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誰も知らない




 天を貫く剣戟音。金属と金属の打ち合いによって火花が散り、鍔迫り合う両者の身へと降りかかる。


 しかし両者はそれをものともせず、お互いに相手を押し合って一度間合いを離したかと思えば、次の瞬間には双方から間合いを詰めて同時に剣を振り下ろしていた。

 刃と刃がかち合う甲高く澄んだ音が響き渡り、再び一進一退の鍔迫り合いへと移る。


 遠目に見ればそれは、重厚なる甲冑をまとった二人の戦士のよる一騎打ちに見えたかもしれない。

 しかしながら、対決の様子を伝える巨大スクリーンに映るそれは人ではなく、人間が乗り込んで操作する巨大な人型ロボットである。

 大きさがいかほどなのか対象物がないために分かり辛いが、ときおり背景として映るものがどこにでもある普通の木であると仮定すると、おおよそ十メートル前後になるだろうか。

 まさしく鋼の巨人というにふさわしいだろう。


「よし! やれ!」

「そこだ! もうちょい!」


 石畳が敷かれ、石造りの家々が並ぶ欧米の田舎町のような場所にはまこと不釣り合いな巨大スクリーンの前にいる人々は、二機のロボットが交錯する度に歓声を上げていた。

 見た目も服装もファンタジックという共通点があるだけでバラバラな彼らだが、皆がそろって目の前に映し出される対決の模様に釘付けになっている。


「さあそろそろ締め切りだ! 自信のある奴は張った張った! ここでも儲けりゃ欲しかったレアカードが買えるかもしれないぜ!」


 その集団とは少し離れた別の場所。賭け事も行われているのか、倍率と思われる数値が記された大きなブラックボードの下にもかなりの人数が集まっていた。


 そんな様子からして、スクリーンの向こうで行われている事が人々にとっての娯楽である事に間違いはないだろう。周囲には絶えずさまざまな声が溢れているが、その多くは明るいもので悲嘆なものは少ない。

 数少ない悲嘆の声も内容はさほど深刻ではなく、以前の賭けに負けただとか欲しいものが手に入らなかっただとか、そういったものでしかなかった。


 ここにいる誰もが今この場にいる事を楽しんでいる。ここはそういう場所で、ただそれだけの場所なのだ。


「はっ……はっ……」


 しかし、そんな喧騒に紛れて一人の少女が人ごみをかき分けながら走って行く。威勢のいい胴元の声に耳を貸さず、スクリーンに映る戦いにも興味を示さない。

 ミニポニーテールにまとめたセミロングの黒髪を振動で揺らしながら、彼女はただその夜の青空を思わせる闇色の瞳でしきりに背後を振り返っていた。


 何かに追われている。少女を気にかけたものはおそらくそう判断しただろう。

 焦燥の色が濃い彼女の顔は、見る者の不安をかきたてるには十分だ。


 しかし、そこには一つ問題があった。それは肝心の追跡者の影がまるで見当たらないという事だ。少女のすぐ後を尾けている者は誰一人としておらず、しばしの時間を置いてもやはり後を追うものは現れない。


 ではいったい、少女は何から逃げているというのだろうか。


 少女を目撃した誰もが首をひねり、そしてすぐに自分の思い違いだと判断して記憶の片隅へと追いやってしまった。

 ただでさえこの場に楽しむために来ている者たちだ。進んで厄介事かもしれない物に関わる事を避けたとて、それが当然の反応というものだろう。


 そんな周囲の雰囲気が分かっているのかいないのか、少女は少女で一切周りに助けを求めようとはしていない。ただひたすらに人だかりの中を縫うようにして進んでいく。

 そうして走り続けた少女は、人通りの途絶えた場所までやってきたところで急に進路を変えた。今までは広い道を太陽のある方向へ向かって来たのだが、彼女はすぐ右手にあった建物と建物の間の路地へと飛び込んだのである。


 しかしその飛び込んだ路地は行き止まりで、追っ手をやり過ごすにしても見つかれば完全に逃げ場を絶たれる事になる。隠れるにはあまりにリクスが大き過ぎると言わざるを得ない。

 だというのに、それまで焦り顔だった少女は突然口元にわずかな笑みを浮かべ、走り続けた事により乱れた呼吸を整えながら行き止まりの壁へと近づいていく。


「……ここからなら」


 そっと伸ばされた指。色白のほっそりとした人差し指で、少女は何かをなぞるように壁面を指の腹で擦った。


 すると、突然ファスナーでも開けたかのように石の壁がぐにゃりと楕円形に開き、その向こうに建物の中とは異なる闇をのぞかせた。

 一切の光の無い完全なる闇の世界。それは見る者をして恐怖せずにはいられないだろう。実際、少女もほんの一瞬ためらうようなそぶりを見せた。

 だが彼女はすぐにキュッと唇を噛み、そっと闇の中へと足を踏み入れる。その身体が完全に闇の中へ入り込んだ瞬間、開かれていた壁は急速に閉じられて行き、傍目には何事もなかったかのように元通りの姿になった。


 辺りに静寂が満ちる。そこはほとんど人通りがなく、ゆえに謎の少女の行動は誰一人として目撃していないはずだった。


「………………」


 路地から見える広い道路。向かって左手の建物の陰から濃い影が伸びる。おそらくは何者かが建物の蔭から姿を見せずに様子をうかがっているのだろう。影が伸びているせいで誰かがそこにいるのは丸わかりなのだが、それでも何者かそのは建物の陰でじっと動きを止めている。

 しばしそうやって路地をうかがっていたとみられる様子だったが、やがて移動を開始したようで、道路に伸びていた影は建物の陰に引っ込んでいった。


 それもまた誰一人として目撃者のいない場所での出来事。

 しかしもしも仮にこの場に目撃者がいたのなら、あるいは先の少女がその場にとどまっていたのだとするなら、確実にその顔を驚愕に染めただろう。

 なぜなら道路に落ちていた黒い影は、太陽に向かって伸びていたのだから。

 


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