3.試合・白の騎士
イネスプニビレの肩に装備された大砲が火を放ち、大音とともに砲弾が撃ち出される。
ビャッコの駆るカヴァリエーレはひたすらの相手の周囲をぐるぐる回り続ける事でそれを避け続けていた。
アルヴァテラにおける銃砲火器は、通常兵装と違って弾数がそのまま耐久値として扱われる。つまるところ、弾切れになれば破壊される仕組みだ。
現在イネスプニビレの肩に装備されている大砲は二基目である。どうやら弾数は十二発のようで、オディットはナタリアが十一発目を撃った段階で支援カードによる行動ゲージのブーストをかけ、十二発目を撃って大砲が光の粒子になると同時に次の大砲を出現させていた。
扱い方によって耐久値の減少に幅のある通常兵装と違って、弾数制限のある兵装はほぼ確実に壊れるタイミングを計れるため、ほとんど無駄なく使い切れるようだ。
「オディット君」
「もう少し待ってくださいナタリアさん。それに、そろそろ向こうも仕掛けてくるでしょうから、それを待ってからでも遅くありませんよ」
繋ぎっぱなしの通信回線から、実に余裕に満ち溢れたオディットの声が聞こえてくる。
その余裕っぷりはなかなかに癪ではあるが、ビャッコがいまだ攻めに移っていない以上は仕方のない事である。
彼はちらりと自分の場を見回し、緑ゲージが『十』と半分。青ゲージが『八』と同じく半分までたまっている様を確認する。
その時にちょうどドローゲージも満タンになり、ビャッコは即座にドローを宣言して十枚目の手札を得る。
そうして、ビャッコの準備は整った。
「よし。行くぞホウカ。反撃開始だ!」
「おー!」
威勢のいいホウカの返事を受けて、ビャッコは一枚のカードを選択。
「ウザーレ!」
使用の宣言と同時に緑と青のゲージが二ずつ減少し、
「わ。なにか出た」
直後にホウカの驚きの声が上がる。
その声を通信から拾ったオディットがわずかに口を開けて目を見張り、
「歌術カードだね」
ふふんと鼻で笑いながらその名称を口にした。
「ああ。ホウカ。今使ったのが歌術カードっていう『歌奏姫』専用の特殊効果カードだ。目の前に出てる説明書きの意味は分かるか?」
「え? あ、うん。大丈夫分かるよ。……そっか。この衣装ってそのためのものだったんだね」
身に着けている歌奏姫専用のドレスを改めて眺めながら、ホウカが感心したようにふんふんと頷いている。
このゲームにおける歌奏姫が身に着けるドレス。フリーアバターシステムでプレイヤーの服装が自由自在な中で、彼女たちの衣装が統一的であるのには理由があった。
「そういう事だ。さあ、いい声で歌ってくれよ。俺の歌奏姫!」
「うん! 任せて。わたしの操奏者」
彼女はどこか嬉しそうに返事をして、すっと自然な形で手を横に開いた。そうしてやや顔を上向きにさせ、
「……『強者の歌(カンターレ・バリオーソ)』――イントナーレ!」
とてもよく通る声で歌術の行使を宣言した。
途端、下段のステージ台が淡い発光を始め、どこからともなく流れ始めた音楽がコックピット内を満たしていく。
それに続いてホウカの力強くも優しい歌声が響き渡り、呼応するようにカヴァリエーレが吼える様な駆動音を響かせた。
歌奏姫のドレスにはゲーム内で使われる各曲のデータが組み込まれており、それを使って彼女たちは歌を歌う事が出来るのだ。
「機体強化系の歌術か。来るよ! ナタリアさん」
「あらあら。うふふ」
さすがにプレイ二日目のビャッコと異なり、一年プレイヤーであるオディットはカード名称からその効果を判断出来るらしい。それまでの余裕顔をわずかに引き締まらせていた。
アルヴァテラの世界には『奏術』と対をなす『歌術』というものがある。これは歌奏姫の歌声を用いて様々な支援効果をもたらすもので、その歌唱中において支援効果が継続するというものだ。
今回使用した『強者の歌』は、支援カード『機体強化』とほぼ同じ効果を一定時間持続させ続ける事が出来る歌術カードである。
「次はこいつだな。――ウザーレ!」
