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本編

※※こちらは連載中の「半神スカーラメント~闇に沈む王と暁の叛逆者~」の前身となった戯曲です。台詞とト書きで構成された脚本形式となっております。こちらは完結しており、今後のネタバレになる可能性がございます(違う着地を辿る想定ですが、少しはバレてしまうのでご注意くださいませ!!)※※

脚本形式ですので、やや小説より読みづらい部分もございますが、

よろしければ台詞をメインにお楽しみください。


  暦……歴史……全ての記録を絶った無なる世界に唯一残った国、

『無名国家』、『無名都市』、年代不明……。

暗闇のなか、明かりがゆっくりと灯されていき、

世界が不安定に浮かび上がっていく。

紗幕のなか、椅子に座り、チェスをしている二人の姿がある。

一人の男シーフェル王は前のめりになっており、もう一人、

少年の姿をした邪神の王は余裕の態度で椅子に座り込んでいる。

邪神の王は駒を進める。


邪神の王「……チェックメイト」


シーフェル王「……っ!!」


邪神の王「私の勝ちだ。最後の人の王、シーフェルよ。約束通り、私はこの星に有害なお前

たち人類を殲滅する……猶予は決して与えない。

(首を軽くひねる)さあ、我が眷属たちよ。この星に唯一残された大陸へと向かえ。」


シーフェル王「なぜこんなことを! 姿なき邪神の王よ! 私たちが一体、そなたらに何を

したというのだ!?」


邪神の王「私の存在意義はこの星を観察し、維持し続けること。お前たちが何世紀にも

わたる同族間戦争で大地を汚した罪は重い。」


シーフェル王「どうか…どうか救ってくれ!! 他の国民は全て殺したとしても、せめて

私の息子だけは……! 私にとって、大切なのは、あの子だけだ……! そのためだけに私はこの命懸けのゲームをしたのだぞ!」


邪神の王「断る。言ったはずだ。私は賭けに関する約定だけは違えないと。それは勝者が

どちらであっても同じ事。だが、お前はこの遊戯のよい相手だった。私の緩慢な時にわずかな楽しみを与えたぞ。だから一つお前に贈り物をしてやろう」


シーフェル王「何…?」


邪神の王「一万年前、お前の先祖は、かつて異形の邪神……すべての時と記憶を司る最高の神性であった私、ヨグ・ソトースを殺し、その肉体を切り刻み、ヤドリギの木の下に隠した。」


シーフェル王「なんだと……」


邪神の王「お前たち人間は都合の悪い過去は歴史に記さないようだな。わが肉体は殺され、 

引き裂かれてもなお、いまだ風化せず、心臓の鼓動を止めていない。

私は時折その鼓動を感じる。死肉に残した、弱き感傷に満ちた我が魂が呼び掛け続けているかのように。 」


シーフェル王「待て! 邪神の王! もう一度、もう一度賭けを!!」


邪神の王「残念だな、シーフェル王。この世にやり直しの利くことなど、何一つない。私はゲームが好きだ。せいぜい抗い、私を楽しませてくれ」

     

音楽盛り上がっていき、暗転。

豪奢でありながらも、ひどく無機質なシーフェル王の玉座。


シーフェル王「この大陸に残ったヤドリギを探し尽くし、地面を掘り起こせ! 邪神に

命を刈り取られようが、ヨグ・ソトースの死肉が見つかるまで探索を続けろ!」


ダーレス「王、もうおやめください! 一体今まで、何百人の犠牲者が出たとお考えで!」


シーフェル王「構うものか! ヨグ・ソトースの死肉が、唯一奴等に対抗する手段なのだ!

都市には数百年間研究を重ね、生成した『対邪神結界』を張り、臣民の一部を避難させた。結界領域の拡大は現在これが限界。一刻も早く死肉を発見しなくては。

奴らに抗うために!」


従者、走ってやってくる。


従者A「申し上げます! 西の果ての丘にて、ヤドリギの根元より、バラバラに引き裂かれた化け物の死肉が発見されました!」


シーフェル王「まことか! 直ちに科学的検証を行え!」


ダーレス「見つかっただと!? 王、死肉を一体何にお使いになられるのです?」


シーフェル王「かの死肉は今だ鼓動を続け、全ての細胞が息づいている…その細胞を人に

移植することで、邪神どもに対抗出来得る新人類を創造するのだ!」


ダーレス「新人類……?」


シーフェル王「ああ。今国家に必要なのは無形なる邪神の姿を確認出来る目と、邪神の持つ驚異的な殺傷能力や未知の力をもつ者たちだ。出来上がった新人類には国家と王子とを守らせる……私はもう長くはない。愛する息子だけが希望なのだ!! その希望を彼らに託したい!」


シーフェル王、目をかっと見開き、突然に死ぬ。そして彼の背後より

入れ替わるように、若き王、クリフ登場。

近寄りがたいと感じさせるほどに気高く繊細な雰囲気の少年だが、

どこか寂し気な瞳をしている。


クリフ「父上の遺志は僕が引き継ごう。さあ、邪神細胞移植手術に成功した殲神たちよ。

国家の敵、邪神たちを一匹でも多く討伐し、その能力を強化しろ。

最強の兵器となるために。」


ダーレス「クリフ様! 移植体ナンバーツーが永き眠りより目覚めました。

 しかし、能力には未覚醒です。」


クリフ「ご苦労、ダーレス。」


ゆっくりと歩いていくクリフ。

白いベッドの上に座り、茫然としている少年アダムの姿が

明かりに照らし出される。


アダム「ここはどこ……? 僕は……一体何……夢の結末は……?」


クリフ「ようやく目覚めたんだね、アダム。」


アダム「あだむ……? それって僕のこと? ……君は一体誰?」


クリフ「僕はクリフ。君の友達だ。ずっと、君が起きるのを待っていたんだよ。」


アダム「友達……? ねえ、どうしてそんなに悲しそうな目をしているの?」


クリフ「わからない…君がずっと、眠っていたからかな……。アダム。

でも、君が目覚めた今のほうが、なぜか寂しいんだ」


アダム「そう。あの、よくわからないけど大丈夫だよ。なにも覚えてないけど、

僕たちは友達なんだろう? もう、寂しくないよ。僕がいるから」


クリフ「ああ……君は変わっていない」


クリフは複雑な笑みを浮かべ、つめたく無機質な首輪を取り出し、そっと

首輪を取り出し、アダムの首に腕を回し装着する。


アダム「はっ!! 何、この首輪……痛い!!(アダム、かなりの激痛、のたうち回る)」


クリフ「殲神に装着する管理装置だ。邪神を殺した数を記録し、君たちの能力を管理する。

そして、君たちの生命そのものもね。」


アダム「外して……棘が刺さって……」


クリフ「拒否反応が出るのは最初だけ。脊椎との接続が終われば、体の一部のようになるよ。

安心して。君は、五千人を超える細胞移植手術の被検体の中で生き残った、

わずかな適合者なんだから。」


アダム「僕は……どうすればいいの……?(アダム、苦しんでシーツを掴み、体を震わせる)」


クリフ、首輪から伸びた鎖を引っ張り、震えるアダムに囁く。


クリフ「わが忠実な友であれ。僕の終わりが来るその時まで。」


音楽盛り上がっていき、ふっとその世界を断絶するかのように暗転。  

一年の歳月が流れる。

ダーレス、ヴァルトロ、グレン、ゼファー、レオン、ガイア、

イリヤの登場。一年後、E地区。(せん)(しん)特殊部隊緊急出動とスクリーンに表示。


勅令放送「王より勅令。緊急討伐要請。E地区にて邪神発生。殲神特殊部隊はただちに討伐を開始せよ。只今より、勅令音波による制限時間の打刻を開始する。」


「勅令音波」によって制限時間の打刻が始まる。スクリーンに制限時間が表示され、

殲神たちの首輪の一部が赤く点灯する。


ヴァルトロ「クソ野郎が。忌々しい首輪の棘ごときで、俺たち殲神が飼いならせるとでも?」


ダーレス「ヴァルトロ、口を慎め。クリフ様の勅令は絶対だ」


ヴァルトロ、ダーレスを一瞥し、舌打ち。


ヴァルトロ「フン。王の犬は這いつくばって泥でも舐めてろ」


グレン「ヴァル、怒って体力削るのやめたら? ていうか、早く終わらせて帰りたいな。

今日デートだし」


ゼファー「あれ? アダムは? どこに行っちゃったんだろ。アキリーズも」


レオン「アキリーズは討伐数トップですが、一匹オオカミですし、アダムは戦力には

なりません。これがいつも通りでしょう、ゼファー。」


ガイア「……行かなきゃ」


ガイア、去っていく。


イリヤ「ガイア? はあ、相変わらず自由だな。嘘つき予言者サマは」


そのとき、常人の瞳には映らない異形の怪物、『邪神』の姿が現れる。


ダーレス「(ダーレス、邪神の姿を確認する)顕現確認! 全員、戦闘準備につけ!」


ゼファー「了解。(ゼファー、邪神を狙って)撃滅せよ、ギーヴル!」


ゼファー、邪神を撃って倒す。これにより、スクリーンに表示された

彼の『討伐設定数』600が599に減る。


レオン「最後の慈悲を与えましょう。」


レオン、ショットガンで邪神を倒す。討伐設定数499/500と表示。


グレン「俺と遊びたいの? なら、地獄まで連れていってあげるよ」


グレン、邪神をひきつけて、細剣で邪神を斬る。

討伐設定数698/700と表示。


ヴァルトロ「跪き、我が力の贄となれ!」


ヴァルトロ、剣で一気に三体撃破。討伐設定数797/800と表示。


ダーレス「強度転換! 羅刹焔鬼よ、刀身に異界の力を宿せ!」


ダーレス、刀で三体撃破。討伐設定数747/750と表示。


ゼファー「(ゼファー、討伐が落ち着いたら)レオン、一通り、このあたりは討伐完了?」


レオン「ええ、設定された討伐数はろくに減っていませんがね。ひとまず移動しましょう。」


グレン「ヴァル、俺たちも行こ」


ヴァルトロ「ああ。お前とは別の地区にな。雁首揃えて討伐する必要はない。」


グレン「全く、女の子と違って、ヴァルはつれないな。」


みな、それぞれに去っていく。ほどなくして、邪神たちが数体現れる。

そこへ、大剣を背負い、顔の半分を黒い仮面で覆った長身の男、

アキリーズが現れる。


アキリーズ「異形の神よ、我が罪と刃の重みを受けるがいい! 」


アキリーズ、大剣を弧を描くようにして振り回し、十体ほどの邪神を殲滅する。

アキリーズ、討伐設定数990/1000とスクリーンに表示した瞬間に暗転。

激しい音楽と共にキャラクターと関係性を見せるオープニングが始まる。

そして、音楽が終わる頃合いにてオープニング終了。

数時間後、暗い森の情景が浮かび上がる。

森の中には、逃げ惑う殲神の少年イリヤと、彼の命を刈り取ろうとする

邪神の姿がある。討伐設定数「320/350」と表示。

そしてイリヤの制限時間は、容赦なく減っていく。一方、明かりが森と隔絶された

スペースに灯る。そこには、監視装置である鏡、「俯瞰鏡」を眺めるクリフ。

彼は冷たく、悠然とした態度で鏡の中を見つめる。


イリヤ「誰か……! 誰か助けて! いやだ! 粛清はやめてくれ!」


    自らの赤く点灯した首輪を抑えるイリヤ。そこへやってくるアダム。


アダム「イリヤ……?」


イリヤ「アダム、助けて! 僕の残り討伐数を君に移行して! 『殺しきれなかった』んだ!

