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人間ドラマの無名町

身の丈に合わない恋するとかダサいよな

作者: 赤茄子橄
掲載日:2026/08/09

「あーし、これから清楚系になる!!!!」


 九月の頭、帰りのホームルーム後の教室。ダラダラしゃべってた俺たちのグループの真ん中で、佐治煉華(さじれんげ)が突然でかい声でバカなことを叫んだ。


「なんだなんだ。そんな慌てて、意味不明なこと言ってどうした」


 俺は椅子の背にもたれたまま、笑ってやった。


 煉華は、顔もスタイルも相当いい部類の女だ。髪をピンクに染めて、アクセサリーじゃらじゃらの、ノリだけで生きてる生粋のバカギャル。机に雑に腰かけるからスカートはひやひやするし、声はでかいし、頭はゆるゆる。

 で、じきに俺が落とす予定の女でもある。


 前に一度、冗談めかして「俺と遊ぼうぜ?」って軽く流してみたら、すげなく断られた。まぁあれは仕掛けが早かっただけだ。ああいうゆるい女は、ちょっとずつ外堀から埋めれば落ちる。慌てる必要はない。

 と、思ってたんだが。


「ほんと、急にどぉしたの? 煉華ちゃんが清楚系とか、絶対ムリだと思うけど〜?」


 グループの女その二、揺聖莉(ゆらめきせり)が、俺の心の声とだいたい同じことを言った。小さいくせに態度と存在感のでかい女で、グループのツッコミ役だ。


「聖莉、あんまり佐治をいじめてやんなって。絶対無理でも、がんばることには価値あるかもしんねーだろ?w」


 フォローするフリして、ちゃっかり「絶対無理」を差し込んでるのが、聖莉の彼氏の波礼眞琴(はれいまこと)。バカだけど悪気のない、わりといいやつ。この二人は俺らのグループの公認カップルだ。


「いやいや、煉華がいきなりおバカなこと言い出すのはいつものことでしょ」


 冷静に流したのは徒生凛桜(とおいりさ)。いっつもすまし顔でスマホをいじってる、よくわかんない女。


 で、最後の一人が俺、実程升(みほどます)。グループの頭脳担当ってとこだな。自分で言うのもなんだが、俺はこの中で一番、物事が見えてる男だ。


「で? なんで清楚系よ。頭でも打ったか?」


 俺が聞くと、煉華は机の上で正座した。土足文化に喧嘩を売る座り方で、両手をぐっと握って、言った。


「あーし......好きな人、できた」


「「「えーーーっ!?」」」


 聖莉と眞琴が声を揃えて、凛桜がスマホから顔を上げた。


 ......あ?


「誰よ誰よ!? どこの誰!?」


「......二組の、文渡頁(ふみわたりけい)くん」


「「「..............................誰!?」」」


 誰だよ。俺も内心で叫んだ。


「ほら、図書委員の......いっつも図書室のカウンターにいる、メガネの」


「あー! あのガリ勉くん!?」


 聖莉が手を打った。俺もようやく顔が浮かんだ。


 文渡頁。地味。真面目。休み時間も本読んでるタイプ。俺らとは世界線が違う住人。スクールカーストって言葉は好きじゃねぇが、あえて言うなら、向こうは静かな上澄みで、こっちは騒がしい中層だ。交わらねぇんだよ、水と油で。


「なんでまた、そんなのに......」


「聞いて。夏休みのラスト、ゲリラ豪雨の日あったじゃん? あーし、チャリで爆走してたんだけど、無理ってなって、図書館に逃げ込んだの」


「市民図書館ね。うんうん」


「んで、雨やむまでヒマだから、適当に本抜いて読んでたら......気づいたら閉館時間でさ。しかも降りやんでないし、あーしびしょびしょだし、で、途方に暮れてたら......」


 煉華は、そこで胸を押さえた。


「司書のバイトしてた文渡くんが、タオルと傘、貸してくれて。......そんで言ったの。『その本、そんなに面白かった? 三時間ずっと動かなかったから』って」


「......それだけ?」


「それだけじゃないし! あーしが本の感想しゃべったら、笑わないでぜんぶ聞いてくれて、『君の感想は面白いね』って! あーしのこと、バカにしないで、ちゃんと聞いてくれたの! 初めてだよそんな男子!」


