きな箱を持って、このキーワイルで男達に運ばせた際に付いていったらしいの!」
「そのゴースティンに道案内頼めるのかな?」とかけるが訊いた。
「大丈夫よ!既に話はつけてあるから。それで、そのサルモン地区なんだけど、人類国管轄になっている戦闘エリアで、大統領選を控えた今は地区を警備する兵が数人いるだけで、問題なく入れそうだわ。その中の一つの武器倉庫にその箱は入れられたって言ってたわ。そのゴースティンはその箱が開けられるまでいたのよ。中から可愛い女の子と男の子が出てきたって言うからそこに間違いないわね」
かけるは昼間購入した戦闘エリアの地図を広げた。自由商人が迷わないために戦闘エリアのマップは売り出されていたのだ。
「サルモン地区はここだ!」とかけるが指を指した。かけるが通ってきた様にロイド管轄地区があるが、かける達が通った時にロイド国とゴルゲ国の小規模な争いが起きたために、このロイド管轄地区は手薄になっているはずだった。
しかも、ゴルゲもロイドも自国の事が手一杯で、戦闘エリアに派兵していないどころか、多くの兵士を自国に戻していた。人類国と同じ様に数人の兵士が見守っているに過ぎないはずだ。
「このサルモン地区は山の中腹にある。ここから歩いて二時間の距離だ。地形を利用するには持って来いの場所だと思う。
有り難いことにここに塩分濃度が高い死の湖コル湖がある。塩分濃度が高くて魚さえ住まない湖だよ。サルモン地区から奴らをここにおびき寄せたい。サルモン地区からコル湖まで山を越えて一時間の距離だ。山は昔、激しい戦闘がなされていた時に使われた塹壕があちこちに張り巡らされている。
今は、戦闘が塹壕に入って戦うゲリラ戦より、航空戦や戦車戦となっているから、何でも屋の奴らはそのことを知らないだろう。この地形を利用すればまだ僕らにもチャンスはあるはずだ」とかけるは言った。
かけるは戦闘エリアのことに関して詳しく調べていた。地形を利用することを前もって考えていたのだ。
誘拐があってから二日が過ぎていた。二日後すなわち明後日には大統領選だ。コーネリアは子供が誘拐されていても、負けずに気丈に選挙戦で演説していた。
子供たちが誘拐された噂は既に国民に流布していたから、民衆は噂が本当か確かめる人達や同情して見に来た人達もいて、コーネリアの演説を聞きに来る人は益々増加していた。
演説では気丈に政策を主張していたコーネリアではある。誘拐の噂が既に広まっていることからメディアから「お子様が誘拐されたというのは本当ですか?」と訊かれると、一瞬うろたえて見せたが、すぐに立ち直り「何のことですか?」と惚けて見せた。その後は何を訊かれても動じなかった。
大統領選は間近である。
かける達には作戦をゆっくり立てている時間はなかった。その夜は満月。月明かりで十分に進める。しかも兵士がほとんどいないとは言え戦闘エリアだ。
昼間歩くよりも夜歩く方が見つかりにくいはずだ。最初からホテルの部屋も一泊しか取っていなかった。
キーワイルの街は朝まで賑やかである。酒場も朝までやっている。寝静まることがない街なのだ。かける達はその街を後にして戦闘エリアを目指した。明後日の朝十時から大統領選挙が各地域ごとに始まる。
誘拐の目的が、お金ではなくコーネリアの大統領選挙にあるとしたら、大統領選挙が終わるまでサリーとケリーを返さないだろう。かける達よりも強い敵かもしれないが、子供達を取り返さないといけない。
やはり思った通りだ。自国で騒ぎがあるロイド国も、人類国も、さらにゴルゲ国も、軍を自国の騒ぎを抑えるために兵を戻していた。戦闘エリアはもぬけの殻となっており、数人の兵士がいるだけだった。
コーネリアの子供のサリーとケリーを誘拐した三人を見たゴースティンの案内で、かける達が人類軍管轄サルモン地区に着いたのは真夜中の二時のことである。
夜はダン、クリスティーナ、ザルドーの三体は休んでいるはずだった。彼等は夜でも問題なく動ける。だが夜は大地からの赤外線や風力をエネルギー源としているために、昼間の太陽エネルギーと比べるとかなり弱いはずだ。昼間の太陽エネルギーを蓄積しているとはいえ、動きが弱まるから休んでいるに違いなかった。