緑ゲージを消費し、ビャッコは剣を納めたカヴァリエーレの手に槍を出現させた。
「おおっ!!」
円を描く軌道から一転して直角に曲がり、強く大地を蹴ったカヴァリエーレが槍を構えながらイネスプニビレに迫る。
「あらあら。そうはさせないわよ。――フォーコ!」
ビャッコの動きに即座に反応したナタリアが照準を合わせて大砲を撃ち放ってきた。
攻める彼に対して飛来する砲弾の速度は、カヴァリエーレでの突撃と合わさって体感的に先ほどまで避け続けたものとは比較にならない。
だが今のカヴァリエーレもまた、先ほどまでとはわけが違う。
「ふっ!」
襲い来る砲弾が容赦なくカヴァリエーレの白い装甲にぶち当たるという瞬間、ビャッコは機体をわずかにひねらせ、紙一重のタイミングかつ最小限の動きで砲弾をやり過ごした。
強者の歌によって機体性能が強化され、機動力が向上しているからこそ出来る芸当である。
「わお」
「あらあら」
画面の向こうでオディットとナタリアがそれぞれびっくりしたと言うような顔をしている。
しかしその表情とは裏腹に、イネスプニビレが悠然と動いて遅滞なく大砲の照準を調整。再びビャッコを狙うが、
「ここぉ!」
「お?」
「あら?」
彼は大音を轟かせて砲弾が発射される直前に思考操作でカヴァリエーレにブレーキをかけた。白き鋼の足が大地を削りながら滑り、コックピット内に振動が走る。
直後に置き撃ちの狙いを外した砲弾が前面の地面を爆散させ、巻き上がった土砂や木々が一瞬だけカヴァリエーレの姿を隠した。
その目隠しに乗じ、ビャッコはカヴァリエーレを直角に跳ね飛ばせる。同時に右手の槍を逆手に持ち替え、上半身をひねって投擲の構えを取った。
「っ! ナタリアさん左!」
「分かったわ」
土砂の目隠しから飛び出した直後に捕捉されるが、当然これは織り込み済みである。とっさの判断でビャッコの意図の全てを理解出来るはずもなく、向きを変えたイネスプニビレは当然の様に大砲の照準を合わせようとした。
それを確認して、ビャッコは予定通りに槍の投擲行動を開始する。
「せー――」
「あっ! まずいナタリアさん撃っちゃだめだ!」
「え?」
ギリギリのタイミングでオディットはビャッコの狙いを看破したようだが、肝心要の機体操作を担うナタリアの感知が遅れていた。
こうなると彼の警告は逆効果でしかなく、遅れてその言葉に従った彼女は、大砲の照準をカヴァリエーレに向けた状態でイネスプニビレの動きを止めてしまう。
「――のっ!」
それは完全な隙であり、すでに行動に移っていたビャッコはその隙を逃さず手に持つ槍を自分へ向けられた大砲へ向かって全力投擲した。
空気を切り裂いて飛翔する槍は狙い違わず黒々とした穴をあける砲身に飛び込み、その奥で放たれる時を待っていた砲弾に直撃。内部に仕込まれた炸薬が大爆発を巻き起こした。
「うわっ!」
「きゃっ!」
さすがの重巨人も己の肩口という直近での大砲爆発にびくともしないとは言えなかったようで、画面向こうでオディットの姿がぶれ、ナタリアの小さな悲鳴が聞こえてくる。
ビャッコはそんな相手の様子には頓着せず、爆発でやや体勢を崩しかけたイネスプニビレにさらなる追撃を行うべく行動を開始していた。
「次!」
手元に残る八枚のカード。その中から選択するのは、三つの光弾を撃ち放つ奏術『魔弾の射手(ティラトーレ・タスラム)』。
「――ウザーレ!」
槍を投擲した体勢で伸ばされていたカヴァリエーレの右手から三発の光弾が放たれ、崩した体制の立て直しを図っているイネスプニビレに襲い掛かった。
「ナタリアさん!」
「大丈夫。間に合うわ」
ナタリアの言葉通り、撃たれた光弾はイネスプニビレの本体に届く前に、掲げられた大盾によって防がれてしまった。三度の着弾による爆発が大盾を巻き込むが、敵機情報のライフポイントはピクリともしない。重厚なるそれの前にはそよ風にも等しいと言わんばかりの頑強さである。
