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2.試合・緑の巨人




 身体が感じる浮遊感。地面の喪失と再認識。

 二回目の召喚は事前に身構える事が出来たため、一度目の時の様にすっ転ぶことはない。

 ビャッコは再び薄暗いコックピットの中にやってきていた。


「ふう。じゃあビャッコ。わたしは下に行くね」

「おう」


 隣に転送されてきていたホウカが小さく息を吐き、トテテと歌奏姫の定位置である下段のステージ台へ移動していく。

 前回は外の景色を映していた大画面は真っ黒なままで、何も表示してはいなかった。


 そんな事を確認している間にホウカがぴょんとステージ台に飛び乗り、それに合わせるかのように今度はアナウンスなしでプレイングデスクの右上の一部がスライドし、デッキセットを促してくる。


 ビャッコが定位置に立って新規に組んだデッキをセットすると、


「やあビャッコ。調子はどうだい?」


 真っ黒だった大画面の左上に別枠の小さな画面が出現して、そこにオディットの顔が映し出された。


「問題ないな。ってか、これちゃんと通信機能あるんだな」

「もちろん。プレイングデスクの手元の裏側を見てみなよ。通信のオンとオフを設定する黄色いボタンがあるだろ?」

「……ふむ」


 言われてやや屈んでみれば、確かにデスクのでっぱりの裏側に黄色いボタンと、その他にもいくつかのボタンが存在している。おそらくはこれもチュートリアルで教えてもらえるはずだったのだろう。

 この調子では、他にも知らない事が多そうだった。


「今回は練習みたいなものだから、通信チャンネルは開けっ放しにしておこう」

「ん」

『操作モードがブレイントレースモードに設定されています。変更を行いますか?」


 オディットとの会話を遮るようにしてそんなアナウンスとともに選択肢が出現するが、ビャッコはためらいなく『No』を選択した。


「へえ。ビャッコはいきなりBTモードでやってるのか」

「消去法でやったらこれしか残らなかったってだけだ。まあ幸い、全く別の事を考えながら頭の中で人形を動かすのはそれほど難しくはなかったが」

「それはたぶん君みたいな人だけだと思うよ。大抵の人はSBかSFモードでプレイしてるんだけどね」

「それって初心者用のモードじゃないのか?」


 確かチュートリアル説明では慣れない内は操奏者と歌奏姫で分担操作する方がいいと言っていたはずである。


「とんでもないね。確かに機体操作にしてもカードプレイングにしても人間が動かした方が強いけど、実際にやるとなったら相当な慣れが必要だよ」


 画面の向こうのオディットが大げさに目を見開き、これまた大げさに首を振った。


「それに操作モードは慣れとか好みというよりは、カードプレイングのスタイルによって選択すべきだと僕は思うけどね。ああ、ちなみに僕は機体操作はナタリアさん任せでカードプレイングに集中する形式でやってるよ」

「僭越ながら、私がお相手させて頂きますね」


 オディットの顔が映る画面の下に新たな画面が出現し、そこにナタリアの顔が映し出された。


「ナタリアさんやっほー」

「あらあら。うふふ」


 画面に向かってぶんぶんと手を振るホウカに対し、ナタリアが慈愛に満ちた表情で小さく手を振りかえしている。

 昨日今日でいつの間にここまで仲良くなったのかビャッコには分からないが、おそらくはホウカにとっては年の離れた姉のような意識があるのだろう。ナタリアがとても包容力のある性格をしているせいかもしれない。


「さてと。それじゃあそろそろお互いに愛機の披露と行こうじゃないか。デッキセットが完了したら、今度は赤いボタンを押して」

「おう」


 オディットに言われるままに、ビャッコは黄色いボタンの隣にあった赤いボタンをポチりと押す。


『――デッキセット、並びに双方の対戦準備完了シグナルを確認しました。セットアップを開始します』


 コックピット内にアナウンスが流れ、プレイングデスクが淡く光る。山札やゲージがデスク上に出現し、手札が配られると同時にそれまで真っ黒だった画面が明るくなる。

 映し出されたのは外の景色と、前方に佇む一機の操奏機神だ。


 全高はカヴァリエーレよりも幾分か高く、横幅もあるためか尋常ではない威圧感を放つずんぐりむっくりの機体である。

 それはもはや人型のロボットというよりは、一つの砦、城塞と形容しても過言ではないような存在だった。飾り気らしい飾り気の一切が排されているが、それゆえに凄みと重みの増した印象を受ける。