かけるは早く着いて、塹壕の造りを見ておきたかった。塹壕の地図は入手出来なかった以上、時間をかけて歩き回り塹壕を戦いの際の味方につけたかった。サルモン地域の山の塹壕の中でかける以外の皆は、戦いに備えて休眠していた。
その間にかけるは、暗視カメラを付けて塹壕の中を飛んで構造を頭に叩き込んだ。暗視カメラは、俊一が夜でも透視能力を上げるために買ったのを借りたのだ。
塹壕の中を頭に入れた後は、サルモン地区の山を回り向こう側を飛んでコル湖の周囲を飛んで見て地形を頭に入れた。そうしてかけるは、皆が眠っている場所に帰ってきて眠りに着いたのは朝六時のことだった。既に東の空がライトブルーから白色や黄色が混じり太陽を迎えようとしていた。
かけるが寝てから三十分もすると、俊一と加奈が起き出した。偵察の役目があるのだ。サリーとケリーが運ばれたという倉庫の中を俊一が透視して、加奈が中の様子を聴き取る役目である。着いてからすぐに俊一は暗視カメラで倉庫の中を覗いた。
倉庫の一室に鍵をかけてベッドに子供が二人寝ていた。三人は一人が監視している間に、他の二人は休んで交替して休息を取っていた。やはり夜はエネルギーがフルパワーという訳には行かないようだった。とはいえ、無理に夜に押し込めば失敗する可能性が高い。
朝になって太陽が上ると三体は起き出した。二人の子供達も起きて食事を取っている様だった。サリーとケリーは特に繋がれてはいなかった。繋がれる必要がないくらい、大人しく従っている様だった。
奴ら三体は、透視能力は俊一と同等、聴力は加奈と同等の能力、下手したらそれ以上の能力があるから、近付き過ぎればすぐにこちらの存在がばれてしまう。
キーワイル自由都市で、俊一は二十四倍スコープを、加奈は音の集音と十倍増幅器が一つになった機器を買っていた。これで奴らの能力を上回っているはずだ。奴らに気付かれずに偵察出来る。奴らは数時間だらだらと過ごした後でリーダー格のダンが電話をかけた。その頃には皆起きていた。俊一が番号を読み取るとコーネリアの自宅の番号だった。
コーネリアは誘拐された日と翌日は、急病ということでスケジュールを変更せざるおえなかったが、それ以降は一人で選挙演説に出向いていた。コーネリアが選挙演説に出ている間は、夫のスコットが電話番をしている。
さすがに加奈にはスコットの電話からの声は聞こえないし、ダンやクリスティーナやザルドーは心もないので心を読むことは出来ないが、奴らの会話は聞き取れる。スコットとの電話であればダンがしゃべっている声だけは聞き取れる。
「どうだ!金は用意できたか?」
「そろそろ、この誘拐も終わりにしようじゃないか!」
「コーネリア様は大統領選挙演説に行ったのか?」
「ははは、大統領候補様は忙しいこったな。もう一つ要求を加える。いいな!」
「コーネリアが大統領選挙を辞退することだ!」
「何!出来ないだと!別に構わねぇよ。出来なければお前の可愛い子供達が死ぬだけだ。せっかくだからたっぷりと痛めつけて苦しませて殺してやるよ。可愛い子供達の悲鳴が聞きたいか?今聞かせてやってもいいんだぞ」と言って、サリーとケリーの腕を引っ張って電話口に出させた。
サリーもケリーも恐くて泣いている。
「パーパァ、恐いよ!助けて!」泣いているので声をしゃくりあげながら震えている。すぐに電話をしていたボスのダンは子供たちを跳ね飛ばした。
サリーとけりーは「アアーン」と悲鳴を上げた。
「判ったな!余計なことせずにコーネリア様が大統領選挙を辞退したら、大統領選挙後に子供達は無事に返してやる」と言って、ダンは一方的に携帯電話を切った。
「やっぱり奴らが最初言っていた身代金狙いというのは見せかけだったのね」と美樹が拳を固めていた。
「多分、奴らは明日が大統領選だから、何度も脅迫電話をかけるはずよ。大統領選出馬を止めさせるためにね」とキャサリンが言った。
