第一章の10ー戦闘エリア
第一章 向こうの世界へ
戦闘エリア
グシュタフの行動は素早かった。グシュタフはキャメル号という地底を進めるビークルを所持していた。戦闘エリアを抜けるには地表や空を行くのは撃墜されてしまう危険性がある。
ラクダで行く手もあるが遅くて、ゴルゲや人類やロイドの軍に何度も止められ、その度ごとに賄賂を要求される。戦闘エリアは一般人は立入禁止だから、入って殺されても文句は言えない。戦闘エリアを通させてもらうには賄賂を支払うのが慣わしだった。
戦闘エリアに入る物好きの一般人はいないが、武器商人だけはそんな中にも入って行った。武器商人は獣人だったり人間だったりサイボーグだったりとまちまちだ。彼らは獣人ならゴルゲに、人間だったら人類に、サイボーグだったらロイドの軍に武器を供給する正規軍の補給部隊に付いて、補給部隊が入れない様な場所でも運ぶことを売り文句としていた。
彼らの中には自由商人と呼ばれ、どこの軍にも所属せず、より危険な場所でもゲリラでもテロリストでも相手に武器を売る商人もいた。
そういった商人は大抵、ラクダに乗って無防備のトラックに武器を載せて運ぶ。トラックなどでそのまま運ぶ方が楽であるが、武器商人ということが確認出来なければ、殺されかねない。ラクダに乗って行くことで武器商人であることを現しているのだ。
そんな武器商人が、自分が目指す軍以外に出合うとお金を払って通るのが慣わしだった。それだけのリスクを支払っても大きな金が手に入れられたのだ。
グシュタフはそんな賄賂を支払うことをなるべく少なくしたいということと、検問で下手したらかけるが捕まってしまう可能性があるので、武器商人の恰好で戦闘エリアの砂漠を進むことをせずに地下を進むキャメル号で行くことにしたのだ。ちなみに、このキャメル号は地下も陸上も走行出来る。スピードはそんなに出ないが、どこにでも行ける強みがある。グシュタフは念のため、ラクダを数頭購入してキャメル号に載せた。なにかあった時のための予備だ。
軍隊の索敵機能は優れていて、地中の敵をも捉えることが出来る。そこで地下50メートルは潜らないといけない。その深度でも索敵されるが、そこまで地下に攻撃出来る様な兵器を使用していないはずだ。少なくてもグシュタフの経験上なかった。
グシュタフとかけるが出会ってから二日後、キーワイル湾に向かって出発することになった。キャメル号は全長が20メートル程の小型であり、中は潜水艦の中の様に狭かった。乗組員が全員で五人、グシュタフを入れて六人だけである。キャメル号は艦ではないが、グシュタフは艦長と呼ばれていた。
グシュタフの合図でいよいよエンジンが始動した。キャメル号は先端からドリルを出して高速で回りだし、前に傾斜して轟音を立てて地面を掘って行った。かけるはキャメル号の中でワクワクとしたが、地面の中に入ってしまうと、見えるのは土の中だけで真っ暗だった。
地面の下を掘りながら進むキャメル号の中はもの凄い揺れである。下手すると舌を噛んでしまいそうになる。深度計のメーターがどんどん上がっていく。このキャメル号は土を掘りながら、掘った土をキャメル号の後に撒いていくので、掘った穴は埋められる仕組みになっていた。完全には埋められないが、少なくとも掘った跡を後から見つけられるということは少ない様に工夫されている。
地下10メートル、20メートル、30メートル、そして50メートルまで下がると、キャメル号は体勢を地面に対して水平に戻した。
地面の中を進むのは振動は大きく時間がかかる。地面を掘り始めてから一時間程すると、グシュタフが「これから戦闘エリアに入る。ここでエンジンを少し休ませる」と館内放送があった。かけるはキャメル号の中で特にやることはなかったが、「自分にも何かやらせてくれ!」グシュタフに頼み込んだ。そこでグシュタフは、かけるにキャメル号の機関室の手伝いをさせていた。
このキャメル号の機関室は地獄の様だった。エンジンの出す熱で機関室の中はものすごい暑い。小さなキャメル号の機関室はやはり小さく、地面の中では熱気が外に逃げないからサウナ室に居るような熱気がかけるを襲った。水冷のラジエーターが付いて地中に熱気を逃す仕組みではあったが十分ではなく、一時間走ったら十分休まさないとエンジンが焼けてしまうのだ。戦闘エリアに入る手前でエンジンを休ませておいた方がいい。さもないとこれからのオーバーワークにエンジンが耐えられないのだ。
