第一章の15ー海中旅行
第一章 向こうの世界へ
海中旅行
サラ姫そして美樹達六人と、潜水艇コリーンの乗員を乗せて出発した。潜水艇コリーンでコーネリア姫のいる海中都市までは三時間もあれば辿り着くはずたった。だがそれはコルシカ王が生きていて、自由に出入り出来た時の話だ。
サラ姫は潜水艇の船長として上陸作戦を練る必要があった。人類軍の許可を取れば入港出来るが、地底王国からの潜水艇だ。サラ姫の持つサカール王が預けた手紙も、さらに美樹達六人も隠し通すことは出来ない様に思われる。
かと言って、許可なく入港出来たとしても出港するまでの間、人間も潜水艇も見つからずに、無事に出港できるかどうか難しい所である。
潜水艇ドックにはいつも見張りがいるはずだ。その前にソナーなどを使われたら、海中都市に辿り着く前に探知されてしまう。潜水艇に武器はほとんど積んでいない。不審な潜水艇として取り扱われれば攻撃を受けることにもなりかねない。
実はもう一つだけ方法がある。海中都市には今は使われていない潜水艇のドックがある。昔使われていたが小さくて小型の潜水艇しか入港出来ない。次第に交通量が増えていくに連れて新しく大きなドックを建設してから、使われることなくなった。しかし、そのドックを動かす人が海中都市にいないと入港は出来ない。
外から海中都市内部と連絡を取るには、暗号などを用いても、どんな手段を用いても通信を傍受されてしまう。人類軍に傍受されてしまったら、旧ドックの開港など出来るはずがない。それに開港にはそれなりの時間が必要だ。今開港するように連絡しても三時間後に開港出来るとは思えなかった。そこで、可能性の少しでも高い方を選ぶことにした。
潜水艇コリーンは地底王国のドックに注水してから地底王国を出港した。地底王国から海までは航路が開いていた。狭い航路を通り抜け大海に出る。
潜水艇コリーンは小型の潜水艇で、乗員をあわせても十二人までしか乗れない。サラ姫と美樹達六人が乗っているため、乗員は五人しか乗れない。
だが今回の航行には最低乗員の二人だけしかいなかった。万一のことを考えて乗員の被害を抑えたかったサラ姫の心遣いだった。乗員の数が足りないので、サラ姫も命令だけでなく、自分自身も手足として働かないとならなかった。
一時間が過ぎて巡航速度の自動操縦に切り替えた。そしてサラ姫は美樹達と話をするために船員室に入った。作戦会議をしようと考えたのだ。
「ちょっと皆聞いてくれますか?」とサラ姫は言って、皆の注意を集めた。
「いろいろと考えてみたんだけど、作戦としては通常潜水艇ドックに入ることにしたわ。そこであなた達を荷物の中に入れて運び込むことにします。見つかれば危険なことには変わりありません。でも一番可能性が高い方法だと思っています。私達はドックに入って、荷物を降ろして燃料を積み終えたら、即座に出港しないといけません。長居をしていれば疑われてしまいます。あなた達は荷物室に運び込まれたら、荷物から出て、コーネリア姫とスコットの居る居住区の中の彼らの部屋まで行って欲しいのです。海中都市内部の地図はこれです。その地図を頼りに誰にも見つからずに辿り着かないといけません。見つかれば、全て終わるかもしれません。出来ますか?」
「やるしかないんでしょう?」と美樹が言った。
「それでは後で内部の地図を渡します。検討を祈ります。あと、美樹さん、ちょっと来てくれますか?」サラ姫は船室を出て美樹だけ外に呼び出して「この二通のサカール国王からの手紙、こっちの手紙が兄のスコットに、こっちの手紙をコーネリア姫に渡して上げて欲しいの!私の作戦では私が彼らと会っても挨拶程度しか出来ない。手紙を渡すことも出来ないでしょう。やれますね!」サラ姫の真剣な眼差しに見つめられて、美樹はコクッと喉を鳴らして頷いた。
「美樹さん、もしこの二通の手紙を渡せなかった時は、誰の目にも触れない様に、燃やして処分しないとなりません。スコットとコーネリア姫以外の目に触れてしまったら、地底王国が攻撃されるかもしれません。あなたに掛かっています。宜しくお願い致します!」とサラ姫は言い終えると艦の操舵室に戻って行った。美樹の顔は責任の重大さに自然に引き締まった。