 そして最大の特徴はなんと言ってもカヴァリエーレの倍近い太さのある両腕と、その腕に一体化している大盾だろう。両腕のそれらをともに並べて前に構えれば、まさに城壁のごとく機体の全てを覆い隠せてしまえるほどだ。

 他に武装らしい武装は見当たらないため、おそらくはあの大盾が初期装備なのだろう。

 新緑の森を思わせる鮮やかな色合いの機体で、さながら森の守護者とでも称せそうな雰囲気のある機体である。


「どうだい。僕の『イネスプニビレ・アトゥランテ』は。強そうだろ?」

「強そうっていうか、堅そうだよな」

「まあね。防御タイプの上位機体で、ある程度強化もしてるから生半可な攻撃じゃびくともしないよ。所持してるカードの差もあるし、遠慮とかいらないから全力で来てね」


 不敵に笑う彼の言葉は、はったりでもなんでもないだろう。大盾もさる事ながら、見れば見るほどにその重装甲さが伝わってくる。

 あの機体に比べれば、どちらかと言えば細身であるカヴァリエーレの装甲なども紙も同然だろう。


「それにしても、やっぱりカヴァリエーレはスタイリッシュな機体だよね。なんというか、主人公機とかにぴったりっていうかさ」

「ちょっと調べたが、どうもパラディーノと同じバランスタイプみたいだからな。器用貧乏なんてのはそんなもんだろ」

「確かに」


 画面のオディットと笑みを交わし合い、ビャッコはセットアップの完了したプレイングデスクを見回す。


「セットアップは完了だね。それじゃあ最後に青いボタンを押して。対戦するそれぞれがそのボタンを押す事でカウントダウンが始まるから」

「ん」


 コクリと頷き、ビャッコは一度ホウカの方へ視線を向ける。

 彼女はぐっとガッツポーズを見せ、やる気十分といった感じであった。


「よし」


 手を伸ばし、ビャッコは青いボタンを押し込む。すると、


『それではこれより、操奏者オディット対操奏者ビャッコの試合を開始いたします』


 再びアナウンスが流れてくる。一拍を置いて、そのアナウンスがイタリア語でカウントダウンを始めた。


『――トゥレ……ドゥーエ……ウーノ、プロント?』

「イントナーレ!」

「イントナーレ!」


 腹に力を入れて開始の言葉を宣言。

 薄暗いコックピット内が一気に明るくなり、カヴァリエーレが駆動音という雄叫びを上げる。


「っし!」


 ビャッコは戦闘開始と同時に初期装備の剣を抜き放ち、距離を詰めるために一直線でオディットのイネスプニビレに迫った。

 チュートリアルの時とは異なり、戦闘が開始されてから全ゲージがたまり始めたため、まだドローをする事は出来ない。ゆえに手札は初期の七枚。内二枚は兵装カードだったが、ひとまずはゲージを消費せずに初期装備で様子見をする算段だった。


 初手で一気に間合いを詰めにかかったのは、どう考えてもイネスプニビレは機動性を犠牲にする代わりにあの重装甲を維持しているとしか思えなかったからだ。遠くにいるよりも近くの方が速度でかく乱するには都合がいいし、相手の機体性能を知る上でも少々の危険は序盤で犯しておくべきとビャッコは判断した。


 彼はある程度距離を詰めたところで進路を若干斜めに修正しつつ、右手に持った剣を振りかぶって斬撃の体勢を示す。

 それに反応してイネスプニビレが左手の大盾を構えてくるが、


「あれ?」

「あらあら?」


 肩透かしを食ったようなオディットとナタリアの声を無視し、ビャッコのカヴァリエーレは剣を振り下ろす事なくさらに速度を上げて一気にイネスプニビレの横を駆け抜けた。そして抜けると同時に急制動をかけながら反転し、盾の防御が出来ない背後を狙い打つ。


「わお。さすがに速いね。けど――ナタリアさん」

「あらあら」


 気の抜ける様なナタリアの声が通信越しに聞こえてきたかと思うと、


「ビャッコ前! 前っ!」

「くっ!」


 ホウカが慌てた声を上げ、ビャッコが悔しげに奥歯を噛む。


 それもそのはず。背後から奇襲を仕掛けたはずのカヴァリエーレは、その鈍重な外見からは想像もつかないほど精密にして最小限の足さばきで振り返ってきたイネスプニビレの大盾に進路を塞がれ、このままでは金属の壁に正面衝突してしまう状況に陥らされたためだ。