十分間の休みも終わり、グシュタフが「それでは戦闘エリアに突入する。何が待ち構えているか判らない。皆気を引き締めて行け!」と館内放送がありエンジンの出力を次第に上げていった。グシュタフの計算では、何もなければ九時間程で戦闘エリアを越えられるということだった。
一時間、二時間、三時間とキャメル号は順調に進んでいた。一時間走っては、十分休みという進み方で進路を外れることなく進んでいった。かけるが、このまま順調に進んでいけると気を抜いた時だった。
レーダーを見ていた乗組員の一人が声を上げた。
「艦長!何かがこのキャメル号に向かってきます。大きさは五メートル程、全部で三つの物体がこちら目掛けてやってきます。すごい速さです。このままの速度で行けば二十分で当艦と接触します!」乗組員の声は緊張していた。
グシュタフがレーダーを見て、近付いて来る正面十二時の方向から迫る三つの光源を見た。
キャメル号は音波、レーダーの他に地震波を利用してレーダー図に映し出していたので、空中でも水中でも地面の下でも捉えることが出来たのだ。
「よし、二時の方向に転進して様子を見ろ!」
キャメル号は二時の方向に転進したが、光源はキャメル号の方向に追って来た。
「よし三時の方向に転進!振り切れ!」
「機関全力前進!」
「艦長!ダメです!振り切れません。奴らの方がキャメル号よりスピードが速いです!」
「このまま進めば岩石地帯がある。岩石地帯でキャメル号の姿をくらますんだ!」
「ラジャー」
「ダメです!岩石地帯までもちません!追いつかれます」
「泣き言を言うな!」
そう言っている間にも、三つの光源はどんどんキャメル号に近付いてきた。そして三つの光源とキャメル号との距離がゼロになった時、大きな振動がキャメル号を襲った。と同時にキャメル号の艦内の電気が停電した。
「うわぁ!」機関室にいたかけるは大きな振動にバランスを崩し壁に体をぶつけた。キャメル号は大きくバランスを崩し右に大きく傾いたが機関は停止しなかった。三つの光源はどうやら体当たりした様だった。
今の体当たりでレーダーの電源が消えた。三つの物体を捉えれられなくなってしまった。
「まだ機関は生きてるぞ!行ける!もう少しで岩石地帯だ。なんとしても辿り着け!」とグシュタフが叫んだ。
全速力で逃げるキャメル号は激しく何かに激突した。
「どうした!また体当たりしてきたのか?」とグシュタフが訊いた。
「いえ、違います。岩石に激突した模様です」
「岩石に激突だぁ?ドリルで砕けなかったのか?」
「超高硬度の岩石の様です。キャメル号のドリルがもちません!」
「機関リバース。一旦離れた後、10メートル程下に潜って岩石の下に潜り込め!」
「ちくしょう!三つの物体はどうした?」
「レーダーが故障しているため判りませんが、最初の体当たりから攻撃してきません」
キャメル号は今度は岩石に激突せずに岩石地帯の下に潜り込んだ。微速で前進と後退を続けながら、周囲を岩石で覆われた位置で停止した。ここであれば固い岩石が防御になってくれるはずだ。
グシュタフは、三つの物体はどうなったか判らないが、岩石の防御の中で様子を見ることにした。
「ここで暫しキャメル号停止!その間に各部署は損害のチェック報告をせよ!」
各部署から報告が返って来た。
ドリルも機関も問題がなかったが、振動で地震波センサーが故障していた。
「かける、ちょっと来い!」とグシュタフはかけるを呼んだ。
かけるが司令室に来るとグシュタフは言った。
「かける、俺と一緒に来てくれ!外装の様子をチェックしないといけない」
かけるは頷くとグシュタフの後についてキャメル号の外に出た。キャメル号が位置を決めるために前後に動いていたので人間が出るぐらいの隙間は作ってあったのだ。
キャメル号の左後ろに三本の引っ掻き傷の様な傷痕が無数に付いていた。
「何だ!これは?」とグシュタフが訊いた。かけるにも当然解る訳なかった。その時、地中から何かガサガサと言う大きな音が近付いてくるのが聞こえた。グシュタフはレーザーガンを構え、かけるは緊張した。
ガリガリと音がして、キャメル号のいる地下の空間に、三つの物体が穴を開けて横からやって来た。横からやって来たということは、キャメル号のドリルでは歯が立たなかった固い岩盤に穴を開けて来たのだ。キャメル号の光に照らし出されたそいつらは生き物だった。