このままだと僕は! あと十秒しかないっ!! 」


アダム「……ごめん……僕には……!」


イリヤ「どうして!? 僕たちは友達じゃないのか!?」


アダム「友達だよ! でも」


イリヤの首輪の点滅が激しくなっていく。


イリヤ「くそっ!! 何で僕なんだ! 討伐数が設定されてもいない、戦えもしないお前が生きて、どうして僕が死ななければならないんだ!!」


クリフ「残念。ゲームオーバー」


首輪の棘によって「粛清」され、倒れるイリヤ。


アダム「イリヤ……!! ごめん……」


クリフ「もう終わり? 下らないな。まあいいや、一人ぐらい。

(クリフ、無線へ呼びかける。)ダーレス、ナンバーナインは不適格だったようだ。」


クリフ、去る。クリフが去ったあと、突如、邪神の声が不気味なノイズとして響く。

それが、アダムには「裏切りの巫女…」という声に聞こえる。

アダムは思わず頭を抱える。


アダム「はっ……やめて……その声で僕を呼ばないで……耳鳴りで頭が割れそうだ!」


    邪神、頭を抱えたアダムに襲い掛かる。アダムの首に噛みつく邪神。

    ヴァルトロ登場。勢いよくアダムを襲った邪神を討伐。

    アダムは地面にしりもちをついて倒れ込む。


ヴァルトロ「役立たずのクズが。相変わらず、邪神の一匹も狩れないのか?」


アダム「ヴァルトロ、どうして?」


ヴァルトロ「勘違いするなよ、ナンバーツー。俺は討伐数を稼いだだけだ。それよりも」


ヴァルトロ、アダムの襟首をつかみ、目を見つめる。

その瞬間、彼の能力である「念力」が発動する。


ヴァルトロ「自ら命を絶て。お前には持ち腐れの邪神討伐武器、『神の牙』でな」


念力の効力によって、短剣を自身に突きつけるアダム。


アダム「……確かに……僕は……何の役にも立てはしない……!」


そこへ、ダーレスが現れる。彼はすかさず抜刀し、後ろからヴァルトロを抑え、

首元に刀を突きたてる。嘲笑しつつも舌打ちをするヴァルトロ。


ダーレス「ヴァルトロ。気まぐれに民間人を殺して回るだけでは飽き足らないのか?」


アダム、念力が解け、短剣を地面に落とす


アダム「あれ……僕は……」


ヴァルトロ「これはこれは隊長サマ。何、ただの実験さ。討伐設定数800以上をこなす

俺の能力が、どれほど強化されたのか、試しただけだ。殲神相手でも、この念力が

通用するか、今度はお前で試してやってもいいんだぜ?」


ダーレス「殲神同士の争いは禁じられている。忘れるな。お前が白い瞳を持つ『忌眼』の民でありながら、殲神として全ての臣民の上に立ち、法律の制限を受けない存在となり得たのは国家のもたらした恩恵のためだ。」


ヴァルトロ「もう一度、言ってみろ……! 容赦しないぞ、王の駄犬が!」


ヴァルトロ、ダーレスを振り払い、ソードブレイカーを突きつける。


ダーレス「お前はそうして、すぐに冷静さを失う。実力はあろうとも、致命的だ。

 粛清されたくなければ殲神特殊部隊の一員として誇りと尊厳を持って行動しろ。」


ヴァルトロ「人間を化け物にして治安を保とうとする国家で保てる誇りに尊厳? 

笑えるね! 俺はそんなもの、興味がない。欲しいのは新たな支配種として

全てを屈服させる力、それだけだ。」


ダーレス「悪いが、私は君と口論をしに来たわけではない。

移植体ナンバーナインの能力をナンバーワンに移行。」


死んだイリヤの首輪を操作するダーレス。能力の移行処理が完了する。


ヴァルトロ「フン、ナンバーナインが死んだのか? 討伐数をこなせなくて粛清とは、

 雑魚にお似合いの最期だな」


無線を使い、クリフと交信するダーレス。


ダーレス「我が君、ナンバーナインの能力を継承いたしました。ええ、解体処理は後ほど行います。」


そこへガイア、現れる。


ヴァルトロ「今度は嘘つき予言者のお出ましか。一体何をしに来た?」


ガイア「これは運命に従った行動。ただそれだけだよ」


ダーレス「ガイア、また嘘の情報を私たちに告げたな。何度、やめろと言えば気が済む」


ガイア「僕が真実を告げたところで、何の意味もない。先にあるのは絶望だけだ」


そのとき、邪神が一体、ダーレスの後ろに現れる。刀に手をかけるダーレスだが、

そこにアキリーズが現れ、ダーレスを狙った邪神を倒す。


ダーレス「すまない、アキリーズ」


アキリーズは無言で去ろうとするが、ふとガイアの方を見る。


ガイア「僕に何か用? もしかして、未来が知りたいの?」


アキリーズ「……知ったところでどうなる」


アキリーズ、退場。ダーレスはアキリーズの行った方向をやや気にして、

イリヤの体を抱えて運んでいく。ヴァルトロも去る。

ガイアはそっとアダムのそばに近づく。


アダム「ガイア、イリヤが死んじゃった。僕……助けられなかった」


ガイア「君は僕に何を言ってほしい?」


アダム、はっとし、押し黙る。


ガイア「……君には、どうしようもなかった。これは運命が決めていたことだ。」


アダム「ガイア……うっ!!(アダム、耳鳴りと頭痛でまた苦しむ)」


ガイア「また、耳鳴りかい? ノイズ……君にしか聞こえない邪神の声」


アダム「ああ。僕には彼らの声が聞こえる。彼らの知能は僕たちのようなものじゃない。

それでも、彼らは、悲しんで、苦しんで、涙も流す。」


ガイア「だからまともに殺せない? それとも弱くて、戦うのが怖いだけ?」


アダム「……意地悪だね、今日は」


ガイアは倒れたままのアダムに近づき、試験管に入った血清を取り出す


アダム「治療血清?」


ガイア「ああ。邪神から受けた傷は早めに修復しないと、邪神細胞による浸食が

進んでしまうからね」


ガイアはアダムの口に試験管を近づけ、血清を飲ませる


アダム「んっ…ガイア……どうして、いつも僕を助けてくれるの?」


ガイア「運命が決めているんだ。僕が決めているんじゃない。」


アダム「運命……いつも君はそう言うね。全部見えてるってどんな気持ち?」

     

ガイア「……行かなきゃ。あと五分後に、邪神がまた、僕たちを襲いにやってくる。」


アダム「その未来は嘘? ほんとう?」


ガイア「どうだろうね。ともかく僕は戻りたいんだ。」


アダム「わかった、ついていくよ」


ガイアとアダムは連れだって退場する。入れ替わるように、

巨大なボンベを背負ったレオンと銃を構えたゼファーが現れる。


レオン「ごほっごほっ!!」


ゼファー「レオン、大丈夫? 」


レオン「ああ……もう嫌になります。戦線に出るたび、最低五つの病気に

感染してしまうなんて」


ゼファー「はいはい、それは君が細胞移植の副作用で、人間が持つ抗体を全部なくしたからだろ? もう何度も聞いたよ。けどそのかわり、君は傷を受けない能力を持ってるから

いいじゃないか。それより邪神の気配がしない?」


レオン「ちょっと、僕は真剣に悩んでいるんですよ。(邪神の影に気づいて)

ゼファー! あそこに!」


ゼファー「もうっ、こっちくんなっ! 今日の討伐ノルマは終わってるの!」


レオン、ボンベと繋がったホースの噴射口を邪神に向けて


レオン「仕方がないですね、これでも食らいなさい!」


ホースから白い霧が噴出し、辺りを霧で覆い隠してしまう。


ゼファー「レオン! この馬鹿! 君のせいで何も見えないよ!」


レオン「大丈夫! この対邪神用麻痺スプレーの効果がもうじき出てくるはず!」

     

ゼファー「それ全然利かないって有名じゃん!」


レオン「お、落ちついてゼファー! 僕もスプレーのせいで奴らがどこにいるのか」


そのとき、ゼファー、別人格となり、      


ゼファー「うっるせえなあ! んなもん、気配でわかんだろ!」


ゼファーの声と同時に何発かの銃弾の音。霧が晴れ、二丁拳銃を構えたゼファー、

戦闘用人格が現れる。


ゼファー「討伐はもう終わったってのに、手をわずらわせやがって! そんなに相手してほしいか!?」


レオン「出てきちゃったんですね……」


ゼファー「緊急事態だ。仕方ねえ。おい、俺の邪魔にならないようにしろよ」


レオン「ええ、背中は僕に任せてください」


ゼファーと背中あわせに立つレオン。襲い掛かる邪神に応戦し、

銃を撃つ二人。レオンが一度、銃撃を外す。


ゼファー「へたくそ」


レオン「なんではずしたってわかるんですか?」


ゼファー「銃を撃つたび、お前の背中は一瞬ためらって震える。だから外すんだ」

     

レオン「ためらうのが普通です。僕はあなたのように強くはない」


ゼファー「そうだろうな。俺に一切のためらいはない。俺はゼファーの中の凶暴性と殺衝動を分離し、人格化しただけの存在! だから命中率百%だ!」


そのとき、ゼファーの視界に入らない所から邪神が忍び寄る。

レオンはゼファーの身をかばう。


レオン「危ない! 」


邪神に攻撃されるレオン。ゼファーはその邪神を撃つ。   


ゼファー「おい、何してんだ! そいつがいることぐらい気づいてたっての!」


レオン「僕は傷を受けない体質だ。それに、かばったのは「あなた」じゃない。」

    

ゼファー「……わかってるよ」

 

ゼファーはいらだったような仕草を見せ、迫ってきたほかの

邪神を二丁拳銃で撃って殺す。討伐し終わる二人。

出血しているゼファー。レオンはそれに気づき、鞄から試験管をだし、

ゼファーに渡す。ゼファーはそれをひったくる。


レオン「やはり、僕はあなたに随分と嫌われているようですね。」


ゼファー「ああ、嫌いだね。お前はいつも本心を隠してる。だから見るたび、

虫唾が走ってしょうがねえ」


レオン「僕の本心? ……何のことか、わからないな。」


ゼファー「フン。なあ、もし、俺がこいつの体を奪いたいって言ったらどうする?」


動揺するレオンだが冷静を装う


ゼファー「近頃、『俺の時間』が長くなってきたって思わねえか?」


レオン「何をバカなことを……そんなことは……」


ゼファー「邪神細胞は年月の経過、そして「同族」である邪神を殺せば殺すほど、活性化

し、能力の強化と引き換えにあらゆる形で移植者の身体をむしばんでいく。

こいつにとっては、俺の人格自体が、おぞましき邪神細胞のもたらした恩恵。

いつか俺がほんとうのゼファーを喰殺すときがくるぜ」

   

