身の丈に合わない恋するとかダサいよな
「あーし、これから清楚系になる!!!!」
九月の頭、帰りのホームルーム後の教室。ダラダラしゃべってた俺たちのグループの真ん中で、佐治煉華が突然でかい声でバカなことを叫んだ。
「なんだなんだ。そんな慌てて、意味不明なこと言ってどうした」
俺は椅子の背にもたれたまま、笑ってやった。
煉華は、顔もスタイルも相当いい部類の女だ。髪をピンクに染めて、アクセサリーじゃらじゃらの、ノリだけで生きてる生粋のバカギャル。机に雑に腰かけるからスカートはひやひやするし、声はでかいし、頭はゆるゆる。
で、じきに俺が落とす予定の女でもある。
前に一度、冗談めかして「俺と遊ぼうぜ?」って軽く流してみたら、すげなく断られた。まぁあれは仕掛けが早かっただけだ。ああいうゆるい女は、ちょっとずつ外堀から埋めれば落ちる。慌てる必要はない。
と、思ってたんだが。
「ほんと、急にどぉしたの? 煉華ちゃんが清楚系とか、絶対ムリだと思うけど〜?」
グループの女その二、揺聖莉が、俺の心の声とだいたい同じことを言った。小さいくせに態度と存在感のでかい女で、グループのツッコミ役だ。
「聖莉、あんまり佐治をいじめてやんなって。絶対無理でも、がんばることには価値あるかもしんねーだろ?w」
フォローするフリして、ちゃっかり「絶対無理」を差し込んでるのが、聖莉の彼氏の波礼眞琴。バカだけど悪気のない、わりといいやつ。この二人は俺らのグループの公認カップルだ。
「いやいや、煉華がいきなりおバカなこと言い出すのはいつものことでしょ」
冷静に流したのは徒生凛桜。いっつもすまし顔でスマホをいじってる、よくわかんない女。
で、最後の一人が俺、実程升。グループの頭脳担当ってとこだな。自分で言うのもなんだが、俺はこの中で一番、物事が見えてる男だ。
「で? なんで清楚系よ。頭でも打ったか?」
俺が聞くと、煉華は机の上で正座した。土足文化に喧嘩を売る座り方で、両手をぐっと握って、言った。
「あーし......好きな人、できた」
「「「えーーーっ!?」」」
聖莉と眞琴が声を揃えて、凛桜がスマホから顔を上げた。
......あ?
「誰よ誰よ!? どこの誰!?」
「......二組の、文渡頁くん」
「「「..............................誰!?」」」
誰だよ。俺も内心で叫んだ。
「ほら、図書委員の......いっつも図書室のカウンターにいる、メガネの」
「あー! あのガリ勉くん!?」
聖莉が手を打った。俺もようやく顔が浮かんだ。
文渡頁。地味。真面目。休み時間も本読んでるタイプ。俺らとは世界線が違う住人。スクールカーストって言葉は好きじゃねぇが、あえて言うなら、向こうは静かな上澄みで、こっちは騒がしい中層だ。交わらねぇんだよ、水と油で。
「なんでまた、そんなのに......」
「聞いて。夏休みのラスト、ゲリラ豪雨の日あったじゃん? あーし、チャリで爆走してたんだけど、無理ってなって、図書館に逃げ込んだの」
「市民図書館ね。うんうん」
「んで、雨やむまでヒマだから、適当に本抜いて読んでたら......気づいたら閉館時間でさ。しかも降りやんでないし、あーしびしょびしょだし、で、途方に暮れてたら......」
煉華は、そこで胸を押さえた。
「司書のバイトしてた文渡くんが、タオルと傘、貸してくれて。......そんで言ったの。『その本、そんなに面白かった? 三時間ずっと動かなかったから』って」
「......それだけ?」
「それだけじゃないし! あーしが本の感想しゃべったら、笑わないでぜんぶ聞いてくれて、『君の感想は面白いね』って! あーしのこと、バカにしないで、ちゃんと聞いてくれたの! 初めてだよそんな男子!」
煉華の声は、いつもと同じくらいでかいのに、いつもと違って上ずってた。
「そんときさぁ......音がしたんだよね。恋に落ちる音。ぽちゃんって」