「奴らにコーネリアが大統領選に出るのを取り止めたと思わせることは出来ないかな?」とかけるがぼそっと呟いた。
「何言ってるのよ!それじゃあ、今までの苦労が水の泡じゃない。コーネリアが大統領になって和平を実現させるんじゃないのぉ。どうかしてるわよぉ、かけるったらぁ」と加奈が言った。
「いや、違うんだよ!本当にコーネリアが大統領選を辞退するんじゃなくて、奴らが辞退したと思い込めばいいんだよ」
「いいアイデアではあるけど、どうやって?」とキャサリンが訊いた
「コーネリアが大統領選を辞退する演技をしたビデオを奴らに見せて本当だと思わせる。そして奴らが油断した隙に子供たちを助け出す」とかけるが言った。
「でも奴らは狡賢いわ。仮にコーネリアが大統領選辞退の発表をしたビデオを見ても、子供達を返すのは大統領選が終わってから返すでしょう。油断すると言っても子供達と一緒にいる以上、難しいんじゃないかしら」とキャサリンが言った。
「うーん、何とかして子供達を奴らから離すことは出来ないかなぁ?」とかけるが食い下がった。
「しつこいかもしれないけど、まともに戦ったら僕らには勝ち目がないんだよ。奴らが子供達と離れて、さらに一人ずつに分かれてくれないと、僕らに勝ち目はほとんどないんじゃないかと思うんだ」とかけるが続けた。
「やってみる価値はあるかもしれないな。少しでも可能性がある方に賭けたいもんな」とキムは言った。
「俺達になるべく危険がない方法を選ぼうぜ」と俊一も言った。
「他にプランもないし、やってみようか」と加奈も言った。
「そうね!かけるの案に賭けて見ましょう」と美樹も言った。
「このまま待っていても、何も始まらないもんな」とホルヘも言った。
「うん、そうね!確率はあるかも知れないわ」と最後にキャサリンが納得して言った。
「それじゃあ、いいかい」とかけるは言って皆を近くに集めて作戦を練った。それからが忙しくなった。
かけるは携帯からスコットに電話した。スコットに作戦を話し、最初に周りの警察に聞こえない様にしてもらうことを注意をしてから「次に奴らから電話があったら、『コーネリアが大統領選を辞退するニュースを見ろ!』と伝えて下さい。何時のニュースになるか分からないが、分かったら連絡するから、携帯電話の電話番号を教える様に言ってください」と話した。
ダン達にバックがいるなら、ダミーの携帯電話ぐらい持ち歩いているはずだ。その番号なら教えるだろうと思われたのだ。
加奈はすぐにコーネリアの携帯に電話をかけた。幸いにもコーネリアの演説の合間だったので、コーネリアが電話に出た。手短にコーネリアが大統領選挙に出馬しない旨のビデオを作成してくれるように頼んだ。なかなか納得してくれなかったが、やっと作戦を理解して納得してくれた。
美樹は携帯でサラ姫に電話をかけていた。サラ姫の潜水艇はとっくに修理が終わっているはずだ。それを海中都市ではなくコーネリアが演説している町の一番近い港町まで寄越す様に頼んだ。
さらにコーネリアからビデオテープを受け取ったら、それをキーワイル港まで持って来て貰う様に頼んだ。訳を説明するとサラ姫は快諾してくれた。サラ姫の潜水艇は小さいので、普通の港でも浮上して走った場合に接岸できる利点があった。
コーネリアは急いで言われたビデオを撮るためにスタッフを揃えて撮影した。撮り終えたのは午後二時を廻っていた。
すぐにそのビデオテープを近くの港に運ばせた。サラ姫がコーネリアの秘書から、港でコーネリアが演説しているビデオテープを受け取ったのは午後三時だ。
サラ姫は紫外線に弱いため、紫外線を防ぐ服を着用してビデオテープを受け取った。サラ姫は急いでキーワイルの港に向かった。
一方かけるは、奴らの視力、聴力を離れて飛びながらキーワイルの港に戻った。必要な物を買って午後五時半にキーワイル湾に着いたサラ姫からビデオテープを受け取った。
そのビデオテープを持って、また低空飛行で奴らの視界に入って捕まらない様にしながら、皆の所にビデオテープを持って戻ったのは六時になっていた。