レオン「殺しだけが目的であるあなたに感情などないはずだ。

なぜ、彼の体を奪いたいと願うのですか? 邪神細胞に作られた人格でしかない

あなたが……!」

     

ゼファー「目的はただひとつ。あんたへの嫌がらせさ」


ゼファーはレオンに突然キスをする。数秒後、ゼファーは

元の人格に戻って驚き、レオンの胸を押しのけて離れる。


ゼファー「んっ…!(ゼファー、振り払う)何するんだよ!」


レオン「いや、これにはわけが……わかるでしょう、彼の仕業です」


ゼファー「(離れて歩いていきながら)最悪だ……あと24時間以内は僕に近づくなよ」


レオン「したくてしたわけじゃありません、彼がむりやり」


ゼファー「知ってる! 言わなくたってわかってるよ!」


レオン「じゃあ彼を制御してみなさい! 以前はあなたが邪神討伐のたびに彼を呼んで

いたのに、今はあなたが呼ばなくとも彼が好きな時に出てくる!」 


ゼファー、立ち止まる。


ゼファー「僕だって止めたいさ! でも、どうにもならない。少しでも邪神の気配を

 感じたとき……それから嫌な気分になったときだとか、気づいたら意識が

なくなって……あいつが……」


レオン「邪神細胞による浸食が進んでいるのでしょう。

出来る限り、進行を遅らせないと邪神化が始まってしまう。」

     

ゼファー「(無視して)帰ろう。討伐は終わりだ」


レオン「ゼファー!」


ゼファー「僕にどうしろっていうの? どうあがいても浸食を遅らせる方法はない。

現実をまっすぐ見据えて、瞳に真実だけを映すなんて、辛いだけだ」


レオン「ゼファー……僕は、君に……(この間、ゼファーはレオンから離れ歩いていく)」


ゼファー「(そして、ゼファーは前を向いたまま立ち止まり)……覚えてくれていればいいんだ」


レオン「え?」


ゼファー「僕の人格が死んでも、君が覚えていてくれるのならそれでいい。

僕が一体何を好きだったか、何を考えていたかを。僕たちは子供の時から

ずっと一緒なんだ。僕のことなら、君が一番知ってるだろ?」


レオン「ええ……ねえゼファー。邪神の始祖、ヨグ・ソトースにまつわる伝説を

知っていますか? 過去を書き換える力、『時の改変』に関しての」


ゼファー「過去を書き換える力? 時の改変? なにそれ?」


レオン「時空・次元を超え過去の出来事を捻じ曲げることです。それは、最後の肉体

ある邪神、時と記憶を司るヨグ・ソトースが持っていたとされる時への干渉権限。

そして、ヨグ・ソトースが『魂の分離』のさいに失った力を全て集めた者にはその権利が与えられ、時の改変が可能になると言われている」


ゼファー「へえ…なんかすごい話だね」


レオン「ゼファー。仮に…もし過去を変える力が手に入るとすれば、君は何を望みますか?」


ゼファー「何馬鹿なこと言ってるの? そんなこと、出来るわけないじゃないか。

さっさと行くよ」


レオンはその場に立ち止まったまま。ゼファーは一度、レオンのほうを

振り向くが、また歩いていく。


レオン「ゼファー……僕は……」


レオンはその先にある言葉を押し殺すかのように黙って、

ゼファーの去った方を見つめる。暗転。ところ変わって城の中庭の夜。

激しい雨の音。アダムが、ガイアを探している。

舞台中心の奥にある東屋の中で腰掛けているクリフ。

クリフは読書をしていたが、アダムを見つけて、かけよる。


クリフ「アダム、お帰り」


アダム「王。どうしてこんなところに? 雨に濡れます」


クリフ「敬語を使う必要はないって前にも言っただろ。君が二日もいなかったから

寂しかったよ」


アダム「ガイアを見ませ…ガイアを見なかった? 途中まで一緒に帰って来たんだけど、

用事ができたって言われて別れて、あとでここで会う約束をしたんだ」


クリフ「いないよ。ねえ、そんなことよりも外の話を聞かせて。 座ったら?」


アダムはクリフにためらいながらついていき、座る。


クリフ「ねえアダム。最近変なことはない?」


アダム「変なことって?」


クリフ「みんなのことさ。個人討伐数がそろそろ蓄積されてきていると思うから、

邪神細胞による浸食が進んでないかって心配でね。」


アダム「さあ……ガイアは何も言ってないし、みんなのことはよくわからない。

イリヤとはそれなりに話していたけど、彼はもう……死んでしまったから」


クリフ「ナンバーナインのこと? 残念だけどしょうがない。彼は不適格だった

というだけだ。」


アダム「ねえ、どうして僕には討伐数が設定されていないの? ほかのみんなみたい

に、決められた数の邪神を討伐しなくても許されるのはなぜ?」


クリフ「君は僕の友達だから、特別扱いしてるだけ。それに君は能力に未覚醒。

出来ることに限りがあるのは仕方がない。」


アダム「そう…友達か…ねえ、僕は目覚める前、何をしていたの? どんな親がいて、

どんなことを考えてた? 君はどうして何も教えてくれないの?」


クリフ「君は僕にとって賭け事のいい相手だった。それ以上は何も知る必要がないよ」


アダム「でも、気になるよ。自分は一体何なのか。」


クリフ「何も心配することはない。僕が統治するこの国では、君は安全だ。

僕は、君が目覚めてくれて本当に嬉しかった…。

だってゲームは一人じゃできないからね


アダム「ゲーム…君にとって、討伐数を課して、人の命の権利を握ることもゲームなのか? 討伐数が重なれば重なるほど、浸食が進むのに……!」


クリフ「殲神に人権があるとでも? 僕は統治者として当然のことをしているまでだ。殲神をより強化するためには多くの討伐数が必要。優れた兵器に磨きをかけているだけだよ。統治に必要なのは支配と恐怖だ。友愛や絆で人は従わない。信じれば、その先に待つのは裏切りだけ…」


アダム「また、その顔……」


クリフ「え?」


アダム 「初めて会った時、君はすごく寂しそうだった。また同じ顔をしてる。

ねえ、何か……辛いことでもあるの? 僕でよかったら話して」


クリフ「君は、変わってないね。優しくて…そして何よりも残酷なんだ」


アダム「え……」


クリフ「この話は終わり。ねえ、賭けをしないか? 最近誰も相手になってくれ

ないんだ。」


アダム「それは君が強すぎるからだよ。僕だって、君が相手じゃ全く勝てない。」


クリフ「でも君ほど僕と張りあえる相手はいないよ。一体何を賭けようか?

そうだ。君が勝てば、その首輪を外してあげる」


アダム「……本気で言っているの?」


クリフ「本気さ。でも、君が勝てるか、ガイアに未来を聞いてからのほうがいいかも」


アダム「ガイアは嘘をつくかもしれない」


クリフ「そうかな? 彼は君の友達だろ?」


アダム「ああ。でも、本当は僕の事、どう思ってるか……」


クリフ「わからないの? それじゃ、君はどうして彼のことを友達だと思ってるの?」


アダム「……ガイアといたら安心する。だって、ガイアは僕が弱くても怒ったり

しないし、僕を否定しないから」


クリフ「ガイアはどうだろうね。君といて、安心すると思う?」


アダム「それは」


そのとき、ダーレスが走ってやってくる。


ダーレス「クリフ様! こちらにいらしたのですか! アダム、君も……」


クリフ「一体どうしたの?  騒がしい」


ダーレス「はっ……。ガイアが『心臓の玉座』で何者かに殺害されていました。その件に関してご報告に来た次第です」


アダム「(頭の中で整理できず、困惑して)え……」


クリフ「へえ、死んじゃったの?」


アダム「そんな……嘘だ……ほんとに、ほんとにガイアは……」


ダーレス「これより、『処理』を行います。」


クリフ「よろしく頼むよ」


ダーレス「……アダム。別れを告げたければ一緒に来なさい」


アダム、うつむきながら、ダーレスについていく。

暗転。心臓の玉座。未だ鼓動を続ける異形の神、ヨグ・ソトースの

バラバラの屍と臓器が安置された場所。

この場面は、遠い過去の回想から始まる。

過去のガイアが邪神の心臓がまつられた台座の前に立っている。

そこへ走って現れる過去のアダム登場。


アダム「ガイア。こんなところで何してるの?」


ガイア「どうしていつも、僕にかまうの? 嘘つきと一緒にいたところで得はないよ」


アダム「友達に得も損もないよ。それから、嘘つきだからって友達を作っちゃいけない

なんて、誰が決めたの?」


ガイア「だからってなぜ」


アダム「僕はみんなが楽しそうにしてるのが好きなんだ。みんなに幸せになってほしい」


ガイア「……。ナンバーツー。君には記憶がないらしいね」


アダム「ああ。なんにも覚えてないんだ。でも、名前だけはあるみたい。

僕はアダム。ねえ、番号じゃなくて、そう呼んでくれない?」


ガイア「いいよ、アダム」


アダム「よかった。そういえば君の名前って変わってるよね。不思議な響きだ」


ガイア「古い神話の、女神の名前なんだって。つけた人が間違えたんだ。僕は男なのに」


アダム「えっ…そうなの? じゃあ、気に入ってない?」


ガイア「ううん、好きだよ」


アダム「……そう。(アダム、ふと周りを見渡す)ってこれ、何!? 

