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5.銀翼




『試合終了。これよりタウンエリアへの転送を開始いたします』


 淡々としたアナウンスがコックピット内に流れ、次の瞬間には周囲の景色が石に包まれた街の中へと変化していた。


「二人ともお疲れ様。あ、ナタリアさんもお疲れ様です」


 ふーと満足そうな息を吐き出しつつ、オディットが佇むナタリアの隣でぐいと身体を伸ばした。その動きに合わせて腰元のビンが澄んだ涼しげな音を奏でる。


 彼曰く、特定の場所以外でバトルフィールドへ飛んでしまうと、帰還転送は元の場所とは別の場所へ戻されてしまうという事だった。ゆえに今ビャッコたちは中央公園の噴水前に戻ってきている。

 背後から聞こえるさらさらとした清流のの音が心地良かった。


「結局最後の抵抗も封殺、か。本当にとんでもないカードだなあれ」

「うー……歌い過ぎてのどが渇いたよう」


 余力十分といったオディットとナタリアのペアに対し、ビャッコとホウカはその場に座り込んでいた。最後の抵抗で割と無茶をやらかしたため、精神的な疲れが出たのである。


「そりゃ一枚しか入れられないカードだからね。でもデッキが事故を起こすと大変な事になるし、場合によっては先に引き過ぎて宝の持ち腐れになったり、手札破壊をもらって破棄する羽目になったりとなんだかんだでバランスを取ってるんだよ」

「手札破壊もあるのか。本当にカードゲームだな」

「うん。現行カードの種類は外部サイトでまとめがあるから、気になるようなら見てみると良いよ。ビャッコならすぐに覚えられるでしょ?」

「そうだな」


 カードゲームにおいてはどんなカードが存在しているのかを把握する事も重要だ。他のゲームと違ってある程度は事前に知っておく事が必須の類になる。

 戦闘中は相手がどんなプレイングをしているのか分かり辛いが、カードの知識があれば相手のデッキ構成や派生するコンボ等を知る事ができ、そこから対抗策を練る事も出来るというわけである。


「そういや、カードって今で何種類くらいあるんだ?」

「うーん……。正確な種類は分からないな。数えた事ないし」

「ゲームに勝つためには必要な事だが、あんまり多いと覚えるの面倒だな」


 本リリースから一年となれば、間で新規のカードエディションを加えているとしてもまだ千種類には届いていないだろうとビャッコは推測する。

 その程度であれば外部サイトの掲載形態によるが、おそらくは一時間とかからずに記憶出来るはずだった。

 あとはその中から自分に合うカードを選別し、ひたすらにそのカードを狙えばいい。


「あ、そうそう。忘れない内に……はい」

「ん?」


 地面に座り込んだままのビャッコの目の前にホログラムウィンドウが表示され、そこには自分の名前とオディットの名前と、その下に何やら枠取りのされたスペースが表示されていた。

 さてこれはなんだろうかと首を傾げていると、オディットの側のスペースに五百リルという文字が出現し、次いで『この状態で取引を行いますか?』という吹き出しが出現する。


「さっきの試合で手に入ったお金だよ。僕は普通に余裕があるし、ビャッコに勝つ事でポイントも入っているからね。本当は君が勝った方がポイントも賞金も美味しいんだけど、さすがにそういうのって好きじゃないだろ?」

「ふむ」


 オディットの言う通り、効率がいいのだとしてもそういった施しのようなものはビャッコとしても好かない。その意味では今渡されようとしている賞金も受け取るに抵抗があるのだが、何はともあれ先立つものが必要だ。

 友人なりの気遣いを無為にするのも気が引けるため、ビャッコは大人しく賞金を受け取った。ゼロという寂し過ぎる所持金に、チャリンと音が鳴って五百の数字が加算される。


「そういや、なんですぐに試合をしないといけなかったんだ?」


 地面から立ち上がり、ズボンのほこりを払いながらオディットに尋ねる。

 あの時の彼は邪魔の入らない内にという言い方をしていた。それはつまり、別の誰かが対戦申し込みをしない内にという意味でもある。


「ああ、うん。えっと、一度対戦の申し込みを受けた後の四時間は、対戦の申し込みを断ってもランキングポイントの減少を免除されるんだ。ちなみに申し込みを断られた場合は三時間経たないと再戦申し込みは出来ないようになってるよ」

「……なるほど。考えてみれば申し込みを受けるか受けないかでポイントが変動するんだから、そういう規制はあって当然だよな」


 オディットが対戦を急いだのは、その四時間の猶予をビャッコに与えるためだったというわけだ。


「そういう事。まあ、中には徒党を組んで嫌がらせみたいな事をする人もいるけどね。度が過ぎる場合は運営が対処してくれるけど、一応は今説明した対抗手段が取られているわけだから、基本はユーザー間の些事って扱いかな」