その間もずっと俊一と加奈は奴らを見張っていた。その間にキムとホルヘと美樹は、塹壕の中やコル湖に行って自分達の戦うフィールドを下見していた。キャサリンは皆の報告を受けてデータを整理して、作戦の修正や細かい点をチェックして作戦をより完全に仕上げていった。
かけるはビデオテープを持って戻ってきて、そのビデオテープをカリーナに渡した。
「頼むよ!カリーナ」
「任せておいて!」とカリーナは言った。
見つかることなく近づけるのはカリーナしかいなかった。俊一も相手の攻撃に姿を消すことが出来るが、わずかな時間消えるだけで長時間は無理だ。
カリーナがビデオテープを持って倉庫まで行った。カリーナは太陽が落ちて夜が来るとゾンビの姿が現れてしまう。姿が現れる前に作戦を終えて、彼等の視界の外に出ないといけない。
カリーナは昼は幽霊としてふわふわと飛んでいるので、あっと言う前に倉庫に辿り着いた。カリーナは消えていて見えないが、カリーナが持っている物は消えなかったので、ビデオテープなどの物が浮いている姿は、なんとも面白いものだった。
倉庫のシャッターは下りていた。カリーナは入れるがカリーナが抱えている物が引っ掛かる。そこでキムが小石を思い切り倉庫のシャッターに向けて投げた。しかし、到底届く距離ではない。
そこで、キムが投げた小石の軌道が落ちてきた時に、かけるが小石に念力をかけてさらに飛ばした。キムだけでもかけるだけでも、小石をこれだけの距離を飛ばすことが出来ないので、共同作業をしたのだ。それだけ、彼等の視界に入らないためには距離を置かねばならなかった。
小石はそれでも弾道を落としだが、かろうじて倉庫のシャッターに当たりカーンと高い音を上げた。
中からシャッターを上げて、あのホルヘから逃げ切った女が出てきた。カリーナの持っているビデオテープが見つかるかとひやひやしながら見ていたが、大丈夫だったようで、その間にカリーナはビデオテープを持って倉庫の中に入った。女はすぐにシャッターを閉めた。
俊一が外から見張っていた。加奈が中の会話を聞いていた。カリーナと俊一と加奈はテレパシーで交信していた。カリーナが倉庫に入った時は、事務所にボスのダンと大男のザルドーがいた。
「どうだ!クリスティーナ、誰かいたのか?」
「いや、風でしょう。誰もいなかったわ」
「念のためだ、倉庫の中を一通り見て来い!」とダンが命令して自分でも事務所を後にした。彼等の会話を聞いていた加奈と見張っていた俊一がカリーナにゴーサインを出した。
「今だ!カリーナ行け!」
カリーナはビデオテープを持って、事務所のビデオにセットした。子供たちは一応ベッドがある部屋、仮眠室だと思われる場所に入れられ鍵をかけられていた。
事務所は誰もいなかった。カリーナはビデオテープをビデオにセットして、テレビを入れるとビデオがスタートするように細工した。この装置はかけるが、サラ姫がビデオテープを持ってくる前に、キーワイルの街で購入したものだった。そして、カリーナはビデオの表示窓に電源が入ったことが判らない様に、ビデオの表示窓を巧く見えないように隠した。
加奈が「カリーナ、気をつけて!ザルドーがそっちに行くわ!」と強く思念を抱いた。カリーナは相手の思考を読み取れる。三人は別々に様子を見て周っていたが、気の短い大男のザルドーが早くも「やっぱり何もないじゃないか!」と言って帰ろうとした。続いて俊一が「カリーナ早くしろ!」と念じた。
ボスのダンが廊下から戻ってきた。ダンは何も言わなかったし、物音もあげずに歩いていたので加奈の耳で捉えられなかったのだ。ダンが既に事務所のドアのすぐ近くまで迫っていた。
その時カリーナはビデオが置かれているテレビ台のガラス戸を閉めた。危機一髪だった。カリーナはビデオテープなど物が手元になければ、姿が消えて自由に出入り出来る。
