セカイハコドク
遺書
お父さん、お母さん、産まれて来てごめんなさい。あなた方の望むボクになれなくてごめんなさい。迷惑ばかり掛けてごめんなさい。あなた方から頂いた体を何にも役立てる事が出来なくてごめんなさい。
いつの頃からかボクは生きる事が苦しかった。自分自身で何もないと分かってしまった時からかもしれない。何もやる気が起きないのは自分の未熟さだと知っていた。何も出来ないボクが只、時の経過を待つのは死んでいるも同然だった。唯、死ねないのは死ぬのが怖かったからだった。
死ぬ程の苦痛が怖かった。自意識過剰だが、ボクが死んで悲しむ人物がいるのだと思うと生きていなければならない気にさせられた。それらが怖かった。不意にボクは何の為に生きているのだろうとも思う。
死への恐怖、それがボクの生を駆り立てるのだろうか。ボクが死に対する恐怖と生の苦痛を天秤に掛けた時、今までは死の恐怖が勝っていた。今はボクはどうして産まれたのか、ボクはどうして生きているのか、思う度に苦しくて仕方がない。
ボクが死にたい理由も、生きたい理由もボクには見つける事が出来ない。
空っぽのボクだ。臆病なボクだ。どうしようもなく我儘なボクだ。ボク自身がしなくてはいけない事を他人に求めてしまうんだ。
息が出来なくて苦しいのはボクの所為なんだ。世界が止まって見えるのはボクの所為だった。唯、生きていることが死ぬ程苦しいのはボクの所為だ。
ごめんなさい。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
ボクにとって二度と来て欲しくない朝が来た時、ボクを抱き締めていた母のその言葉でボクは目を覚ました。ボクは又、自分の体を人質にしてしまったのだ。唯々苦しかった。ボクが母をそう仕向けさせてしまった。
「ごめんなさい」
ボクもその言葉を発しようとしたのに音が出て来なかった。
「あなたをこんな風にしてしまってごめんなさい」
母は言葉を続ける。母の言う通りだ。ボクは何時からこんな風な人間になってしまったのだろう。ボクは母に正論のナイフを胸に突きつけられる。
「こんな人間になってしまったのはあなたの所為ではない」
ボクは喉から響かない声を上げようとする。やはり、その音はやはり空気を振動しない。けれど、その音はボクの胸を突き刺した。
ボクは母の涙の雫を落ちるのを見ながら、どうしたらボクが真っ当な人間になれるのか、どうすればボク自身楽しく生きる事が出来るのかを考えてしまった。答えは出て来ない。
それならばとこんなボクが死ななかった事に意味があるのだろうか? と新たな問いを投げかける。多分、そんなものは存在しない。それはボクにも分かる。
ボクが死ななかったという事実だけがここには存在していた。
「でも、本当に生きてて良かった。本当に」
ボクにとっての不幸は母にとっての幸福だった。ボクは未だ生きていなくてはいけない。ボクはあなたに返す言葉が見つからないし、見つけたとしてこの場で伝える術がなかった。
静寂や感傷を切り取るものはいつも第三者であり、それが最も自然だ。そして、ボクと母の間の空気を壊したのは母親の携帯電話だった。
ボクは知っていた。あなたはその携帯電話の着信を受け、ボクの目の前から去っていくのだろう、と。この置き様のない気持ちを何処かへやるにはあなたがいない方が都合がいい。ボクの心に踏み込まないで消えて欲しい。今のボクはそう思えた。
「ごめんなさい、お母さんもう行くわね。後の事は先生に頼るのよ」
ボクが頷くと母はボクのいる部屋を後にした。
「ワタシが不幸なのは誰の所為だと思う?」
「勿論、お前の所為だろ」
来客がいなくなった事を見計らって隣の人物が呟いたのだろう。ボクは声が出ない事をいい事に無音でツッコむ。
「至極当然の事だが、それはワタシの所為だ。しかし、ワタシが感じている不幸は世間一般で言う不幸なのかとつい思ってしまう。ワタシは生きていることは不幸だと思うんだ。けれど、それは一般的な不幸とは乖離している。ワタシがその事象を不幸だと感じる感覚器を持ち合わせてあるばかりにワタシは不幸なのだ、と。そう考えると誰の所為で不幸なのか結論付けるのは容易だが、ワタシが感じているコレが本当に不幸なのかどうか議論する必要がある。具体的な不幸とはどう言った事象を指すのか、どう言った指数を用いて算出するのか?それらで不幸を定めた場合、ワタシが不幸になったのはその人物が不幸の定義を定め、ワタシがソコに偶然にも一致してしまったからと言える。そうした場合、その不幸はワタシの所為ではないと言えないかい? 結局のところはある事象を不幸と認識した人物の所為で不幸な人間が生まれるという事だ」