 ゲームの世界も並べて事もなしとはいかないものだよね、とオディットが肩をすくめて見せた。

 ビャッコがそれに微妙な笑みで応えると、


「ん?」


 近くで大きな歓声が上がった。

 釣られてそちらに視線を向けると、広場の一角に備えられたステージと一体になっている巨大スクリーンの前に人だかりが出来ている事に気が付く。


 彼らが熱狂をあげているのは、そのスクリーンに映る巨大なライフルを構える真紅の操奏機神と、煌めく翼で空を翔ける白銀の操奏機神との一騎打ちだ。

 地に膝を突く真紅の機体が銃口を空へ向け、自在に空を飛ぶ白銀の機体を撃ち落とそうと躍起になっていた。


「……ああ、あれはランキング五位の人と八位の人の試合だね」

「分かるのか?」

「うん。各陣営のランキング上位十人は有名人だからね。特典で機体の一部がデフォルトと変更されているから、見慣れるとすぐに判別出来ると思うよ」

「そう言われてもな」


 そもそも元の機体の形を知らないビャッコには比較材料がない。

 しかしオディットがそうだというのならそうなのだろう。あれだけ注目されている事を考えれば、名の知れたプレイヤー同士の試合だと言われても十分に納得出来る。


 そんな事を考えているうちに再度爆発的な歓声が上がり、真紅の操奏機神がライフルを取り落してがっくりと膝を突きうなだれた。

 どうやら機能を停止してしまったようだが、見ていた限りでは何かしら攻撃を受けたようには見えなかったので、ビャッコは何があったのだろうかと首を傾げる。


「あ、帰って来たみたいだね」

「ん」


 巨大スクリーンの前にあるステージに、四つの人影が転送されてきた。

 片方側は赤髪を燃える上がる炎の様に奇抜な髪型にした皮ジャンにジーンズ姿の男。オレンジ色の目を細め、威圧するようにつばを吐き出している。

 そばに従う歌奏姫は、眠そうな黒い目の片方に白い眼帯を当てた黒髪のボブカットだ。ビャッコと同じくあまりアドキャラをいじってはいないようである。


 彼らと相対するのは腰までのばしたストレートの銀髪を無造作に後ろで束ねた、現実でのビャッコと同じような黒縁のアンダーリムをかけた小柄な少女だ。

 黒のブラウスに赤チェックのキュロットスカートを身につけ、足元は黒のロングブーツを履いている。

 髪と同色のつり気味の銀眼は勝気な印象を周囲に与え、実際に彼女はどことなくツンとした様子で赤髪の男を見ていた。

 そばに控える金髪の歌奏姫は少女よりもさらに小さく、まだほんの子供というような感じである。

 黒のバイザーを付けているために顔がよく分からないが、露出した口元を面白くなさそうに尖らせていた。


「……あれ? 何か様子がおかしいな」

「だな」


 四人の帰還時には声を上げて迎えていたギャラリーたちが、今はその声を潜めてひそひそと周囲と何やら密談を交わしている。

 ステージ上の者たちにしても、なぜかその場で相対したまま実に険悪なムードであった。


「ねえねえビャッコ。あれどうしたのかな?」


 ホウカも事態に気が付いたのか、くいくいとビャッコの服の裾を引っ張りながら訪ねてくる。


「あらあら。ちょっと様子を見に行ってみる?」


 ゆったりとした動きでナタリアが首を傾げ、ビャッコはオディットと顔を見合わせる。

 その後でホウカとも視線を合わせ、


「行ってみるか」

「そうだね」

「うんうん」


 満場一致で確認に行く事に決定した。


 広場を横切り、人だかりの最後尾に達すると、ステージ上にいる両組の言葉が聞き取れるようになる。


 その内容は、一言でまとめてしまえば先ほどの試合に関しての文句であった。

 噛みついているのは赤髪の方で、銀髪の方は適当に流しながらも律儀に応じているという感じだ。


「――っよう。ずいぶんと陰湿なやり方をしてくれるじゃねえか。ガキだと思って手加減してやりゃあつけ上がりやがって」

「手加減も何もないわ。あんたの方がランキングが下なんだから、手加減するならあたしの方よね?」


 どこぞのチンピラもかくやという感じで高圧的に出ている赤髪に対し、銀髪は涼しそうな顔でそれを受け流しつつ、しかしきっちりとお返しの言葉を述べていた。

 どうも穏便に済ませようという気はあまり持ち合わせていないらしい。バイザーの歌奏姫もべーっと舌を出している。


「それに陰湿だなんだって言うけれど、機体の特性を生かす戦い方をするのは当然じゃない。永遠に飛べるわけじゃないんだから、ちゃんと狙いどころを抑えればいいだけの話よ。特に射撃兵装は飛行機体に対する特攻があるわけだしね」


