16話
冬の朝、教室の窓から差し込む光は冷たく澄んでいた。武田聡太は机に座り、ノートを広げていたが、視線は文字に集中できない。昨日の練習試合での出来事が頭から離れなかった。相手校のマネージャーに声をかけられ、笑顔で返しただけ――それなのに、竹田沙織の表情が曇ったのを見逃さなかった。
「……なんであんな顔してたんだろ。」
小さくつぶやいた瞬間、沙織が教室に入ってきた。いつもなら自然に隣に座るのに、その日は少し距離を置いて席に着いた。聡太の胸に不安が広がる。
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昼休み。友達が冷やかすように声をかけてきた。
「昨日の試合、相手校のマネージャー、聡太にめっちゃ話しかけてたよな。あれ、怪しいんじゃない?」
周囲が笑い、ざわめく。聡太は慌てて答えた。
「ち、違うって!ただの挨拶だよ!」
だが、沙織はその場で笑わなかった。黙ったまま、視線を逸らした。友達は「おー、なんか空気違うぞ」と面白がり、さらに疑いを深める。
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放課後。体育館の片隅で、二人は片付けをしていた。沈黙が続き、聡太は耐えきれず口を開いた。
「……昨日のこと、まだ気にしてる?」
「気にしてないよ。」
「嘘だろ。顔に出てる。」
沙織はタオルを握りしめ、少し強い声で言った。
「だって、幼馴染って言い訳ばかりで、本当のこと言ってくれないじゃん。」
聡太は息を呑んだ。
「本当のことって……俺は沙織が一番だって、昨日も言っただろ。」
「でも、みんなの前ではいつも“幼馴染だから”って誤魔化す。私、彼女なのに。」
その言葉に、聡太は言葉を失った。沈黙が重くのしかかる。
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帰り道。夕焼けの空の下、二人は並んで歩いていたが、距離はいつもより少し離れていた。人通りが多く、手を繋ぐこともできない。
「……俺だって、バレたら困るんだよ。」
「困るのは分かる。でも、私は隠されてるみたいで嫌なんだ。」
沙織の声は震えていた。聡太は胸が締め付けられるように痛んだ。
「……ごめん。」
それ以上、言葉が出てこなかった。二人は黙ったまま歩き続けた。夕焼けの光が影を伸ばし、すれ違う心を映し出していた。
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その夜、聡太は布団に潜り込み、天井を見つめた。沙織の言葉が頭の中で繰り返される。
「彼女なのに。」
その一言が、心に深く突き刺さっていた。幼馴染という言い訳に頼りすぎていた自分。秘密を守るために、大切な人を傷つけていたのかもしれない。
「……どうすればいいんだろ。」
小さな声でつぶやき、目を閉じた。胸の鼓動は速いまま。すれ違いは、二人の関係を試す新たな壁になっていた。