ぐちゃぐちゃの触手に、たくさんの目玉、牙の生えた口…!」


ガイア「今更気づいたの? ヨグソトースの屍だ。一万年前に死してなお、

未だ鼓動を続け、すべての細胞は切り取るたびに再生し続ける。

かつて人々にその身を切り裂かれ、バラバラにされた哀れな邪神さ」


アダム「ヨグ・ソトース…彼が? 僕たち殲神の中に息づく細胞の(あるじ)。」


ガイア「『彼』? まるで人みたいに言うね」


アダム「ああ。彼だって、生きていたんだろ? 僕たちが戦っている無形の邪神にも、

感情と心があるもの。僕には彼らの声が聞こえるから、わかるんだ」       


ガイア「そうだね。魂が残っているのかもしれない」


アダム「魂?」      


ガイア「ああ。聞いたことがあるんだ。ずっと昔、人に恋をした邪神の物語……     

異形の邪神が、人間相手の恋に苦しんで魂を真っ二つに分けた悲劇さ」


アダム「魂を二つに?」


ガイア「そう。愛する気持ちと、憎む気持ちの二つにね。ねえアダム、

彼の声が聞こえるなら、聞いてほしいことがあるんだ。時の改変について」


アダム「時の改変?」


ガイア「かつて時と記憶を支配する邪神、ヨグ・ソトースが持っていた、過去を書き

換える権利だよ。未来を見通す僕でも過去は覗けない…だから気になってね。」


アダム「ガイア…ごめん、彼の声は聞こえないんだ。それにもし、聞こえたとしても

もう二度と伝えられない」


ガイア「そう、だってもう、死んじゃったからね」


ガイアはそのとたん、ふっと力を失ったように倒れる。その瞬間

明かりが落とされる。ほどなくして、色の違う光によって、二人の       

柔らかな思い出を断絶するかのような現実が照らし出される。

ガイアの死体を見つめて立ち尽くすアダム。ダーレス遅れて現れる。    


ダーレス「刺殺だな…首輪を確認したところ、ガイアの能力が既に何者かによって

継承された後だった。…大きな痛手だ…その上、ここにはクリフ様の監視装置、『俯瞰鏡』が設置されていない。何があったか、知ることは不可能か」


アダム「ガイア、なんで」    


ダーレス「邪神細胞の浸食は死んだ肉体をなお蝕んでいき、

放っておけば、彼がやがて邪神と化してしまう可能性がある。

早急に遺体を切断し、再生不可能な状態にしなくてはならない。

アダム。別れを告げなさい」


アダム「どうしてですか? なぜバラバラになんてするの?」

    

ダーレス「邪神細胞を移植した私たちに、普通の人間のような人生は望めない。

皆、細胞に浸食され、邪神化していく運命だ。いずれは君も、私も。」


 アダムはしゃがみ、ガイアの首輪を外してやろうと手をかける。


ダーレス「何をしてる! それにさわるな!」    


アダム「どうして? もう必要ない。だって、ガイアはもう、何も出来ないんだ……」    


ダーレス「無理やり外そうとすると、起爆装置が発動して、君まで吹っ飛ぶ!」


アダムは思わず手を離してしまう。


ダーレス「つらいのはわかる。だが国家のため、受け入れなくてはならないこともあるんだ」


アダム「……あなたはクリフが同じことになっても、そう言いますか?」


アダムはガイアの亡骸を背負っていこうとして倒れそうになる。


ダーレス「アダム?」     


アダム「……クリフに報告するならしてください。何もしてあげられなかったけど、

せめて静かに眠らせてあげたい」


もう一度、ガイアの死体を背負って歩いていくアダム。その後姿を見つめる

ダーレス。

暗転。所変わり、静かな墓地。


アダム「(アダム、ガイアを背負い、息も絶え絶えに)……どこに……埋めれば……」


アダムは必死で歩きながら、少し離れたところに立ち、こちらを見つめる

アキリーズの姿に気づく。

そっとアダムに近づくアキリーズ。


アダム「何? アキリーズ」


アキリーズ「貸せ」       


アキリーズ、アダムからガイアの遺体を奪い、軽そうに持ちあげる。


アキリーズ「少し離れたところに、見晴らしのいい場所がある。そこに埋めればいい」     


アダム「え?」


アキリーズ「ガイアに頼まれていたんだ。お前がここに来ることも言っていた。それで…

どうせなら見晴らしのいい場所に埋めてほしいと」      


アキリーズについていくアダム。やや歩いた後。アキリーズは死体を下ろし、

近くにあったスコップで穴を掘り始める。


アダム「……いつ、言ってたの?」    


アキリーズ「何を?」    


アダム「自分が死ぬって」    


アキリーズ「……三か月ほど前だ」


アダム「一体誰に殺されたんだ?」


アキリーズ「さあ。死ぬ前に聞いてみたが、わからないと」


アダム「死ぬって知ってたのに、どうして守らなかったんだ?」


アキリーズ「あいつが言っていた。見える未来のヴィジョンは全て可能性でしかないと。

そしてその可能性の中で改変していいことには限界があると言っていた」


アダム「でも、可能性がゼロじゃないなら……! 君の力があればなんだって!」


アキリーズ「ガイアは俺が助けることを拒んだ。この運命には従えと言った」


アダム「運命に従う? そんなことのためにガイアを見捨てたのか!?」


アキリーズ「ああ……そうなるな」


アキリーズは穴を掘った後、ガイアの体を埋めて土をかける。


アダム「ごめん……責める気はなかったんだ……自分に腹が立って、

君に当たった。君はガイアの望みをかなえただけなのに」


アキリーズ、沈黙しつつ作業を続ける。


アダム「僕、何も知らなかったんだ。ガイアが何を考えていたのか。

 それに、いつもガイアに助けてもらうばかりで、何もできなかった。」


アキリーズ「埋葬は終わった。墓標の用意はない。この場所を覚えておけ」


アキリーズ、去ろうとする。だがアダム、回り込んでアキリーズを引き留めて、


アダム「待って! 僕に戦い方を教えてくれ!」


アキリーズ「それに何の意味が?」


アダム「きっとガイアは、僕がもっと強ければ、頼ってくれた…。打ち明けてくれた。

もう遅いってわかってる、でも僕は変わりたい。このままじゃだめだ!

 弱いままじゃ、なにも守れないから…守れなかったから……」


アキリーズ「そうか。だがなぜ俺がお前を助けなくてはならない?」


アダム「それは…」


アキリーズ「……来い。」


アダム「え?」


アキリーズ「……俺は誰に対しても容赦はしない。それでもいいのなら」


二人、はける。アダムははける前にガイアの墓を振り返り、

    思いをよせる。暗転。所変わって、城の玉座。クリフとダーレス。


クリフ「そう。処置は大変だっただろう。ご苦労様」


ダーレス「お気遣い痛み入ります。しかしクリフ様。殲神の能力が継承されていたと

いうことはつまり、殲神の誰かがガイアを殺したということ…早急に調査しなくては」


クリフ「必要ないよ。泳がせておけばいい」


ダーレス「ですが」


クリフ「ねえ、ダーレス。お前は僕に従ってくれる? 最後の時まで」


ダーレス「何を仰っておられるのです? 私はあなたをお守りするために、

殲神の身となりました。我が君、私はあなたにこの命を、魂を捧げます」


クリフ「じゃあ、僕を信じてくれ。いいね」


ダーレス「御意……」


ゆっくりと明かりが落ち、暗転。アダムの夢。

これまでとは打って変わった、自然豊かで古代的な風景が

広がっていく。一万年前――。若い王、ゼルクが現れる。


ゼルク「ったく、あのばか女。神殿にもいないとなると、行き先はただ一つか」


ライオンのクロノス、吠える。


ゼルク「クロノス、冒険は延長だ。もう少し付き合えるな? ……良い子だ」


兵士の声「ゼルク様! 獅子を連れて一体どちらにいらっしゃるのです? 」


ゼルク「やばっ、見つかった! クロノス、走るぞ!!(クロノス、応えて鳴く)


ゼルク、走る。場面転換。ヤドリギの木がある丘。

アダムと同じ外見を持つ長い髪の少女、メルジューヌが木のそばで泣いている。


ヨグ(声)「なぜ…泣いてるの……? 美しい人……。」


メルジューヌ「(メルジューヌ、はっとして)誰!?


ヨグ(声)「えっ…君、僕の声が聞こえるの?」


メルジューヌ「聞こえるわ。あなたは一体誰?


ヨグ「僕はヨグ……君は?」


メルジューヌ「私はメルジューヌ。ねえ、私が泣いてたってこと、内緒にしてくれる?」


ヨグ「うん、約束する。絶対に、誰にも言わない。」


メルジューヌ「優しいのね。でも、約束は顔を見てしたいわ。隠れてないで、出てきてよ」


ヨグ「だめだ。」


メルジューヌ「なぜ?」


ヨグ「きみに、嫌われるのがこわいんだ……。」


メルジューヌ「嫌うなんて。そんなこと、あり得ないわ。大丈夫よ。」


ヨグ「メル…ジューヌ……」


ライオンの吠え声。ゼルク、クロノスを従えて登場。


ゼルク「メルジューヌ、軍議に来いと言ったはずだぞ。戦にはお前の霊力が不可欠だ」


メルジューヌ「ヨグ、やっぱり隠れて……! 残虐王が来たわ」


ヨグ「残虐王?」


ゼルク「おい、誰に話してる。ここには誰もいない。」

それから、そのあだ名はやめろ


メルジューヌ「『(ほむら)の軍神』と呼ばれたい? みんなあなたを買い被ってるわ」


ゼルク「首をはねるぞ。それとも、クロノスの餌になりたいか?


メルジューヌ「好きにすれば。父さんみたいに私を殺せばいい! 私、絶対に戦に協力

なんてしないから。私の霊力はそんなもののためにあるんじゃないわ」


ゼルク「イブリス神官が死んだのは俺のせいじゃない。謀反を企てた罪で

投獄したら、牢の中で勝手に死にやがった。それだけだ。」


メルジューヌ「私は死に目にも会えなかった! 父さんは無実よ!」


ゼルク「俺の父だって俺が七つのときに死んだ。知ってるだろ……でもあの時お前は」


メルジューヌ「どうして? 数えきれないほどたくさん人を殺したあなたが平気で生きてるのに、なぜ多くの人に救いを与えた父さんが死ななくてはならなかったの?」


ゼルク「…さあ。お前が信じる神さまなんてどこにもいないってことじゃないか?

存在するとしたらおかしいもんな。」


メルジューヌ「何を言っているの? 自然神様への冒涜は許さない!」


ゼルク「ともかくザムードの(こく)までには来い。命令だ」


メルジューヌ「あなたなんて大嫌い。私だけじゃなくて国民のほとんどがそう思ってるわ」


クロノス、ヨグのいる方向に向かい吠える。


ゼルク「 一体どうした? お前らしくないぞ、クロノス。」


メルジューヌ「あなたに従うのに嫌気がさしたんじゃない。ライオンぐらいしか信じられる相手がいないのに可哀想。」


ゼルク「王の仕事は、国を絶えず呼吸させるために「必要悪」になることだ。

誰かが悪者になれば、めでたく世間は団結して平和になるだろ?

 俺は神と違って、みんなに愛されたいとも崇拝されたいとも思わない。」


メルジューヌ「神は見返りを求めないわ! 冒涜しないで。私が信じるものを!

父さんが信じたものを!」


ゼルク「お前に神を信じる権利があるように、俺にはそれを否定する権利がある。

無理に信じることを強制する方が暴力的だと思わないのか?