 銀髪の少女の言葉にビャッコがそうなのかとオディットに視線で問うと、彼はコクリと頷きを返してくれた。

 どうやら他にも兵装によって特攻が付加されているものがあるようだ。


「まあ、あんたの場合はその狙いどころを狙うだけの能力がないから捉えられないんだろうけど。よくもまあその程度の腕でランキング八位にまでなっているものね。まだランキング十位の人の方が強かったわ」

「なんだと……?」


 赤髪の男の目に危険な色が混ざる。歯をむき出しにしていた彼はしかし、次の瞬間にはその表情から一切の感情を消し去った。


 不意に、ビャッコは自分の服が引っ張られる感覚を覚えた。確認すると、隣にいるホウカがおびえた様子で彼の服の裾を握りしめている。

 赤髪の男が発する悪意を直接に向けられているわけではないが、確かにそれは恐怖を覚えるに足るものだ。


「……ちっ。いい気になるなよ。このままじゃ済まさねえからな」


 しばらく無感情のままに凄みを利かせていた赤髪だったが、やがてそれに飽きたとでも言うように踵を返してステージの上から去って行った。

 彼のアドキャラは終始無言のままに静かに頭を下げ、音もなく赤髪の後を追っていく。


 銀髪の少女とバイザーの歌奏姫は赤髪が去って行った後もしばしその場に佇んでいたが、やがて彼女たちも身を翻してステージを降りて行った。

 その際、ビャッコはステージ上にいた銀髪の少女と目があった。彼女が一瞬だけ目を見張ったような気がしたが、視線の交錯は一瞬だけだったためによく分からない。


 ステージ上の面々が去った後には、ざわざわと騒がしいギャラリーたちだけが残される事になった。


「なんか妙な展開だったな」

「そうだね。でも、あの八位の人ってあまりいい噂を聞かないから、ビャッコも気を付けた方がいいよ」

「噂……?」


 オディット曰く、アルヴァテラには他のゲームで言うギルドのようなくくりはないものの、やはり気の合うメンバー同士での集まりというものがあり、現実世界と同じようなグループというものが形成されているらしい。

 現在ランキング八位の赤髪の男はとあるグループのリーダー格で、そのグループがいろいろと問題すれすれの行為を働いているという事だった。


「初心者狩りなんかは序の口で、集団で対戦申し込みを仕掛けてランキングポイントを減らさせたり、希少なレアカード所持者をしつこく付け狙ったりなんかもしてるって聞くかな」

「なんともまあ、本当にチンピラ集団と変わらないな」

「むー。わたしあの人なんか嫌い」

「あらあら。うふふ」


 たとえ仮想のゲーム世界であっても、結局のところそこにいるのは現実世界の人間だ。全員が全員決まった役どころを持つわけでもなし、当然にして歪みは生まれるという事なのだろう。


「さて。まあひとまずはそろそろいい時間だし、一度落ちようか。二十一時くらいにもう一度広場に集合で構わないかい?」

「おう」


 この場所の空は明るいままだが、現実の時刻はちょうど十九時になっている。確かにもう夕飯時であった。


「あ、ねえビャッコ。落ちる前に喫茶店でテイクアウト買って。夕飯にするから」

「ん」


 オディットとの約束を取り付けつつ、くいくいと服を引っ張るホウカの頭をぽんぽんと叩いてやる。

 彼女はえへへと嬉しそうに笑っており、ビャッコはもう一人の妹が出来たような感覚だった。


「それじゃあまた後で」

「時間になったらまた会いましょう」


 それぞれに手を振って、オディットとナタリアがログアウトして行く。

 ビャッコも一度ホウカと顔を合わせ、表示させたホログラムウィンドウからログアウトを選択した。


 淡い光に包まれ、二人の姿は広場から消え去る。


    ◇


 広場から彼らの姿が消えたのち、その彼らがいた場所に銀髪の少女とバイザーの歌奏姫がやってきた。

 どうも近くで様子をうかがっていたようで、彼女はビャッコたちがいた場所に立って空を見上げる。


「――――」


 彼女の口が声無き言葉を紡ぎ、澄み渡る偽物の青空を一羽の鳥が翔け抜けて行った。




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