「それ雨の音でしょ」
「違うし!」
凛桜が真顔で言って、聖莉が吹き出した。
......はいはい。なるほどね。
完全に理解した。雨、密室、親切。吊り橋効果のフルコースだ。ちょろすぎるだろ、この女。
「んで? その文渡くんに釣り合うように、清楚系になるってわけ?」
「そう! 髪も黒く戻して、言葉遣いも直して、勉強もして......ちゃんとした女になって、それから告白する!」
教室の窓から夕方の光が差して、煉華のバカみたいに真剣な横顔を照らしてた。
聖莉が「まじじゃん......」と呟いた。眞琴が「おぉ......」と唸った。凛桜はスマホを置いてた。
だから、場が変な熱を持つ前に、俺が言ってやったんだ。
グループの頭脳担当として。誰かが言ってやらなきゃいけない、正しいことを。
「身の丈に合わない恋するとか、ダサいよな」
場が、しんとした。
「......升くん、それどーゆー意味?」
「そのまんまの意味だよ。ギャルが図書委員狙いって。水と油だろ。無理して背伸びして、フラれて、黒歴史になって終わり。なぁ煉華、悪いこと言わねぇから、身の丈に合った相手にしとけって。な?」
我ながら、親切心の塊みたいなアドバイスだった。
煉華は、一瞬だけ泣きそうな顔をした。
それから、机の上の正座のまま、俺をまっすぐ見て言った。
「それでも、やる」
「......はぁ?」
「ダサくていいもん。あーし、今までずっと、ノリだけで生きてきたからさ。初めてなんだよね、ちゃんと欲しいものができたの。だから、ちゃんと、取りに行く」
「よっしゃ言った! あーしは全面協力!」
聖莉が煉華に抱きついて、眞琴が「勉強なら俺......は無理だから凛桜に任せた!」と叫んで、凛桜が「丸投げすんな」と言いながらスマホに何か打ち込み始めた。
盛り上がるバカども。
......いいぜ、別に。
どうせ一週間で挫折する。あの煉華だぞ? 三日坊主が二日で終わる女だぞ?
挫折して、フラれて、ボロボロに泣いたところを、俺が優しく拾ってやる。「だから言っただろ」って頭を撫でてやれば、ころっと落ちる。
むしろ手間が省けるってもんだ。
俺は頭脳担当だからな。ちゃーんと、先が見えてるんだよ。
*****
俺の予想は、外れた。
一週間どころか、九月が終わっても、煉華は続けてた。
髪は染め直して、艶のある黒になった。じゃらじゃらのアクセサリーは、ちっちゃいのが一個だけになった。「あーし」は三回に一回「わたし」になった。噛みまくってたけど。
昼休みは弁当を五分でかきこんで、図書室に行くようになった。
最初は「本を読むフリして文渡くんを見る」だけだったのが、そのうちほんとに読むようになって、感想を凛桜に語るようになった。
小テストの点が上がった。眞琴が「29点!? 煉華が!?」と騒いで、廊下まで聞こえる声で祝われてた。満点50点のテストだけどな。
......おもしろくねぇ。
なんなんだよ。
お前はバカで、頭も股もゆるくて、ノリだけで、だから俺の隣にいたんだろうが。
股は意外と硬いのか。まだらしいしな。このハツモノを俺以外のやつが手にするとか許せねぇ。
だから俺は、ちょいちょい手を打った。
「煉華、今日カラオケ行こうぜ。たまには息抜きしねーと続かねーぞ?」
「ごめん升くん、今日図書室の日!」
「言葉遣いなんて直す必要なくね? 俺は前のれんげの方が好きだけどなー」
「お、おぅ......ありがと? でも直す!」
効かねぇ。ぜんっぜん効かねぇ。
夜のメッセージでも優しくしてやった。『無理すんなよ』『疲れたら俺がいつでも聞くから』『ってか最近ちょっと痩せた? 心配だわ』。
既読はつく。返事は「だいじょぶ! ありがと!」の一種類。スタンプ付き。
......ちっ。
まぁいい。本丸はどうせ、告白で撃沈だ。あんなガリ勉が、元ギャルなんて相手にするわけがない。
そう思ってた矢先に、嫌なもんを見ちまった。