カリーナは、急いで壁から抜けて大急ぎで帰ってきた。かける達が見守る数十メートル前でカリーナのゾンビの姿がうっすらと現れ始めた。かける達が隠れている塹壕まで戻ったカリーナは完全にゾンビの姿を現した。加奈が耳を済ませたがカリーナに気付いた会話はなかった。かけるはほっと胸を撫で下ろした。
加奈はコーネリアに電話した。コーネリアから電話してもらうためだった。電話番号は今日二回目の奴らからの電話があった時にスコットが聞いていた。加奈が電話を切って暫くすると、加奈が「電話が来たわ」と言った。加奈が会話を聴き取った。
「分かった!七時のニュースだな」
「分かっているよ。約束は果たすよ」
「分かったって言ってんだろう!」と言って携帯電話を切った。
すぐにダンが電話をかけようとするのを見て、俊一が「キム、かける、出番だ!」と言った。キムは急いで小石を思い切り投げた、小石の軌道が落ちかけた時に、かけるがサイコキネシスで小石をさらに飛ばした。
小石は、飛んで小型の妨害電波発生装置のスイッチに当たり見事にスイッチを入れた。この妨害電波発生装置もかけるがキーワイルで買って、カリーナにビデオテープと一緒に持って行かせ倉庫の外にセットさせたのだ。半径が三十メートル程しか効果がないが、倉庫の中でも妨害電波のために携帯電話で通話出来ないはずだ。
コーネリアが大統領選挙辞退のニュースがあることを、ダン達が誰かに電話で確認したらすぐにばれてしまうと思ったのだ。
ダンは自分が持っている携帯を使ったが、雑音が激しく聞こえなかった。そこで事務所据付の電話に手を伸ばした。電話線はカリーナが倉庫を出た時に細工をして掛からない様にしていた。そんな装置もキーワイルの街で売っていた。
ダンのもクリスティーナのもザルドーの携帯をチェックしたが、同様に雑音が酷くて通話出来なかった。
「おかしいわ!携帯も電話も使えなくなるわけないわ」とクリスティーナが言った。
だが、もう七時のニュースの時間だった。ダンがテレビの電源をつけた。コーネリアが撮ったニュースが流れた。加奈が聴き取った。
ニュースの司会者が、「コーネリア大統領候補が本日、いきなり大統領選挙を辞退することを表明いたしました。生中継で繋ぎます」と言って、記者会見風景の中でコーネリアが映るシーンに切り替わった。
コーネリアは「今になって大統領選挙を辞退することは私にとっては屈辱でしかありません。でも一方で恐くて仕方ありません。大統領というプレッシャーに耐えられないのです。もちろん、大統領選挙を辞退するための辞退金を支払わないといけません。この度は国民の皆様をお騒がせしたことを深くお詫び致します」と深く頭を下げた。そしてニュースは他のニュースに移り変わった。コーネリアは故意に子供達が誘拐されたことは伏せていた。
「よし、とうとうあの高慢な女に謝らせたぞ!」とダンは得意顔だった。
クリスティーナが心配して言った。
「これは何かおかしいわ!電話も通じないし確認した方がいいわ」
「よし、俺がキーワイルの町まで行って確かめて来る」とダンが言った。
ダンはそう言い残すと、キーワイルまでひとっとびで飛んで行った。
それを見ていた俊一が「よし、かける、出番だ!」と言うや否や、かけるが空を飛んで倉庫に近付いた。かけるが倉庫に達する前にクリスティーナが気付いた。
「何だ!あいつは!計られた。奴をこの倉庫に近づけるもんか!」とクリスティーナは言うやいなや、倉庫のシャッターを開けて外に出て来た。
クリスティーナが女性ながら、恐ろしい顔に変えて倉庫から出てきた。かけるをすぐ片付けるつもりでシャッターを閉めることをしなかった。クリスティーナ達には感情などないはずではあるが、相手に恐怖を与えるために、故意に顔に怒りの表情を持たせた様だ。
クリスティーナは一直線にかけるに向かってきた。かけるはその手前でUターンして逃げた。当初、かなり差が開いていたにも関わらず、山を越えてコル湖に行く頃には追いつかれそうだった。