「ゴルゲの奴だ!」とグシュタフが呟いた。
その三体はモグラの様な爪を持つ腕が四つもついていた。足は短いのが無数にあり百足の様だった。地中で素早く動ける様な形態をしていた。顔は狼の牙を持つもぐらの様な鼻をしていた。地中の匂いを嗅ぎ分けるのだろう。目はほとんど見えていないらしかったが小さい目が二つ付いていた。
グシュタフが腰のレーザーガンを構えて引き金を引いた。グシュタフのレーザーガンから発せられたレーザーは、確実に一匹のモグラのゴルゲの頭を狙っていたものだったが、モグラのゴルゲが腕でガードしてレーザーを跳ね返した。
レーザーの攻撃を跳ね返して、三匹のゴルゲ軍の使者達は笑っている様だった。グフグフと不気味な声を上げていた。グシュタフが続けて何度もレーザーガンを撃ったが、グシュタフが胸を狙おうが足を狙おうが頭を狙おうが、全てモグラのゴルゲの腕にガードされてレーザーは跳ね返されてしまった。
三体のモグラのゴルゲは笑いながらグシュタフの近くに歩いて行き、呆然としているグシュタフのレーザーガンを取り上げ、グシュタフをその逞しい固い腕で薙ぎ払った。グシュタフは壁まで払われ、土の壁に当たってグフっと言って血を吐いた。
「グシュタフ!」とかけるは叫んだ。
まるで最初からグシュタフなど問題でない様に、三体のモグラのゴルゲは跳ね飛ばしたグシュタフの方を見ておらず、三体の眼はかけるを見つめていた。
かけるはその三体のモグラのゴルゲを睨み据え、意識を集中させて力を込めた。
すると、真中にいた一体が両腕を開いて、両側のモグラのゴルゲの顔面を強く叩いた。両側のモグラのゴルゲは、まさか仲間から攻撃を受けると思っていなかった様で、無防備状態で顔面を強打された。二体は咄嗟のことで防御することもなくあっけなく倒れた。
かけるのサイコキネシスをモグラのゴルゲの腕に使って両側の二体を叩いたのだ。
真中の一体は自分がどうして両側の二体を叩いたのか呆然としていたが、かけるがやったと判ると、怒りを露に牙を剥き出しにして、かけるに向かって来た。
かけるは倒れている二体の内、一体を持ち上げて突進してくるモグラのゴルゲにぶつけた。モグラのゴルゲは自分の腕でガードして防いだ。その瞬間がチャンスだった。かけるは、モグラのゴルゲが自分の顔を防ぐ時に一瞬隙が出来ることに気付いていた。
かけるは倒れている一体をぶつけた隙に、グシュタフのレーザーガンを拾っていた。モグラのゴルゲが、飛んでくる仲間を腕で防いで、再び顔をかけるに向けた時、かけるはレーザーガンの引き金を顔目掛けて引いていた。
「ウガァァァ!」と大きな悲鳴を上げてその一体は前に崩れ落ちる様に倒れた。のたうちまわって仰向けになって暫くするとガクッとなって絶命した。
かけるは近寄ってモグラのゴルゲの顔を覗き込んだ。そのモグラのゴルゲの頭にはレーザーガンの穴が空いていた。涙で潤んだ瞳はどことなく人間を思い出させた。かけるは二、三歩後ずさりして、顔を背けてうげぇと吐いた。
いつのまにか起き上がったグシュタフは、かけるの傍に寄り、かけるの肩をポンポンと叩いた。
乗組員とグシュタフがキャメル号の修理をしている間、かけるは一人船室で俯いていた。先程のモグラのゴルゲ、瞳は人間のものではないだろう。しかし、涙を貯めている瞳は人間のものに見えた。
怪物や化け物を倒すならいい。だが、ゴルゲもロイドも脳は人間だと聞かされていた。かけるは人間を殺してしまったことを悩んだ。
どうしても、あの悲しそうな涙で濡れた瞳が忘れられなかった。
「俺は人殺しなのか?」とかけるは自分のしていることに自信を持てなくなっていた
「そんなことないよ、かける。かけるは、人殺しじゃない。自分を守るために仕方なかったんだよ」カリーナがかけるの思考を読み慰めてくれた。
「おかしなもんだよね。奴らが化け物と思っていた時は倒しても何も感じなかった。悪者だから、化け物だから倒すことにワクワクさえしていた。でもあの瞳は人間のものだった。少なくとも脳は人間なんだよ。人間であることが判ると罪の意識に苛まれるんだ。おかしいだろう。化け物だって人間だって生き物である点では同じなんだけど、どうしても割り切れないんだ」
