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7.昇格




 盛り上がる筋肉そのもののような肉体。頭部から突き出た二本角は独特の曲線を描きつつも切っ先鋭く、いかな名槍にも引けを取らないように思えた。がりがりと地面を蹴って削る前足もまた太く強靭で、どれだけのパワーを秘めているのか想像もつかない。

 そして極めつけはらんらんと輝くどす黒い感情が煮えたぎった真紅の目。人睨みされただけで縮み上がりそうな殺意が垂れ流されており、人型形態の無感情さが夢か幻だったのかと疑いたくなるほどだった。


「ね、ねえ。あれってなんかものすっごい怒ってない?」

「奇遇だな。俺も全く同じ事を思った。牛に変身した事がどうでもいい事に思えるくらいの変化だよなあれ」


 腕を再生させた事と変身過程での動きから、ビャッコはやはり相手に取りついているのがあの影のようなものであろうと考えていた。しかしここにきてこれだけの激しい感情をぶつけられると、果たして本当にそうなのかと疑いたくなってしまう。

 酒場で影と対面した時、相手はまるで感情らしいものを持っていなかった。ただそこにいるだけという希薄さと不気味さを併せ持つ輩かと思えば、なかなかどうして『怒り』の感情を知っているらしい。


「けど、だからどうしたってわけでもないんだけどな。しかしこれ本当にもうチュートリアルでもなんでもなくなったな」


 先ほどまで多少おかしくもロボットバトルをしていたはずが、今は化け物巨牛と相対中である。B級映画も真っ青な展開だった。


「けどまあ、それならそれでもいいさ。影の憑代がモブロボである事に変わりはないし、残りここまで減らしたんだ。あとは温存した魂奏ゲージで手札の奏術カードを放てばゲームセットだ」


 なんだかんだで先のえぐい攻撃が利いている。止めに使う分には真似される事もないだろうと考えての温存だったが、上手くいったようだ。


「な、なんか来そうだよ?」

「おう。ちゃっちゃと終わらせるぜ」


 すっと手を伸ばして手札の奏術カードを選択し、ビャッコはいつでも攻撃を放てる準備をした。


 画面の向こうで黒き巨牛はゆらゆらとその身体を揺らめかせながらがつがつと地面に穴を掘り続けていたが――


「ヴォオオッ!!」


 予備動作なく、蹴りつけた大地を爆散させた巨牛が雄叫びを上げながらとんでもない速度で突っ込んできた。


「っし!」


 それに応じ、ビャッコは焦る事なくすでに選択していた奏術カードを使用。魂奏ゲージが消費され、突き出した自機の掌から光の槍が生じて放たれる。

 飛翔する光槍は彗星のごとく尾を引きながら迫りくる巨牛に襲い掛かり、しかし直撃寸前に蒸発した。


「は?」

「避けて!」

「っ!」


 ホウカの言葉に押され、ビャッコは突撃してくる巨牛の角が突き刺さる直前でギリギリ回避した。しかし若干回避が遅れた事は否めず、その巨体にひっかけられて跳ね飛ばされる。

 地面を転がる衝撃がコックピットを揺さぶり、下段にいるホウカが小さい悲鳴を上げた。


「ちきしょ……なんだ今の。奏術が弾かれたぞ」


 衝撃が収まったところで機体を起き上らせたビャッコは、今さっき見た不可解な現象を思い出していた。

 彼の目には放たれた光の槍は相手に届く前に消滅していたように見えた。まるで、見えない何かにかき消されたような感じだ。


「バリアでも張ってるってのか?」


 自分を跳ね飛ばして通り過ぎた巨牛へ視線を向けると、相手は今まさに方向転換を終えて再び突撃の構えを見せている。ビャッコは二枚目の奏術カードを選択する前に山札からカードを引くが、有用なカードを引く事は出来なかった。