 煉華の声は、いつもと同じくらいでかいのに、いつもと違って上ずってた。


「そんときさぁ......音がしたんだよね。恋に落ちる音。ぽちゃんって」


「それ雨の音でしょ」


「違うし!」



 凛桜が真顔で言って、聖莉が吹き出した。


 ......はいはい。なるほどね。

 完全に理解した。雨、密室、親切。吊り橋効果のフルコースだ。ちょろすぎるだろ、この女。


「んで? その文渡くんに釣り合うように、清楚系になるってわけ?」


「そう! 髪も黒く戻して、言葉遣いも直して、勉強もして......ちゃんとした女になって、それから告白する!」



 教室の窓から夕方の光が差して、煉華のバカみたいに真剣な横顔を照らしてた。


 聖莉が「まじじゃん......」と呟いた。眞琴が「おぉ......」と唸った。凛桜はスマホを置いてた。

 だから、場が変な熱を持つ前に、俺が言ってやったんだ。

 グループの頭脳担当として。誰かが言ってやらなきゃいけない、正しいことを。



「身の丈に合わない恋するとか、ダサいよな」


 場が、しんとした。


「......升くん、それどーゆー意味?」


「そのまんまの意味だよ。ギャルが図書委員狙いって。水と油だろ。無理して背伸びして、フラれて、黒歴史になって終わり。なぁ煉華、悪いこと言わねぇから、身の丈に合った相手にしとけって。な?」


 我ながら、親切心の塊みたいなアドバイスだった。

 煉華は、一瞬だけ泣きそうな顔をした。

 それから、机の上の正座のまま、俺をまっすぐ見て言った。


「それでも、やる」


「......はぁ?」


「ダサくていいもん。あーし、今までずっと、ノリだけで生きてきたからさ。初めてなんだよね、ちゃんと欲しいものができたの。だから、ちゃんと、取りに行く」


「よっしゃ言った! あーしは全面協力!」


 聖莉が煉華に抱きついて、眞琴が「勉強なら俺......は無理だから凛桜に任せた!」と叫んで、凛桜が「丸投げすんな」と言いながらスマホに何か打ち込み始めた。

 盛り上がるバカども。


 ......いいぜ、別に。

 どうせ一週間で挫折する。あの煉華だぞ? 三日坊主が二日で終わる女だぞ?


