ドルトンの懸念
アイネが渡した地図を片手に、1人は意気揚々と、もう片方は渋々とギルドを後にした。
扉が閉まるのを確認してから、アイネは口を開いた。
「あの、ドルトンさん。彼ら信頼できますか?」
「……」
アイネの問いかけには答えずに、ドルトンは静かに自分の顎のあたりを撫でさする。
ドルトンが思案をするときの癖だ。
「召喚師の情報が入ったその日に、召喚魔法を使える人が現れるって、その……」
アイネは不安そうに言葉を続ける。
アイネの言わんとしていることはドルトンも理解はしている。
「……彼らがそうであるという確証はない。それにもしそうだとしたら、要らない疑いを向けられるこのタイミングで現れた理由もないしな」
アイネの想像していることを否定するドルトンだが、その声色からはいつもなら伺えるような自信が見えない。
リーダーとしてアルヒの自警団をまとめ、常に迅速な決断を行ってきたドルトンらしからぬ様子だ。
アルヒのような小さな村では、起きた問題に対して後手に回ることすら致命的な失敗になるのだ。
だからこそ、ドルトンは何か決断を下す時には迅速に、かつ村人の不安を取り除けるようにしていた。
「……」
そんなドルトンだが今回に限ってはどうしても不安が心に残る。
なにせ相手には召喚師がいる可能性があるからだ。
まだドルトンがトリトスに兵士として使えていた頃、一度だけそれと対峙したことがあった。
きっかけはよくある酒の席でのケンカだったはずだ。
その理由すらもはや記憶にもない。ガンをつけられたとか肩がぶつかったとかその程度のものだったと思うが。
だがケンカを始めた片方の男が召喚魔法を使えたがために、当時は大事件に発展したのだ。
城から少し距離があるゴロツキが集まるような裏路地とはいえ、城下町内にいきなり魔獣が現れたのだ。
その混乱具合は先ほどのギルドでの騒動の比ではない。
結局そのケンカを収めるために、何十人もの兵士が動員されることになった。
召喚師の恐ろしさはここにある。
たとえ相手が一人であったとしても、その一人が何匹もの魔獣を使役すれば、その脅威は倍増どころではすまない。
ドルトンがアスカとシンシアの擁護をする理由の1つだ。
これ以上の戦力の低下はなんとしても避けたい。
召喚魔法の持つ威力をよくわかっているドルトンならではの懸念だ。
また、アスカが盗賊たちの雇った召喚師であると信じたくない気持ちもある。
そもそもアスカはいくら小さいとはいえ、この世の生物の頂点に立つとまで言われるドラゴンを召喚してみせた。
当然のことながら、召喚できる魔獣はその術師の力量に大きく左右される。
実際過去に城下町で暴れた男が喚んだのは数体のゴブリンだった。
ゴブリンとは人型の魔獣で、体躯は成人男性のそれと比べると二回りほど大きい。そのぶん筋力も強く、また持久力も高く、相手にするとなかなか厄介だ。
とはいえあくまで厄介なだけ。ゴブリンの知能はそこまで高くはなく、戦い方は簡単にいうと力任せ。
それなりに鍛えた者であれば一対一でも十分立ち回れる。
人間が魔獣に定めている危険度もそれほど高くはない。
要は暴れた男の力量はその程度だったのだ。
のちの尋問でも結局その男はただのチンピラだったことがわかっている。
ではドラゴンを喚び出せたアスカの召喚師としての実力は? 仮にアスカが盗賊に雇われた召喚師だったとして、どれほどの戦力を集めれば対抗できるのだろうか?
ドルトンはその問いに対する答えを持っていなかった。