「そんなもんよ!化け物の姿形をしているから、悪者だというのは物語の世界だけよ。実際は善悪は見かけに関係ない。人間の姿をしている人を殺せば人殺しと詰られ、でも人間の脳を持った化け物を殺せば、悪を成敗したと賞賛される。それは醜い化け物の姿に、悪を投影しているだけにすぎないのよ。物語は勧善懲悪に描くけど、実際にはそんなものは存在しない。敵を倒して正義か悪か、善か悪かなんてことはないのよ」
かけるは黙っていたが、カリーナは続けて話した。
「かける、辛いでしょうね。思い悩むでしょうね。それでもね、かける、やらないといけないこともあるのよ」
「判らないよ!何が正しくて何が間違っているのか!僕は正しいことをしたのか?」かけるはいつしか泣き喚いていた。
「かける、何が正しいか、それはあなたが決めることなの。誰かがあなたに教えてくれるものではないのよ。今は苦しいでしょう。でも私にはあなたに教えることは出来ないの。あなたが自分で答えを出さないといけないの。判って、かける」そう言い残して、カリーナはかけるを一人にして、船室を出て行った。
かけるは暫く泣いていたが、ふと立ち上がりキャメル号の外に出て、死んだまま無造作に放って置かれたままのモグラのゴルゲを一箇所に寄せ仰向けに寝かせて両手を腹の上に組んで置いてから、かけるは両手を合わせ合掌した。自分が殺した者へのせめての罪滅ぼしのつもりだった。
かけるがキャメル号の中に戻ってくると、出発の準備が整っていた。かけるを乗せてキャメル号は再び発進した。キャメル号は、岩石地帯を抜けて進路修正してキーワイル湾に向けて針路を取った。
岩石地帯から三時間程走った頃だろうか。キャメル号はいきなり流されるように、ものすごい勢いで下に横に流された、まるで乱気流の中を飛んでいるかの様だった。
「流砂だ!」
グシュタフが叫んだ。モグラのゴルゲのせいで針路がずれて岩石地帯から針路をキーワイル湾へと向けて進んでいた。砂漠地帯を進んでいたのだが、そのために流砂に呑み込まれてしまったのだ。
砂漠の地下を進んでいたが、地表ではないが流砂の下は均一な砂が水を含んでいたため、キャメル号の自重に耐えられず、キャメル号は下に横に激しく揺られながら砂に流された。
「機関全開!流砂を乗り切れ!」とグシュタフが指揮したが、砂がふかふかの摩擦係数が低いため、推進力が得られず空回りしてしまう。
砂漠に入ってからというもの、砂漠の砂を吸い込みロケットの様に吐き出す推進力を補助として使っていたが、そのジェット推進を全速力にした。
流される砂と推進力が釣り合い、やがて推進力が打ち勝ち、少しずつキャメル号は上に駆け上っていった。そして、砂漠の地面から飛び出た。さらに砂漠の地面をしばらく走りキャメル号は停止した。なんとか流砂を抜け出すことが出来た。
しかし、キャメル号のエンジン機関は白煙を上げてストップしてしまった。戦闘エリアの中の砂漠地帯の地表で修理する羽目になった。既にキャメル号の存在は軍に察知されているだろう。すぐ軍から狙われることになる。このキャメル号の姿を見たら問答無用で攻撃してくるかもしれない。
修理をすれば、キャメル号なら後二時間程で戦闘エリアを抜けられるが、ここで修理をしている時間はない。即刻、キャメル号を捨てて、ラクダに乗り換えて商人を装って行くしかない。武器を積んだトラックがなくても、ラクダのみで商談に来る武器商人もいたため、見つかっても怪しまれることはない。
万が一のためにラクダを連れて来たグシュタフの読みは当たった。ラクダを使わずにキャメル号だけで行ければ良かったのだが、そうしていればキャメル号が止まった時点で歩くしかない。今回の様に何かあった場合のために、グシュタフはしっかりラクダを準備していたのだ。もっともキャメル号の激しい揺れに、ラクダは暫く乗り物酔いをしていた様で、回復するまで待たねばならなかった。
グシュタフの命令で、乗組員もかけるもラクダで出かける準備をして出かけた。十五分程で準備をした。砂漠の日差しに負けない様に、ポンチョを頭からすっぽり被って、ラクダに跨って出かけた。
キャメル号から三十分程ラクダに乗って進んだ時、戦闘ヘリコプターがキャメル号の方角に向かった。ロイドの偵察用ヘリコプターだった。奴らが来るまで、三十分と割に時間が掛かったことはかける達にとっては幸いだった。
キャメル号が止まったのは、ロイドの軍の領地だったので、ロイド軍がもっと早く来ることも可能ではあったが、ロイドはコンピューターによる分析に頼っていることが時間の遅れを生じさせた。キャメル号はデータとして乗っておらず、慎重なコンピューターは未確認のまま偵察ヘリを出す訳に行かなかったのだ。