かけるはジグザグ飛んで、クリスティーナが撃つレーザーガンをかわしながら、コル湖の水の中に飛び込んだ。バシャン!とかけるが湖面に飛び込んだ音が聞こえて波紋が広がっていた。既に夜が訪れておりコル湖は真っ暗だった。これではクリスティーナといえども水中は見通せないはずだ。
かけるも水泳部だ、しかも遠泳には慣れているし、水泳の試合には勝てないが、肺活量には自信があった。
かけるは、コル湖に飛び込んだまま、暫く浮き上がらず潜ったまま息を堪えていた。クリスティーナは後一歩でコル湖に入るところをぎりぎりで止まって、湖面の上を飛びながらかけるの姿を探していた。
だが暗い水面の中を見渡すことが出来ずに、水面近くに近付いて水中を見通そうとしていた。そこにホルヘが水面からジャンプしてクリスティーナの足を掴み、水の中に引きずり込んだ。
ホルヘは水中でも長く息が出来る能力がある。クリスティーナはさすがにそんな能力はなかったようだ。ホルヘは塩水の中、強い浮力をものともせずに、クリスティーナを水中深くまで引っ張り込んだ。
ホルヘは水中での呼吸をより長くするために、圧縮酸素コンパクトマスクを購入していた。クリスティーナは足掻いてホルヘに蹴りを入れ、なんとか水面に浮き上がった。そして必死の形相で陸に上がった。
だが、陸に上がったクリスティーナは飛べず、動きがかなり鈍くなっていた。回路がショートして火花がバチバチと音を立てている。
ホルヘも水中から上がって、蹴られた腹を押さえながらも、クリスティーナのレーザーガンを拾って何発かクリスティーナの頭や胸や体に撃ちこんだ。クリスティーナは物も言わずにそのまま崩れ去った。
「最強のボディーを誇るお前もこうなってしまってはただの機械だな!」と言って、ホルヘはクリスティーナの機械の体をコル湖に放り込んだ。
クリスティーナは塩の浮力に暫く浮かんでいたがゆっくりと沈んで行った。彼等には自己修復機能がある。ちょっとしたダメージなら自分で修復してしまう。自己修復機能が働かない様に塩水につけておくしかなかったのだ。
かけるがクリスティーナを倉庫から誘い出した時には、すぐにキムは塹壕から走り出していた。美樹と俊一を残して加奈とキャサリンとカリーナはキムとは別のルートで倉庫に向かって走った。ザルドーが子供達に危害を加えることを怖れたのだ。
キムが倉庫に辿り着く前にザルドーがキムを見つけて倉庫の外に出てきた。キムは事務所にいるザルドーに石をぶつけた。ザルドーが挑発に乗りキムの後を追った。キムは急いで逃げながら塹壕を目指した。
それでもスピードは段違いの差だ。キムは近付いてくるザルドーに大きな石を投げてぶつけながら塹壕に向かって逃げた。
それでもザルドーのスピードとキムの走るスピードでは、比べるまでもなく逃げられることもなく、途中キムはザルドーに捕まってしまい、大きく投げ飛ばされた。
キムは山の麓の方まで三十メートル程飛ばされた。キムは山の麓の木に体を激しくぶつけた。ザルドーはキムの方に歩いてきた。
キムはザルドーを充分に引き付けてから、持っていた赤い袋をザルドーに投げつけた。その赤い袋は水風船で中にはコル湖の塩水が入っていた。
水風船は、キムがキーワイルで買っておいたのだ。水風船はザルドーに当たって割れ、塩水がザルドーの体に掛かった。ニ発目もザルドーに当たった。キムはさらに逃げながら塹壕まで辿り着いた。
ザルドーは多少の塩水で動きが悪かったとはいえ、そのままずんずんと力強く歩いてキムを追ってきた。キムはもう水風船を持ち合わせていなかった。
塹壕の入り口に立ったザルドーに水風船が一つ二つ三つと次々と炸裂した。美樹とキムと俊一がザルドーめがけて投げつけたのだ。俊一は戦闘能力がないが、コントロールは一番良かったので、ここでキムや美樹の後方から水風船を投げつけた。
ザルドーは怒りの表情で顔を歪ませて塹壕の中にずんずんと入って来た。どんどん奥へ奥へとキムと美樹と俊一は逃げ込んだ。塹壕は奥に行く程狭くなっていた。ザルドーは最初は岩を砕きながら進んでいたが、岩に突っかかって身動きが出来なくなった。