 挫折して、フラれて、ボロボロに泣いたところを、俺が優しく拾ってやる。「だから言っただろ」って頭を撫でてやれば、ころっと落ちる。


 むしろ手間が省けるってもんだ。

 俺は頭脳担当だからな。ちゃーんと、先が見えてるんだよ。



*****



 俺の予想は、外れた。

 一週間どころか、九月が終わっても、煉華は続けてた。


 髪は染め直して、艶のある黒になった。じゃらじゃらのアクセサリーは、ちっちゃいのが一個だけになった。「あーし」は三回に一回「わたし」になった。噛みまくってたけど。

 昼休みは弁当を五分でかきこんで、図書室に行くようになった。


 最初は「本を読むフリして文渡くんを見る」だけだったのが、そのうちほんとに読むようになって、感想を凛桜に語るようになった。


 小テストの点が上がった。眞琴が「29点!? 煉華が!?」と騒いで、廊下まで聞こえる声で祝われてた。満点50点のテストだけどな。


 ......おもしろくねぇ。

 なんなんだよ。

 お前はバカで、頭も股もゆるくて、ノリだけで、だから俺の隣にいたんだろうが。

 股は意外と硬いのか。まだらしいしな。このハツモノを俺以外のやつが手にするとか許せねぇ。


 だから俺は、ちょいちょい手を打った。




「煉華、今日カラオケ行こうぜ。たまには息抜きしねーと続かねーぞ?」


「ごめん升くん、今日図書室の日!」





「言葉遣いなんて直す必要なくね? 俺は前のれんげの方が好きだけどなー」


「お、おぅ......ありがと? でも直す!」





 効かねぇ。ぜんっぜん効かねぇ。

 夜のメッセージでも優しくしてやった。『無理すんなよ』『疲れたら俺がいつでも聞くから』『ってか最近ちょっと痩せた? 心配だわ』。


 既読はつく。返事は「だいじょぶ! ありがと!」の一種類。スタンプ付き。



 ......ちっ。

 まぁいい。本丸はどうせ、告白で撃沈だ。あんなガリ勉が、元ギャルなんて相手にするわけがない。


 そう思ってた矢先に、嫌なもんを見ちまった。

 十月の頭。昼の図書室。カウンターの文渡と、返却本を抱えた煉華が、なんか、しゃべってた。


 それだけなら、いい。

 文渡が、笑ったんだ。


 あの無表情メガネが、口元おさえて、肩ふるわせて。煉華の言った何かに、堪えきれずに。



 ......あ、これ、まずいやつだ。

 頭脳担当の俺の頭が、初めてまともに警報を鳴らした。

 このままいくと、成功する。


 挫折待ちの計画が、崩れる。

 だから俺は、次の日の放課後、一人で二組に行った。



「文渡くん、だっけ? ちょっといい?」


 カウンター越しじゃない文渡は、思ったよりでかかった。俺は声を落として、親切な先輩ヅラで言ってやった。



「忠告なんだけどさ。うちのグループの佐治煉華、いるじゃん。あいつ最近お前に構ってるだろ? ......あれ、罰ゲームなんだわ。ゲームで負けて、ガリ勉を落とせるかって。......ひでぇよな。俺は止めたんだけどさ。お前が傷つく前に、教えとこうと思って」


 完璧な忠告だった。事実じゃないことを除けば。


 文渡は、メガネの奥からじっと俺を見て、一言だけ言った。



「......そう。教えてくれてありがとう」


 よし。刺さった。

 これで詰みだ。ガリ勉は疑心暗鬼、煉華の告白は撃沈、泣いた女は俺が拾う。

 完璧な筋書き。俺、天才。






 で、まぁ。

 知ってる人は知ってると思うが、こういう小賢しい細工ってのは、だいたい一番ダサい形で発覚する。



*****



 十月半ばの放課後だった。


「ってわけで、わたし、文渡頁くんと、お付き合いすることになりました!」


 教室の隅、いつもの五人の輪の真ん中で、煉華が深々と頭を下げた。





「「「えーーーっ!?」」」


 聖莉が悲鳴みたいな声を上げて煉華に飛びついた。眞琴が「まじかよ! すげぇ!」と机を叩いた。


 ......は?


 俺だけが、輪の中で固まってた。


「う、うそだろ。だってお前、告白はまだ先って」


「へへ......それがさ、聞いてよ。告白、されちゃったんだよね。向こうから」


「......はぁ!?」


「昨日、図書室の閉室までいたらさ、文渡くんが『話がある』って。......んでね、言われたの」



 煉華は、そこで一回深呼吸して、たぶん一言一句忘れないように、ゆっくり言った。



「『変な忠告をしてきた人がいた。君の好意が罰ゲームだって。でも僕は、雨の日に三時間本から動かなかった君を知ってるから、疑う気になれなかった。それで気づいた。疑いもできないくらいなら、僕が先に言うべきだと思った』......って」


「よっ、ガリ勉くん男前!」



 眞琴が茶々を入れて、聖莉が「しーっ!」と黙らせた。

 俺は、笑えなかった。

 変な忠告をしてきた人がいた。



 おい。待て。


「んでね、あーし、白状したの。清楚系になろうとしてたのは、あなたに釣り合いたかったからですって。髪も言葉も、ぜんぶ背伸びですって。......そしたら文渡くん、なんて言ったと思う?」


「......なんて言ったの」


「『努力は嬉しいけど、僕が好きになったのは雨の日の君だから、背伸びはしなくていい』って! ......でも『テストの点が上がったのは素直にすごいから、勉強だけは続けたら』って! なにそれ! 好きすぎるんだが!」



 きゃーっ、と女二人が抱き合って回った。


 めでたしめでたし。大団円。


 ......そのはずなのに、輪の空気が、一箇所だけ冷えてた。


 凛桜が、すまし顔のまま、スマホをこっちに向けてた。



「ところで升。『変な忠告をしてきた人』って、誰だろうね」


「......さ、さぁ? 二組の陰キャの誰かじゃね?」


「文渡くんから昨日、煉華経由で相談きてたんだよね。『三組の実程って人に、罰ゲームだって言われた』って。名乗ったんだって? 律儀だね」



 ......あの野郎、フルネームで売りやがった。


「それとさぁ」



 凛桜は、スマホの画面をスッスッとめくった。


「『無理すんなよ、俺は前のれんげの方が好きだけどなー』......毎晩ごくろうさま。煉華、既読つけたあと毎回あーしに転送してくんの。『これどういう意味だと思う?』って。......全部保存してある」


