20話
春の気配が近づく三月の夕暮れ。校舎の窓から差し込む光は柔らかく、教室の空気もどこか穏やかだった。武田聡太は机に座り、ノートを広げていたが、文字は頭に入らない。心臓の鼓動が速い。――今日こそ、沙織に伝えなければならないと思っていた。
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放課後。教室に残っていた生徒たちが次々と帰り、やがて静寂が訪れる。聡太は深呼吸をして立ち上がり、窓際でノートを整理している竹田沙織に声をかけた。
「……沙織、ちょっといい?」
「なに?」
沙織は振り返り、少し不思議そうに首をかしげる。聡太は胸の鼓動を抑えながら、言葉を探した。
「俺……ずっと“幼馴染だから”って言い訳してきた。でも、本当は違う。俺は沙織を――彼女として見てる。」
その言葉に、沙織は驚いた顔をした。沈黙が流れる。だが、やがて頬を染めて微笑んだ。
「……やっと言ってくれたね。」
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聡太は息を呑み、続けた。
「バレるのが怖くて、隠してばかりだった。でも、もう誤魔化したくない。俺は沙織が好きだ。堂々と、彼女だって言いたい。」
沙織はノートを抱きしめ、少し俯いた。だが、すぐに顔を上げ、真っ直ぐに聡太を見つめた。
「私も……ずっとそう思ってた。幼馴染って言葉に隠されるの、もう嫌だった。でも、聡太が本気で言ってくれるなら、私は信じる。」
二人の視線が重なる。夕焼けの光が教室を包み込み、影が長く伸びる。
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沈黙を破るように、聡太が一歩近づいた。
「……これからは、隠さない。堂々と一緒にいる。」
「うん。私も、彼女として隣にいる。」
沙織は微笑み、そっと聡太の手に触れた。温もりが伝わり、心臓が跳ねる。だが、その鼓動はもう不安ではなく、確かな決意だった。
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その瞬間、廊下から足音が近づいてきた。二人は慌てて距離を取る。ドアが開き、クラスメイトが顔を覗かせた。
「おー、まだ残ってたのか。仲いいな、お前ら。」
聡太は一瞬迷ったが、すぐに答えた。
「……仲いいだけじゃない。俺たち、付き合ってる。」
その言葉に、クラスメイトは驚いた顔をしたが、すぐに笑った。
「やっぱりな!ずっと怪しいと思ってたんだよ!」
沙織は頬を染めながらも、嬉しそうに笑った。秘密はもう秘密ではなくなった。
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帰り道。夕焼けの空の下、二人は並んで歩く。人通りが多くても、もう手を繋ぐことをためらわなかった。
「……やっと言えたな。」
「うん。すっきりした。」
「これからは、堂々と一緒にいよう。」
「うん。幼馴染じゃなくて、彼女として。」
二人は笑い合いながら歩き続けた。夕焼けの光が背中を押すように、未来への一歩を照らしていた。




