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観覧車と少女

作者: きていじん

ここの観覧車はまず券売機で券を買い、搭乗待ちの列に並び、搭乗口直前の窓口で券を半券にしてから乗る。

夜景が美しいとか、大型ショッピングセンターの近くにあるからとか、理由は色々あるんだろうけども、利用者は結構多い、と、思う。

平日でも夕方になると多くの人が俺に当然のように券を差し出して、俺が当然のように千切って半券を渡す。休日は朝からもっと多くの人が。

夜景を望む人がまばらになって、近くのショッピングセンターが店を閉めるくらいの時間に俺も窓口を閉める。帰って寝る。

翌日、昼を食べ終えた頃にまた窓口に座る。幾人かが並んでいて、順番に券を差し出す。

変わらない。時折、自分が何をしているのかも考えず、無意識に半券を返すこともある。そんな時は、大抵白昼夢の中にいる。

その白昼夢もまた、毎回代わり映えしない、かつて自分がもっとこうできていたら、ああしていたら、という取り留めの無い後悔の残滓だ。


その夕方も、ただ座って、ただ半券を手渡し、人の列が目の前を過ぎていくのを眺めながらただただ、時間を過ごす。

視界とイメージが重なり、自分の居場所が観覧車の窓口から夕暮れ時の教室へ、服装もくたびれた制服からブレザーとスラックスへといつの間にか変わっていた。

自分は複数人の男女の輪の中に居て、一人が適当な話をするのを適当に賑やかす役であり、皆に好かれていた、というのは言いすぎかもしれないが、少なくとも無関心や憎悪の対象では無かったであろう。

誰かが話し、自分が茶化し、皆が笑う。それで良いのだろう。しかし自分は、時折、ここでこう言っていたらもっと面白みがあったのではないか、とかこういう行動が出来ていたら尊敬されたのではないか、とか。本当に小さな事が気にかかってしょうがない。そういう質なのだ。


差し出された券に気付かず、気付かないままに千切り、半券を渡す。

勿論、差し出した少女が俺の顔を見て微笑んだ事にも気付かない。


白昼夢の中で時間が、自分以外の登場人物の動きが止まる。

いや、正確には自分と、輪の中の一人の少女を除いた、登場人物、か。

止まった時間の中で、少女は私に告げる。


「―い―し――」


言葉を聞かないうちに俺は座っていた椅子からずり落ちた。

右の壁にしたたかに頭を打ち付け、痛みで白昼夢も少女も何も解らなくなる。

心配そうにする客に愛想笑いを返し、半券を返す。


窓口を閉め、帰ろうとすると上司に呼び止められ、俺が頭を打ったのを上司が耳に入れたこと、明日は来なくていいこと、周りが心配しているから病院へ行って欲しいということを伝えられた。


翌日、病院へ行ったが何でも無いと言われた。


上司は二、三日休暇を取ることをしきりに進めたが、俺はそれを丁重に断り、頭を打った翌々日には窓口に座っていた。

開けて直ぐは少し並んで待っている人達が居るが、彼らが過ぎると少し人が途切れ、暇が出来る。人気の無さや、午後の日差し、適温の空調をいいことに、いつの間にか少し眠っていたらしい。

俺は夏らしい半袖のシャツと、スラックスを着て、日差しの強い砂浜に、幾人かの男女と談笑しながら立っていた。

誰かが何か言う。皆笑う。誰かが何かする。皆笑う。大抵これの繰り返しで、痛みを感じるほどの太陽の光も気にせず、はしゃぎながら砂浜を歩く。

その中の一人の少女の顔が気になった。それを誰かに気づかれ、からかわれる。顔を赤くしながら反論すると、皆笑う。少女も綺麗な声で笑っていた。


「すみません!すみません!」


大声に目を覚まし、今の時間を確認する。そう長く眠っていたわけではないらしい。差し出された券を慌てて千切り、半券を差し出した俺の愛想笑いが引き攣った。その少女は一人で、俺の目を覗きこんだ顔は何処かで見たような顔で、仕草の一つ一つに何かを感じて、


「どうもー!」


少女は快活そうに手を振って観覧車に乗り込んだ。

寝ていたせいか、幾人かの人が待っていて、その後は直ぐにやる事を終えた人々が券を持って並び初め、少女の事を気にかける間も無く、夜になる。

空調を切っても風が涼しく、人々が談笑しているのであろう小さなゴンドラを見上げ、途切れた人を待ちながら。

俺と少女は私服で。確か、もっと多くの人数の予定だったはずなのだけれど。いらぬ気を利かせたのか、俺と少女以外の人はここにはおらず、つまり。


「でえとですね!」


満面の笑顔で言った少女は凄く嬉しそうで、正にそれはそうに違いないのだけれど、その時の俺は真っ赤になって無口になるばかりで。いつもの様に何か気の利いたことでも言えれば良いけど、それも叶わず。いつもより固まって無口な俺と、いつもより元気な少女は、いつもの場所をいくつか巡るのだけれど、いつもよりも静かで。段々と悪いことをしている気になって来る俺と、段々と元気が無くなって来る少女と。


「どうしてああ若かったんだろうか」


小さく、口の中だけで転がしたはずの独り言は何故か彼女に聞こえていて。


「――と―い――た――?」


そこで思考は途切れた。時計を見ると、既にいつも閉めている時間からは少し過ぎていて。窓口を閉めて帰ろうとすると、上司に呼び止められた。少しの質問と缶入りのコーヒーを俺に投げて、概ね肯定の反応を俺は返し。上司は少し笑って帰るよう促した。


寝て、起きて、食べて、いつもの場所に座って、窓口を開ける。

珍しく並んでいる人はそう多くなかった。

ただ、一人の少女が待っていた。

彼女は恥ずかしそうに言う。


「あの!」

「はい」

「思い出してくれましたか」

「そう……ですね。はい」

「なら、今度は、私の手を取ってくれますか?」


初投稿

「俺」にとっての現実はどっちだったのか、とかそんな感じで。

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