1話
昼下がりの教室は、冬の陽射しが斜めに差し込み、机の上に柔らかな影を落としていた。武田聡太は、数学の小テストに頭を抱えていた。問題用紙の余白は計算の跡で真っ黒だが、答えはどれも自信がない。しかも、消しゴムを落としてしまい、床のどこかに転がって見つからない。
「……やばい。」
小声でつぶやいた瞬間、後ろからすっと白い指が伸びてきた。竹田沙織が、自分の消しゴムを差し出している。
「ほら、使いなよ。」
聡太は一瞬、心臓が跳ねるのを感じた。沙織は幼馴染。席が五十音順で前後だから、こういうやり取りは自然に見えるはずだ。だが、二人の間には秘密がある。誰にも言っていないが、付き合っているのだ。
「……ありがと。」
消しゴムを受け取る指先が、ほんの一瞬だけ沙織の指に触れた。その瞬間、電流のような熱が走る。聡太は慌てて顔を伏せ、問題用紙に視線を戻した。周囲のクラスメイトは、何も気づいていない。沙織も、何事もなかったようにノートに視線を落としている。
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テストが終わり、答案が回収される。先生が教室を出ていくと、ざわめきが戻ってきた。友達の一人が聡太に声をかける。
「おい聡太、また赤点だろ?」
「うるせーよ。」
聡太は笑って返すが、内心は冷や汗だ。沙織が後ろから小声で囁く。
「ほんとに大丈夫?補習になったら、部活出られなくなるよ。」
「……幼馴染だから心配してるだけだろ。」
そう言って誤魔化す。だが、沙織は唇を近づけて、さらに小さな声で囁いた。
「彼女だから心配してるんだよ。」
聡太の耳まで真っ赤になる。前の席で赤面しているのを、周囲は「仲良いな〜」としか思わない。だが、本人たちは必死だ。
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放課後。バスケ部の練習が始まる。沙織はマネージャーとして、ボールを準備し、タオルを並べている。聡太はシュート練習に集中しようとするが、どうしても沙織の姿が視界に入る。
練習後、沙織がタオルを渡してきた。
「お疲れ。」
「……ありがと。」
その笑顔に、また心臓が跳ねる。だが、周囲には部員がいる。ここで表情を崩すわけにはいかない。聡太は必死に平静を装う。
「幼馴染だから、気が利くんだな。」
「そういうことにしておいてあげる。」
沙織はくすっと笑った。その笑顔に、聡太はまた赤面する。
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帰り道。夕焼けの中、二人は並んで歩く。人通りが多く、手を繋ぐことはできない。代わりに、幼稚園時代の思い出話をして「幼馴染アピール」で誤魔化す。
「覚えてる?あの時、砂場でケーキ作ったやつ。」
「覚えてるよ。あれ、私が飾り付けしたんだから。」
笑い合う二人。角を曲がった瞬間、人通りが途切れる。聡太はそっと指先を伸ばし、沙織の指に触れる。沙織も、自然に指を絡めてきた。
ほんの一瞬だけの秘密の時間。すぐに手を離すが、心臓の鼓動は止まらない。
「……バレないようにしないとな。」
「うん。でも、ちょっとくらいならいいでしょ。」
沙織の笑顔に、聡太はまた赤面した。