隣人は誰に聞かれた訳でもなく延々と独り言を話す。それは言い訳にしか聞こえないのをボクは知っている。
それでもボクは唯その独り言を聞くしかなかった。そして、隣人は話終わって満足したのか、ボクのレスポンスがなくて退屈だったのか急に静かになった。
誰かが来る前触れだとも思えた。
「すまない、今の話は忘れてくれ」
隣人は一言そう口にした。
ワタシは至極、不可解な夢を見た。
病室のベッドでワタシは隣のベッドにいる人間にワタシの不幸感について語っているのだ。
周到にワタシは隣のベッドの見舞い客が帰るのを見計らって隣人を狙った様に語っていた。隣人はワタシの言葉に終始言葉を噤んでいた。初対面の人間にそんな行為をする行動原理はワタシ自身でも理解しかねるものがあった。
ワタシはワタシだ。確認するかの様に呟いてみせた。友人が死んでから、度々自分が何者か分からなくなる機会が増えた。
昔から、意識が飛ぶような浮遊感は時々あった。友人が死んでからと言うものそれが頻繁に起こる。その度に自分で本当に自分であるのか確認しないと気が済まなくなる。
ワタシは生きているのだ、ここに存在しているのだ、と。でも、その度に友人の姿を見る事が出来ない事を思い出して至極辛かった。
ワタシを不幸にしたのは君だよ。
幾ら強がってもワタシにはそうとしか思えない。
君が死ななかったら、そう考えずにはいられない。「たら、れば」話は好きじゃないだけど、ワタシは君に何か出来たならその何かをしてやりたかった、そう思っていた、そして、今もそう思っている。
ワタシを君の牢獄から出してくれ。
怪文書
誰が何処にいるかなんて然程重要ではない。そんな事よりも我々がココに存在している事の方が重要だ。場所は我々の存在をxyzで表示したに過ぎない。
名前なんて無意味だ。個人を特定する為の記号でしかない。
人の生きる価値を説いても無駄だ。人の生きた先に残せるものなど存在しないのだから
アリスは幸福な事に獄死した。何も知らないで死んだ。人が他の生命を貪る事に意味などないと知る前に死んだ。
無知で無垢なアリス、私の命の価値を教えてくれ
私は罰を受けなければならない。人を殺してしまった。人殺しの価値はどれ程か?
私の胸から秒針が時を刻む音が聞こえる。
壱、弐、参、肆、その音は私の不安を募らせる。
アリス、お前の手で私を殺してくれないか。
先生は二度扉をノックする。その音を聞いて、ボクは静かに目を瞑る。
「△△さん、体の調子は如何ですか?」
先生がボクの記号を呼び、ボクは寝たフリをしていて、意思の疎通はここでは出来ない。
先生はボクが返事が出来る状態ではないのを察してか部屋を後にした。
暫くして、先生が又、二度扉を叩く。
「△△さん、あなたのお話を聞かせて下さい」
先生はスケッチブックとペンを持ってボクのベッドの前に来ていた。
先生はボクが音を出すことが出来ないのを知っていたらしい。
ボクは何も言葉にしたくはなかった。スケッチブックとペンを持って、涙が止まらないのはその意思表示だった。
「辛いのなら無理に話を聞いたりはしませんよ」
そう言われると、ボクはほんの少しだけ、気持ちが楽になった気がした。
ボクはこの筆舌し難い感情を言葉にしなければいけない訳ではないのだと思えたからだ。
「△△さんが話したくなったら、また来るよ」
先生はその言葉とスケッチブックとペンをボクの枕元に置いていった。
ボクは先生が部屋を出た後に、一枚だけ絵を描いた。
爆弾を抱えるボクの自画像だ。
ワタシは今でも君が死んだあの日の事を、鮮明に覚えている。買い物の帰りに妙な人集りが出来ていた。君の周りにいたのは君の死に群がる害虫達だったんだ。憐憫の言葉を持ってしてもそれはやはり何処か他人事だった。
ワタシの様な不安や悲しみや憤りを感じていた人物は他にはいなかった。
ワタシの頭は、大きな声で叫べ、とワタシ自身に信号を送った。君を失った虚無感を掻き消す様に、死に対する恐怖を掻き消す為に。ワタシがそうしなかったのは、君からもらった虚無感も君の形見だと思ってしまったからなんだ。
この感情を失うと、本当に君が何処かへ消えてしまった様に感じてしまう。だから、ワタシは君の死に噎び泣くことしか出来なかったのかもしれない。
