大好きな理由はね
初めの場面は家族連れが遊ぶ公園だった。街でも実際に良く見る光景だ。子供達はつい先ほどまでの客席さながら、舞台の上の公園を走り回っている。
そこに舞台上手から二十歳前後の青年が登場すると、観客席の子供達だけでなく、母親達からも歓声が上がった。役者名だか役名だかが方々から飛ぶ。
青年は子供達とかくれんぼをして遊んでいて、流れからするとどうやら彼がこの舞台の主人公のようだ。鬼の役の彼は隠れた子供を探して舞台上をあちこち歩いていく。
レオアリスは舞台の進行を片目で眺めながら、意識をファルシオンの周囲に向けた。
客席の観客、特に子供達はじっと舞台に見入っていて席を立つ者は一人も無く、問題は何もない。ファルシオンの表情も真剣そのもので、もうすっかり物語に入り込んでいるようだった。
王城の外に出て、王太子という身分から離れて舞台を見る――、そういう機会など滅多にないファルシオンにとって、相当貴重な経験だろう。金色の瞳の中に舞台がすっかり映り込んでいるのを眺め、今日ここに来れて良かったとそう思った。
突然舞台が騒がしくなり、レオアリスは視線を上げた。
ばらばらと奇妙な一団が舞台袖から走り込む。全身黒づくめのぴたりとした衣装で顔まで覆った男達で、高い叫び声を上げながら家族連れに襲い掛かった。のどかだった風景は一変した。
男達は次々と親や子供達を捕まえて行く。狭い舞台上は逃げ惑う人々や悲鳴で騒然となった。舞台からだけではなく、客席の子供達からも悲鳴が上がる。
「この公園は我々が占拠した!」
と黒づくめの一人が舞台の中央に立ち、客席に向かって叫んだ。
「お前達はこれから、我がカイオウ帝国の奴隷となるのだー! わーははははは!」
(カイオウって……)
レオアリスは苦笑いを浮かべた。舞台では捕まえられた子供達はひとまとめにして大きな籠に入れられて泣き叫び、子供を取り戻そうとする親が殴り倒されて呻き、演技とは言え中々荒っぽい。
一般人抑えられてると鎮圧が難しいな、と、こういう状況で隊をどう動かせば被害が無いか、つい真剣に考えてから我に返り、レオアリスはまた苦笑した。立場上のクセだ。
しかしだから興味深いという話なのかと、そう思ったところに、「止めろ!」という鋭い声が響いた。
舞台にうずくまる大人達の中から、一人の青年が駆け出した。
先ほどかくれんぼで鬼の役をしていた青年だ。青年は黒づくめの男達を睨み据え決然と言い放った。
「子供達を放せ!」
場内が一転、子供達の歓声で埋まる。ファルシオンが身を乗り出す。
誰かが何か名前を叫び、子供達からまだ言っちゃダメだよ、しいぃっ、とたしなめられた。それが観覧の決まりらしい。
徒手空拳の青年は果敢に黒づくめの男達に挑みかかった。初めの一人を見事殴り倒し、だがもうそこで乱闘だ。
青年はすぐに多勢に無勢で押し戻され、倒れ込むようにして舞台袖に消えた。先ほどの黒づくめの首領らしき男が客席を向き、高らかに笑い声を上げる。
「見ろ! 抵抗しても無駄だー! ここは俺達が法術で決界を張ったから、軍隊も入れないのだ! 周りからは俺達の姿も、お前達の姿も見えていない! 誰も助けには来ないぞー!」
説明力満点だ。
舞台上の子供達がわっと泣き出し、客席の子供からもあちこちで怖がる声と泣き声が聞こえた。
(のめり込んでるなぁ。つうかこの位の歳だとごっちゃにもなるか)
傍らの親達は可笑しそうに笑いながら我が子をあやしている。
「ほらほら泣き叫べ~!」
「セイバー、助けてー!」
どこかの子供が叫び、首領は客席に手をかざした。
「おっ、そこにもまだ子供がいるなぁあ?」
捕まえろ! と大声を上げて客席を指差す。黒づくめの男達はばらばらと舞台から客席に降りてきて、通路を跳ねるような動作で歩き出した。
客席の子供を抱え上げる仕草をすると、怯えた子供から悲鳴が飛び出す。
黒づくめの一人が最後列までやってきて、脅かすように両手を高く広げ、通路側に座っていた隊士の隣の男の子を覗き込んだ。男の子が堪らずうわあああっと泣き出す。
黒づくめの男は身体を起こし、クライフと、レオアリスと、その向こうの席をじっと見た。
奥まで入ってくるかと、レオアリスは役者に視線を向けた。
「子供は一人残らず帝国に連れて帰るのだ!」
