食事についてのマナー講座
「皆さんは、食事中のマナーについて考えたことはありますか?」
画面の中の品の良さそうな女性が、小首を傾げながら笑顔で問いかける。
「食べにくかったり、どこから食べればいいのか分からず直接かぶりついたりなんてしていませんか?食事とは、自分の命のために他の命を犠牲にするということです。それは決して残酷な事でも悪いことでもありません。生き物とは常に他の生き物を犠牲にしてここまで繁栄してきたのです」
「ですが、頂く命に対しては真摯な気持ちで向き合っていただきたいと私は考えています。自分の為に犠牲になってくれてありがとう、と」
「その気持ちは、行動で示すことができます。無駄なく丁寧に食べて差し上げることです。そして、それを示す手本となるのがマナーです。本日はその正しい食べ方、そしてマナーを皆さんにお教えしていきたいと思います」
「こちらに、私たちが日頃よく食べている食材を用意しました。もしかしたら、これを見ているあなたも今現在食べているかもしれません」
画面の右側から大きなトレイに仰向けに乗せられた動物が運ばれ、女性の前へ用意された。恐らく、我々が主食としてほとんど毎日食べているであろうものだ。これに正しい食べ方があるなんて知りもしなかった。いつもはちぎってから丸かじりばかりしていたが。
時間短縮の為か、動物の表面の皮は全て剥ぎ取られ肉の薄い部分はところどころ白い骨が露出していた。
「こちらは、今日飼育室から出して加工され、食べられるようになったばかりのお肉です。今日は食材の食べ方をお教えするので生のままで進めていきますが、焼いたり茹でたりなどしていても応用できますよ」
「まずは、食べやすいようにそれぞれの部位を切り離していきます」
今度は画面の左端から、いくつかの道具などが乗せられたトレイを持ったアシスタントが現れ、トレイを女性の右側に置いた。その中から、女性はいかにも切れ味が良さそうな肉切り用のハサミを取り出し、左手で動物の右腕を掴んだ。
「それでは、実際に切り離していきましょう。腕は少し力を入れて引っ張り、へこんだあたりにハサミを入れると骨を気にせず簡単に一度で切り離すことができます。左腕も同じですよ」
それほど力のあるようには見えない女性だったが、言った通りにたやすく切断して見せた。その腕を胴体の脇に平行に添えて置く。
「今度は足を切断してみましょう。足を動かしてちょうど曲がるあたりにハサミを入れると綺麗に切り離すことができます。こちらはやや太いので、一度に切ろうとせずに数回に分けて切るのが望ましいです」
慣れた手つきで左足を持ち上げハサミを入れていく。ジャクジャクと音を立てながら少しずつ切れ目を大きくしていき、一分ほどかけて左足を切断した。右足も同様だ。
「最後に頭部の切断です。生の場合、強く揺らして中身が飛び出てしまわないよう注意してください」
左手で後頭部を支え、右手に持ったハサミで喉を切り込んでいく。ゴリゴリと骨の削れる音をさせながら、時間をかけて切断した。
「さて、それでは食材をいただく用意が出来ました。ここからが特に注意が必要なところです」
「まず、専用のスプーンとフォークを用意してください。フォークは一般のものでもかまいませんが、スプーンは専用のもので先端の左半分が刃になっているものを使ってください。そのかわり、ナイフは必要ありません」
「スプーンは利き手、フォークは反対の手で持ちましょう。逆にならないよう注意してください」
「食べる部位の順番は好きなようにしてかまいませんが、頭部はなるべく最後に残しておいてください。まずは右足から始めましょうか」
これ専用の皿なのか、やたらと横長な皿が置かれ、その上に右足が置かれた。その足の太ももあたりにスプーンの刃になっている部位を当て、フォークはやや左隣に刺して肉を固定する。
「この太ももの切断面から、静かに横に動かしてください。薄く剥ぐように切ることができ、スプーンの大きさと同じくらいになったら切り離し、フォークで刺して食べましょう。スプーンでそのまま食べると、切れ味のよい刃で口の中を傷つける危険があるので一部を除いて絶対に行わないでください。それと、くれぐれも音を立てて食べてはいけません。これは、どんな食事の時でも共通のマナーです」
静かに食べ続けていると、次第にその下にある骨が見え始めた。