正にその時だった。潜水艇に激しい揺れが訪れた。サラ姫は艦首に戻ろうとする時に揺れが来て、咄嗟に手すりを掴もうとしたが、掴めずに壁をあっちこっちと飛ばされて激しく頭をぶつけた。
美樹はサカール王からの二通の手紙を持っていた右手を放すことなかったが手すりは右手側にあった。左手を伸ばしたが手すりを掴めないまま、壁に飛ばされて、やはり激しく頭を打って気を失ってしまった。
船員室にいた他の五人はベッドの天井に体をぶつけたが、移動距離が小さいので大怪我には至らなかった。わずか数分のことだったと思う。暫くすると激しい揺れは治まった。その後に潮流に流され潜水艇は横に流されていた。
潜水艇の操舵室は自動操縦にしていたために乗員が一人しか居なかった。サラ姫は頭から血を流しながらも手すりを伝って操舵室に出向いた。
「どうした?何があったんだ?」
「突発的な地震だと思われます。激しく地震計が揺れています」
「潜水艇が流されている。何故止めないのか?」
「止めようとしていますが、今のショックでエンジンが最高出力を出せないんです。バランスが安定しません」
「代われ!私がやる!」
サラ姫は頭から流れる血もそのままに、エンジンを最高出力に上げようとしたが、半分程しか上がらなかった。強い勢いで操舵幹が振られるのを精一杯押さえていた。
「このままでは岩場にぶつかります!」いつしかもう一人の乗員もやってきていた。
「うぉぉー!」とサラ姫は操舵幹を握ったまま出力を上げた。しかしガーンという衝撃と共に潜水艇は岩場に当たってしまった。
だが悪い事ばかりではなく良い事もあった。潜水艇が岩場に当たった反動で潜水艇の出力が上がった。サラ姫はそのまま頑張った。サラ姫の額には玉の様な汗が浮かんで床にポタリポタリと落ちた。長い様で数分間のことだった。潜水艇はなんとか激しい潮流から脱出することが出来た。
激しい潮流の流れから脱したと言ってもエンジン出力は安定しなかった。暫く走り続け、やっと海流の流れに流されない海域に出た。
「船体の損傷確認、エンジン機関のチェック確認、その他航行に必要と思われる機関の確認を急いで!」と乗員に言って、サラ姫は船室に行った。
船室に行く途中で美樹が頭から血を流して倒れていた。駆け寄って脈を調べて息の有無を調べると美樹は生きていた。気絶しているだけだった。
美樹の右手にはしっかり二通の手紙が握られていた。船室に行くと美樹以外の五人は全員いた。
「大丈夫?怪我はない?」とサラ姫は訊いた。
「どうしたの?一体何があったの?」加奈が取り乱して訊いてきた。
「痛てて!一体どうしたってんだ?」と俊一が足を押さえながら訊いてきた。他の皆も体のどこかを押さえてはいたが、大きな怪我はなさそうだ。
「潜水艦が潮流に流されて岩場に衝突しました。でも大丈夫だから、落ち着いて!」
サラ姫は美樹の所に戻って、美樹を抱えて船員のベッドに寝かした。
「美樹さん、気絶しているみたいだから様子をみていて!」とだけ言うとサラ姫は操舵室に戻った。
「損傷を報告して!」乗員に声を掛ける。
「エンジンは出力半分しか出ません。潜水艇下部の荷物室より浸水があります」
「浸水はどの位持ちそう?」
「荷物室を気密にすることで二時間ぐらいと思われます」
ぎりぎりだとサラ姫は判断した。
「このままエンジン出力出るだけ一杯、予定通り海中都市を目指す!」
「そんな無茶な!エンジンも浸水も持ちません!」
「でも他に道はないのよ!ここからでは地底王国に戻っても同じくらい掛かるわ!」
「そうですが、地底王国であれば送受信出来ます。ドックの受け入れも早いです。海中都市は受け入れに時間がかかるものと思われます」
「海中都市に向けて無線連絡して!メーデーの緊急遭難信号を出して!」
サラ姫はこの隙に海中都市に入港することを考えたのだ。緊急遭難信号を出している船や潜水艇はいかなる国籍のものであっても救助の義務がある。戦時中でも適用される。ただ、後で海事法廷の席に立って説明する必要があるかも知れない。
乗員が無線を使って「メーデー」を繰り返している。