キャメル号は盗賊グシュタフが造らせたものだから、軍用データベースに登録されていなかったのだ。あらゆるデータベースにアクセスして、キャメル号を作製した個人のデータベースから主要武器を割り出してから、偵察ヘリにゴーサインが出たのだ。そのため、偵察ヘリがやって来たのはかなり遅れてしまったのだった。
偵察ヘリが来た段階でキャメル号がグシュタフの所有物だとしてロイドは即座にグシュタフに指名手配を出した。その頃、かけるとグシュタフと乗組員とカリーナは、砂漠の中のオアシスのある街に来ていた。
「この街はカスパだ。ここでちょっと休んで行こう。食料も仕入れないといけないしな!」とグシュタフは言った。
カスパはロイド管轄地区にあるオアシスだ。サイボーグには砂漠の砂が稼動部に入ると動かなくなる可能性があるため、オアシスは大事な役割を果たしていた。多くのロイド兵が休息を取っていた。
ロイドは貧富の差が大きいこともあり前線で戦う兵士はスラム街などの貧乏人から徴収されていた。金持ちは金を支払うことで徴兵を逃れることも出来た。
当初は、スラム街などで兵士を募集していたが、兵士の数が少なくなるに連れて、貧乏なサイボーグから順に半強制的に徴収されていた。金として税金を払わない分、労働として支払うことが当然とされたのだ。
彼らの使っているパーツは安物が多く、砂ですぐ動かなくなってしまうので、このオアシスを使って手入れをしないといけないのだ。そのため、オアシスではパーツのメンテナンスを行うショップが多い。そんな貧しい胃腸などのパーツを機械に変えていないサイボーグが多いので、人間用の食料や飲み物も数多く取り扱っている店も多いのだ。
砂がパーツにかかるのを防ぐために、兵士はポンチョで頭から全身を覆っているので、同じ様にポンチョを着ているかけるやグシュタフは目立つことがなく、食料や飲み物を買うことが出来た。
このオアシスの街カスパにもすぐにキャメル号からグシュタフ達の足取りを追うロイド兵が来ることは予想された。一行は早々にオアシスの街カスパを出発してキーワイル湾を目指した。
かける達が行く先々でロイドの検問があり、ルートを変えても常に検問が待ち構えていた。それはかける達の行く先々を察知して先手先手に検問を置いているかの様だった。
砂漠であるからルートは幾らでも変えられる。幸いにもこの辺りの砂漠地帯は流砂の様な危険の心配もなければ迷う様な地域もない。戦闘エリアと非戦闘エリアとの境に壁も衛兵もいないのだから、全てのルートに検問を敷くのは到底不可能なことだった。
グシュタフは検問を見つけるとルートを替えて回り道する。そこでも検問があり回り道と言った具合に、戦闘エリアから非戦闘エリアへ抜けるのを目の前にして、なかなか抜けることが出来なかった。
非戦闘エリアを抜けさえすれば、カリーナの仲間のゴースティン達やグシュタフの盗賊仲間が手助けしてくれて、キーワイル湾まで見つからずに行くことも可能に思われた。それだけに何度も回り道を強いられて、グシュタフは苛立ちを感じていた。かけるやキャメル号の乗員も疲れが出てきた。
そんな夜中、かけるは眠れずに起きた。テントの他の皆はぐっすりと寝込んでいた。グシュタフなどは大きな鼾を立てて、鼾にも彼の豪傑ぶりが現れていた。そんな豪快な鼾のグシュタフを見て、かけるはくすっと笑った。かけるは皆を起こさない様に、静かにテントの外に出て、夜の砂漠を散歩していた。
砂漠は昼は乾燥して非常に暑いが、夜は冷え込んで寒くなる。その寒暖の差が激しいのが砂漠気候だ。ポンチョは、昼はじりじりと日焼けして汗が蒸発してしまうのを防ぐため、夜は熱を逃がさないためにうまく工夫されていた。
かけるは、ポンチョを着て夜の砂漠を散歩していた。満月が、手が届きそうな程近くに大きく見えていた。月明かりのおかげで、辺りが多少薄暗くもライト無しに見えた。
かけるが散歩していると、なにやら陰から声が聞こえた。
かけるは、キャメル号の乗員がやはり眠れずに話でもしているのかと思っていた。その他に人類軍の兵士がいることも考えられたが、こんな所で話をする訳がない。ロイド軍やゴルゲ軍の兵士であれば、かけるには言葉を理解出来ない。かけるにも言葉が理解出来るので乗員に違いなかった。