客席の真ん中で一人、子供を抱え上げる。
それを合図に黒づくめはクライフの前まで入り込み、腕を伸ばした。
伸ばした腕がファルシオンに近付き、ファルシオンが思わず身体を縮めてレオアリスに身を寄せる。
レオアリスは黒づくめの男の手首を掴んだ。
「悪いが、ここは外してくれ」
黒づくめの男は驚いて覆面の下の瞳を瞬かせ、少し間をあけた後、ぺこりと頭を下げた。
男は通路に出ると、また跳ねるような動作で通路を歩き出した。レオアリスの周囲で隊士達が緊張を解いたのが判る。
客席に降りた黒づくめ達は何人かが客の子供を抱え上げ、悲鳴や泣き声の中を舞台へと戻って行く。
「待て!」
唐突に、客席の通路の真ん中に男が立ち上がった。
すぐ横にいた黒づくめの男から子供を奪い返し、同時に黒づくめの腕をひねって鮮やかに床に倒す。
わあっと歓声が上がった。
「カイオウ帝国め、これ以上の乱暴はこの俺が許さん!」
「むむ、何者だぁ!」
どうやら声からすると先ほどの青年なのだが、正体を隠しているのか広いつばの帽子を深く被って仮面を付け、長布で身を隠すように覆っている。
客席の子供達はとたんに総立ちになった。
「セイバー!」
いよいよ待ちに待った場面らしい。
「貴様等の好きにはさせん!」
変身! と叫ぶと、青年は狭い通路で器用にくるりと宙返りをした。
(へ?)
変身だ。
身体を覆っていた長布を剥いで宙へ投げる。
布が通路に落ちる間に、青年は舞台に駆け上がった。
二度軽やかに宙返りをして舞台中央に降り立ち、客席へ向き直る。
「この街の平和は、俺が守る!」
左膝を深く沈め、左手を引きながら右腕に拳を固めて前へ突き出した。
白いぴったりと身を覆う衣装の上に赤と黒の二色に染めた革の胸当てや手甲を装着している。足にも同じ色合いの革鎧を着け、顔には先ほどとはまた別の、どことなく昆虫を思わせる仮面を被っていた。腰に巻いた赤と黒の装飾的な革帯がきらりと光る。
子供達の興奮が一気に最高潮に達する。
「セイバー!」
「ロードセイバー!」
子供達が興奮し、きゃあきゃあと声を上げながらあちこちの客席でぴょんぴょん跳ねる姿が見える。
青年は腕を交差させて革鎧の胴の下に滑らせ、それぞれの手に何かを握って引き出した。
剣の柄だ。柄だけで刃が無い。
引き出しざまに一振りすると、がしゃりと音を立てて白刃が伸びた。
(へぇえ、いいなぁあれ)
ああやって刃が収納できたら携行に便利だ。長剣より少し短いが間合いに問題は無さそうだし、特に今日のようなお忍びの時とかには充分役に立つだろうと思った。
使ってみたい。
舞台では剣劇が展開され、それも相まって、レオアリスはちょっとウズウズして瞳を輝かせた。
それはさておき、劇場内はますます興奮が高まっている。ロードセイバーは一番手前にいた黒づくめを、二人同時にばさりと斬って倒した。踏み込むたびに流れるような動作で黒づくめを倒していく。
「ええい、何をしている、さっさと奴を片付けてしまえ! 一斉に掛かるのだ!」
舞台袖から黒づくめ達がわらわらと現れる。ロードセイバーが大勢に囲まれて危機に陥ると、声援は益々大きくなった。
「ずるーい!」「あぶない!」「セイバー、がんばってー!!」
とあちこちで子供達の懸命な応援が飛び交う。既に半数ほど敵を倒しているロードセイバーの後ろで、黒づくめの一人が剣を振り被った。
「後ろだよー!」
「後ろ後ろー!」
「あぶないよー!」
振り向いたロードセイバーの肩当てに黒づくめの剣が落ちる。ロードセイバーはちょっとよろめいた。
隣でファルシオンがそわそわしてるな、と思ったら、次の瞬間ばっと立ち上がった。
「がんばれー! ロードセイバー!」
小さな拳を握り締め、周りの子供達にも負けず、懸命に声を張り上げる。レオアリスは驚いてファルシオンを見つめた。
(あ)
ファルシオンは舞台に夢中だ。
紅潮した頬ときらきら輝く瞳。
見覚えがある。
レオアリスに剣を見せて欲しいと言う時の瞳。
剣を持って戦う姿が、どれほど格好良かったかを懸命に語る時の瞳。
(ああっ)
いきなり何かバチリと納得が行った。
(こ………………ッ)
王の笑みが過る。
あの笑みの――いや、含み笑いの意味がようやく判った。
(これか―――――――ッ!!!!)
