褒め言葉じゃないけれど
ある日の放課後のことだった。あたし、宮島紅葉は図書委員で返却された本を棚に戻す作業をしていたのだ。そこに現れたのは、憧れの熊井直樹君だった。
懸命に高い棚に手を伸ばしている。彼は身長百五十センチと小柄なので、一番上の棚にはぎりぎり手が届くくらい。
(ああ、なんて可愛いのかしら)
思わず見とれてしまうあたし。
いや、これは神様がくれたチャンス。あたしはそっと熊井君の背後に立ち、彼が引き出そうとしていた本をさらう。そして、最高の笑顔を向けてどうぞっと本を手渡した。
熊井君は戸惑うような表情でありがとうと言って本を受け取ってくれた。
「いえいえ、図書委員ですから、困ったことがあったらいつでも言ってね。クラス同じだしさ」
とにかく、スマイル。心臓はドキドキしてるし、顔もすごく熱いんだけど。熊井君は、はあとかええとか小声で頷いて、もう一度ありがとうと言うとそそくさとカウンターに行ってしまった。
ああ、もっと話したかったのになぁ。残念。
あたしは、仕方なく業務に戻った。
翌日、あたしは朝からカレーパンをほおばる。
「ほんと、紅葉っていいよねぇ」
「なひが?」
「何がじゃないわよ。何食べても太らないとかギャル曽根かってのぉ」
「……そんなに大食いじゃないもん」
あたしはカレーパンを食べ終わって、ハンカチで指と口元を拭った。
「それに図体でかいだけだもん。若菜みたいにちっちゃくて女の子らしかったらっていつも思うよ」
そう、あたしの体形はただ背が高いだけで丸みに乏しいものなのだ。その点、友人の町田若菜は身長百六十センチで出るとこ出ているかわいい系の女の子。ついでにリア充だ。ちくしょう。
「紅葉は十分女の子だよ。中身はね」
「中身いうなし……」
若菜はふふふっとお人形さんみたいに可愛く笑う。こんな女の子だったら、熊井君も振り向いてくれるのかなとか考えた。
「それで、どうするの?もうすぐ夏休みだよ」
「えっと……」
「告白して夏休みエンジョイするんでしょ?」
「する。目指せリア充……っていいたいけど。振られる可能性の方が高いかなぁ」
「何よ。告る前から弱気ね」
「だってさぁ、男の子ってでかい女って女としてみてないじゃん。小学校時代のあだ名、巨神兵だし……」
「ああ、そうだったわねぇ……でも、熊井君なら友達くらいにはなってくれるんじゃない。眼鏡で小太りだしさぁ。モテルタイプじゃないでしょ?」
「失礼な。熊井君は可愛いんです。若菜の方こそ、彼氏とはうまくいってるんですかぁ」
あたしは、ちょっとだけいじわるっぽくいってみたが、若菜はにっこりと微笑んでラブラブと笑った。まったくノーダメージである。悔しい。
あたしはため息をつく。とにかく、終業式までには告白しようと思っていた。振られても、夏休みがあるから、心の整理はできるだろうと思ったからだ。それに来年は高校最後の年。受験とか就職とかで一気にいそがしくなる。あたしも熊井君も若菜も進学組だから、すでに課題は日々増え続けているのだ。就職組だって簿記だのなんだのと資格試験がめじろうしらしいし。
やっぱり、今しかないってあたしはそんな気がしていた。そして、結局悩みに悩んで終業式の日に告白することに決めたのだった。
何かを決めると時間が経つのは早いらしい。気がつけば、終業式も無事終わりみんなばたばたと帰り始める。熊井君はのんびりと帰り支度をしながら、机に図書室の本を三冊おいていた。返却するんだなとあたしは思ったので、図書館の前で彼を引き留めて告白することにした。
「よし」
一人気合をいれて、立ち上がると若菜ががんばれっと小声で応援してくれた。熊井君が教室を出たのを確認して、あたしは彼の後を追いかけた。なんか、ストーカーみたいだけど、この際気にしない。ドキドキと高鳴る心臓は、今にも破裂しそう。
あたしは、図書室に差し掛かったところで、熊井君を呼び止めた。びっくりしたような顔で彼が振り向く。
「……宮島さん。えっと……なに?」
「あの、熊井君に頼みたいことがあって……」
あ、間違えた!頼みたいことってなんだよあたし!そこは話したいことだろっ!
自分で自分に突っ込むが、熊井君はうんいいよと少し笑ってくれた。
「ちょっと待ってて。本、返してくるから」
あたしはこくこくと頷いた。
次は間違えない。ちゃんと好きです付き合ってくださいっていうのだ。
熊井君はすぐに図書室から出てきた。さあ、今度こそ間違えないぞとあたしは気合を入れた。
「えっと頼みって?」
「つ、付き合ってください!」
あたしはがばっと頭を下げた。
「うん、それでどこに行くの?」
え?
あたしは慌てて言った。
「ち、ちがくて……そうじゃなくて……」
熊井君は慌てるあたしをみて、不思議そうな顔で首を傾げた。
「す、好きなの。だから、彼氏になってください!」
言えた!そう思っていると、熊井君の顔はどんどん赤くなって熟れたトマトみたいでおいしそうだった。
「え?俺?」
「そう、熊井君」
「本当に?」
「本当です」
熊井君はなんだか申し訳なさそうな顔をした。というか、しょんぼりって感じか?
「俺……チビだしデブだし……いいとこなんて何にもないよ」
「そ、そんなことない!小っちゃくて丸くって可愛くって、頭よくって、運動神経だってよくって。いろんな本読んでて、本の扱いも丁寧で……」
あたしはだんだんと声が小さくなって震えだした。だめだ。たぶん、これ振られるパターンだ。そんな風にあきらめモードになりかけたそのときだった。
「可愛いっていうのは、男として褒め言葉じゃない気がするけど……なんか宮島さんに言われるとうれしいかな」
熊井君はえへへと笑ってくれた。
「あの、じゃあ……」
「うん、俺の方こそ彼氏にしてください。実はずっと憧れてたんだ。宮島さんってかっこいいから」
「か、かっこいいかな?背が高いだけの女だけど?」
「かっこいいよ。女の子にいう褒め言葉じゃないかもしれないけど。ちゃんというべきことは言うし、図書委員の仕事もてきぱきこなしてて……」
あたしはびっくりした。ずっと見ていたのは自分のほうで、見られていたことになんて気づいてなかった。そして、すごくうれしかった。
「あの、今日は駅まで手をつないで帰ってもいいですか」
あたしは、真っ赤になりながら、そういうと熊井君はにっこり笑って、可愛いと言ってあたしの手をにぎった。
「じゃあ、帰ろう」
あたしはうれしさと照れくささとで、わたわたしながら熊井君と手をつないで帰った。
【おわり】