かけるは一緒に仲間に入れてもらおうと近付いて行った。声を掛けようと近づこうとした時、話している内容が聞こえてきて、かけるは思わず、砂丘に腹ばいになって姿を隠した。
月明かりに照らされたシルエットは一人だった。無線で誰かと話しているらしい。無線からの声はかけるには聞き取れない。加奈ならば聞き取れただろうが、加奈はここにはいない。
「ええ、次のルートはカズラ砂丘を左手に回った方向から抜けて非戦闘エリアを目指す予定です」
「ええ、まだ気付かれていません。次もちゃんと報告出来ますよ。それよりも例の話忘れないで下さいよ」
「やだなぁ、何って、とぼけないで下さいよ。私を軍の参謀に引き抜いて頂く話ですよ。忘れちゃ困りますよ」
「ええ、判っています。作戦は明日決行ですよね。問題ありません」
「ええ、判りました。それでは明晩、また報告致します」と言って、その男は無線を切った。伏せているかけるはその男に見つからなかったが、かけるからは月明かりに照らされたその男の顔がはっきりと見えた。キャメル号の乗員だ。しかも、グシュタフが最も信頼している副指揮官のバレルだ。
かける達は砂漠で寝る時、二つのテントに別れて寝ていた。カリーナは場所を取らないので、かけるとグシュタフと六人の乗員で八人なので、四人ずつ二つのテントに分かれていた。一方のテントはグシュタフが、もう一方のテントは副指揮官のバレルがいて、かけるはグシュタフのテントで寝ていた。
でもバレルの通信していた相手は誰なのだろう?とかけるは考えた。先回りして検問を置いているのはロイド軍だから、普通に考えればロイド軍と言う事になる。でもロイド軍はサイボーグだ。バレルは人間だが、軍の参謀に引き上げられることがあるのだろうか?それともバレルは、これを機会にサイボーグになるのだろうか?
それともう一つ気になったことがある。作戦は明日決行と言っていた。何の作戦だろうか?
もちろんグシュタフは何も言っていなかったから、作戦はバレルが所属している誰かによるものだ。かけるはこのことをどう処理するべきか迷った。自分達の生死に関わることだ。グシュタフに相談するのが妥当ではある。だが、事が事だけに、確信を持てない疑惑だけで、話してしまっていいものだろうか?
グシュタフは厳しい男だ。グシュタフは仲間の裏切りを知ったなら処刑してしまうかもしれない。今の段階では裏切りの可能性はあっても、かけるの思い違いかもしれない。そんな段階で報告するのは躊躇われた。
しかし、バレルは明日作戦を決行すると言っていた。どんな作戦かは判らないが、かける達にとっては何か良からぬ作戦に思えた。バレルは既に自分のテントに戻っていたが、かけるは夜空に広がる無数の星を眺めながら、暫く考え事をしてから自分のテントに戻った。
テントに戻ったかけるは、体が冷え切っていたせいもあるが、考え事をしていて眠れなかった。そうしてバレルが言っていた明日は何事もない様にやって来て白々と夜が明けた。
「よし、今日こそは非戦闘エリアに入るぞ!」とグシュタフが言った。
「ルートは昨日打ち合わせた通り、カズラ砂丘を左手に見て一気に非戦闘エリアを目指すぞ!」
かけるは、出発前グシュタフに何度も昨晩の事を言おうと思ったが決心がつかなかった。かけるはグシュタフに何も言えないまま、一行はグシュタフを先頭に出発した。
かける達は作戦通りにカズラ砂丘に向かって歩き、カズラ砂丘を左手に見るルートを取り、カズラ砂丘を左手に見て、もう少しで非戦闘エリアと言う地点に差し掛かった。
前方にロイドの軍が現れた。そして、カズラ砂丘を滑り下りる様に、ロイドのキャタピラ戦車が左手からやって来た。後ろからもロイドの軍がやって来た。ロイド軍はカズラ砂丘に隠れて三方向からかける達を挟み撃ちにしたのだ。
右方向はどこまでも続く砂漠だ。かける達を乗せたラクダが、ロイドのキャタピラ戦車から逃げきれる訳がない。抵抗する間もなくかける達は捕まってしまった。下手に抵抗しても兵器に圧倒的な差がある。抵抗しても命を落とすだけだ。
これが昨晩バレルが言っていた作戦だったのか?今更ながらかけるはグシュタフに話さなかったことを後悔した。カズラ砂丘は丁度良く姿を隠せる砂丘だったが、それだけに相手が隠れていることも分からなかった。