かけるが塹壕の全通路を調べておいたおかげだ。塹壕は入り口は広いが段々と狭くなる。その昔、人類軍が敵の攻撃から身を守りながら戦っていたため、塹壕は人類用に狭かった。ザルドーの様に大きなロボットは通れないのだ。
塹壕に挟まり動けないザルドーの動きが一段とのろくなった、塩水が効いてきたのだ。美樹はゆっくりと動けなくなったザルドーに近付き蹴りやパンチを頭や胸や顔や足や手に浴びせた。
そしてとどめとして、キムがザルドーに近付いて、怪力でザルドーの頭をもぎ取った。
キムがザルドーを倉庫から誘い出したのを見て、キャサリンと加奈とカリーナは倉庫に入り、子供達が閉じ込められている部屋に向かった。
部屋は外から鍵がかけられていた。カリーナは部屋の鍵穴に針金を差し込んで何事もないようにドアを開けた。カリーナは諜報活動の実習で鍵開けの訓練も受けていたのだ。部屋の中にはサリーとケリーが、外の物音を恐れてベッドで抱き合って丸くなっていた。
加奈とキャサリンとゾンビとなったカリーナが子供達を助けた。ゾンビとなったカリーナを見ると、子供達はさすがにちょっぴり恐がったが、実はサリーとケリーはカリーナの姿を海中都市の家で見かけていた。お父さん、お母さんやかける達と仲良く話しているゾンビのカリーナを見ていたのだ。そのおかげで恐怖も少なかったのだ。
加奈がサリーを、キャサリンがケリーを抱き上げて、倉庫を出た。カリーナは電話や妨害電波発生装置を外して、何事もない様に倉庫のシャッターを降ろしておいた。それだけでもカリーナにとっては重労働であった。
加奈とキャサリンとカリーナが塹壕に戻り、暫くするとホルヘも戻って来た。
「あれっかけるは?」と美樹が訊いた。
「かけるは先に戻ったよ!まだ戻っていないのか?」
美樹が首を横に振った。
「かけるはどこに行ったんだ?」と皆がかけるのことを探している間に、いきなり大音響と共に倉庫が爆発をした。次々と倉庫の中の爆薬が誘爆して大爆発となった。
「どうしたってんだ?あの爆発は?シナリオにないだろう?」と俊一が言った。
「まさか、かけるとダンが?」と美樹が心配そうに言った。
「俊一、中を透視してかけるとダンがいないか探して!」とキャサリンが慌てた様子で言った。
「無理だよ!あの火では透視できないよ」と俊一が応えた。
「加奈、中の様子が聞き取れない?」とキャサリンが訊いた。
「無理だわ!爆発の音がうるさくて」と加奈が応えた。
そこで大きな爆発がして、倉庫が一気に吹き飛んだ。
「まさか……」一同は吹き飛んだ倉庫をずっと眺めていた。
キーワイルまでコーネリアの大統領選辞退の真偽を確かめに行ったダンは自分がはめられたことを知って猛スピードで戻って来た。ダンが戻って来た時、倉庫のシャッターも閉まっていた。
「クリスティーナ、ザルドー、どこだ?どこにいる?」とダンは叫びながら倉庫の弾薬庫の方に行った。
「もう残っているのはお前だけだよ!」とかけるがダンの後ろでシャッターを閉めながら言った。かけるはクリスティーナをホルヘに任せて、すぐに倉庫に飛んで戻ってきていた。
「お前がかけると言う奴か?ふふ、たかが人類の、それもガキが偉そうに俺様にたてつこうってのか?面白い、お前に俺を倒せるのか?」とダンは言いながらかけるに近付いてきた。
「来るな!警察に投降しろ!」とかけるは言った。
「警察?ふざけるな!警察は俺達の味方だ」とダンは立ち止まろうともせずにさらに近付いた。
ガシュというレーザーガン独特の音が倉庫の中に響いた。レーザーガンのレーザーはダンの右肩を貫いた。ダンは一瞬撃たれた右肩を見て不敵な笑いを浮かべて言った」
「ふふ、レーザーガンを持っていたとはな。今度はここを狙うんだな!外すなよ、さもないとお前の命はないぞ!」と自分の頭を指差した。
かけるはレーザーガンの前に怯むことなく歩いて来るダンに恐怖を感じた。
「……来るな!来るな!」とかけるは叫んでいた。
かけるは狙いを定めて、ガシュとレーザーガンのトリガーを絞った。ところがレーザーの軌跡は外れてしまった。