十月の頭。昼の図書室。カウンターの文渡と、返却本を抱えた煉華が、なんか、しゃべってた。
それだけなら、いい。
文渡が、笑ったんだ。
あの無表情メガネが、口元おさえて、肩ふるわせて。煉華の言った何かに、堪えきれずに。
......あ、これ、まずいやつだ。
頭脳担当の俺の頭が、初めてまともに警報を鳴らした。
このままいくと、成功する。
挫折待ちの計画が、崩れる。
だから俺は、次の日の放課後、一人で二組に行った。
「文渡くん、だっけ? ちょっといい?」
カウンター越しじゃない文渡は、思ったよりでかかった。俺は声を落として、親切な先輩ヅラで言ってやった。
「忠告なんだけどさ。うちのグループの佐治煉華、いるじゃん。あいつ最近お前に構ってるだろ? ......あれ、罰ゲームなんだわ。ゲームで負けて、ガリ勉を落とせるかって。......ひでぇよな。俺は止めたんだけどさ。お前が傷つく前に、教えとこうと思って」
完璧な忠告だった。事実じゃないことを除けば。
文渡は、メガネの奥からじっと俺を見て、一言だけ言った。
「......そう。教えてくれてありがとう」
よし。刺さった。
これで詰みだ。ガリ勉は疑心暗鬼、煉華の告白は撃沈、泣いた女は俺が拾う。
完璧な筋書き。俺、天才。
で、まぁ。
知ってる人は知ってると思うが、こういう小賢しい細工ってのは、だいたい一番ダサい形で発覚する。
*****
十月半ばの放課後だった。
「ってわけで、わたし、文渡頁くんと、お付き合いすることになりました!」
教室の隅、いつもの五人の輪の真ん中で、煉華が深々と頭を下げた。
「「「えーーーっ!?」」」
聖莉が悲鳴みたいな声を上げて煉華に飛びついた。眞琴が「まじかよ! すげぇ!」と机を叩いた。
......は?
俺だけが、輪の中で固まってた。
「う、うそだろ。だってお前、告白はまだ先って」
「へへ......それがさ、聞いてよ。告白、されちゃったんだよね。向こうから」
「......はぁ!?」
「昨日、図書室の閉室までいたらさ、文渡くんが『話がある』って。......んでね、言われたの」
煉華は、そこで一回深呼吸して、たぶん一言一句忘れないように、ゆっくり言った。
「『変な忠告をしてきた人がいた。君の好意が罰ゲームだって。でも僕は、雨の日に三時間本から動かなかった君を知ってるから、疑う気になれなかった。それで気づいた。疑いもできないくらいなら、僕が先に言うべきだと思った』......って」
「よっ、ガリ勉くん男前!」
眞琴が茶々を入れて、聖莉が「しーっ!」と黙らせた。
俺は、笑えなかった。
変な忠告をしてきた人がいた。
おい。待て。
「んでね、あーし、白状したの。清楚系になろうとしてたのは、あなたに釣り合いたかったからですって。髪も言葉も、ぜんぶ背伸びですって。......そしたら文渡くん、なんて言ったと思う?」
「......なんて言ったの」
「『努力は嬉しいけど、僕が好きになったのは雨の日の君だから、背伸びはしなくていい』って! ......でも『テストの点が上がったのは素直にすごいから、勉強だけは続けたら』って! なにそれ! 好きすぎるんだが!」
きゃーっ、と女二人が抱き合って回った。
めでたしめでたし。大団円。
......そのはずなのに、輪の空気が、一箇所だけ冷えてた。
凛桜が、すまし顔のまま、スマホをこっちに向けてた。
「ところで升。『変な忠告をしてきた人』って、誰だろうね」
「......さ、さぁ? 二組の陰キャの誰かじゃね?」
「文渡くんから昨日、煉華経由で相談きてたんだよね。『三組の実程って人に、罰ゲームだって言われた』って。名乗ったんだって? 律儀だね」
......あの野郎、フルネームで売りやがった。
「それとさぁ」
凛桜は、スマホの画面をスッスッとめくった。
「『無理すんなよ、俺は前のれんげの方が好きだけどなー』......毎晩ごくろうさま。煉華、既読つけたあと毎回あーしに転送してくんの。『これどういう意味だと思う?』って。......全部保存してある」