ファルシオンがレオアリスを大好きな理由と、ここで舞台を見て瞳を輝かせている理由と。
根っこが。
根っこが同じだ。
それを判っていたから王はレオアリスにも興味深いだろうと言ったのだ。
(俺もある意味変身か? 変身モノてヤツか……?!)
舞台でロードセイバーが敵を薙ぎ倒すごとに、きゃあきゃあと歓声が上がる。ファルシオンも飛び跳ねて手を振り、とても嬉しそうに声援を送っていた。
ふとクライフを見ると、クライフは何を堪えているのか引き締めた頬をぶるぶると震わせながら拳を握り親指を立て、レオアリスへぐっと突き出した。
「……」
舞台上では既に、立っているのはロードセイバーと首領だけだ。
「終わりだな、カイオウ帝国!」
「くそう、こうなれば奥の手だ! 出でよ、妖獣蛸魔人~!」
首領が両手を広げるとぼわんと舞台中央に煙が上がり、ガラガラという音と煙の中、八本の足を持った赤い大きな物体がせり上がるように現れた。
丸い頭というか身体というか、てっぺんは大人の二倍ほどの高さがある。足にはでこぼことした吸盤がついていた。
(うお、あれスゲ)
レオアリスも思わず身を乗り出す。
(タコだ)
いつだったか図鑑で見た。
「妖獣蛸魔人! ロードセイバーをやっつけろ! 街を破壊するのだー!」
妖獣蛸魔人が八本の足をぐにぐに振り回すとあちこちで火花と煙が弾け、きゃー、と悲鳴が上がった。
突き出した口からぶしゅうっと黒いものを吐く。墨に模した黒い布だ。
(蛸魔人スゲー)
ロードセイバーが避けた足元がどかんと煙を上げる。何故か黒づくめ達まで墨を浴びて倒れ逃げ惑い、舞台上は大混乱となった。
妖獣蛸魔人の振り回した足が黒づくめを二人まとめてなぎ倒す。
(おいおい)
客席は大受けだ。
「そこまでだ、妖獣蛸魔人!」
舞台中央に設けられていた低い塔の上にロードセイバーが駆け上がり、暴れる妖獣蛸魔人へ右手の剣先を向ける。
派手に音楽が掻き鳴らされ、ロードセイバーは上から吊されていた縄を掴み、蛸魔人のいる舞台の真ん中に飛び降りた。
飛び降りると同時に器用に身体を捻る。きらりと白刃が光った。
「必殺! 回転乱舞斬り~!!」
わああっと拍手が湧き上がる。
「うぎゃあああ!」
蛸魔人は盛大に身を捩り、どんな仕掛けか見事に八本の足を切り離して舞台のあちこちに飛ばすと、ばたりと倒れた。
「く、くそう……、覚えてろー!」
捨て台詞を残して首領が駆け出し、後を追いかけて黒づくめの男達がよろめき逃げ去る。
客席が拍手と歓声で埋まる中、ロードセイバーは籠に入れられていた子供達を解放し終えると、客席に向かって大きく手を振り、拍手の中を爽やかに舞台袖に消えた。