行くぞ、クロノス。」


クロノス、少し優しく鳴いてゼルクに寄り添う。

ゼルク、一度クロノスの頭を撫でて去っていく。


メルジューヌ「大嫌い……あんな奴…」


ヨグ「メルジューヌ、彼のせいで、そんなに悲しそうなの?」


メルジューヌ「ええ……ゼルクのせいで父さんは死んだんだから…どうしてあんなに

彼は変わってしまったの? 昔は優しかったのに…なぜ?」


ヨグ「彼が……いない方がいい?」


メルジューヌ「そんなの無理だわ。どんなに残酷だろうと、彼は王だもの。……行かなきゃ。」


ヨグ「行っちゃうの……? メルジューヌ……」


メルジューヌ「大丈夫。また、会いに来るから」


ヨグ「ほんとう? 約束してくれる?」


メルジューヌ「ええ…どうしてか私、あなたの気持ちはわかる気がするの。きっと、私も、

寂しいからね……」


ヨグ「寂しい……?」


メルジューヌ「じゃあね、ヨグ。また私、ここであなたの名前を呼ぶわ。」


メルジューヌは去っていく。


ヨグ「メルジューヌ……僕の声を聞いてくれた……初めての人……僕の名前を呼んでくれる、たった一人の人……」


ヨグの声の余韻を残すかのようにゆっくりと暗転。そして、風景が現代に戻る。

ガイアの死から、二週間後。

子供のように背中を丸め、膝を抱えて眠っているアダム。

アキリーズは剣の手入れをしている。


アダム「ここ……どこ?」


アキリーズ「いつまで寝ている? 稽古を中断してもう20分だ。」


アダム「僕、寝てたの? 20分か。それにしては長い夢を見ていたな……

 いつもと同じ夢だけど」


アキリーズ「いつもと同じ夢?」


アダム「ああ。よく見る夢だ。結末だけがいつもわからなくて」


瞬間、アキリーズがふらつく。


アキリーズ「……くっ……」


アダム「大丈夫、アキリーズ?」


アキリーズ「浸食の影響だ。……気にするな。」


アダム「ねえ、邪神を殺せば殺すほどにどんどん体の浸食と邪神化が進むって本当?」


アキリーズ「さあ……まだ完全に邪神化した者はいないからな。だが、もしそれが本当なら、

一番に邪神化を迎えるのは俺だ。」


そのとき、勅令放送が流れる。


勅令放送「G地区にて邪神の襲来を確認。一時間以内に殲神特殊部隊の出動を要請する」


アダム「あと一時間……?」


アキリーズはアダムに木剣を向ける。


アキリーズ「十秒間倒れずに耐えてみろ。出動までに最低限のことは教えてやる」       


アダム「……わかったよ」     


構えるアダム。アキリーズに向かっていくアダム。


アダム「はっ!!」


アキリーズにかわされ、地面に倒れ込むアダム。喉元に剣を突きつけられた時、

チャリンと音がする。剣を離そうとするアキリーズ。


アダム「あっ……アキリーズ! 待って! 鍵……引っかかってる」


アキリーズ「鍵?」


アダム「ああ。よかった。鎖が切れちゃうかと思ったよ」


アキリーズ「何の鍵だ?」


アダム「わからない。でも、目覚めた時からずっと、首にこの鍵がかかってたんだ。

 ねえアキリーズ、君は取り返しのつかないことをしてしまったことってある?」


アキリーズ「ああ。数えきれないほどにな」


アダム「あのね、僕……この鍵を見ていると、そういう気持ちになるんだ。

僕には記憶がないけど…過去に自分が何か、ひどいことをしてしまったような気が

して……胸がざわついてたまらなくなる」


アキリーズ「悔やもうが何だろうが、過去は再生できないものだ。」


アダム「……過去は…再生できない…」


そのとき、回想のガイア、現れる。


ガイア「かつて時と記憶を支配する邪神、ヨグ・ソトースが持っていた、過去を書き

換える権利だよ。」


アダム「時の改変……もし、そんなものがあるならば、ガイアを…」


アキリーズ「おい、どうした?」


アダム「ごめん! アキリーズ! 僕、調べたいことがあるんだ!」


走ってはける。記録室に移動するアダム。気だるげに本棚へもたれかかった。

ヴァルトロが既に部屋の中にいるが、アダムは気付かない。


アダム「時の改変について書かれた本はどこに……ってなんで、記録室なのに本が

数冊しかないんだ? しかも、法律書しかない。」


ヴァルトロ「人類が歴史の記録をいつしかやめたからだ。科学が発展していながらも、

邪神という非現実的な存在に脅かされる日常…そんな嘘か真実かわからない

歴史、書き残したって無駄だからな。しまいめには自分の国の名前も忘れて、

『無名国家』と呼ぶようになったぐらいだ」


アダム「ヴァルトロ、ここで何を?」


ヴァルトロ「仮眠だ。だがお前の足音のせいで目が覚めた。」


アダム「そう。邪魔をしたね。」


ヴァルトロ「で、お前は嘘つき野郎が死んで悲しくて、時の改変とかいう眉唾物の伝説に

ついて調べに来たのか?」


アダム「どうしてそれを…? 時の改変について、何か知ってるの?」


ヴァルトロ「お前が眠りから目覚める前に、俺たちの中で広まった噂だ。

ヨグ・ソトースの力すべてを掌握した者に与えられる時への干渉権限…奴を殺した者が

 殲神なら、おそらく無関係じゃない。能力の継承が目的なら、首輪の管理コードを聞くか、殺すしかないからな」


アダム「そんな……ガイアが殺されたのはそれが目的だって言うのか?」


ヴァルトロ「さあな。だが、奴はお前の次に弱かった。だから目的が何であれ、狙うのには

うってつけだったんだろ」


アダム「ガイアを悪く言うな…!」


ヴァルトロ「いいこと教えてやろうか? ガイアを嘘つきに仕立て上げたのは俺だ」


アダム「何だって?」


ヴァルトロ「あいつは最初、まともな予言者だった。奴のおかげで邪神の侵攻予測が当たり、

死者ゼロだったときもあるんだぜ? でもな、そんなことをされれば、迷惑なんだよ」


このヴァルトロのセリフ終わりでグレン登場。グレン、影からやりとりを静観。


アダム「どういうことだ?」


ヴァルトロ「俺は非力な人間様を救うために殲神になったわけじゃない。俺たちは

救世主なんかじゃなく、新たな支配階級だ。だから俺は、奴が一度寝込んだときに、

奴の「代理」として人間どもに嘘の情報を伝えてやった。

笑えるぜ、ある地区の奴等は全滅。ガイアはそれから嘘つき予言者ってわけだ」


アダム「そんな……! お前!!」


アダム、短剣を抜き、ヴァルトロに向かっていく。ヴァルトロすばやく抜刀。


ヴァルトロ「それでいい。死ぬ気で抗え、ナンバーツー!


ヴァルトロ、アダムの剣を難なくはたき落とす。

だがその瞬間、影から見ていたグレンが走ってヴァルトロの前に立ち、

腕を掴んで抑える。


グレン「まったく、ほっとくとこれなんだから」


ヴァルトロ「グレン、放せ……! ここでこいつを殺してやろうと思ったのに!」


グレン「だめ。さすがにまずいよ。粛清食らいたいわけ? それに殲神を殺したら」


言葉を遮るようにグレンの腕を振り払うヴァルトロ。


ヴァルトロ「気分が削がれた。ナンバーツー、いずれにせよ、引き金は引かれた。

雑魚がどこまで生き延びられるか、見ものだな」


立ち去ろうとするヴァルトロ、グレン


アダム「待て…お前も時の改変を望んでいるのか?


ヴァルトロ「まさか。過去に囚われるのは馬鹿だけだ。」


ヴァルトロとグレン、去る。


アダム「時の改変……そのためにガイアは殺されたのか? 」


音楽高まっていき、暗転。

スクリーンにG地区と表示。

ダーレス、アキリーズ、アダム、グレン、ヴァルトロが戦闘準備状態でそこにいる。


勅令放送「王の勅令、王の勅令。G地区に発生した邪神を殲滅せよ。殲神特殊部隊には

 現在より制限時間の打刻を開始する。」


勅令音波のSE。


ダーレス「顕現確認! 迎え撃て!」


その時、邪神の声であるノイズが響き、アダムに邪神が襲い掛かる。

耳鳴りと恐怖とでへたりこむアダム。


アダム「うっ!」


アキリーズ「大地よ、我が神の牙に生命力を与えろ!」


アキリーズ、アダムを襲った邪神を斬る。


ヴァルトロ「おいアキリーズ、そいつ、本当に鍛えたのか? 全く成長がないな。」


アダム「ごめん…アキリーズ…耳鳴りがして…」


アキリーズ「お前の自由だ。好きにしろ」


立ち去るアキリーズ。去り際に何かを落とす。


グレン「ヴァル、最弱ちゃんに構ってるヒマはないよ」


ヴァルトロ「フン、かまってなんかいるもんか」


アダム以外は去っていく。アダムはうなだれるが、アキリーズが

落としたものを見つける。


アダム「ん…これ、アキリーズの? アキリーズ!!」


アダム、拾ってアキリーズの行った方向に走る。

所変わり、荒れはてた土地。歩いているゼファーとレオン。


ゼファー「どういう風の吹き回し? 僕の討伐数を引き受けるなんて」        


レオン「ゼファー。毎日、君の浸食と邪神化は加速している。これ以上討伐数を増やすことは危険です。さあ、コードを教えて。討伐数を移行するために」


ゼファー「無理だ。出来ないよ。コードは命と同じぐらいの重みをもつものなんだ。

もしコードを解除されて、能力を奪われたりしたら、細胞に異変が起こって

どうなるかわからないし。」


レオン「それは君が、僕を信用していないということですか!? なぜ……! 」


ゼファーの腕をつかむレオン。

だがその瞬間、ゼファーの人格が変わる。

2丁拳銃をガンホルダーから抜いて構え、レオンの方向に銃口を向け、

後ろから、会話中静かに迫っていた邪神を倒すゼファー。弾を再装填しながら話す。


ゼファー「本人の意思は尊重しろよ、病弱野郎。」


レオン「……またゼファーの体を乗っ取ったのか!?」     


ゼファー「こいつの浸食は日に日に進んでる。

どうあがいたって、じきに俺がこいつの全てを支配する」


レオン「なぜそうまでして、ゼファーの体を奪おうとするのです!? 」    


ゼファー「言ったろ。お前への嫌がらせだって。

それに、俺にはどうしても欲しいものがあるんだ。」


ゼファー、二丁拳銃をレオンの方向へ向け、その後ろの邪神を撃つ。

『ゼファー、3/400』と表示される。ゼファーと背中合わせ

になり、邪神を撃つレオン。  


レオン「…あなたの思い通りにはさせません! させてたまるものか……!」


ゼファー「そんなことができるとでも? 笑わせるな!」


邪神を一気に撃破するゼファー。銃をしまう。その途端、


レオン「ええ、今証明してみせます」


レオン、瞬時に振り返りゼファーの腹を撃つ。


ゼファー「はあっ! お前何を……」

    