だがしかし、ここで防がれた事はビャッコにとって予想外でもなんでもない。あわよくば全弾直撃が最良手だった事は否定しないが、防がれるなら防がれるでも構わないのだ。
奏術『魔弾の射手』の利点は、低コストで三連発の攻撃を放てるという事に尽きる。三連の波状攻撃は防ぐにせよ避けるにせよ三発分の時間がかかるという事であり、単発の攻撃よりも余計に時間を喰うのだ。
ことに今のイネスプニビレの様に盾で防いだ場合、先ほどと同じく一時とはいえ相手の行動が見えづらくなってしまう。
ビャッコの最大の狙いは、まさにそこなのだ。
「ウザーレ!」
相手の防御態勢が解けない内に、ビャッコは次のカードを選択使用。別方向へ構えていた左手から光の槍が射出され、即座にイネスプニビレの足元に着弾して大地を抉る爆発を巻き起こした。
「しまっ――」
オディットの顔が驚愕に染まり、右足元の地面を吹き飛ばされたイネスプニビレが体勢を横に傾げて徐々に倒れて行く。
元より鈍重な機体であるがゆえに、いきなり足元の地面を吹き飛ばされれば、まるで片足を落とし穴に突っ込んだかのようになるのは自明の理だ。
「あらあら。困ったわね」
こんな状況にも関わらずのんびりした声を出しているナタリアは、機体を操作して右腕を伸ばし、大盾をつっかえ棒の様にして転倒を防いだ。
そうして一時的に宙に浮いたようになった右足をしっかりと地面につけ、再び体勢の立て直しを図る。
しかしながら、当然ビャッコは悠長にそれを待ってなどいなかった。
「っし!」
相手の体勢が崩れ始めた段階で機体を飛び出させていたビャッコは、支援カード『速度強化』を使用してさらに機体の機動力を上昇させつつ納めていた剣を抜き放つ。
狙いは長く伸ばされ、盾をつっかえ棒にした事でがら空きになった右腕のひじ関節。たとえ装備を重厚なものにしようとも、関節の可動域だけは通常の装甲よりも薄くせざるを得ない。常態では大盾の向こうに隠れているために攻撃する事は不可能に近いが、今この時は別だった。
「もう一つ――ウザーレ!」
剣を振りかぶると同時に支援カード『機体強化』を使用。ホウカの『強者の歌』とは効果が重複するため、カヴァリエーレの攻撃力をさらに上昇させる。
回避不可能な渾身の一撃は吸い込まれるようにしてイネスプニビレの右腕の肘関節部位へ振り下ろされ、見事に斬閃を――刻む事は出来なかった。
「なっ!?」
虎之助の表情が驚愕に染まる。二段階強化の上に十分な速度も乗せたカヴァリエーレの必殺の一撃は、最も脆いはずの関節部に直撃していながら、しかしまるで鉄塊でも切りつけたかのような手応えを返していた。
剣は振り抜かれず、完全に受け止められてしまっている。
「ナタリアさん」
「あらあら。残念」
「っ! くっ――」
強く地面を踏み締め直したイネスプニビレが剣を受け止めた剛腕をそのまま振るい、カヴァリエーレを押し返してきた。
ビャッコはそれに逆らわずに後方へ跳躍して相手の間合いを外れ、盾を構えて追撃に備える。
しかし追撃は行われず、
「いい組立だよビャッコ。『戦乙女の光槍(ブリューナク・ヴァルキリア)』じゃなくて実槍で火砲を破壊したのはこのためだったんだね」
代わりにオディットの楽しげな声が聞こえてきた。
「そして『魔弾の射手』で相手の行動を制限しつつ、温存していた光槍で足元を抉って体勢を崩し、転倒を避けるこちらが伸ばした腕の関節を狙う。六枚のカードを駆使したコンボ攻撃。よくもまあこの短時間でここまで思いつくよね」
「それをあっさり防いどいて何を言っている。失敗をほめられてもうれしくないぞ」
ビャッコはこのコンボ攻撃で手札の半分以上と、たまってたゲージの七割近くを消費してしまっている。それでいて戦果らしい戦果がまるで得られていない以上、今の攻撃は失策でしかないという事だ。
だがオディットはそう考えてはいないようで、ビャッコの言葉に対してゆっくりと頭を振る。