 舌打ちをしつつも仕方なく後詰のつもりで考えていた奏術カードを選択し、突撃直前の巨牛へ二度目の奏術を放つ。


 選択した奏術カードが光の粒子に変わり、今度は光槍ではなく光弾が連続して三発放たれ、それぞれに巨牛へと襲い掛かった。しかしそれらの光弾は無造作に首を振う巨牛の角に打ち砕かれ、三発全てがカードと同じように光の粒子となって消滅してしまう。


「さっきから何やってるのよ。全然効いてないじゃない」

「けど今度は一応当たったぞ。角で防がれただけだ」


 最初の光槍と違い、今の攻撃は相手の防御行動で破壊されていた。という事は、現在の状態であれば奏術が当たるという事になる。

 両者の違いは相手が攻撃動作中かそうでないかだ。そこから導き出されるのは、相手が攻撃動作中に奏術を無効化する何かを張っているという可能性である。だとすると非常に厄介な話だった。


 非攻撃状態で不意を打てばあるいはかもしれないが、ほぼ時間差なく飛来した三連続の光弾を全て弾いて見せた事を考えると、複数弾を放つ奏術をまったく別の方向から同時に放ててどうかといったところだろう。

 どう考えても単独では無理な話だし、現状のデッキに含まれる奏術カードにはそれに代用出来るものもない。


「ヴォオオッ!!」


 巨牛が二度目の突進を敢行。しかし今度はきっちりと回避する。最初から避けに徹していればそうそうに当たるものでもないが、ビャッコは相手の二度目の突進が一度目よりも若干速度が上がっている事に気が付いていた。

 もしもこれ以後も早くなるようであれば、どこかで確実に避けられなくなる。


 そこまで考えて、ビャッコはやれやれとでも言うように盛大な溜息を吐き出した。


「まいったな。遠距離の奏術が当たらないんじゃ現状での打開策がないぞ」

「えっ!? ちょ、じゃあどうするの!」


 ぼそりと呟いた言葉が聞こえたのか、振り返ってきていたホウカが悲鳴を上げた。それも無理からぬ事だろう。今のビャッコの発言は、敗北を認めるのとほぼ同義だからだ。


「勘違いするなよ。()()()って言っただろ」


 しかしビャッコにとってはそうではない。なぜなら、先の発言はこのゲームのルールにのっとった上で出来うる限りの戦略を考慮しての発言ではあるが、ルールを逸脱した行為に関してのものは含まれていないからだ。

 つまりは、ルールを逸脱した相手にルールを逸脱しないで戦うのはここまでが限界であるというだけの事である。


「現状でどうにか出来ないなら、その現状を変えるしかないだろ。ゲーム的にはイカサマに近い方法らしいけどな」

「イカサマ……?」

「ああ。そしてそのイカサマが、これだ」


 言って、ビャッコは画面の向こうの巨牛の動きに注意しながらもベストのポケットから一枚のカードを取り出してホウカに示してやる。

 それはゲーム登録の際の特典パックから手に入れた一枚。操奏機神を一つ上のランクに昇格させるためのカードだ。


「これを使うタイミングっていつでもいいらしいんだけど、演出上の理由で戦闘中でも使えるんだよ。けど、公式の例外ルールで対人戦での使用は原則禁止って事になってる。理由はいくつかあるけど、一番は昇格させる事で一定時間無敵状態になって状態をリセット出来るからみたいだな」