「ダメです!緊急遭難信号に応答ありません!」
「諦めないで続けて!」
十五分後、無線から応答が帰って来た。
「こちら潜水艇コリーン、エンジン出力半開、潜水艇下部より浸水、至急救助を請う!」
「了解、こちら海中都市保安部、至急海上都市潜水艦ドックを開放します。こちらまで自走出来そうですか?」
「ぎりぎり航行可能だと思われます。ドックの開放と受け入れ許可を迅速にお願い致します」
「現在位置と速力を教えてください!」
現在の位置と速力を教えた。
これで緊急遭難潜水艇として入港できる。ひとまず一安心といった所だ。だが、問題は荷物室に浸水しているから、美樹達六人を荷物に隠して、入港させることが出来なくなってしまったということだ。
サラ姫は船室に行った。美樹も意識を取り戻していた。
「ああ、サラ姫さん、この潜水艇大丈夫ですか?」
「ぎりぎりなんとかなりそうよ!今海中都市に向かっているわ!」
良かったと六人は胸を撫で下ろした。
「但し、荷物室に隠れて入港することは出来なくなったわ」と言った。
「どうしたらいいんですか?」と美樹が訊いた。
「どうしたらいいか分からないけど、まだ時間があるわ!考えましょう!」とサラ姫は答えた。
海難事故があってから一時間が過ぎていた。なんとかエンジン機関も止まらずに来ていた。ところが、先ほどからエンジンの調子がさらに悪化していた。半分の速度も出なくなっている。このままでは到着する前に、荷物室の気密が水圧によって破られる。
「海中の海流で海中都市の方へ向かっている潮流がないか調べて!」とサラ姫は言った。
「三十メートル上層に潮流があります」
運が良いことに三十メートル上に海中都市に向かう潮流が流れていた。慎重に海水を排水した。しかし荷物室は海水で満ちているので、思う様に浮上できなかった。
流れに届かずスピードが上がらない。暫くその深度で進むしかなかった。そんな時、海底から海上にわずかな海流が生じた。潜水艇コリーンは浮上し流れに乗った。おかげで海中都市との距離がぐんぐん縮まった。海中都市がソナーで確認してすぐ近くまで来た。
今度は潜行して海中都市の深度に合わせて潜らないといけない。ところが流れが思った以上に速く潜るスピードより流されて横に進むスピードの方が速い。このままでは海中都市に衝突してしまう。
「エンジンリバース(逆転)!急速ブレーキ!」
通常のエンジンにより、速度を落としていく減速方法では潮流の速さに負けてしまう。スクリューの回転を逆転させるため、クラッチを切った。そしてリバースのギアを噛ませて後進させようとした時、そこでエンジンが止まってしまった。
エンジンの調子が悪かったので、エンジンに多大な負荷がかかってエンジンが掛からなくなってしまったのだ。潜水艇コリーンは海流に流されて海中都市に接近していく。
無線から緊迫した声が聞こえてきた。
「潜水艇コリーン、もっと下です。急速に潜行してください!そのままでは海中都市に衝突します!」海中都市の管制官からの声も興奮して早口になっていた。
「エンジン故障によりストップ、海流により流されています。操舵不能です!」
「何ですって?」
そう言っている間にも、潜水艇コリーンはどんどん海中都市に近付いている。
海中都市の隔壁は厚くちょっとやそっとの衝突では破れないはずだ。小潜水艇では破れない厚さのはずで、万が一破れても二重になっており大丈夫のはずだ。
しかし、潜水艇が海中都市に衝突した場合は潜水艇に乗っている乗員は助かる見込みは全く失われる。
危ないと目を瞑りたくなる瞬間、海流の流れが下向きにブレーキを掛ける方向に変わった。海面から底に流れる潮流が海中都市に当たり、海中都市から遠ざかる流れがあったのだ。操舵の効かない潜水艇コリーンは不安定な姿勢ながらも危機を逃れた。
そうして潜水艇コリーンは海中都市衝突寸前でなんとか、潜水艦ドックの誘導ビームに導かれて潜水ドックに入った。潜水艇がドックに固定され排水された。正に危機一髪だった。
海中都市は比較的浅い水深三百メートルの海の底に固定されているが、潜水艇のドックから上の都市部は、海底というよりも海中にあると表現されることから海中都市と呼ばれていた。
