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第一章の1ーキャンプ場で

第一章 向こうの世界へ


キャンプ場で

 キャンプの当日は、電車で行くつもりだったが、キムが車を出してくれるというので、キムの車に乗っていくことになった。キムの車はワゴンタイプの九人乗りで七人で荷物を積み込むと多少狭い感はあったものの乗れたのだ。

 キムは既に十八歳になっており、十八歳の誕生日を迎えてすぐに車の免許を取って、さらに羨ましいことに車を所有していた。羨ましいのはキムの親が車を買ってくれたということだ。キムの車は二人乗りのスポーツタイプなので、家の車を借りてきていた。


 かけるの家では「車を買ってくれ!」などと言っても冗談にしか思われない。仮に、本気に受け取ってもらったとしてもミニカーがいいところだ。高校生になってミニカーもらって喜ぶ奴などいない。だが、「車が欲しい!」などと言ったら本当にミニカーを買ってくれそうな両親であった。かけるの家は特別お金がない訳ではないが、両親は運動もスポーツも学業も才能のないかけるを見放しており、妹の亮子にお金をかけるのが、さも当然の様に思われており、そんなかけるが車と言えば、一台数百円のミニカーというのが相場なのだ。。

 亮子の塾や習い事などに金が使われるので、かけるにはお金を掛け様はずがなかったのだ。ちょっと寂しくもあるが、下手に両親に期待されると、かけるはプレッシャーに感じるタイプなのでこれで良かったと思っている。今回のキャンプの話も両親に「友達とキャンプに行きたいんだけど」と切り出したら「ああ、いいよ!行っておいで!」と言われ、日程も何処に行くのかも訊かれなかった。自発的に何処に何泊するかだけメモを残してきたが、全くかけるの行動には無関心といった感じなのだった。

 そんな自分の家族間の関係を思い浮かべながら、キムの話にかけるは溜息をついた。亮子はこの夏も習い事だとか塾だとかでスケージュールが大変らしい。

 自分は何も出来ないために両親の期待を受けずに良かったとつくづくと思う反面、妹の亮子が可愛そうと思うのと、ちょっとは自分にも期待して欲しいと羨ましいといった思いが絡まってかけるの心は複雑だった。


 車の座席に座る時、加奈は何の迷いもなくキムの横の助手席に座った。俊一は悔しがり、キムを連れてきたかけるを睨んだ。かけるは立場のない顔をして俯いた。

 キムが車を走らせながら、かけるは車の中でキムとホルヘを皆に紹介して、皆をキムとホルヘに紹介した。

 キムを紹介した時は、加奈と美樹特に加奈が頬を恥かしそうに赤らめていた。俊一が「何故こんなイケメンを連れて来たのか!」といった目でかけるを睨み、怒りに顔を赤らめていた。男勝りの美樹も喜んでいた。キャサリンだけは意に関せずといった感じで顔色を変えることなかった。

 ホルヘを紹介した時は女の子達はあまり感情を表さなかったが、ホルヘが紹介されるや否や美樹の手にキスをしたものだから、美樹は一瞬驚きと照れた表情を見せたが、次の瞬間にはホルヘにパンチを浴びせていた。ホルヘは、日本の女性に大人しく可憐な大和撫子のイメージを持っていた様だったが、この美樹との出会いから、それが間違いだと判ったと、後でこっそりかけるに話すこととなった。

 キムとホルヘを紹介した後は、美樹とキャサリンと俊一と加奈が其々(それぞれ)自己紹介した。


 キムとホルヘも初対面ではあるが、どちらも男には興味がないらしく、お目当ては女の子達だけの様で軽く挨拶したにすぎなかった。この二人は車の中でもあまり口を利かずにいた。キャンプ場についてすぐキムがかけるを皆からちょっと離れた場所に呼び出した。

「おい、かける!あのホルヘって奴は何だい!」

かけるには何のことか解らなかったが、キムは先を続けた。

「あいつ、年上の俺に礼儀を示さないんだよ!生意気な奴だな!」

「そうですか!後で本人に言っておきますよ!」

その場はそれで話を切って、皆の所に戻り、後でかけるはホルヘをちょっと呼び出した。

「ホルヘ、何かキムさんに悪い事やったのかい?キムさん怒ってたよ!」


「とんでもない!何もしてないよ!あの人どうも怒っているみたいで扱いづらいよ。威張り散らしやがって!アミーゴにはなれないね!」

「そんなことないと思うけどさ。でも何もしてないなら気にしなくてもいいかな」

とかけるは言って、そのまま様子を見ることにした。

 キャンプ場に二つテントを張って、男の子用と女の子用とに分けた。炊事、火起こし、食料調達と別れてそれぞれの作業を行うことになった。公平を期すためにじゃんけんでグループを決めた。かけると美樹が食料探し、俊一とキャサリンが火起こし、そしてホルヘとキムと加奈が炊事ということになった。加奈がぽっと頬を赤らめるのを見てかけると俊一は顔を見合わせ悔しそうな顔をした。


 かけると美樹は山の中に入って行って野草とかきのこなどを取りに行った。きのこは毒キノコなどがあるので気をつけないといけないと思っていたが幸か不幸かきのこは見つからなかったが、よもぎなどの野草がかなり取れた。