レオン「この首輪は僕たち殲神の脊椎と接続されており、討伐数と能力そのものを

管理している。そして万が一瀕死もしくは死亡状態になったときは、コードでの

制御が外れ、緊急時に他の殲神がその者の能力継承を行うことが出来る」


ゼファー「何を言ってる……能力の継承……? まさか、ゼファーの中で聞いた…

『時の改変』……?」


レオン「……僕はゼファーを失うわけにはいかない…だから、元からあなたには

いなくなってもらう必要がある。僕たちの人生を取り戻すために!」


ゼファー「そのために俺を、ゼファーを殺すっていうのか!? お前、狂ってる!」


レオン「彼は僕にコードを教えない……だから……もういい。だって過去を変えて、

僕たちが殲神にならないようやり直せば、「今」なんていらないだろう?」


ゼファー「待て! そんなにも、殲神を殺したら自分の体がどうなるかわかって

いるのか? 」


レオン「…ええ。ですが、ゼファーを元の人間に戻すことが出来るなら、この次元での

痛みと喪失など、恐ろしくない!(ゼファーにもう一度銃をつきつけて)

だから今の君を消滅させます。最初からやり直そう? ゼファー」


ゼファー「(ゼファー、引き金を引こうとするが引けない)引き金が……クソッ…

これは奴の意思か……残念だよ、嫌がらせが、こんなところで幕を降ろすなんて。

俺、本当は……」


レオン「僕は過去に戻り、最初から……(レオン、そう言いながらも、指は震えている)」


ゼファー「(ゼファー、人格が戻る)レオン……止めてももう、聞いてくれないよね」    


レオン「……君ですか? ゼファー」


ゼファー「レオン。こんなこと無駄だ。僕を…いや、僕たちの失われた過去を救うため

に、どれだけの犠牲を払う気?」


レオン「そんなこと、どうでもいい! 君は僕のために自分を犠牲にしました。都市への

移転権もあった君には、国家に実験台として親に売られた僕と違い、未来があったのに。君は、僕を一人にしないと言って、ついてきてくれた…君の未来を奪い、将来の可能性を潰したのは僕です! 償わせてください…」


ゼファー「償いなんて……ねえ、レオン、僕…言ってないことが一つあるんだ…僕は」     


レオン「もう時間がないんです! ゼファー、どうか許して……。

きっと君は、僕を許してくれるはず……次の世界では……正しい未来では!」


ゼファーは銃を地面に落とし、レオンを受け入れるよう見つめる。

レオンはゼファーを撃つ。倒れるゼファー。その瞬間、アダムが現れる。


アダム「アキリーズ…どこ? (アダム、状況を見て)レオン!? 」


銃声。アダム、レオンに足を撃たれて倒れる。


レオン「どうやら彼の言った通りです…。僕は一瞬のためらいを見せてしまう。

弱い者相手は気が進まないが、見られてしまった以上、仕方ありません」


アダム「何をするんだ! やめて!」


レオン「次こそ、心臓を撃ち抜きます。」


アダム「まさか君……時の改変のために? そのためにゼファーを?

君たちは、友達じゃないの? こんなの間違ってる!」


レオン「間違っている? そうかもしれませんね」


アダム「やめて…銃を下ろして…(アダム、逃げようとするがバランスをくずし転ぶ)」


レオン「最後に教えてあげましょう。ガイアを殺したのは僕だ。

ガイアが悪いんですよ。僕たちの未来について教えてくれなかったから。

彼の能力を継承した僕はゼファーの意識の残り時間がわずかだと知った」


アダム「君がガイアを…? そんな……!」


レオン「ええ。僕はこの手がどんなに血で汚れようとも運命に抗う。

そんな覚悟が君にありますか?」


アダム「覚悟……僕は……」


ヨグ「メルジューヌを壊す者…許さない…」


ヨグの声が響いた瞬間、腕を抑え、銃を取り落すレオン。


レオン「うっ!! 何だ、この痛みは! まさか、浸食の影響か…!?」


アダム、その隙に逃げ去る。


レオン「次は必ず息の根を止める……今度こそ、ためらわない…」


アダムが逃げた先で彼を狙う邪神が数体登場。

逃げつつも、アダムは傷が原因で崩れ落ちる。


アダム「くっ……! 」


ヨグ「……僕の……僕のメルジューヌ……やっと見つけた。君の魂……。」


アダム「誰……? 甘くて温かくて、優しい声……」


ヨグ「メルジューヌ、夢の結末は、僕が見せてあげる……。」


アダム「夢の結末? 」


ヨグ「一万年前の記憶…。もう一度…僕の声を聞いて、僕を見て…」


邪神たちが去っていき、アダムは憑依されるかのように、メルジューヌとなる。

風景が一万年前へと変わる。ヤドリギの木のそば。


メルジューヌ「ねえヨグ、父さんはね、誰よりも優しい人だったの。貧しい人が神殿に

 来たら、必ず食べ物と清潔な衣服を分けてあげていたわ」


ヨグ「きみは、お父さんを愛していたんだね」


メルジューヌ「ええ。なのにもう誰も、一緒に父さんの話を出来る人がいないのよ。

私は一人きり……」


ヨグ「僕がいるよ、メルジューヌ…僕に、君の声を聞かせ続けて」


クロノスの咆哮。ゼルク登場。


ゼルク「クロノス、どうして止めようとする! 一体なぜ、ここに来るのをそんなに嫌がるんだ?」


メルジューヌ「いずれ、誰もあなたの言うことなんて聞かなくなる…これは予言よ、ゼルク」


ゼルク「(アダムの肩を掴む)メルジューヌ、いい加減にしろ。誰に向かって話してる」


メルジューヌ「触らないで!」


ゼルク「父親が死んだぐらいで、世界で一番不幸になったつもりか。何も食わず、こんなに痩せて…どういうつもりだ!」


メルジューヌ「どうしてあなたは人の気持ちがわからないの? 

やっぱり…私をわかってくれるのはヨグだけ……」


ゼルク「ヨグ? 何をわけのわからないことを……やっぱり、噂は本当だったか……」


メルジューヌ「噂?」


ゼルク「 神懸かりの巫女だとしても、気が狂っちゃ意味がない。

無理にでもお前を王宮につれていく。」


メルジューヌ「私は人形じゃない。ちゃんと意思があるのよ。自分がどうしたいかは

自分で決めるわ。私は父のような人になる。分け隔てなく、多くの人々を助けたいの。

戦のためには協力しない! あなたのそばには…いたくない!」


ゼルク「お前の父親はお前を自然神に捧げる気だった」


メルジューヌ「え……」


ゼルク「神官がかつてのような権力を取り戻そうと、自然神への生贄の儀式を行う

つもりだったんだ。俺はその情報を聞きつけて、あいつを牢に入れた」


メルジューヌ「嘘よ、そんなの信じない! 」


ゼルク「お前のために黙っておくつもりだった。俺を憎むなら憎んでいい。

憎しみが生きる糧になるならそれも一つだ」


メルジューヌ「私、この国から出て行くわ…もういや!」


ゼルク「だめだ! それだけは! お前…子供のときの約束を破るのか?」


メルジューヌ「約束?」


ゼルク「俺の父上が死んだとき、お前は言った。俺は一人じゃない。ずっとお前は

そばにいてくれるって。」


メルジューヌ「それは、お父上が死んだとき、あなたが壊れそうだったからよ。ゼルク。

私は自然神の巫女として、あなたの支えになりたかったの」


ゼルク「自然神の巫女として…そんな理由で俺にそう言ったのか? 俺はずっと、

その言葉だけを支えにしてきたのに……本気じゃ、なかったのか?」


メルジューヌ「本気よ。私は巫女。全ての人に、平等な愛と献身を捧げるのが義務だわ」


ゼルク「…全ての人に……!?


ゼルク、メルジューヌを木に押し付ける


メルジューヌ「いやっ…何をするの?」


ゼルク「お前は俺を特別だと思ってくれたのかと思った。だから、俺は王として、

どんな戦況にも耐え抜き、国を守り、拡大し続けた! 

全部、お前を守るためだったのに……」


メルジューヌ「どういうこと…?」


ゼルク「俺を嫌ってもいい、憎んでもいい、でも、博愛はいやだ。

全てを等しく愛してなんてほしくない。わかってよ、メルジューヌ……」


メルジューヌ「わかりたくないわ! たとえ、あなたが言ったことが本当だったとしても…

信じたくなんかない! 父さんを返して!」


ヨグ「メルジューヌ……君の望みを言ってくれ…僕は、君に従う…

守ってあげる…君を苦しめるものすべてから…だから、僕を…」


ゼルク「なんだ!? 今の音…聞いたこともないようなうめき声…!」


メルジューヌ「私の望み、それはただ一つよ。ゼルク、消えて!」


ゼルク、消える。クロノスの吠える声。


メルジューヌ「ゼルク……? どこに行ったの?」


ヨグ「メルジューヌ。君が望むことなら、僕は何だってする……時を改変し、

彼の存在そのものを抹消してあげたよ。彼が生まれてきたという事実は消えた。

 王座には、因果律の調整で別の王が座っている。王でさえも、時の力を使えば『交代可能』なんだ」


メルジューヌ「時の改変…まさか、禁じられた書物に記された古き神の力……?

自然神様への信仰が始まる前、人々を支配し、全ての時と記憶を司っていたと言われる

邪悪なる神性…地層深くに眠りし悪しき神…!!」


ヨグ「僕はずうっと一人ぼっちだった。誰にも僕の声は届かなかったから。

君だけが聞いてくれた。僕に気づいてくれた。ねえ、僕を愛して……」


メルジューヌ「あなたはヨグ……いいえ、邪神、ヨグ・ソトース!!」


ヨグ「愛しいメルジューヌ、なぜ怯えているの? 願いを叶えてあげたのに、

嬉しくないの? 君はどうすれば幸福なの? 君はどうすれば、

僕を愛してくれるの? 僕たちは、友達じゃないの?」


メルジューヌ「友達よ…でも私、こんなの望んでなかった!

