アイネの思案
「……」
真剣な表情で自分の思考に没頭するドルトン。
考えている内容はアイネにも察しはついている。
アイネもさっきの二人、アスカとシンシアについて改めて考えてみることにした。
まずなにより人の話を聞かない。
アイネも自分が完璧な説明をしたとは思っていない。だがそれを差し引いても二人とアイネの会話は噛み合わなすぎた。
またかなりの世間知らずだ。
傭兵として活動しているはずなのに、その制度についての基本的なことすら理解していない。
さらに空気を読まない。
人目の多いギルド内で召喚魔法を使ったらどうなるか。これくらいは常識で考えればすぐわかるだろう。
しかもあえてわざわざドラゴンを喚んだ。
先ほどの騒動は主にこれらの要素が重なって起きたことだとアイネは思っている。
――しかもその後なんにもしなかったしね!!
実力を見せるためにドラゴンを召喚したらパニックが起きました。
ここまではまあ百歩どころか一万歩譲って許そう。
だがアスカは自分のせいで起こったパニックを、ただぼんやりと眺めていただけだった。
それを収めようと動いたのはドルトンの方だったのだ。
その事実が再び、アイネの怒りを引き起こす。
いくら新人とはいえ、アイネはすでに三ヶ月もギルドの受付嬢として働いている。
それなりに横柄だったり、しつこくアイネを口説こうとする傭兵の相手もしてきた。
だがこと感じた怒りという感情の大きさに関しては今のそれを超えるものはなかったように思う。
ーーあー、なんかこんなこと考えてたらまたイライラしてきた。
ストレスは美容の天敵。そう考えて、アイネは自分の中に溜まった感情を吹き飛ばすように深く深呼吸をした。
だがそこまで考えて、アイネははたと気がついた。
アイネ自身は彼らに、ほとんどアスカに対してだが、悪印象や怒りを覚えているものの、恐怖などの感情を抱いていないことに。
それが二人の幼さの残る外見のせいなのか、すっとぼけたことを繰り返す言動のせいなのかわからない。
しかし、アイネは自分があの二人に対してそこまで警戒心を持っているわけではなかったのだ。
「あの……ドルトンさん」
難しい顔をしているドルトンに、アイネはおずおずと話しかけた。
そもそもアイネが余計な疑惑を口にしたから、ドルトンが思い悩むハメに陥っている、とアイネは思っているのだ。
「ドルトンさんはあの二人のことをどう思いますか?」
「どう、とは?」
発問の意図がわからず戸惑うドルトン。
「私はあの二人のことを……、絶対に言わないでくださいね」
アイネたちがいるのは傭兵ギルド。当然他の職員や傭兵たちもいる。
ギルドで働く者の一人として、職務中に傭兵についてとやかくいうことは望ましくないとアイネは考えた。
それが分かっているドルトンは目で応じる。
アイネは周りに聞こえぬよう、声のトーンを落とした。
「その……イヤなやつ、というよりかはとてもめんどくさい人たちだと思うのですが……」
真面目な雰囲気で悪口を言うアイネに、虚を疲れたドルトンは思わず破顔する。
「あの……?」
「あぁ、すまない。続けてくれ」
ドルトンに促され、戸惑いながらもアイネは言葉を続ける。
「悪い人たちじゃないように思えるんですよ」
「……」
再びドルトンは顎に手を当てる。
「悪い人たちじゃない、か」
アイネを言葉を呟きながら。
またしばらく考え込んでいたドルトンだが、やがて口を開いた。
「アイネ、ありがとう。だがそれだけでは彼らが違うとは言い切れないな」
「ですよね……」
自分の責任と考えてるアイネはやや諦めたように呟く。
だが次のドルトンの言葉で、その思いは覆る。
「やはりこういったことは自分で確かめねばな。アイネ、彼らがどこにいったか教えてくれ」
「は、はい!」
こうしてドルトンは、アスカとシンシアを追ってギルドから飛び出して行った。