砂丘の陰は視界は効かないしレーダーなども効かないのだ。ロイド軍兵士が何やら本部に連絡している。かけるは手錠を付けられ捕まってからバレルを見ていた。バレルの作戦通りならバレルは落ち着いているはずだった。
ところが、バレルは「こんなはずはない、手錠を外せ!」とロイド軍の兵士に詰め寄っていた。彼の言葉はロイドには通じない。演技にしては迫真に迫っていた。
「どうした!バレル!こんなはずではなかったってどういうことだ?」とグシュタフはバレルに問い質した。
「別に!」とだけバレルは答えると下を向いて黙ってしまった。グシュタフはそれ以上質問をしなかった。
かける達はロイドの護送車で運ばれていた。かける達の取り扱いについてはロイドも決めかねていた。殺してしまうのが上策だろうが、問題はかけるの処遇についてだった。
ゴルゲもかけるを狙っていることは、ロイドの情報網は抑えて知っていた。ロイドは霊感といったものはないが情報収集と分析にかけては他国を圧倒している。
ロイドはかける達の存在が、不確定ながら脅威になるとは考えていなかったが、ゴルゲや人類のコーネリア姫がかける達を必要としているという情報は得ていた。それは推測の域ではあるが、ロイドのマザーコンピューターは、かける達が何かキーになる存在であるからだとはじき出していた。そのかけるを殺すことよりも利用することの方が得策であると考えられた。だが、どうするか考えあぐねていたので、殺すのを躊躇っていたのだ。
そこで処遇は後で決定するとしても殺さずに刑務所に搬送することにした。かけるはロイドの刑務所を一度脱走している。その時のかけるの能力は報告されていたので、かけるでも逃げられない様な牢屋に搬送する予定だった。かける達を護送車に乗せ、前後左右を厳重に戦車がガードして搬送していた。
護送車の中でかけるは、バレルに昨晩無線で話していたことを問い質した。今更、隠しておいても仕方ない。それよりもバレルが昨晩無線で話していた人を知ることの方が大事だ。
「バレル、君が昨晩無線で話していた相手はロイド軍の誰だったんだい?君も一緒に僕達全員が捕まることは、君達の作戦だったのかい?」
バレルは横を向いて話そうとはしなかった。グシュタフは、かけるが何を言っているのか判らなかった。
「何だ?かける、何のこと言っているんだ?」
そこでかけるは昨夜かけるが、聞いたことをグシュタフに話した。
グシュタフやキャメル号の他の乗員は、信じられないという顔から、次第に怒りが湧き起こって紅潮した顔に変わった。グシュタフはバレルにドスの効いた声で言った。
「てめぇ!吐け!俺を裏切ったのか?幾らで俺達を売ったんだ?信用して副指揮官にしてやったこの俺を裏切ったのか?」
「……何言ってやがんだ!副指揮官だからって大して報酬ももらえずによぉ!慈善事業じゃねえんだぞ!」と言ってバレルはグシュタフから顔を一度背けた。グシュタフは「何を言ってんだ!この野郎」と言ってバレルに掴みかかろうとするが、後ろ手に縛られていて動けなかった。
バレルも興奮してグシュタフの顔を睨み返した。
かけるはにらみ合う二人を遮って「それで、君は誰に僕らを売ったんだい?」とバレルを問い質した。
「もうこうなったら言ってやるよ!俺が話していたのはロイド軍じゃない。俺が話していたのは、人類軍の将軍であられるカーライル様だ!」
その言葉はかける達を驚かせた。
「嘘言ってんじゃねぇ!何故、人類軍がロイド軍を動かして俺達を逮捕させるんだ?」とグシュタフが怒鳴った。
バレルの言葉は幾分トーンダウンした。
「俺だって、こんな話は聞いてなかった。俺は我々一行がどこのルートを取るか毎晩報告するだけだった。俺が聞いた作戦では、今日カズラ砂丘の所で俺達を捕まえるということだった。捕まえるのは、グシュタフと異世界から来たかけるだけで、俺達は捕まえられないはずだった。そして、その後は俺を人類軍の参謀として引き立ててくれる話になっていた。俺にも何故人類軍将軍のカーライル様がロイド軍を動かせるのかは判らない。……ちくしょう!俺まで一緒に捕まえやがって話が違うぞ!」とバレルは話している内に、また興奮して怒りが込み上げて怒鳴った。
グシュタフは「自業自得だな!」と冷淡にバレルをつけ放す様に言った。バレルは俯いてしまった。
その時、先頭を走っていたロイド軍の護衛の戦車がいきなり爆音とともに燃え上がった。さらに二台目の戦車も燃え上がって、かける達の護送車は急ブレーキをかけて止まった。