「な......っ」


「あと、隣のクラスのやつが言ってたよ。升、夏休み前に外部の友達に『うちのグループの女、じきに全員俺が喰う』って自慢してたんだって? ......聖莉も入ってんの、それ」


「あ?」


 眞琴の声が、一段低くなった。あのゆるい眞琴の顔から、笑いが消えてた。



「ち、ちげぇよ! あれはノリで......!!」


「ノリ、ね」


 凛桜はスマホを置いて、初めてまっすぐ俺を見た。


「升ってさ、いっつもそれだよね。誘って断られたら『冗談だし』。バカにして怒られたら『ノリだし』。......本気を出さなきゃ、負けたことにならないもんね」


「......何が言いてぇんだよ」


「升さぁ――ほんとは煉華のこと、好きだったんでしょ」



 心臓が、嫌な音を立てた。


「......は? はぁ!? 誰があんなバカ」



「文化祭の写真、フォルダの一番上にしてたじゃん。去年、煉華がインフルで休んだとき、真っ先に保健室と間違えて職員室凸したの升じゃん。......けど、ぜったい本気にはならないんだよね。本気で行ってフラれたら、ダサいから。だから『喰う』とか言って、遊びの棚に置いとくの」


 凛桜は、ため息を一つついた。



「身の丈に合わない恋するとかダサいよな、って言ったよね。あんた、あれ、ずっと自分に言ってたんだよ」



 ......。

 ......なんも、出てこなかった。


 言い返す言葉を探して、頭ん中の引き出しを全部開けた。全部、空だった。


 煉華が、俺を見てた。怒ってなかった。それが一番きつかった。



「升くん。あーしね、升くんの夜のメッセージ、ちょっとだけ嬉しかった日もあったよ。......挫折しそうな日は、正直、揺れた」


「れ、煉華......」


「でも升くんのは、ぜんぶ『頑張るな』なんだよね。文渡くんは『続けたら』って言うの。......それが、ぜんぶだよ」


 煉華は、ぺこっと頭を下げた。



「今まで遊んでくれてありがと。......あーしたちのグループ、しばらく升くん抜きでやるって。眞琴と聖莉と凛桜と、そう決めた」


 四人は、連れ立って教室を出ていった。

 最後に凛桜が振り返って、言った。



「本気出してない自分でいる、ってのはさ。楽だけど、いつか棚ごと腐るよ」



 ばたん、とドアが閉まった。



*****



 ......で、一人になった帰り道だ。


 言っとくけどな、俺は別に、へこんでない。


 煉華のことは、あれだ、惜しいっちゃ惜しいけど、そもそも本気じゃなかったし。ってか俺から願い下げっていうか、あんな真面目ぶった女、こっちから振ってやったようなもんだし。グループも、もともと抜けようと思ってたし。凛桜の説教も、半分も当たってねぇし。


 フォルダの写真は、あれだ、消し忘れだし。


 職員室に走ったのは、あれは、ヒマだったからだし。


 夜のメッセージは、キープの手入れであって、断じて、様子が知りたかったとかじゃねぇし。


 ......。



 夕方の商店街を一人で歩く。斜め前を、どっかの高校のカップルが笑いながら歩いてる。焼けた肌の銀髪と、内側ピンクの髪の女。ばかっぽい声で、たこ焼きを一舟で分け合ってやがる。



 ダッセ。

 人前でいちゃつくとか、ダッセ。幸せそうな顔とか、ダッセ。欲しいもんに手ぇ伸ばして、取れて、笑ってるとか............。





 ......ダサいのは、どっちだ、って?


 うるせぇよ。


 俺は本気を出してないだけだ。本気を出せば、いつだって。本気を、出しさえすれば。


 その台詞を、俺は今日まで何回言った?


 数えかけて、やめた。


 数えたら、負けを認めることになる。


 だから俺は、今日も言うのだ。明日も言うのだ。棚が腐って落ちるその日まで、言い続けるのだ。


 身の丈に合わない恋するとか、ダサいよな。


 夕焼けの商店街で、そう呟いた俺の声は、我ながら、どんな負け犬の遠吠えよりダサかった。



<終わり>


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