烏の鳴き声と朱く染まった部屋、又ワタシは君の思い出の中で一日を浪費してしまったのか。
ワタシが部屋を開けると、ドアの前には今日の食事が置いてあった。取り敢えず、それを口に運ぶ。味なんて分からなくてもこの世界で生きる分には差し障りはない。
ワタシは誰の為に生きていたんだろうか。間違いなく君の為には生きていた。そんな自問自答も無味な夕食と共に消化する。
今、ワタシはワタシだろうか? 不意に、あの浮遊感を味わった。手を開いて、握り閉めてを繰り返し行う。間違いなくワタシだった。それが嫌だったんだ。
ワタシは物音で目を覚ました。ワタシと隣人を隔てるカーテンの下に紙が落ちていた。多分、この紙が落ちたのが物音の原因だろう、そう結論付けるのに時間はいらなかった。よく見るとその紙には絵が描いてある。紙には爆弾を抱える子供が描かれていた。子供は顔の右側で笑い、左側で涙を流していた。
大凡、ワタシもこんな気持ちなのだろうか、不安を隠して笑える人間になりたい、訳ではない。それでもワタシの中に爆弾を抱えているのはその絵を見て、感じてしまう。
言い知れぬ不安を、笑顔で隠して子供は新しい爆弾を生み出してしまう。子供は爆弾を抱えたまま現実を逃避して爆弾の存在を忘れてしまう、いや、忘れる為に笑って生きるのだ。
作者の描いた世界はそんな世界に違いない。
隣人は手を伸ばしワタシのベッドの下の絵を拾う。
何故だろうか? ワタシの意思とは無関係にこの手は絵を拾う隣人の腕を掴んだ。作者かそうでなくとも、あの世界を好む人物か何方かならばワタシには全く問題のない話だ。
「君はどんな気持ちで、いや、どんな目でこの世界を見ていたんだい?」
隣人は手を小刻みに震わせ、カーテンの向こうへと紙と手を戻した。自分でも強引だったと思っている。それでも、手が動いてしまった。何かはしないよりした方がいい。それが大切な者を失ったワタシの自論になっていた。
「君はどんな気持ちで、いや、どんな目でこの世界を見ていたんだい?」
ボクが隣のベッドに落としたスケッチブックの絵を拾う時に、隣人がボクの手を掴みそう聞いた。
別にお前に答える必要はないと言うのが率直な感想だった。唯そう言うだけでは申し訳ない。隣人は今はボクと言う人間の観客だ。
ボクは手を小刻みに震わせ、手とスケッチブックをカーテンの手前へと引っ込める。
「孤独」
ボクはスケッチブックの次のページにその単語を書いた。
「孤独」その言葉があの絵をボクが形容出来る言葉だ。
「孤独」隣人が手を戻して、ワタシに再び見せる時、彼の持っていたスケッチブックにはそう書かれていた。
隣人の孤独感はワタシには知る由もない。でも、隣人が助けを求めているのを感じた。そして、彼を助ける事でワタシ自身も救われたいと願っていた。
ワタシにも、孤独な感情がある。そんな言葉を掛けて欲しい訳がない。かと言ってどうすれば彼を救えるかはワタシには不透明だった。
取り敢えず、ワタシが彼の世界に踏み込んだのだから、彼への返答をしなければならないだろう。
「そうか、ワタシは君の絵が好きだ。けれど、君の絵を見ていると胸の奥が締め付けられた様な気持ちになる。その正体が知りたかったんだ。君の顔を見てもいいかい?」
「別にいいけど」
隣人はスケッチブックにそう書いてボクに渡した。
ワタシが、隣人とワタシを隔てるカーテンを開ける。そこに躊躇いはなかった。
答えなんてこの世界にはない事は知っている。でも、君はワタシの問題を解決する為にワタシの側に現れたのだと思えた。君はよく似ている。
ワタシが君を救って、ワタシもまたそれで救われる。ワタシは君の顔を見た刹那、そう信じてもいいと思った。
こんにちは、瀧川湯女と申します。
今回は数多くある作品から「イキタアカシ」を手にとって頂き誠にありがとうございます。
作品の内容について私なりに話したい事を少し話させていただきたいと思います。
今回のテーマは青年の自殺になっています。
テーマ選択の理由は幾つかありますが、大きく分けて二つです。
一つは死をもってして生を前向きに捉えられればとおもったことです。
二つ目は私自身の精神状態が悪いので、精神安定の為です。シャーデンフロイデのようなものではありませんが。
そんな感じです。
次話についてですが、恐らく10月中には投稿されると思います。
私の精神状態と気分次第ではありますが、昔の連載は続きが滞っているものが多くありますが、そうはならない様に努める予定です