グシュタフが驚いた様に言った。
「ゴルゲ軍だ!」
鉄格子をはめた窓からあの黒い獣人が無数に空を飛んでいるのが見えた。彼らは爆弾を持って運び、空から爆弾を投げて攻撃してきている。ロイド軍は、戦車砲は空を飛ぶ相手には効果がないので、サイボーグ兵士が出てきて空を飛んで応戦した。サイボーグと獣人の激しい空中戦だった。
サイボーグ兵士はミサイルやレーザービームで攻撃した。サイボーグが圧倒的に有利かと思われたがそうでもなかった。獣人の武器はレーザーガンやバズーカー砲などの兵器だけであるが、サイボーグ兵士の方がスピードは出るものの、獣人は小回りの点で勝っていた。
相手の攻撃を避けて攻撃するスタイルでは獣人の方が勝っていた。サイボーグは速さに物を言わせて追いつめて攻撃する。獣人は相手を引き付けて、相手の攻撃を避けてサイドから攻撃する。
彼らの空中での戦いは互角だった。戦いが互角であれば数が多い方が有利だ。数の上で勝るゴルゲ軍の方が有利だ。さらに地底ではあのモグラのゴルゲが穴を掘ったために、ロイド軍の戦車は地下に埋もれてしまった。ゴルゲ軍有利のまま勝利を掴むかに思われたが、ロイドの援軍が来てから戦局は大きく変わった。
この戦闘エリアの中においてロイド管轄地域にいたのだ。ロイドから援軍が来るのは当然のことだった。
かける達はそのロイド軍とゴルゲ軍の戦闘を黙って見ていた訳ではなかった。
「今がチャンスだ!かける、ずらかるぞ!」とグシュタフが言った。
「でも手錠が……」とかけるはジャラジャラとグシュタフに手錠を鳴らして見せた。
「そんなもん、この通り!」とグシュタフは自分の手錠を外していた。グシュタフはごっつい体ながら盗賊という職業上、針金一つで手錠の鍵を外すことが出来た。
「はは、ロイド軍の奴らも俺の特技には気付かなかった様だな!」とグシュタフは言って、かけるや仲間の手錠を針金で外した。それを見ていたバレルが堪らず言った。
「グシュタフさん、まさか私を置いて行くってことはないでしょうね!今まで、ずっと副指揮官としてあなたに忠実に仕えてきたこの私を!」
グシュタフはバレルを無視していた。
「私も連れて行ってください!お願いしますよぉ」
「また裏切るに決まってるお前を連れて行く奴がどこにいる?そんなお人好しじゃねえんだよ、俺はな!さあ、行こう!かける、みんな!」と護送車のドアの鍵を壊して外に出ようとしていた。
ドアの鍵が開いて外に出たグシュタフの腕をかけるは掴んだ。腕を掴んだかけるをじっと見ていたグシュタフは根負けした様に言った。
「わかったよぉ!俺達を裏切ったバレルは許せんが、確かにここに置き去りにしておくのは可愛そうかもしれんな。またどんな策を使って我々をはめるか判らんしな」と言ってグシュタフはバレルの手錠を外した。
「今度裏切ったら命はないと思えよ!かけるに感謝でもするんだな」
「有り難え!ええ、もちろんですとも。一生ついていきますよ」
「キャメル号もないし副指揮官は要らない。お前とはここでおさらばだ!どこへでも消えるがいい。今度、出合った時は命がないと思えよ!」
「有り難い!命が助かっただけでも儲けものですよ」
かける達は、ロイド軍とゴルゲ軍の激しい戦闘が続いている隙に護送車を抜け出した。バレルとはそこで別れた。護送車から破壊された戦車の陰へと隠れながら、戦闘を避けて非戦闘エリアを目指した。
幸いにもロイド軍とゴルゲ軍の激しい戦闘が続く中、逃げるかける達に気付く者はいなかった。ロイドの援軍が来てからというもの、さらに戦闘は激しさを増していた。
その隙に、かける達は戦闘エリアと非戦闘エリアの境界に達していた。境界にいたロイド軍の兵士は皆、戦闘に駆り出されて誰もおらず、かける達は労せずに戦闘エリアを抜けて非戦闘エリアに入ることに成功した。
かける達が非戦闘エリアに入ってからも、ロイド軍とゴルゲ軍の激しい戦闘は続いていた。
グシュタフは仲間に連絡を取って、グシュタフの仲間の運転するトラックに乗り、キーワイル湾まで辿り着いた。グシュタフとかけるはしっかりと握手をした。
「有り難う、グシュタフ!おかげでキーワイル湾まで辿り着いたよ!この恩は一生忘れないよ!」
「恩を忘れてもいいから、コーネリア姫と会えたら報奨金を貰うことを忘れん様にしてくれよな!」
「ああ、もちろんさ!」と言いながらかけるは顔を崩して笑顔になった。