ドラゴンが現れた
「「「…………は?」」」
この場にいるアスカ以外の三人、静かに事の成り行きを見守っていたドルトンまでもが、言葉を失った。
三人が三人とも、仲良く疑問符を浮かべている。
「いや、だから、俺が召喚魔法使えるから、俺を雇えば条件は同じになるって話」
「師匠、召喚魔法使えたんですか!?」
真っ先に声をあげたのはシンシアだ。
「ああ、俺は世界最強だからな」
理由になっていない理由をほざくアスカに、アイネは冷たい視線を送る。
言うに事欠いて世界最強って……。
やんちゃざかりの子供じゃないんだから……。
「……その話は本当か?」
ドルトンがアスカに尋ねた。
口調こそ穏やかだが、その鬼気迫る表情から、ドルトンの必死さが伝わってくる。
「ドルトンさん、絶対嘘ですよ! だってこの人たちビギナーランクですよ!」
「……今は少しでも戦力が欲しい。確かめるだけ確かめても損ではないだろう」
ドルトンの言うことも一理ある。
だが今までの心象の悪さから、アイネは二人の実力には懐疑的にならざるを得ない。
「もし召喚師として十分な力を有している、と俺が判断したら、特別にこの依頼への参加を認めよう」
だがアイネ自身は所詮一介の受付嬢。彼らを雇う権利は結局は依頼主であるドルトンが持っているのだ。
「ま、妥当なところだな」
アスカがもっともらしく頷く。
そのままおもむろに右手をアイネの眼前に突き出した。
『おいで』
もはや呪文でもなんでもないただの呼びかけだ。
だがアスカの伸ばした手の先に小さな黒い点が現れた。
「「「!?」」」
黒い点は徐々に広がっていき、ついには一抱えもあるスイカくらいの大きさになった。
しかしまさに一寸先は闇。向こう側がどこに繋がっているのかを知ることはできない。
こ、これがゲート? 魔獣を召喚するために召喚師が開けるっていう? ということはこれを通ってナニかがやってくるの?
…………ここに?
そこまで疑問が至った瞬間、アイネはその場から飛び退った。
冗談ではない!
ゲートはアイネの目の前で開いているのだ。
なんでこんな目と鼻の先で魔獣とコンニチハしなきゃいけないんだ!
一瞬遅れて、アイネの座っていた椅子が倒れる音が騒々しく響いた。
ギルドの中にいる人たちが全員、何事かとこちらに目を向けた。
そして皆、空中にある見慣れない黒い円を見つけ、困惑の表情を浮かべる。
アイネは慌ててアスカに掴みかかった。
「ちょっ、待って! ストーップ!!」
もしかしたらまだ間に合うかもしれない!
だがアイネの努力も虚しく、ソイツは最も注目の集まった最悪のタイミングでやって来てしまった。
ーキュウ
聞きなれない甲高い声が室内に響いた。
その瞬間、アイネは自分の犯してしまった過ちを理解した。
今しがた起きた一連の騒動のせいで、ギルド中の人間の目がここに集まってしまったのだ。
しかし今更それを悔いてもどうにもならない。
ついにゲートの中から、ソイツは顔を覗かせた。
まず目に入ってきたのは小さくて可愛らしい、だがギラギラと輝く赤い眼だ。
ギルド内の照明が当たって、鈍いながらも黒く輝く鱗に覆われているため、よりその部分が際立っている。
まるでふと空を見上げた時、まず真っ先に一番星を見つけるのと同じように。
トカゲをもっとずっとゴツくした顔が、自分に向けられる幾つもの目線に対して不思議そうに首を傾げた。
「あ、可愛い」
アイネの隣にいるシンシアが嬉しそうに呟く。
アレを可愛いという神経が、アイネにはわからなかった。
たしかに鳴き声も可愛かったし、思ったよりもずっと小さい。首を傾げる動作も合わさると少しは可愛く見えるかもしれない。
しかし、である。
どんなに小さくとも、アレは世間一般で言うところの「ドラゴン」と呼ばれているものにしか見えない。
もちろんアイネは実物を見たことどころか、存在を匂わす噂話すら聞いたことがないので、断言はできないが。
だがおとぎ話や絵本の中では、圧倒的強者かつ悪者として描かれており、簡単に言うと恐怖の対象にしかなっていない。
……これでパニックにならないはずがない。
「キュッ?」
再びこのドラゴンが鳴く。
これが合図だった。
次の瞬間、ギルドの中はまさに阿鼻叫喚と言っても差し支えないほどの混乱に包まれた。
驚愕に目を見開き叫び声をあげる女性もいれば、腰を抜かしてパクパクと口を動かすことしかできない男性もいる。
喚び出した本人たちはというと、突然訪れたパニックに不思議そうにあるいはオドオドと周りを見渡すばかりだ。
「大丈夫だ!! 落ち着けっ!!!」
鋭い声がギルド内に轟いた。
そのあまりの大きさに、さっきまでと一変してまるで時間が止まったかのような静寂が訪れた。
「このドラゴンは彼が喚んだものだ。そして彼は今回の討伐作戦の助っ人だ。安心して良い」
他ならぬドルトンの言葉だったからだろうか。
さっきまで収集もつかないほどの混乱に包まれていたギルド内に、わずかな落ち着きが訪れた。
「……アスカ君、コイツを戻してくれないか?」
その隙にドルトンがアスカに囁く。
「あ、あぁ……」
依然として状況を飲み込めていない様子のアスカだが、素直にドルトンの言葉に従う。
「さぁもう大丈夫だ!! 我々は強力な戦力を手にした! 皆、また安心した暮らしができるようになるぞ!」
アスカの指示を受けたドラゴンがゲートの向こう側に消えたタイミングで、ドルトンが高らかに宣言する。
恐怖の色を残しつつも、その一方でもしかしたらと言うわずかな希望も感じてはいる。
ギルドにいる他の人々は急な展開について行けず、そんな複雑な表情を浮かべるしかなかった。
「それはつまり俺たちはそちらの基準を満たしたと、思っていいのかな?」
そんな彼らの様子にも一切気にすることなく、アスカは問いかけた。
「あぁ、むしろこちらの期待以上だったよ。君たちを雇おう。よろしく頼む」
ドルトンの答えに、まるで仕掛けたいたずらが成功した子供のように満足気にアスカは頷くのだった。