本当に、消えてしまうなんて!」


神官A「何だ? どうした?」


ヨグ「メルジューヌ、僕を愛して……僕を、受け入れて……」


その瞬間、明かりが落ち、世界は暗闇に覆われる。


メルジューヌ「いやー!!!!」


神官A「 誰か来てくれ! とんでもない化け物だ! 体から生えた無数の触手に、

ドロドロの肉塊……数多の眼球と口…そして恐ろしい牙……!」


兵士A「どうした!? 一体なんの騒ぎだ!?」


兵士B「ばっ化け物だ! 殺せ! 化け物を殺せ! 早くその身を八つ裂きにしろ!」


ヨグ「痛い……痛いよメルジューヌ!」


メルジューヌ「(はっとして)やめて! 彼が苦しんでいるわ!」


兵士A「何を言っている! 『これ』は化け物だ! そこをどけ!」


???(邪神の王)「もはや、我が身とこの思いを捨てる他はないようだな……

たった今、魂の分離を行う……すべては星の維持のため……」


兵士B「なんだ!? 黒い雨が降ってきたぞ!」


邪神の王「愚かな人類よ……今日という日を呪うがいい……」


ヨグ「僕はメルジューヌと友達になりたかった…メルジューヌ…愛してる…」


邪神の王「違う! 私は人が憎い! 愛を求める弱き魂など、必要がない。

私は邪神の王だ!私と精神を共有する邪神の眷属たちよ……無形となりて、

奴等を殲滅せよ!」


兵士A「この雨はこの化け物のせいか!? 雨を浴びると体が焼け爛れていく……!」


メルジューヌ「違うわ! その子はもうバラバラになって、何も出来ない! だからもうやめて!」


兵士B「化け物め! 何度でも突き刺してやる!」


メルジューヌ「やめてーー!!!」


ヨグ「助けて……メルジューヌ……なんでもあげるから……僕を愛して……」


再び明かりが入った空間は、不気味なほどの静寂と、深い孤独とに包まれている。

メルジューヌの記憶と意識がアダムの中へ完全に溶け込み、

彼は悲し気にヤドリギを見つめ、語り出す


アダム「……時空と記憶を司る邪神、ヨグ・ソトースはその肉体が息絶える寸前に、

 自らの魂を分断し、邪神の王となった……最後、何も見えなくなってしまったのは、

僕がそのとき、目を塞いでいたから……私……だって何も見たくなかった…」


ヨグ「メルジューヌ……君の魂は一万年の時を越えて、転生した。

僕はずっと…君を待ち続けていた…」


アダム「ずっと見ていた夢は僕自身の物語……だから僕には邪神の声が聞こえたのか?」


ヨグ「そうだよ。……アダム。……やっと君が僕を見てくれた…」


アダム、その声を聞きながら気を失う。暗転。

所変わって、邪神討伐中のグレンとヴァルトロ登場。


グレン「ヴァル、残り討伐数、どう?」


ヴァルトロ「もうこなした。」


ヴァルトロはグレンの方を振り返り、念力を使おうとする


グレン「残念でした。討伐数第四位の俺にはさすがに無理」


ヴァルトロ「強化がまだ足りないのか……決められた討伐数以上を狩っているってのに」


グレン「で、俺に何命令する気だったの?」


ヴァルトロ「…さあな。」


そのとき、銃が発砲される音。レオンが現れて、彼らに銃を向ける。


グレン「病弱くん、どうしちゃったの?(グレン、剣を抜きながら)」


ヴァルトロ「はっ、ついに頭までやられたか?」


レオン「(レオン、弾を再装填)まさか。これまでにないほど冴え渡っていますよ!」


レオンは銃を撃つ。ヴァルトロはソードブレイカーで弾を防ぎはじき返す。

レオン、間髪入れずにグレンを撃とうとするがヴァルトロが

グレンの体を突き飛ばすようにして弾丸から逃れさせる。

だが、それでもわずかに弾丸が片足をかすり、膝から崩れ落ちるグレン。

ヴァルトロはレオンに接近し、腹を突き刺す。呻くレオン。


レオン「なぜ……僕は傷を受けないはずなのに、なぜ痛みが……血が……!」


ヴァルトロ「『神の牙』はより多くの討伐数を稼ぐことによって、強度を増す……

 俺たちの肉体と同様にな。このソードブレイカーと討伐数を重ねてきた俺の

強さはイコール……討伐数五位のお前の能力が何だろうが、この強度は超えられない。

さあ、たっぷり苦しめて殺してやるよ」


レオン「くっ…そんなっ…」


ヴァルトロ「お前だったんだな。過去に囚われた馬鹿は。

まあ、そんなこったろうとは思っていたが」


グレン「ヴァルトロ! 殺すのはやめろ!(駆け寄りヴァルトロの体を後ろから抑え)」


ヴァルトロ「離せ! こいつが襲ってきたんだ。別に王に罰せられやしない!」 


グレン「邪神細胞が活性化する要因は「同族殺し」だ。そして遺伝子と細胞の情報が

最も近い殲神を殺すことは、邪神を一万体殺すことに等しいと言われる…

こいつを殺せば一気に邪神細胞が活性化し、浸食が進むぞ!」


ヴァルトロ「お前に何の関係がある! 離せ!」  


グレンはヴァルトロに向けて手をかざして、鏡の楯の能力を使う。

二人から突き離され、楯の中に閉じ込められるヴァルトロ。壁が

目の前に現れ、干渉出来なくなる。何かをグレンに向かい、叫んでいるが、

音が遮断される。


グレン「何言ってんの。関係…あるに決まってんじゃん。」


レオン「ヴァルトロが消えた……? まさか、『鏡の楯』か!?」     


グレン「出し惜しみして滅多に使わないんだけどね。君とヴァルのせいだよ。

俺の鏡の楯に覆われた者は姿を隠すことが出来る…まあその間、こっちに何も干渉

できないし、声すら聞こえないらしいけどね。さあ俺が相手だよ。病弱くん」


レオン「その剣で僕の銃に勝てるとでも?」


グレン「諦めるのは嫌いなんだよ。

 それに俺の討伐数は君に勝ってる……刺されれば死んじゃうかもよ?」


レオン、グレンに向かい銃を撃つ。かわして近づき剣をレオンの

胸部に向かい突きたてるグレン。レオンはそれをとっさに銃身を使い、

当たらないよう防ぐ。


レオン「くっ……近接武器相手に、こんな戦い方を強いられるとは…!」

 

グレン「見くびられちゃ困るよ!」


グレンは隙をついてレオンの銃を振り落とし、

剣を喉元に突きたてる


グレン「お互い、浸食を早めるのはやめにしないか。取引しよう。俺の『楯』の能力、

 それからヴァルの能力もお前にやってもいい。俺はヴァルのコード、知ってるからね。

ま、半端なく怒るだろうけど。その代わり、ヴァルと俺の過去も変えてほしいんだ」 

    

レオン「君たちの過去を?」


グレン「ああ。君が時の改変を行うというのならね」


レオン「もし、やり直せるとすれば……あなたは何を望みますか?」


グレン「今度こそ、本当の意味でヴァルを救い出す……やり直して、必ず俺は……!


レオン、服の中に隠したゼファーの銃を取り出す。


レオン「そうですか、それは残念です。」


レオンがグレンを撃つ。グレンが死んだ瞬間、鏡の楯が壊れる。


レオン「時の改変において、変えられることはただ一つ。あなたの願いは聞けない」


ヴァルトロ「グレン……!?」


レオン「(レオン、グレンの能力継承処理を行って)これで、三人目を手に入れた……

ヴァルトロ、悪く思わないでください。」


ヴァルトロ「お前!!」


ヴァルトロ、走って、レオンに切りかかろうとする。


レオン「鏡の楯の、本当の使い方を試してみましょうか。鏡は、自らの姿を映し出す…     


レオンはヴァルトロに手をかざす。鏡の楯が出現し、その鏡の中

に、もう一人のヴァルトロが出現する。レオンの姿は消えている。


ヴァルトロ「何!? あれは俺……!?」


レオン(声)「さあ、かかってきたらどうです? それとも自分に向き合うのは恐ろしい? 」    


ヴァルトロ「何を言ってる? 俺は誰に対しても、負けることはない……!」


鏡の中のヴァルトロ、語り出す。

               

ヴァルトロ(鏡)「どうかな? 本当は誰に対しても、負けることが恐ろしくて

たまらないんだろう? お前にとって、強さは自己証明の唯一の手段だ。

忌眼だろうと、何だろうと、強さだけは人に対して平等であり、これまで一度も

自分を裏切らなかったんだからな」


ヴァルトロは鏡に向かい剣を突き刺す。


ヴァルトロ「黙れ!」


だがその瞬間、痛みが走る。


ヴァルトロ「くそっ……なぜ、痛みが……!? 」


そして鏡は再び語り出す。  


ヴァルトロ(鏡)「でも、それは違うと本心ではわかっている。お前は力を求め、それを

証明し続けるということの果てのなさに絶望している。力を手に入れた先に何もないとわかっているからだ。お前が欲している物は何も手に入らない」


ヴァルトロ「俺が欲しているのは力だけだ! それ以外、何も求めてなんているもんか!

 強さこそが正しさの証明…そのために俺は全てを掌握し、支配する力を手に入れる!」


ヴァルトロが鏡を突き刺す。その瞬間。鏡の割れる音。ヴァルトロは

自らの攻撃を、鏡によって受ける。倒れるヴァルトロ。

照明が切り替わり、レオンが現れ、ヴァルトロの首輪を操作する。


レオン「あなたを殺せるのはあなた自身でしかないと思っていた。グレンに感謝します」


俯瞰鏡を見つめるクリフ、離れたスペースに登場。声なくフッと笑う表情を

浮かべる。振り返ることなく去るレオン。暗転。

所変わって、倒れたアダムを発見するアキリーズ。

アダムは眠っている。アダムをゆすって起こそうとするアキリーズ。


アダム「ん…アキリーズ?  どうして君がここに…?」


アキリーズ「ガイアのためだ」


だがそのとき、邪神が後ろからアキリーズに襲い掛かってくる。

アキリーズは気づくが、地面に崩れ落ちる


アキリーズ「また、邪神化の症状が……くっ、こんなところで……!」


アダム「アキリーズ!?」


アキリーズにかけよるアダム。回想の中のヴァルトロの姿が浮かび上がり、

語り出す。


ヴァルトロ(回想の声)「能力を継承するには首輪の管理コードを知るか、

殺すしかないもんな」


アダムは迷い、短剣に手をやり、静かに抜刀する。回想の中のレオンの姿が

浮かび上がり、語り出す。


レオン(回想の声)「僕はこの手が血で汚れようとも運命に抗う。

そんな覚悟が君にありますか?」


アキリーズ「(アダムのしようとしていることに気づく)アダム?」


アダムは首を横に振り、短剣で襲ってきた邪神を突き刺す。


アダム「ガイア…僕は変われない……!」


アダムはそのあとに襲ってくる邪神をどうにか倒す。体を持ち直した

アキリーズはアダムに合図をし、別地区への移動を促す。

二人が去ったあとに、ふらついたレオンが現れるが、ヴァルトロに刺された痛みと

邪神化発作に侵されて地面にうずくまる。そこへダーレスが現れ、

レオンに近づき、介抱しようとする。


ダーレス「レオン。具合が悪いようだな。立てるか? その傷はどうした?」


レオン「ダーレス……」


ダーレス「ここの地区は空気が悪い。討伐数をこなすなら別の所のほうがいいだろう」


レオン「討伐数をこなす……人々や国を救うのではなく、僕たちの目的は、

王に与えられたその使命をこなすことなのですか? 」


レオンはダーレスに銃口を突きつける。


ダーレス「……反逆行為は許されない。銃を下ろしなさい」


レオン「あと、もう少しで…僕は全てを元に戻せる……過去を取り戻せるんです!        