「この骨ですが、この骨にスプーンやフォークを当てて音を出さないように気を付けてください。周りの方が不快に感じるかもしれません」
指の先まで綺麗に食べ終え、骨だけになった右足を元の位置に戻すと、今度は右手を食べ始める。
「実際は両方の足を食べるところですが、行程は同じなので今回は省きます。今度は腕の食べ方です」
「こちらは、足とは逆で指先から食べ始めます」
スプーンを親指の先にあて、付け根のあたりで切断する。
「指はスプーンの刃でも簡単に切り落とすことができます。切り落とした指はフォーク刺して、丸ごと食べてしまってかまいません」
コリコリとした音を立てながら、小さく口を動かし咀嚼する。五本の指すべてを食べ終わると、次は掌を抉るようにして食べていく。
「手首まで綺麗に食べてしまったら、一旦そこで切り離しましょう。腕の部分を食べる時に、骨とお皿が触れて音が鳴ることがあります」
「今度は腕です。ここは二本の骨があるのでその間の部分を食べるのには少しコツがいります。骨の周りの肉をある程度食べ終わったら、先ほど切り離した手首の部分にフォークの側面を垂直に入れ、四〇度ほど回転させます」
すると、コキリと音が鳴り二本の骨が分かれ、間に残っていた肉が取りやすいようになった。
「次はいよいよ胴体です。ここは、おいしい部位が多い反面、形も複雑で綺麗に食べるのは難しいですが、なるべく綺麗に食べられるよう努力しましょう」
首元にスプーンの刃を当て、下腹部まで一気に切れ込みを入れる。その切れ込みをフォークとスプーンで広げると、中からまだ赤黒い色をしている数々の内臓が現れた。
「この内臓の中には、私たちが食べると体に悪影響を及ぼす部位がいくつかあります。その部位は専用の工場で骨と一緒に混ぜられ、小さく食べやすくしたら動物たちの餌となり、私たちがいただくために大きくなる糧となるのです。なので、廃棄処分せずにきちんと決められた施設へと譲渡してください」
「私たちが食べられるのは、肉の部分と腎臓、肝臓、小腸です。雌だった場合、卵巣も食べることができます」
今回例として使われたのは雄だったので、腎臓、肝臓、小腸が取り出され、皿の上へと乗せられた。
「まずは小腸から。この部位はとても軟くて切り難く、更にとても長いので食べるのが大変です。なので、ここだけはフォークで持ち上げてそのまま自分の歯で噛み切ってもかまいません。口周りを汚したくないという人は、スプーンで細かく切って食べましょう」
やはり慣れているのだろう。難しいと言っていたのにも関わらず美しい手さばきで小腸を切り分け、一つずつ口に運んでいく。
「腎臓、肝臓は特に難しいことはありません。自分の食べやすい大きさに切り分け、食べてしまいましょう」
腎臓の最後の一切れを飲み込むと、残してあった頭部を慎重な手つきで皿の上へと移動させた。
「最後は頭部です。脳髄などがこぼれないよう慎重に扱ってください」
まずは両頬から切れ込みを入れ、あごの筋肉を切断して下あごを切り離す。そのまま目玉を強く押し込むと、口の間から転がり出てきた。神経がまだ繋がっているので、皿の外までは飛び出してはいかない。
「両目とも神経が繋がっているので切り離します。そうしたらフォークで刺して食べてください。下あごは舌とその周辺から食べていくと簡単に食べられます」
「ここまで食べ終わったら頭を横向きに寝かせ、後頭部を自分の方へ向けましょう。そして、首の切断面に空いた穴からスプーンを入れると脳髄が取り出せます。食べる時にはスプーンの刃に充分注意してくださいね」
首の中から引きだしたスプーンの上には、濁ったピンク色をしたゲル状の脳髄が乗せられていた。 それを口に運ぶと、よほど美味しいのだろう。少し微笑んで、またスプーンを首の中に戻した。
「これで、食材全体を食べ終わることができました。皆さんも、食事をする時はぜひ試してみてください。そして、食材に感謝して食事をするように心がけてください」
そう一礼して締めくくると、画面には『終』のテロップが表示され、そのままの画面で固定されてしまった。
数分後、『終』のテロップが消え、また同じ女性が冒頭と同じ姿勢で現れた。どうやら、何度も同じ映像を数分おきに流しているらしい。
画面上に『人間を食べる時のマナー講座』というテロップが表示され、画面の中の女性が笑顔で問いかける。
「皆さんは、食事中のマナーについて考えたことはありますか?」