「な......っ」
「あと、隣のクラスのやつが言ってたよ。升、夏休み前に外部の友達に『うちのグループの女、じきに全員俺が喰う』って自慢してたんだって? ......聖莉も入ってんの、それ」
「あ?」
眞琴の声が、一段低くなった。あのゆるい眞琴の顔から、笑いが消えてた。
「ち、ちげぇよ! あれはノリで......!!」
「ノリ、ね」
凛桜はスマホを置いて、初めてまっすぐ俺を見た。
「升ってさ、いっつもそれだよね。誘って断られたら『冗談だし』。バカにして怒られたら『ノリだし』。......本気を出さなきゃ、負けたことにならないもんね」
「......何が言いてぇんだよ」
「升さぁ――ほんとは煉華のこと、好きだったんでしょ」
心臓が、嫌な音を立てた。
「......は? はぁ!? 誰があんなバカ」
「文化祭の写真、フォルダの一番上にしてたじゃん。去年、煉華がインフルで休んだとき、真っ先に保健室と間違えて職員室凸したの升じゃん。......けど、ぜったい本気にはならないんだよね。本気で行ってフラれたら、ダサいから。だから『喰う』とか言って、遊びの棚に置いとくの」
凛桜は、ため息を一つついた。
「身の丈に合わない恋するとかダサいよな、って言ったよね。あんた、あれ、ずっと自分に言ってたんだよ」
......。
......なんも、出てこなかった。
言い返す言葉を探して、頭ん中の引き出しを全部開けた。全部、空だった。
煉華が、俺を見てた。怒ってなかった。それが一番きつかった。
「升くん。あーしね、升くんの夜のメッセージ、ちょっとだけ嬉しかった日もあったよ。......挫折しそうな日は、正直、揺れた」
「れ、煉華......」
「でも升くんのは、ぜんぶ『頑張るな』なんだよね。文渡くんは『続けたら』って言うの。......それが、ぜんぶだよ」
煉華は、ぺこっと頭を下げた。
「今まで遊んでくれてありがと。......あーしたちのグループ、しばらく升くん抜きでやるって。眞琴と聖莉と凛桜と、そう決めた」
四人は、連れ立って教室を出ていった。
最後に凛桜が振り返って、言った。
「本気出してない自分でいる、ってのはさ。楽だけど、いつか棚ごと腐るよ」
ばたん、とドアが閉まった。
*****
......で、一人になった帰り道だ。
言っとくけどな、俺は別に、へこんでない。
煉華のことは、あれだ、惜しいっちゃ惜しいけど、そもそも本気じゃなかったし。ってか俺から願い下げっていうか、あんな真面目ぶった女、こっちから振ってやったようなもんだし。グループも、もともと抜けようと思ってたし。凛桜の説教も、半分も当たってねぇし。
フォルダの写真は、あれだ、消し忘れだし。
職員室に走ったのは、あれは、ヒマだったからだし。
夜のメッセージは、キープの手入れであって、断じて、様子が知りたかったとかじゃねぇし。
......。
夕方の商店街を一人で歩く。斜め前を、どっかの高校のカップルが笑いながら歩いてる。焼けた肌の銀髪と、内側ピンクの髪の女。ばかっぽい声で、たこ焼きを一舟で分け合ってやがる。
ダッセ。
人前でいちゃつくとか、ダッセ。幸せそうな顔とか、ダッセ。欲しいもんに手ぇ伸ばして、取れて、笑ってるとか............。
......ダサいのは、どっちだ、って?
うるせぇよ。
俺は本気を出してないだけだ。本気を出せば、いつだって。本気を、出しさえすれば。
その台詞を、俺は今日まで何回言った?
数えかけて、やめた。
数えたら、負けを認めることになる。
だから俺は、今日も言うのだ。明日も言うのだ。棚が腐って落ちるその日まで、言い続けるのだ。
身の丈に合わない恋するとか、ダサいよな。
夕焼けの商店街で、そう呟いた俺の声は、我ながら、どんな負け犬の遠吠えよりダサかった。
<終わり>