「しかし、くじで決めてもかけると一緒かぁ。腐れ縁ってやつかなぁ、ねぇ、かける」と言って美樹は振り向いた。今まで美樹の後ろに付いてきていたかけるの姿はなかった。

「かける!かけるぅ!どこ?ふざけてないで出てきてよ」

山の中で木漏れ日があるので明るかった。美樹がかけると呼んでも、何の返事も返ってこなかった。小鳥の(さえず)りだけが返って来た。

「かける!かけるったら!どこ?」

美樹は後ろから突然目隠しをされた。

 「きやっ」と小さく美樹の叫び声の後に「うげっ!」と言ったかけるの声が続いた。美樹は人間相手には勇敢に強いのだが、幽霊にはてんで弱いのだ。かけるはそのことを小学校の時の肝試しで知っていた。かけるは、美樹を驚かそうとして木の後ろに隠れて、両手で美樹の目隠しをしたのはいいが、驚いた美樹が確かめずもせずに肘打ちを脇腹にくらわし、振り向き様に右の正拳突きがかけるの頬を捉えたのだ。

「あら、かける」

と何事もないようにかけるに声をかける美樹の前でかけるはゆっくりと倒れた。鼻血が出ていた。かけるの視界がぐるりと廻った。

「あんた、本当に馬鹿ねぇ!驚かそうなんてするからよ!」

かけるは何も言わずに野草を抱えて皆の所に戻った。


 俊一とキャサリンは、既に火を起こしていたが鍋も何もなかった。

「あれっまだ鍋や飯盒(はんごう)を火にかけてないの?」とかけるが訊いた。

「それがさあ、炊事係が来ないんだよ!ってお前どうしたの?その顔の(あざ)?」

美樹のパンチでかけるは(あざ)を作っていた.

「いやあ、ちょっと熊に遭ってさぁ!」とかけるが言うと、美樹は何もない顔で向こうを向いて口笛を吹いていた。


 かけるが炊事場に行くと、キムとホルヘが取っ組み合って喧嘩していた。その横で加奈がオロオロしながら「喧嘩を止めて!」と叫んでいた。かけるは二人を離そうとしたが、二人は喧嘩に夢中で離れない。

 無理に二人の間に入って分けようとした時、キムとホルヘのパンチが同時に放たれた。ボス、バスと二回鈍い音がほぼ同時にした。二人のパンチは相手に当たらなかった。相手に届く前に二人を分けようと間に入ってきたかけるの両方の頬を捉えていた。かけるはそのまま倒れて気を失ってしまった。さすがに三発は(こた)えたようだ。


 かけるが目を覚ました時は、皆がかけるの顔の上から覗き込んでいた。

「かける、やっと気付いた!災難やねぇ、あんたも、これで三度もパンチを食らっちゃって!」と美樹が言った。

「えっ三発?俺たち合わせて二発だよな!」とキムがホルヘの顔を見た。美樹が慌てて「ああ、二発だったわね!」と言い直した。

かけるは起き上がりながら「いてて、二人とも何が原因なんだよぉ!こんな所で!」とホルヘとキムの方を交互に見た。

 「そうそう、こいつがさぁ、年上に敬意を払わないんだよ!生意気によぉ!」とキムが思い出した様に言った。

「何言ってんだよ!あんたこそ威張り散らしてよぉ!何様のつもりだい!」

かけるは先ほど二人が言っていたことを思い出した。

「そうか!」

かけるが大声を上げた。

「なんだよ!いきなり大声を出して!とうとう頭おかしくなったんか?」と俊一が言った。

俊一の問いには答えずにかけるは続けた。

「韓国ってさぁ儒教の教えが強いから、年齢の差ってかなり重要でしょう?」とキムの顔を見た。

「そうだなぁ、年上には敬意を示さないといけないよな、当然!」と言って一人何度も(うなず)いた。

かけるはすぐさまホルヘの方を見て訊いた。

「ホルヘはメキシコ人だから二世とはいえ家庭の中ではメキシカンのラテンスタイルだよね?」

「うん、そうだよ!父さんも母さんもメキシコ人だもんな!当たり前だろう!」

「ラテンの国では、年上も年下も名前やニックネームで呼び合って友達感覚なんだよね?」

「まあね、アミーゴになるためには、その方が早いしね。フレンドリーな所が良い点だからね」

キャサリンが口を挟んだ。

「解ったわ!文化の違いってあるものなのね」

「そうね!文化の違いって知らないと喧嘩になっちゃうものなのね」と加奈も言った。

「よく知っていたわね!かける」と美樹も言った。

キムとホルヘは二人で向き合って「そうか!そういうことだったのか!」と互いに納得した様子で(うなず)いている。俊一だけが訳分からず「どういうこと?どういうこと?ねぇ!」と皆の顔を見回していた。

 ホルヘは二世であり日本人とは接していた。日本人はホルヘのことを生意気と思っても、ホルヘの対面で口に出して言う人は少なく、むしろかけるの様に年齢差があってもホルヘのことを気に掛けない人も多かった。それだけにキムの反応が意外であったのだ。

 キムは日本人との付き合いの中では年上を(うやま)うという所が多少なりとも残っているので慣れてはいたが、ホルヘの様に目上の人にも友達感覚で話し掛けてくる奴に戸惑いを覚えたのだ。

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