ダンは左腕一本でかけるを持ち上げると、倉庫の奥に投げ飛ばした。かけるは空中で静止して、壁に叩きつけられることを防いだ。
だがかけるも右腕を押さえていた。ダンに捕まれた右腕が動かなかった。ダンはロボットである、握力が並大抵ではない。レーザーガンを握っていた右腕が上がらない。それを見たダンがほくそえんで近付いてきた。
「どうやら右腕を痛めたようだな!そんな右腕ではレーザーガンすら撃てまい」と近付いてくる。
かけるはレーザーガンを左手に持ち替えて、レーザーガンのトリガーを引いた。レーザーガンから発射された光線はダンとは全く別の方向に行ってしまった。
「はは、どうやら俺の勝ちのようだなぁ!もはや、お前のその腕では……」と言いかけたダンの顔が青ざめた。
「まさか……」とダンはかけるを見た。
「お前と一緒に死のうと思ってね!」とかけるは不敵の笑みを浮かべた。
かける達がいたのは人類軍の武器倉庫だ。爆弾なども格納されていた。こんな事態を想定していなかったから、武器や爆弾や兵器はそのまま格納されていた。
かけるが左手で撃ったのは爆弾だったのだ。ドッカーンと一つの爆弾が爆発すると次々と誘爆して大爆発になった。
「ウオォー」と断末魔の叫びを上げながら炎が燃え移り、ダンは熱で回路が壊れ、さらに炎で配線が溶けていた。醜く恐ろしい姿のダンは立ち尽くしていた。
ダンの最後を見届けてかけるは瞬間移動して皆が集まっている塹壕に移動した。その後、倉庫は激しい爆発をした。炎が百メートルも上に吹き上げた。
かけるは塹壕に突如として現れるなり、ばったりと倒れてしまった。
「かける!かける!どうしたの!」と皆が駆け寄ってきた。
かけるは左手の親指を上に上げてウィンクして見せた。
時計を見ると夜中の零時を廻っていた。長い戦いだった。加奈がコーネリアとスコットに、子供達が無事であることを電話した。
皆はよろよろとしながらも立ち上がりキーワイルへの道を歩いた。子供達はもう疲れてとうに眠っていた。キムがサリーを俊一がケリーをおんぶしていた。倉庫は吹き飛んだ後も、依然として燃えカスが小さく燃え続けていた。
かける達がキーワイルへの道を歩んでいる時、大きな火の玉が飛んできてかける達の前を塞いだ。
全身の皮膚が燃え上がって溶けてしまっているダンがかける達の進路に立ち塞がった。ダンは皮膚が溶けながら、かける達の方に走ってきた。
眠っていたサリーとケリーは、何か気配に起きてしまい、ダンを見て怯えて言葉を発することも出来ずに震えていた。
「お前らだけは許さん!例えこの身が壊れようとも、お前達を道連れにしてやる!」とダンは両手を上げた。その左手には小型の爆弾が握られていた。右手でライターを持ち導火線に火を付けてダンはかける達の方に走ってきた。
「ウオオォォー!」と凄い獣の様な声をあげながら駈けて来た。完全に回路がイカレテいる様だ。ロボットでありながら冷静さを失っている。
ホルヘが走ってくるダンの前に立ち塞がり、自分の体に残っているコル湖の塩水を口から霧状に吐いて、走り来るダンに吹きかけた。間髪を入れずに美樹が飛び横蹴りをダンの頭に浴びせた。ホルヘの塩水を受けて目を閉じて視界を一瞬失ったダンは、避けることが出来ずにまともに美樹の飛び横蹴りをくらった。
ダンの頭はもげて遠くまで転がっていった。もげた頭は転がりながらもかける達を見て笑っていたが、ダンの目の光がゆっくりと消えていった。ダンの顔に笑いがこびりついていて不気味としか言い様がなかった。
ダンは稼動しなくなったが、ダンの左手に握られている爆弾の導火線は残り5センチメートル程になって火がついたまま残っていた。かけるが爆弾を抱えたダンの体をそのまま、サイコキネシスで上空に高々と上げて、火が下火になっている倉庫の方角に投げ飛ばした。
爆弾を左手に持っているダンの体は上空で爆発して、体の部品が燃えたり、光を反射したりして、キラキラと光る綺麗な花火の様に夜空を彩った。
「今度こそ往生しなよ!」とホルヘが言った。