「っのお!」


 ビャッコは即座に思考操作でカヴァリエーレの挙動を変更。直進を強引に右方への横っ飛びに変更させ、盾を避けつつ再度回り込みを仕掛ける。


「さすがビャッコ君ね。でも、それじゃあ逃げられないわよ」

「なっ!?」


 横っ飛びで盾への激突をかわし、前面に防御を展開したためにがら空きになっているはずのサイドを狙ったビャッコは、自分の左手から襲い来る大盾による横薙ぎを確認して驚愕の声を上げた。


「わわわっ!」


 ひえーとホウカが万歳をしている。ビャッコとしても内心全く同じ気持ちだったが、とっさの判断で攻撃を中止し、左手の盾を構えて超質量の横薙ぎを受け止める。


「ぐお……」


 盾と盾のを撃ち合わせるどこか間の抜けつつも盛大な快音がした直後、カヴァリエーレは慣性の法則に従ってその身を空中に跳ね飛ばされていた。わずかな飛翔を経て森の上に墜落し、コックピット内を衝撃が暴れまわる。

 その衝撃が収まったのを確認して、


「……あーくそ! 冗談じゃないぞなんだ今の!」

「うー……ひどい目にあったよ」


 機体を立ち上がらせながらビャッコが悪態を吐き、手すりにがっちりつかまったホウカがぼやきを漏らした。


「ははは。こちらに機動力がないと踏んで高速戦に持ち込むのは間違ってないけれど、ただそれだけでどうにか出来ると思われるのは心外だよ。機動力がないならないなりに、いろいろと考えるもんさ」

「あらあら。うふふ」


 完全に余裕綽々のオディットとナタリアのペアが、それぞれ画面の向こうでそっくりな笑みを浮かべていた。人を小馬鹿にしている風ではないが、あまりの余裕っぷりにビャッコはカチンとくる。


「その場からほとんど動かなかったのはそういうわけかよ」


 彼が半分苦し紛れに噛みついてみると、オディットの笑みはより一層濃くなった。


 確かにイネスプニビレの機動力は低い。しかし、さすがにその場で回転する事が出来ないほどに鈍重というわけでもないのだ。

 最初から動く事を考えずに的確な足さばきで反転をすれば、攻める動作が大きかったカヴァリエーレに先んじる事はそう難しくはないだろう。

 加えて、その超質量の大盾は確かに本体を守るためのものだが、その届く範囲でぶん回せばハンマーなどとさして遜色のない威力を叩き出せる。おまけに振り向きの勢いまで乗っけられているのだから、相対的に重量の軽いカヴァリエーレが吹っ飛ばされるのは当然の結果だった。


「さすがにダメージ自体はそうたいしたものでもないが、降りかかる火の粉を耐えるんじゃなく振り払えるとなると、戦略を変えないと無理だな」

「どうするの? ビャッコ」

「それを今から考える。とりあえずは、ドロー!」


 視界の端に捉えていたドローゲージが満タンのオレンジになり、アラームが鳴ったのを確認してビャッコはドローを宣言した。画面の向こうではオディットも同じくドローを宣言している。


「接近戦はもっと考えてやらないとまたあの大盾に弾かれるからな……」


 ビャッコは新たに引いた一枚を含めた八枚での戦略を模索していく。


 現在のデッキ構成では遠距離攻撃手段が奏術しかないため、たとえオディットがその場を動かないとしてもアウトレンジからの攻撃を行う事は出来ない。こちらの奏術が届く場所ではすなわち相手の奏術も届いてしまうからだ。


 かといって何かしらダメージを与えてから制限時間まで逃げ切るというのも現実的ではない。

 なにしろ彼我の初期ライフポイントの差もさる事ながら、装甲の関係で確実に被弾時のライフ減少が違い過ぎるだろう。

 最後の最後で逆転されればその時点で負けが確定してしまうのだから、やはり勝つためには相手のライフをゼロにするしかないという事になる。


「……じっくり考える時間をあげたいところだけど、僕は僕でいつも通り攻めさせてもらうよ。――ウザーレ!」


 画面の向こうでオディットが何かのカードを使用した。直後、重厚なる緑の巨人の肩に、これまたずいぶんと重装なキャノン砲が出現する。ますます持って城塞の体を様してきた感じだ。


「おいおいおい……」

「ビャッコ。こ、これってもしかしなくても危ないんじゃ」


 ホウカに言われるまでもなく、これは厄介極まる状況だった。おそらくあれは、奏術の射程範囲を超えて襲い掛かってくるだろう。


「一応説明すると、これは『戦神の火砲(カンノーネ・マルツィオ)』っていうレア兵装だよ。威力はあるけどコストが七あって装備中は機動力がガタ落ちするせいか、一般的にはカスレア扱いなんだけどね。まあ、僕にとっては機動力が落ちる事なんて何のデメリットでもないわけだけどさ」