海中都市は紫外線を避ける地底人と、太陽光を求める人類のために作られたものだ。人類国のコーネリアと地底王国のスコットが結婚した時に建設され、そして、地底王国や人類国から移住する人が出て来て海中都市を形成していた。
海中都市は人類国の一地区として扱われていたために、地底人よりも人類の移住者の方が多かった。
潜水艇コリーンの排水が終わると「潜水艇の乗員は全員外に出よ!」との放送があった。サラ姫と二人の乗員だけは外に出た。その後に、海中都市の保安部が潜水艇の中を調べた。
サラ姫は美樹達が見つかるのではないかと緊張した面持ちのまま笑顔が出なかった。
「他に乗員はいません!」と中を調査していた保安部の係の者が報告した。
美樹達は保安部員が潜水艇コリーンの内部を点検していた時点で潜水艇の中に隠れていた。排水作業が行われて荷物室の水も少し引いた際に荷物室に潜りこんだ。
荷物室のドアが開かなかった。水圧によってロックが壊れたらしかった。キムがドアを力でねじ開け、自分達が入ってからまた力で閉じた。
美樹、加奈、俊一、キム、キャサリンの五人は大きな容器に空気を入れ水の中にいた。ホルヘだけは水の中でも息できる特殊な能力があるために水の中に入っていたのだ。潜水艇内を保安部員が入って来た時、俊一は透視で加奈は聴力で、どこを探すかを事前に知り、見つからない様に移動していた。
さらにキャサリンが保安部員にテレパシーを送り、早く調査を終える様に呼びかけた。頭の中に食事や途中のゲームなど仕事と関係ない本人が楽しいと思う事をイメージとして送り込んだのだ。頭の中のイメージがテレパシーで送り込まれたなどと考えもしなかった保安部員は、早く仕事を終わらせたいと思いを強くした。
そしてホルヘは海中から酸素を取り出して、容器の中に吐き出していたのだ。呼気なので二酸化炭素も含まれていたが酸素も含まれていたのだ。そのおかげで保安部員に見つかることがなかった。
保安部員が調査しているのを見ながら、サラ姫は生きた心地がしなかった、冷や汗がダラダラと顔を流れた。だが見つからなかったのを見てホッと胸を撫で下ろした。そしてサラ姫と乗員は、海難についての取り調べを受けるために連れて行かれた。
保安部員達が暫くすると、全員いなくなったのを俊一が透視して確認すると、潜水艇に隠れていた六人は外に出た。サラ姫から貰っていた海中都市内部地図を広げてみた。
キャサリンが地図を見て的確に位置を割り出した。
「ここが潜水艦のドックだから、今ここにいるのよ。居住区はここからエレベーターで五階まで上って、この道を……」と一人でぶつぶつと言いながら地図を記憶した。キャサリンはコンピュータ並の暗記力がある。一目見ただけで地図を全て頭に入れた。
キャサリンは一通り地図を頭に入れると、皆の先頭に立って歩き出した。キャサリンが先頭、俊一と加奈が二番手を務めてホルヘとキムがその後に続いた。潜水艦のドックから廊下に二人衛兵がいた。そこを通るしかなかったので、美樹が出て当身を食らわして気絶させ、キムがその衛兵二人を目立たない様に近くの部屋に押し込めた。
エレベーターで五階まで上がって、左に曲がったり右に曲がったりキャサリンは、地図を見なくても全て頭に入れていた。さらにキャサリンは地図に掛かれていない道や部屋の上に書かれている医務室などの位置も頭に入れながら歩いた。そして居住区に出た。
居住区に入るゲートの所にも衛兵がいたので、美樹が後ろから肩をチョンチョンと叩いて、顔を見せることなく当身を食らわして、またキムが動けないように縛って部屋に押し込めた。後々のことを考えると顔を見られるのはやばい。途中廊下には監視カメラがあったが、ホルヘが監視カメラで捉えるよりも素早く動き位置をずらしてしまっていた。
そうしていち早くスコット王子とコーネリア姫が住んでいる一室に辿り着いた。彼らはフロアの一画を独占していた。
部屋の中を俊一が透視したが透視出来なかった。俊一の透視は壁の厚さや材質によって透視出来ないものもあった。
地図からすると、その部屋に間違いはなかった。