4.試合・歌奏術
新緑の森に立つ二基の操奏機神。
悠然とたたずむ緑の巨人と、油断なく盾を構える白の騎士。
それぞれの搭乗者は画面越しに顔を突き合わせ、決着の時を図っていた。
「場合によっては少し手荒な事にもなるけど、なるべく早く、けれどちゃんと印象に残るようにしてあげるから、このゲームの真髄の一つを覚えるといいよ」
「おい待て。何かすごい不穏だぞその発言」
多分に物騒な意味にもとれる言葉が混ざったため、ビャッコは思わず突っ込みを入れていた。
「それくらいのものだって事さ。このカードはデッキに一種一枚しか入れられない。六十分の一をいかに狙ったタイミングで引き当てるかがこのゲームの醍醐味でもあるんだ。引き当てるタイミングによってはこの一枚で劣勢をひっくり返す事だって出来る。――少し調べたのなら、それが何だかは分かるだろ?」
「……まあな」
オディットの言葉に、ビャッコはちらりと自分の山札を見た。
デッキに一種一枚だけしか入れる事の出来ない切り札。機奏戦記アルヴァテラというゲームにおいて絶対的な強さを誇り、その全てがアルティメットレアもしくはレジェンドレアに属する希少カード。
「歌術と奏術を超える秘術。『歌奏術(かそうじゅつ)』だって言うんだろ?」
「その通り。最低でも行動と魂奏ゲージを合わせて十ゲージも消費する超重コストのカードたち。今からその一枚を見せてあげるよ」
すっと、オディットがまぶたを閉じた。伴って、自然と胸元に片手を当てる仕草は誰かに捧げる黙祷のようにも見えた。
しかしその祈りはほんの一瞬。次の瞬間には伏した目を開けたオディットが、朗々とした言葉を発する。
「行きますよナタリアさん。いつもの様に、美しい声で歌って下さい」
「あらあら。うふふ」
仕方ないわねと包み込むような慈愛の笑みを浮かべたナタリアがそっと手を広げ、
「……『輪撃の追奏曲(カノン・インセグイメント)』――イントナーレ」
透き通る声で歌奏術の使用を宣言した。直後から通信回線を通し、ナタリアの歌声と追いかけっこをするようなリズムが聞こえてくる。
「さて、それじゃあ行くよビャッコ! 放て、『魔弾の射手』!」
オディットが専用の使用宣言ではなく、名称コールでのカード使用に切り替えてきた。
そこに何の意図があるのか分からないが、ビャッコは今から飛来するであろう三発の光弾の弾道を見極めるべく、イネスプニビレの胸元に出現した魔方陣を凝視する。
「っておい待てなんだそりゃ!?」
「わわっ!? なんかいっぱい来た!」
奏術が発動し、イネスプニビレの展開した魔方陣から連続で放たれた光弾を確認した時、ビャッコとホウカはそろって悲鳴を上げる羽目になった。
なぜならば、イネスプニビレから放たれた光弾の数が三発ではなくその倍、六発だったためである。
「うおおおっ!」
六発の光弾の弾道予測など瞬時に出来るはずがない。ビャッコは全力でその場からカヴァリエーレを後退させ、襲い来る六発の光弾を下がりながら剣で撃ち落としつつも盾で防ぎ、どうにかこうにか危機を乗り切った。
「な、なんで六発も飛んでくるんだ?」
一瞬、ビャッコは先ほどの宣言に紛れてオディットがもう一枚の魔弾を普通に使用したのかと思ったが、何度思い返してみても相手はあの一枚以外に使用宣言も名称コールもしていない。
という事は、今の六発の光弾は一枚の魔弾から放たれたという事になる。
「どういう事だ……?」
意味が分からなかった。いきなりカードの効果が変わるはずもなく、かといってフェイクで別の奏術を使った様子もない。
その不可解さを訝しむビャッコは、画面の向こうで涼しい顔をしているオディットと歌唱を続けるナタリアを改めて観察した。しかし、二人におかしなところは見当たらない。
「はは。今のだけではまだ分からないかな? なら――」
疑問符を点灯させるビャッコに対し、オディットは楽しげに笑う。
「――これで分かるかな? 貫け、『戦乙女の光槍』!」
「っ!」
次なるコールも先ほどビャッコが用いた奏術である。
イネスプニビレの放った光槍が即座にビャッコのカヴァリエーレに迫った。単発なぶん魔弾よりも速度と威力のある奏術だが、直線軌道しかないために避けるのはさほど難しくない。
そのはずだったのだが――
「なん……」
「きゃあっ!」
カヴァリエーレの身をひねらせて飛来した光槍をかわしたビャッコは、直後に右肩に突き刺さって爆発を起こした第二の光槍の存在に絶句させられる事になる。
回避行動をとっていたために実質的無防備状態で直撃をもらい、カヴァリエーレの白い機体が緑の森の中に倒れ込んだ。
ビャッコは慌てて機体を立ち上がらせて一歩も動かないイネスプニビレに再び相対するが、頭の中は混乱の極致だった。
だがそれでもどうにか脳をフル回転させて何がどうなっているのかを考えて行く。
まずもって謎なのは、使っているカードは同じだというのにオディットの奏術が通常とは違う効果を発揮している点だろう。
三発の魔弾は六発になり、単発の光槍が二本になった。