 オディットの言う通り、その場から動くつもりがない戦い方をするのであれば機動力減少はデメリットにはならない。それよりも遠距離攻撃手段を手に入れるメリットの方が圧倒的だ。


「さてビャッコ。カヴァリエーレの装甲だと五発も直撃を食らえばライフがゼロになると思うから、上手く避けるんだよ?」

「あらあら。ホウカちゃんも気を付けてね」


 再び二人の笑みが重なる。

 それはビャッコとホウカにとっては処刑宣告にも似たものだった。


「じゃあナタリアさん。撃っちゃってください」

「おい待――」

「わわわ――」

「うふふ。――フォーコ!」


 ナタリアの微笑とともに強烈な発射音が轟き、空気摩擦で熱発光でもしているのか、画面にはクリーム色に輝く弾が飛来する様が冗談の様に映っていた。


「うおおっ!?」


 とっさに機体を横倒しにし、ビャッコは飛来した弾をぎりぎりで回避。ちょうど今さっきまで頭部があった位置を通過した弾が後方へ抜けて着弾し、爆音とともに大地ごと森の木々を吹き飛ばした。

 地面に伏したカヴァリエーレの装甲に巻き上がった土砂や木の破片が降り注ぎ、さながら打楽器のような音色を奏でる。


「マジかよ……」


 音が止んだ頃にビャッコがそっと着弾点を確認すると、そこにはぽっかりとした穴が形成されていた。どうやら先の砲弾には炸薬でも仕込まれているようで、一時前までは木々の生い茂る森だった場所が肥沃な腐葉土の散乱する黒土塗れの場所と化している。

 目の前の惨状に口元をひくつかせた彼は、伏せていた機体をがばりと立ち上がらせてずびしと緑の巨人を指さした。


「おいオディット! 当たったら危ないだろうが!」

「うん? なにを言っているんだいビャッコ。当てないとダメージにならないじゃないか」

「ビャッコ。気持ちは分かるけど落ち着いて。わたしも確かに意味が分からないよ?」

「あらあら。うふふ。それじゃあ次弾行くわね。――フォーコ!」


 再び大砲の発射音が轟き、二発目の砲弾がビャッコに迫る。


「ちいっ!」


 さすがに二発目は地面に伏せなくても避ける事は出来たが、続けざまに三発目四発目と砲弾を撃ち込まれてきたため、ビャッコはその場から移動を開始した。

 そのまま相手の周りをぐるぐると回り、とにかく狙いを付け辛くする。


「あらあら。あの速さで周りを回られるとさすがに厄介ね」

「構わないですよナタリアさん。そのままの調子でお願いします。タイミング見て次を用意しますから」

「うふふ。お願いねオディット君」


 淡々と流れ聞こえてくる相手ペアの会話に、ビャッコは背筋が寒くなる思いだった。


「ビャッコ! わたしたちも何か手立てないの?」

「今の手札だと一手足りない。次のドローでゲージブーストカードでも引ければあるいはだが――ドロー!」


 九枚目の手札となるカードを引き、ビャッコはやや祈るような気持ちでカードオープンを待った。

 そうして手元に舞い込んできた九枚目のカードを確認して、


「くっ。ブースト系じゃ――ん? これは、もしかして……」


 狙ったカードではない事に悪態を吐きかけて、しかし瞬時に頭の中で既存カードと組み合わせた戦略が構成される。それは、脳内シミュレーションで十分な対抗手段になるという結果を叩き出た。

 ビャッコはちらりと緑と青のゲージを確認。戦闘開始から一切消費していないため、それぞれが『九』と『七』までたまっている状態だ。


「よし。ホウカ!」

「な、なに?」


 いきなり大きな声を上げたため、驚いたホウカがびくりと肩を震わせて腰を引いた。

 しかしビャッコはそんな彼女には構わず、


「この状況をひっくり返せるかはお前にかかってる。やれるか?」


 じっと相手の闇色の瞳を見つめた。

 その真剣な眼差しに対し、腰の引けていたホウカが即座に体勢を立て直して、


「う、うん。わたし、頑張るよ」


 強い意志を秘めた目で見つめ返してきた。

 ビャッコはそれににやりとした笑みで応える。そうして彼は視線を画面越しの相手ペアへ移し、


「オディット。それにナタリア」

「うん?」

「なにかしら?」


 きょとんとして同時に首を傾げた彼らに対して、


「こっからは俺のターンだぜ?」


 不敵な笑み浮かべてそう言い放った。



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