「…………?」


 ホウカが首を傾げている。ビャッコはそれを説明の意味がうまく分からなかったのだと理解した。


「早い話がどんだけダメージもらってても――」

「全快状態になるって言うんでしょ? それは分かるんだけど、わたしが分からないのはあなたのそのカードそのものだよ。本当にそんなカードで大丈夫なの?」


 ビャッコの説明を遮り、ホウカがすっと指をのばしてビャッコの持つカードを指し示す。

 一体何の事かとビャッコはカードを表に返して確認して、


「うお!? なんかバグってやがる!」


 驚愕の声を上げる羽目になった。

 カードはものの見事に文章が文字化けし、イラストもドット落ちに様な状態になっている。確かに大丈夫なのかと言われても仕方のない状態であった。


「なんでこんな――あ!」


 カードがおかしくなっている原因はなんだろうかと記憶を探ったビャッコは、即座にとある可能性に思い至った。

 このカードはベストの胸ポケットに入れていた物であり、そこはホウカと最初に遭遇した時に思いっきり彼女の頭突きが直撃した位置でもある。反対側に入れていたユニットカードが無事だったために今になって気が付く事になったが、考えられる原因はあの時の一撃以外にはない。


「あの時か!」

「あの時?」

「最初にお前が俺にのしかかってきた時だ。たぶん、あの時のお前の頭突きでデータが壊れたんだ」

「え? 最初にのしかかったって――っ!」


 ビャッコの指摘を受けて思い出したのか、ホウカが口元を抑えて息を飲んだ。不思議な事に顔が赤くなっているのだが、すでに別の事のために思考を割いていたビャッコはそんな彼女の変化に気が付かない。


「これ、使っても大丈夫なのか……?」


 実際問題、激しく不安である。しかしこれを使わない事には状況を打開出来ない。これ以上悠長にドローゲージがたまるのを待ち続けている余裕はないのだ。


「ヴォオオッ!!」


 巨牛の三度目の突進。先の二回よりも圧倒的に速度が上がっていた。


「ちっ!」


 ビャッコはこの攻撃も何とか機体を操作して回避するが、走り抜けた巨牛はその巨体と勢いでどうやったらそんな真似が出来るのかと言いたくなるほどコンパクトに旋回し、再度彼めがけて突っ込んできた。その時点でさらに速度が上がっており、もうあと二段階も速度を上げられたら確実に捌ききれなくなるほどだった。


 躊躇っている余裕はない。覚悟を決め、ビャッコは巨牛の角が突き刺さる直前に文字化けしたカードを掲げて叫ぶ。


昇格(プロモヴィメント)!」


 コックピット内にその宣言が響くと同時にカードが発光を始め、大画面に何かに跳ね飛ばされたように地面を転がる巨牛の姿が映し出された。

 昇格の際に展開される非干渉結界の効果で弾き飛ばされたのだろう。その絶対防御たる様を見て、ビャッコはこのカードが対人戦中の使用を制限されている理由を再認識した。


「わっ!? なにこれ!?」


 コックピット内が白い光を放ち始めた事でホウカがきょろきょろと周囲を見回し、ビャッコもまたこれから起こる事に備えて身構えた。


『繝ヲ繝九ャ繝医・繝ュ繝「繝シ繧キ繝ァ繝ウ縺碁∈謚槭&繧後∪縺励縲ゅ%繧後h繧翫Θ繝九ャ繝医・繝ュ繝繝シ繧キ繝ァ繝ウ繝輔ぉ繧、繧コ縺ク遘サ陦後@縺セ縺吶€ゅヵ繧ァ繧、繧コ荳ュ縺ッ螟夜Κ縺九i縺ョ蟷イ貂峨r』


 カードがバグっていたせいだろう。もはや雑音にしか聞こえないガイドアナウンスらしきものが流れ、コックピット内の光が徐々に強くなっていく。


『荳蛻・女縺台サ倥¢縺ェ縺上↑繧翫∪縺吶€る€壻ソ。繧ょ・譚・縺セ縺帙s縺ョ縺ァ縺疲ウィ諢上¥縺縺輔>縲ゅ◎繧後〒縺ッ繝励Ο繝シ繧キ繝ァ繝ウ繧定。後>縺セ縺?』


 ビャッコの目の前に『繝ス難・シ擾』という文字化けした選択肢が出現した。見た目からして『Yes/No』だと分かるのだが、ガイド音声がまるで意味不明だったために何を聞かれているのか分からない。