「そんな事はないよ。なにせもともと機体の強化具合にしてもカード所持数にしても僕の方が有利なんだ。むしろこれだけの差があるにもかかわらず支援カードに頼らざるを得ない攻撃をされた事に僕は驚くよ。だってこれ、もしも同じ条件下で同じ事をやられたら支援カードを使っても無傷じゃ済まなかっただろうしね」
ぴっと、画面のオディットが講釈をする先生の様に人差し指を立てた。
「最後の一撃に『機体強化』を乗せられなかったら多少のダメージを覚悟で喰らっても良かったけど、思わず僕も支援カード『装甲強化』を使って防いじゃったよ」
言いながら、オディットが画面の向こうで何かを操作するような仕草を見せる。すると、ビャッコの右手側にカードのホログラムが映し出された。その名称は、今さっきオディットが説明していた『装甲強化』である。
「『機体強化』や『速度強化』と同じコモンのローコストカードだけど、コモンの強化系支援カードは全般的に使い勝手がいいんだ。だから僕もデッキに組み込んでる」
短時間だけ機体の防御力を高める支援カード。強者の歌と機体強化の重複で何とか相手の防御を上回った分を、このカードによって再度上回られてしまったというわけだ。
一番脆い関節部位で弾かれてしまった以上、現状の手札ではもう決定的な攻撃を行う事は出来ない。ゲージをため、手札を補充するまではまたひたすらに逃げの一手である。
「ビャッコ……」
「ん」
ちょうど強者の歌の歌唱時間が終了し、音楽が鳴り止んだせいで静かになったコックピット内にホウカの声が響く。なんとなく彼女の発した声がうつむき加減で申し訳なさそうに思えたため、
「いい声だったよ。上手く行かなかったのは俺の見立ての甘さが原因だ。だからそう落ち込んだ顔するなって。むしろ落ち込んでるのは俺の方なんだぜ?」
ビャッコは小さく首を横に振りがら何の事はないとややおどけて見せた。
「あ……うん」
ホウカがはっと顔を上げ、その後でわずかに微笑みながら頷く。
彼もそれに頷きで返すが、正直なところ現状では手詰まりだ。やはりここはいったん退いて、もう一度力をためるしかないだろう。
制限時間に間に合うかは甚だ疑問だが、特攻即ち死である以上は無謀な事も出来ない。
カヴァリエーレの盾を構えつつ、ビャッコは相手の動きに合わせて再び回避行動に出るタイミングを計っていた。
だが、その目論見は見事に外される事になる。
「ドロー」
画面の向こうでオディットが山札からカードを引いた。そしてタイミング的に引いたカードがオープンしたところで、彼は口元に確信的な笑みを浮かべる。
普段のプレイングでそこまでわかりやすい表情をしているとも思えないが、それは明らかに何かしら決め手になるカードを引いたという合図だ。
「ちょうどよかったよビャッコ。今回のバトルは君にプレイングに慣れてもらう事の他にも、このゲームにおける切り札がどんなものなのか、その一端に触れてもらうためのものだったからね」
「……その口振りだと、今まさにそれを引いたって感じだよな」
ビャッコの指摘に、オディットはにっこりとした笑みを浮かべる。それは人懐っこそうな笑みのようで、どこかプレッシャーを感じさせる威圧的な笑みでもあった。
「うん。そしてこれを引いた以上、この試合はこれで終わりだ。悪いけどわざと負けてあげるって考えは君に失礼だろうし、さっきみたいなコンボを見せられたらゲームの先輩として僕も良いところを見せたくなっちゃったしね」
「そうかい。まあ、確かにそっちの方がありがたいな。……それで、このゲームに無知な俺に何を見せてくれるんだ?」
「……そうだね。それじゃあ僕に、僕らに出来る最高のおもてなしを――」
オディットが一度言葉を切り、視線がちらりと動いた。それに応じ、ビャッコの視界上はオディットの顔の下に映るナタリアがちらりと背後を振り返って、コクリと頷いた。
そうして彼女が前に向き直るのに合わせ、
「――終わりなき追奏曲を披露するよ」
「――終わりなき追奏曲を披露するわ」
瞳に強い意志を宿した二人が、不敵な笑みを浮かべて同時にそう宣言した。




