9話
放課後の教室は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。窓から差し込む夕陽が机の上に長い影を落とし、チョークの粉がまだ黒板に残っている。武田聡太は、忘れ物を取りに戻っただけのつもりだった。だが、教室の隅でノートを整理している竹田沙織の姿を見つけ、思わず足を止める。
「……まだ残ってたのか。」
「うん。部活の記録まとめてたら、時間かかっちゃって。」
沙織は顔を上げ、柔らかく笑った。その笑顔に、聡太の胸はまた跳ねる。誰もいない教室で二人きり――それだけで、空気が少し違って感じられる。
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机に腰を下ろした聡太は、何気なく窓の外を見た。夕焼けが校庭を赤く染めている。沈黙が続くのが気まずくて、口を開いた。
「なあ、こうして二人で残ってると、なんか変な感じだな。」
「変って?」
「普段は幼馴染って言い訳できるけど、今は誰もいないし……」
沙織はくすっと笑った。
「じゃあ、言い訳しなくてもいいんじゃない?」
その一言に、聡太は耳まで赤くなる。慌ててノートを手に取り、ページをめくるふりをした。
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沈黙を破るように、沙織が机に近づいてきた。ノートを差し出しながら言う。
「今日の練習、ちゃんと記録しておいたよ。シュート成功率、少し上がってた。」
「……ほんと?」
「うん。数字は嘘つかないから。」
沙織の真剣な声に、聡太は照れ隠しのように笑った。
「やっぱりマネージャーだな。俺より俺のこと見てる。」
「そうかもね。だって――」
沙織は一瞬言葉を止め、視線を逸らした。
「だって、好きだから。」
その言葉は小さな声だったが、聡太の耳にははっきり届いた。心臓が跳ね、言葉が喉に詰まる。
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「……お前、そういうことさらっと言うなよ。」
「さらっとじゃないよ。本気。」
沙織は真っ直ぐに聡太を見つめる。その瞳に射抜かれ、聡太は視線を逸らすことができなかった。
「俺だって……好きだよ。」
ようやく絞り出した言葉に、沙織はふわりと笑った。夕陽がその横顔を照らし、教室の空気が一層甘くなる。
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その瞬間、廊下から足音が近づいてきた。二人は慌てて距離を取る。ドアが開き、クラスメイトが顔を覗かせた。
「おー、まだ残ってたのか。仲いいな、お前ら。」
「ち、違う!幼馴染だからだ!」
聡太は即座に答える。沙織は笑いを堪えながら、ノートを抱えて立ち上がった。クラスメイトは特に疑うこともなく、すぐに去っていった。
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再び静寂が訪れる。聡太は深いため息をついた。
「……危なかった。」
「でも、ちょっとスリルあって楽しいね。」
「お前、余裕だな。」
「だって、秘密ってドキドキするでしょ?」
沙織の笑顔に、聡太はまた赤面した。夕焼けの光が二人を包み込み、放課後の教室は小さなラブコメの舞台になっていた。