この二つに共通している事は、ともに弾数が倍増している点である。しかしそれは二枚のカードを使っているわけではなく、あくまで一枚のカードだけでそのような効果を生んでいるのである。
ではその原因はなんだろうか。
決まっている。先ほどオディットが使った『輪撃の追奏曲』以外にありえない。
「……ん? 追奏、曲? って、まさか――」
「たぶんご名答。そうだよ。僕のアルティメットレア歌奏術カード『輪撃の追奏曲』は、その歌唱時間中に使用する奏術カードをノーコストで再使用してくれる効果があるんだ」
よく出来ましたとでも言うような感じで、画面向こうのオディットがニコリと笑う。
追奏曲。同じリズムが時間差で追いかけっこをする曲であり、古典曲である「かえるのうた」の輪唱を思い浮かべればイメージとしては分かりやすいだろう。
「だから魔弾が六発で光槍が二本飛んできたって事か」
カードを使用した直後にもう一度同じカードを使用したという処理を割り込ませて二連撃を放つというわけだ。
先ほどかわしたと思った光槍の直撃を被ったのは、どうもそういうわけだったらしい。
「あ。ちなみにノーコストの奏術の再使用っていうのは、こういう芸当が出来るって事でもあるよ。――『魂の安寧(パーチェ・アーニマ)』」
「ん……げっ!」
オディットの名称コールから一拍置いて、ビャッコはおもいっきり顔をしかめる。
なぜなら今使用されたカードはちょうど試合開始前に開けたパックから出てきたレアカードで、たまたまその効果を知っていたせいだ。
『魂の安寧』は魂奏ゲージブーストカードで、魂奏ゲージを二消費する事で同ゲージを四回復させる効果がある。差引で二しか回復しないためさほど使い勝手のあるカードではないとビャッコは思っていたが、今現在のオディットが使用するとなれば話は別だ。
使用カードの再使用がノーコストであるという事は、ゲージを二消費して四回復した後に消費無しでまた四回復するという事になるわけで、コスト二で差引六も回復するお化けカードに早変わりしてしまうのだ。
「オディット。つまりお前のデッキって――」
「またまたご名答。そうだよ。僕のデッキはダメージソースも含めて奏術カードを中心に組んだバーンデッキだ。防御タイプのイネスプニビレにはピッタリだろ? 弱点の機動力も動かなくていいからあまり関係ないしね」
「………………」
ビャッコは顔を引きつらせる事しか出来ない。
歌奏術というのはとんでもない効果を持っているカードだ。その効果次第では普通のカードをゲームバランスが崩壊しかねないカードにすら変えてしまった。
今まさに体感してみて思う。これはまさに絶対の切り札だ。デッキに一種一枚しか組み込めないのも頷けるというものである。
「さて。追奏曲の歌唱時間も限られてるし、そろそろ終幕と行こうか」
「くっ……」
そこからは完全に一方的な展開になった。
当然にしてオディットはゲージブースト以外にドローブーストカードも豊富にデッキに組み込んでおり、攻撃の手がまるで止まないのである。
完全な奏術の固定砲台となったイネスプニビレから雨霰の攻撃が放たれ、カヴァリエーレのライフポイントがみるみる減少していく。
「ビャッコ……」
振動の止まないコックピット内で、ホウカが不安そうな表情でビャッコへ振り返ってくるが、彼はそれに対して何も言ってやる事が出来なかった。
先のコンボで減少した行動ゲージは初期値までにも回復しておらず、余力のある魂奏ゲージにしても今あって欲しい奏術カードを引けていない。
有体に言って詰み直前の状態である。
接近戦で打ち破れるだけの攻撃力はなく、奏術で対抗しようにも相手は倍の攻撃を行なってくるのだから論外だ。
残念な事に、勝つための策を彼は全く思い付けない。
「………………」
だがしかし、このままただ負けるのは非常に面白くなかった。
「なあホウカ」
「な、なに?」
「悪いけど今回は負ける。けど、ただで負けるのは嫌なんだ」
「……うん」
残念ながら負けは確定事項になりつつある状況だが、負けるなら負けるで友人にもう一泡吹かせてみたいというのがビャッコの本音だ。
成功するかどうかは別にして、手札がゼロになっているわけではないのだ。
「だから……だからもう一度歌ってくれないか? 俺の歌奏姫」
そっと、彼はホウカに右手を差し出した。
彼女が差し出された手を見て考えたのは、ほんの一瞬。
「はい。わたしの操奏者」
ドレスの裾をつまんで優雅なお辞儀を一つ。
彼と彼女の想いは一つとなり、新たな反撃の狼煙を上げる。
「いい雰囲気だ。乗って来たねビャッコ。でも、だからこそここは全力で相手をするよ。それが僕の君に対する敬意だ」
そういう自分も気分が乗っているのか、画面の向こうで仰々しい仕草を付けたオディットが動く。
「望む――」
「――ところだよ」
それに呼応するように、ビャッコとホウカが不敵な笑みを浮かべた。
彼はすっと息を吸い込み、眼前の相手と同時に宣言する。
「ウザーレ!」




