魔法と無法
田中ハナは二年前に東京に上京してきた。都内の大学に通うためだ。
東京都内、しかし、東京の片隅にその大学はある。
上京して二年。
挫折した。
何のために勉強をするのか、勉強して何になるのか、将来には夢も希望も無いのではないか。
一度挫折した女、ハナは挫折することになれてしまった。骨折した骨は丈夫になるが、挫折した心は丈夫にならない。逆に脆くなる。
田舎娘のハナに東京の風は冷たく、地面は硬く、人は多すぎた。
どこへ行っても、何をしても、心がへし折れる。
骨は折れる時にポキリというが、心は折れる時に音がしない。
誰も気付かない。
責めて音がすれば周りの人も分かってくれるのにと思う。
ハナは引きこもるという技を使った。生きていくために必要な食料を買いに出かけるだけ、ついでに本や雑誌やゲームといった暇を紛らわすためのものを買う。親には申し訳ないが仕送りを食い潰す。
引きこもっていることは親には内緒にしている。言おうと思っても挫折する。
どんどんどんどん自己嫌悪。
ある日の深夜。
ハナは夜行性に進化していた。
ネットサーフィンをしていると、気になるサイトにたどり着いた。
そのサイトの名前は『ドンとこい引きこもり』という。
引きこもりのハナには気になるネーミングだった。ドンとこいと言うなら遠慮せずにドンと行ってやろうと思った。
トップページからしてうさん臭い。
黒い背景に、赤い文字。読みづらい。
しかも文字ばかり。
読みづらい文字を根気よく読み進むとうさん臭はどんどん増していった。
何のためのサイトなのか意味が分からない。
キーワードは『引きこもり』と『魔法』。
要約すると、引きこもりを続けていると、宇宙やら何やらから気が集まってきて、魔法が使えるようになるらしい。
うさん臭いというより、嘘だと思う。
『魔法が使えるようになれるかどうかには個人差があります。』と、注意書きと言うか、逃げ道が用意されているあたり、増々うさん臭い。むしろ嘘臭い。
ハナはその嘘臭い情報をもとに、サイトの指示通りに魔法が使えるかを簡単にチェックすることにした。暇なのだ。もしかした自分のような引きこもりに一時の暇つぶしの時間を提供するためのサイトかもしれないと思う。
チェックの方法は非常に簡単。
『ティッシュペーパーを一枚用意して、それを掌にのせます。』
これだけ。
お手軽感全開。これでは暇つぶしにもならない。
『後は掌に気を集中させて下さい。始めは中々上手くいかないかもしれませんが、諦めてはいけません。コツを掴むまでがんばりましょう。』
ハナは掌に気を集中させる方法を知らなかった。
何となく掌に力を入れてみた。
何となく掌に意識を集中させてみた。
ティッシュには何の変化も無い。
サイトには大きく『火傷に注意』と書かれているが、燃えるのだろうか?燃えたら危ない。
もう一度掌に気を集中させていると思われる行動を取ってみた。
やはり変化が無い。
少しは暇つぶしになったと思い良しとすることにした。
「熱いっ!」
少し火傷した。
テーブルの上の夜食のバナナに手を伸ばすと、バナナが異常な熱を持っていた。
何が起こったのかよく分からないハナであったが、サイトをもう一度読んでみた。本当はティッシュが燃えるはずのようだが、何故かバナナが発熱した。
とにかく、理由はよく分からないがハナは魔法を使えるようになっていた。
サイトには他にも氷を作る方法や、空を飛ぶ方法、手を触れずに物を動かす方法、物を透視する方法等が詳しく書かれている。
宇宙の気は部屋にたまったものらしく、部屋の外では魔法は使えないらしい。
ハナにとっては十分だった。色々と試した。水を凍らせ、宙に浮き、バナナを手を使わずに食べた。
