シンシアという少女
諸事情があり、しばらく投稿をやめていました
「……いや、いやいやいやいや!」
シンシアは手を左右に大きく振って、拒否の意思を全身を使って表した。
当たり前だ。
心の中でアイネはつぶやく。
誰が好んで召喚師と戦いたいと思うものか。
それはつまり、召喚師の喚んだなにかと戦わなければならないということを示している。
「嫌ですよ、そんなの! なんか怖そうですし。それに理由もなく魔獣を倒すのはいくらなんでもかわいそうですよ」
……普通に倒せる気でいる。
「じゃあ好きな方を選んでもらおう。召喚師と戦うか、今日の修行をいつもの三倍にするか。俺はどちらでもいいけどな」
「…………えっ?」
瞬間、シンシアの表情が凍りついた。
まるでシンシアの時間が止まってしまったかのようにすら見える。
なんで召喚師と戦うって言われた時以上に動揺しているんだ! 普通は逆だ、逆!
「さ、三倍って……。き、基礎トレーニングはどうするんですか?」
冷や汗を流しつつ、シンシアがおそるおそる尋ねた。
「単純に回数を普段の三倍にする」
「も、模擬戦は……?」
「時間はあんまり取れないだろうし、いつも通りでいくぞ」
「そうですか……」
シンシアの表情が少し和らいだ。
だがそんなシンシアに、アスカが続いて放った言葉が襲いかかる。
「俺の強さを普段の三倍くらいにするから、たぶん時間はそう多く取れないだろうしな。……お前の体力的に」
天国から地獄へ叩き落とされた。
まさにそんな表現が当てはまるほどの落差を、シンシアはその表情のみで表現し切っていた。
見ているこちらがかわいそうに思えるほど見事に。
「それにな、シンシア、お前がやらないなら、当たり前だが他の誰かが召喚師と戦うことになる。そいつが喚び出されたやつを殺さないとも限らないぞ」
なかなか斬新な説得方法である。
「それは……そうなのですが……」
半ばあきらめ顔で渋々頷くシンシア。
「じゃあ決まりだな」
その様子を見て、アスカは満足げに笑顔を浮かべる。
「ま、待ってくださいっ!」
このまま放っておくと勝手に話が決められそうな雰囲気に、慌ててアイネは待ったをかけた。
「何度も申し上げますが、アスカ様もシンシア様もビギナーランクです。そしてこの話は先ほどお二人が受けようとした依頼のものです。つまりあなた方のランクではこの依頼は受けられないことになっています」
「……なんで?」
無限ループかっ! その本気でなに言ってるか分かりませんって顔をヤメろ! いくら好みの顔だからっていい加減殴りたくなってくるから!
「そんなっ!? お願いしますから受けさせてください! じゃないと、そうじゃないと三倍になっちゃうんです!!」
弟子の方は弟子の方で、もはや半泣き状態で懇願してくるし……。
アイネにはなんの落ち度も無いはずなのに、そのあまりの必死さとそれでも突きつけなければならないという事実に、申し訳なさすら感じてしまう。
「……誠に申し訳ありませんが、規則は規則ですので」
「 うぅぅぅっ、師匠ぉ……」
ソイツに泣きつくな! 世の中、同じ言語を有していても話の通じないやつはいるんだから!!
心の中でアイネは叫んだ。
「そうだな。せっかくの弟子のワガママだ。聞いてやるのが師匠ってもんだろう」
そんなキザったいセリフを吐くアスカと、そのセリフでパァァァッと安堵の表情を浮かべるシンシア。
一方でアイネは内心冷や汗が止まらなかった。
今度は一体どんなトンデモ理論でくるのだろうか……。
そんなアイネの不安をよそに、アスカは机の上に広げられていた一枚の羊皮紙を指差した。
「要はアレだろ? 俺たちが受けようとしたこの盗賊退治の依頼だが、盗賊たちが召喚師を雇って手に負えない。だから数に頼った戦法から、奇襲による電撃作戦に切り替えた。でもその場合、下手に大人数で動くと敵に見つかって失敗する可能性が高くなるからなるべく少数精鋭を揃えたい、っていうのがそっちの考えだろ。……召喚師に対抗するために」
……思いの外きちんと理解していた。というかそれだけの理解力がありながら、どうして傭兵のランク分けの説明は理解できないのか。不思議でならない。
「だったら話は簡単だ」
アスカは自信満々に言い放った。
「向こうが召喚師を雇ったのなら、そっちも雇えばいい」
「「「…………は?」」」
この場にいるアスカ以外の三人、静かに事の成り行きを伺っていたドルトンまでもが、言葉を失った。
三人が三人とも、仲良く疑問符を浮かべている。
「いや、だから、俺が召喚魔法使えるから、俺を雇えば条件は同じになるって話」