アイラブユー皆思う これだけがメロディー奏でだす
「サコッティーーー!!」
朝の澄んだ空気を切り裂くようにハツラツとした声が廊下に響き渡る。
ガラガラと扉が開く音。
昨日と同じように、ゆらぎは迫に「おはよっ」と
爽やかな朝に笑顔を添えた。
「ゆらぎさん、おはようございます。」
「でも廊下は走ると危ないからね、まだ早いんだし歩きで来ようね。」
「そういうのは私に言わないでください、私の足に言ってください。」
迫は笑いながら、チョークを手に取り黒板の方をむいた。
ゆらぎは昨日と同じ席に腰を下ろすと、机の上に包み紙でくるまれた小さな箱をコトンと置く。
リボンが少し曲がっていたがとても丁寧にラッピングしてある可愛らしい箱だ。
「はい、サコッティにプレゼント!」
「おや、どうした、誕生日でもないのに。」
「うん、なんとなく!」
迫は期待してない素振りを見せながらもプレゼントを貰う、というイベントに少し胸が高鳴るのを感じた。
箱を開けると中には、なにも入っていなかった。
本当に、からっぽだった。
「空っぽだね。」
「うん、空っぽだよ。」
ゆらぎはそう言って相変わらずの笑顔を向ける。
「先生のガッカリしてる顔でも見たかったのかい。」
「違うよ、空っぽ、つまり、なんにも無い、ゼロをあげたの。」
「それはまた哲学的なお話かな。」
「うーんとね、哲学とかよくわかんないけどいつかさ、私も先生も死んじゃうでしょ。」
「そうだね。」
迫は何気なく返事をするも、この2人しか存在を確認できてない世界で死を意識しないようにしてる自分に気がついた。
「それでね、2人とも死んじゃったらどうなるの。」
「どうなるかな、ちょっと想像つかないね。」
「いつかね、みんなみんな死んじゃって地球最後の日がきてなーんにも無くなっちゃう日がくるでしょ。」
「わからないよ、もしかしたら地球の地下ではものすごく科学が発展してて宇宙に移住することになるかもだよ。」
「うん、もしそうだとしてもいずれみんな終わっちゃう。」
「だからね、サコッティにこの空っぽをあげる。」
「うん、聞かせておくれ。」
「私はね、サコッティの事を無限に好きでいるからね。」
"好き"と言う言葉に動揺しながらも迫は「うん、教員として、とても光栄だよ。」と口にした。
「私ね、昨日ずーっと、考えてたの!」
「いつまでもずっと変わらないモノ、永遠に続くモノってなんだろうって。」
「サコッティは何か思いつく?」
「うーん、なんだろう、宇宙だっていずれ無くなると言われてるからねぇ。」
「そうなのっ。」
ゆらぎは待ってました!と、言わんばかりに目を輝かせて続けた。
「無限に、永遠なんて続くモノは無いのです!」
「だからね、何にも無い、この空っぽは私の愛だよ。」
「どれだけ経っても朽ちる事もない、ずーっと変わらない、けど誰にも見えないし存在も証明できない。」
「でも、私とサコッティだけは知ってるの、いつかこのやり取りを忘れちゃっても、空っぽだからね。それでいいの。」
迫は思わず息を止めた。
ゆらぎの声は明るいのに、その奥にある何かが、ふっと心を掴んだ。
「ゆらぎ、それはなかなかに哲学的だね。」
「てつがくって、なんか難しそう、それにおじさんっぽい。」
「ゆらぎ、君はもう十分“哲学”してるよ。」
「え、なにそれ、ほめられてる?」
「もちろん。」
ゆらぎは嬉しそうに机にあごをのせた。
迫は空っぽの箱にまた丁寧にリボンを掛けて結ぼうとしたがどうにも上手く行かずそれを見たゆらぎは可笑しくて笑ってると言うよりとても愛おしい物を眺めてるような、そんな笑顔だった。
「ねえ、先生。」
「ん?」
「この学校って、いつまで続くの?」
唐突な質問だった。
迫は少し考えたあと、
「どうだろうね。先生は他にやる事もないし。しばらくはこのままじゃないかな。」と答えた。
「うそでしょ。どうせ今夜もラジオつけて何か流れてないか探すくせに。」
「えぇ、知ってたの?」
「顔と日誌に書いてある!」
「あぁ、見たんだね、もしかしたらどこかにまだ集落があるかもって思ってね。」
「見つかるといいね!」
「あぁ、もし見つかっても先生はずっと先生だからそれまではちゃんと授業を受けるんだぞ。」
「えー保健体育がいぃ〜」
教室にはまた笑い声が響いた。二人は笑い声が収まった時がくるのが怖くて少し、ほんの少し大袈裟に息が持つまで笑い合った。
でもその余韻の中に、ほんの少しだけ沈黙が残る。
その沈黙の向こう側に、“終わり”の気配が漂っていた。
不意にゆらぎは席を立ち、迫の日誌を広げた。
鉛筆を手にとり、真っ新な最後のページに
──「またあした」
と書き入れた。
「ねぇ、ゆらぎさん、それはフラグってやつじゃないか?」
「ふらぐ?」
「物語で“またあした”って言うと、だいたい次の日にいなくなるやつだよ。」
「え、いいじゃん!」
「いいの?」
「そんなジンクス打ち破ればいいし、それに、」
「それに?」
「明日世界が終わっても、もう私は愛を伝えたから!空っぽの無限大の愛!」
迫は肩をすくめて、少し笑った。
「君は本当に、どうしてそんなに明るいんだろう。」
「サコッティがいるからだよ。」
彼女を見つめながら迫は、もし、今ここが普通に生徒で溢れる学校なら、僕は彼女をこんなに愛してしまっただろうか。でもその方がきっと彼女は幸せだったのかもしれないな。と少し考えていた。
「なぁ、ゆらぎ。」
「なぁに、先生?」
「空っぽって、すごく贅沢なプレゼントだね。」
ゆらぎは振り返り、いつものように笑った。
ゆらぎのからっぽに触れたような気がした。
その笑顔は、まるで最初からそこにあった朝の光みたいに、風に靡くカーテンのように、おぼろげな記憶の中にある母親のように。