しかし、何故か、中々上手くいかない。
確かに水は凍るが、時間差があったり、宙に浮いても行きたい方向に行けなかったり、バナナの動きも上手くあやつれなかった。それに、透視だけはどうがんばってもできなかった。
『魔法が使えるようになれるかどうかには個人差があります。』と言うことだろう。
その日からハナは魔法の練習をはじめた。
暫くは魔法を使うことが楽しくて仕方が無かった。しかし、魔法は中々上達しなかった。
挫折。
もしかしたら才能が無いのかもしれない。
それとも引きこもりが足りないのかもしれない。
魔法もあまり面白いものじゃない。
自分の部屋の中でだけ魔法が使えてもあまり意味が無いことに気付いた。
なんだかまたやる気が無くなってしまった。
ハナはベッドに座り込み、ため息を吐いた。
突然、ピンポーンと、呼び鈴が鳴った。
新聞の勧誘か何かだと思い、居留守を使うことにする。
ピンポーン。
しつこい。
「あのー」
顔。
びっくりした。
目の前に一人の老婆が現れた。黒いドレスにホウキに鷲鼻。
「ちょっと!誰?え、何?」
ベッドの上に立ち上がるほど驚いた。
「ピンポン押しても出てこなかったものですから」
「で、何で勝手に入ってくるのよ」
玄関の鍵を閉め忘れたのだろうか?
「ちょっと急ぎの用がありましてね」老婆は優しそうな顔をしているが目は笑っていない。
「用って何よ」壁にもたれ掛かり、ハナは怯えつつ怒っている。
「この部屋で魔法の不正使用があったみたいなんですよ」
魔法の不正使用って、私逮捕されるの?
そんな法律あるの?
「それで、最近何か変わったことありませんでしたか?」
「え、いや、特には…」
よく分からないけど、ヤバいかもしれない。
「そうですか?」老婆はうさん臭そうにハナを覗き込んでくる。
「あの、魔法の不正使用って、どんな罪なんですか?」落ち着こうと思う。とにかくベッドに座り込む。
「簡単に言えば魔法を悪用することですね」
「悪用すると何か罰があるんですか?」
「そうですね、悪用にも色々ありますから一概にどうとは言えませんが、例えば魔法を使って泥棒なんかをしたら、一生魔法は使えないでしょうね。それから、寿命が減るでしょうね」
「へぇ」
ピンとこない。
「ところでお婆さんは誰なんですか?」
「私は魔法管理局のイザベラです。よろしく」
「イザベラさん…外国の方ですか?」
「あだ名みたいなものです。生まれも育ちも生粋の江戸っ子ですよ。本名は秘密です」何故か少し恥じらっている。
「そうですか」
何だこの人は、頭がおかしいんじゃないか。
「少しこの部屋を透視させて頂きますよ」
「え、あ、どうぞ」
老婆は眼鏡を取り出し、装着する。
なるほど、透視をするには眼鏡が必要なのか。
「あの」
「何ですか」
「その眼鏡をかけると透視ができるんですか?」
「私は目が悪くてね。これをかけないとあんまり見えないんだよ。透視とは関係ありません」
「そうですか」
眼鏡は関係ないのか。
「あぁ、なるほどなるほど」老婆は天井を眺めながらうなずいている。
「どうしたんですか?」
天井に何かあるのだろうか。
「どうやら、もうどこかへ行ってしまったみたいだね」眼鏡を外し、ハナの方を向く。
「何がですか?」
「犯人ですよ。どうやら私に気付いて逃げ出した見たいですね」
「犯人って、誰かいたんですか?」天井に誰かいた。
「安心して下さい。すぐに捕まります。それじゃあ」そう言うとイザベラは消えた。
「ちょっと」もう遅かった。
天井に誰かいたってどういうこと?
ハナは魔法を使おうと試みる。
魔法はもう使えない。
もう、この部屋にはいられない。
初投稿です。アドバイスを頂けたら幸いです。