 しかしここで今やっている事で聞かれる事などおおよそ見当がつく。要は本当に機体をプロモーションさせてもいいのかどうかの最終決定をしろという事だ。

 であれば、当然答えは一つしかない。


 ビャッコは一度ホウカの方を見た。彼女もまた彼を見ていて、とても不安そうな表情をしていた。彼はそんな彼女に頷きで答え、小さく深呼吸をしてから『Yes』を選択した。

 

『槭&繧後∪縺励縺ェ縺上縲ゅ%――』


 再び壊れたスピーカーから流れる様な音声で何かしらアナウンスが流れ、輝く光が目を開けていられないほどに激しくなって、直後にモーターをフル回転させるような駆動音がコックピット内に響き渡った。


『――繧後h繧翫Θ繝〒縺ッ繝!』


 一際大きい雑音アナウンスが流れ、コックピット内の発光がぴたりと収まる。

 手をかざして目をかばっていたビャッコは恐る恐る顔から手を離し、遮るもののなくなった彼の青い瞳は空中に浮かんでいる金色に縁どられたユニットカードを捉え、そこに記載された新たな名前を認める。


「カヴァリエーレ……ディナスター……」


 その名を読み上げると同時にユニットカードは光となってプレイングデスクに吸収され、一瞬にして自機情報が書き換えられた。全てにおいて『パラディーノ・アルミジェロ』を上回る性能。そして新たなるその機体には『初期装備』として専用のブレードとシールドが装備されている旨が記載されている。


「これが、新しい操奏機神か」


 ビャッコの脳裏に焼き付いているユニットカードのイラスト。全体的に飾り気のない丸みのあるボディだったパラディーノと異なり、カヴァリエーレは嫌味にならない程度の装飾と、刻み込まれたルーン文字の映える機体となっていた。

 彼は即座に頭の中のイメージをそれに置き換え、


「ヴォオオオッ!!」


 眼前の敵と相対した。

 結界に弾き飛ばされたとはいえ、ダメージを伴う攻撃ではないために相手は無傷だ。しかしその赤い瞳に宿る感情はさらに強さをまし、どす黒い炎が燃えている。


「ひっ……」


 画面越しに正面から見てしまったせいか、ホウカが思わず悲鳴を漏らしていた。

 その気持ちはよく分かるので、ビャッコは何も言わずに剣を構える。すらりとした剣身ながら、機体と同じくルーン文字の刻まれたロングロードは鮮やかなまでの存在感を放っている。


「さて、終幕と行こうか!」


 相手の攻撃を待たず、ビャッコは自分から巨牛へ向かった。もとより消極的な戦法を取っていたのはひとえにライフポイント不足が原因だ。昇格した事で減ったライフが全快値に戻った今、何を恐れる事もない。


「おおおおっ!!」

「ヴォオオッ!!」


 ビャッコの特攻に怯む事無く応じてきた巨牛の突進。互いに詰めあう事で彼我の距離は瞬時にゼロになり、ビャッコの繰り出した突きと巨牛の角が真正面から激突する。

 閃光の火花を散らしてビャッコの剣は巨牛の眉間に突き刺さり、巨牛の角はビャッコの盾に防がれて左腕を貫くに留まる。


 プレイングデスクに表示された敵機情報のライフポイントがゼロを表示させ、巨牛は世界に分解吸収されるように黒色の粒子となって消え失せて行った。


『チュートリアルバトルの終了を確認。おめでとうございます。プレイヤーの勝利です』


 元に戻ったガイド音声がコックピット内に流れる。

 下段ではホウカが何やら歓声を上げながらはしゃいでいるが、ひとまずビャッコはどさりと背後の席に身を埋めた。


「……こんなの絶対チュートリアルじゃねえ」


 誰にともなくそう言って、彼はためにためた息を吐き出した。




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