ダーレス、あなたにも、ゼファーのためにその能力を捧げてもらいます!」


ダーレスは既に抜いていた刀でレオンの心臓を突き刺す。

レオンは目をかっと見開き、苦悶の表情を浮かべ、息絶え絶えに

言葉を絞り出す


レオン「はっ…僕はゼファーを救う! 死ぬわけには、いかない…!」  


ダーレス「残念だ。レオン。こんな結果になるとは……しかし、私とて為さねばならぬ事が

ある。」


ダーレスは一瞬だけその表情を曇らせ、刀を抜き取る。

レオンはぐったりと倒れ、完全にその命を失う。

そこへ、つめたいブーツの足音が響き、クリフが現れる。                


ダーレス「クリフ様? こんなところに来てはなりません!」


クリフ「僕はそれほどこの命に執着していないんだ。任務の遂行、ご苦労。ダーレス。

さあ、能力の継承を頼む」

   

ダーレス「……承知いたしました(首輪操作で能力継承)。しかし、まさかレオンが…」


クリフ「彼なら、やってくれると思ってたんだ。とはいえここまで、実行に移すのが早いとはね。個人討伐数が蓄積されてきたし、ちょうどよかったけど」


ダーレス「個人討伐数? やってくれると思っていた? 一体……」


クリフ「(ダーレスの首輪を操作して)ダーレス。君の討伐数を今日はもう完了としよう。だけどその代わりにあることを頼みたい」


ダーレス「しかし討伐数をこなさなければ、この地区の安全は…!」


クリフ「お前、まさか本当に、来る日も来る日も湧いて出てくる邪神を倒し続ければ、

いつかみんな、いなくなると信じてるの?」


ダーレス「では、私たちはなぜ!」


クリフ「僕は姿なき邪神の王と取引をしたんだ。ずっと昔、賭けに勝った時にね。」


ダーレス「あなたが賭けに勝った? どういうことですか? 

王が賭けに負けて、世界が狂っていったのではないのですか?」


クリフ「父は邪神の賭けに勝てるような腕は持っちゃいない。だから虐げ続け、

闇に追いやった僕を邪神との賭け事に使ったんだ。」


ダーレス「まさか……あなたが…?」     


クリフ「ああ。僕は邪神の王に言った。この国の人を好きなだけ殺していい。

でも都市には近づかないでってね。結界なんて最初からないんだよ。彼らは協定に

従っているだけなんだ。都市が機能していれば、別に全員生き残る必要なんてないだろ

う? それから僕は……邪神の王ともう一つ、約束をした。」


ダーレス「そんなことは知らなかった…なぜ? 私はあなたに従い続けてきたのに!」


クリフ「邪神の王に残った記憶操作の力で、みんなの記憶を書き換えてもらったんだ。

そしてお前だけにはわずかな真実と僕との思い出を残したんだよ、ダーレス。」


ダーレス「あなたは一体…そうまでして何をお望みなのです! 邪神との取引など、どうかおやめください! 今からでも、遅くはありません! 私があなたを何があろうともお守りいたします! どうか……!」


首輪の懲罰機能を使うクリフ。苦痛で膝をつくダーレス。


ダーレス「はっ……我が君……私は……。」


クリフ「黙って、言う通りにして……お前が少しでも僕を大事に思っているなら……

ダーレス、お願い……僕が生まれ変わるために!」


クリフはダーレスにすがりつくようにする。粛清が解けたダーレスは

悲し気にクリフを見つめ、何かを言いかけるが、そのかわりに今にも

壊れてしまいそうなクリフをそっと抱きしめる。ゆっくりと明かりが落ちていく。

所変わり、アダムとアキリーズ。

アキリーズはアダムの足に包帯を巻いている。


アキリーズ「弾がかすっただけだ。大事じゃない」


アダム「アキリーズ…謝ったぐらいじゃ、許してもらえないよね」


アキリーズ「お前程度に殺されるほど、俺は弱くない」


アダム「わかってるけど、僕は君を…」


アキリーズ「もういい。それにしても時の改変。あんな眉唾ものの伝説に

踊らされる奴がいるとはな。」


アダム「…でも、レオンはきっと、ゼファーのためにやったんだ

 ガイアに何もしてあげられなかった僕とは大違いだよ。僕は…結局遠い昔となんにも

変わっていない。あるのはうわべの優しさだけだ」


アキリーズ「……城に戻ったら医務室に行け」


アダム「ありがとう……そうだ、アキリーズ…これ、落としてたよ」


アキリーズ「ああ。すまない…実はさっきから、探していた」


アダム「それ、なあに?」


アキリーズ「死んだ弟のピアスだ。」


アダム「弟さん、亡くなったの? 邪神に殺された?」


アキリーズ「いや…人に殺された。」


アダム「そう…ねえ、アキリーズ。君はその過去を変えたくないの? 

討伐数第一位の君なら、みんなを殺して能力を集めることぐらい簡単だろ?」


アキリーズ「過去に俺は重い罪を犯した。殲神は法の制限を超えた存在。

ならば自らの手で自分を罰し続けるしかない。過去を変えることは罪からも

逃げることになる。」


アダム「そんな…だからって自分で自分を罰し続けるなんて、苦しいじゃないか」


アキリーズ「ああ。たまらなく苦しい。だが、それが罪を償うということだ」


そこにダーレスが登場。


アキリーズ「ダーレス。何かあったのか? 」


ダーレスは刀でアキリーズに組み合う。アキリーズもすかさず抜刀する。


アキリーズ「何をする!」


ダーレス「アキリーズ、許せ。全ては我が君のため……!

強度転換! 羅刹焔鬼よ、刀身に異界の力を宿せ! 大剣強度に勝る力を! 」


アダム「ダーレス! やめろ!」


アダム、ダーレスにつかみかかろうとするが、アキリーズに妨げられる。


アキリーズ「(アキリーズ、ダーレスと剣がかち合う)王の犬をいつまで続ける気だ! 

奴は狂っている!」


ダーレス「彼は狂っていない。狂っていたのは彼を排斥し、虐げた者たちだ!」


アキリーズ「なぜそうまで肩入れする? あの残虐な子供に!」


ダーレス「彼こそが救われるべきだ。私はずっと、彼を見守って来た…

未来の可能性をすべて絶たれ、絶望していた彼を私だけは見捨てない!

そう誓ったんだ……!」


アキリーズ「奴の手で、その身を異形に変えられてもか!」



ダーレスが一瞬優勢になる。アキリーズはそれでも押し返す。

だが、アキリーズは邪神化の発作が出て一瞬ふらつく。


ダーレス「発作か……苦しそうだな。随分と、邪神化が進んでいるのだろう……

どう生きようと、邪神化は止まらない。私もお前も……いずれ、人であることを失う…

ならば私はこの命を、魂をクリフ様に捧げることを選ぶ!」


ダーレスはアキリーズに切りかかる。アダムその前に躍り出る。


アダム「やめて!」 

                  

刀がアダムに近づいていき、アダムは恐怖で目を閉じる。

だが、その瞬間明かりが切り替わり、すべての時が止まる。


アダム「なぜ……みんな動かないんだ?」


ヨグ「やっと目覚めたんだね、能力に……僕のメルジューヌ」


アダム「その声……ヨグ……一体これは!?」


ヨグ「時を止める力だよ。ようやく君も能力覚醒が完了した。

覚醒に必要なのは、僕の死肉に残った記憶との共鳴なんだ。」


アダム「でも、僕まで……なぜ……動けない!!」


ヨグ「その力は、圧倒的な運命の力には逆らえない……

君は『強化』もしてこなかったから、当然の結果だよ。」


アダム「そんな! 嘘だ!」


容赦なく、時間は動き始める。アキリーズは前に立ったアダムを押しのけ

ダーレスの刃を受ける。ダーレスはアキリーズの胸に刀を突きさす。

崩れ落ちるアキリーズ。首輪に触れ能力継承を行うダーレス。


アダム「やめろ! やめるんだ! アキリーズ! 死なないで…!!」


継承したあと、アキリーズにすがりつこうとするアダムを引きはがして腕を掴み、

目を見つめるダーレス。ヴァルトロから継承した念力を使う。


ダーレス「抵抗はよしてくれ。さあ、君は眠りたくて仕方がなくなる……

ゆっくり休むんだ。痛みも、何もかも忘れて……」


アダム「いやだ……どう…して……」


ダーレス「理解してくれとは言わないよ、アダム。これは私の決断だ」


アダムは目を閉じ、ふっと倒れる。暗転。そして、紗幕の中、

静かに過去が浮かび上がっていく。牢の中にいるクリフの姿。

足音が響き、そこへ現れるアダム。


クリフ「ねえ、鍵は持ってきてくれた?」


アダム「ごめん。ダメだったんだ…。」


クリフ「頼むから鍵を持ってきてくれよ! 逃げなきゃ僕は邪神の王に殺される!」


アダム「僕は君の友達だ。でも、やっぱり、出来ない……怖いんだ。お父様を裏切れない!」


アダムは首にかかった鍵に手をやろうとするが、首を横にふって去る。


クリフ「アダム……アダム! 助けて……!! 兄さん!!」


    音楽が強くなり、消えていく過去。そして、現在――。

心臓の玉座。倒れて眠っているアダムに、クリフがそっと近づく。

気配を感じて起きるアダム。アダムは自分が腕を拘束されていると気づく。


クリフ「意外と早いお目覚めだね。アダム。気分はどうかな?」


アダム「……クリフ……」


クリフ「ずっとこの瞬間を待ち続けていた。時の改変の鍵である、シーフェル王の嫡子、

アダム第一王子」


アダム「王子? 時の改変の鍵? どういうこと?」    


クリフ「君は僕の兄弟なんだよ。とはいえ、父親は違う。僕は王妃が不貞を働いて産んだ

子供。君は王の嫡子…僕の兄だ。そして、シーフェル王の正当なる息子。

君こそが正しき王位継承者。」


アダム「そんな……嘘だ……僕たちが、兄弟……? 僕が王位継承者?」


クリフ「ああ、その顔だ。僕は、ずっとその顔が大嫌いだった。

君が地下に閉じ込められた哀れな父親違いの弟に会いに来るときに見せる、偽善者の

顔……」


アダム「そんなこと……信じられない。僕には移植手術以前の記憶がないんだ」


クリフ「覚えていないから、許される……君らしいね。でも僕はなぜか、そんな君が

目覚めた時、胸が締め付けられるほどに悲しくて、嬉しかったんだ。

僕は結局、君の残酷な優しさにもう一度、触れてみたかったのかもしれない」


アダム「クリフ……」


クリフ「だから僕は、殲神となった君に討伐数を設定せず、君を友と呼び、

ずっと特別扱いしてあげた……『鍵』の君に死なれれば困るしね。」


アダム「……鍵? なぜ僕に細胞移植をしたんだ?」


クリフ「僕は邪神の王から話を聞き、君がヨグ・ソトースと交信することのできた

メルジューヌの魂を継承する器だと知ったんだ。だから君がどうしても必要だった」


アダム「一体……どういうこと? まさか、君が全て仕組んでいたのか?」


クリフ「ああ。僕が殲神たちを作らせたのは、邪神討伐なんかが目的じゃない。

 邪神の王は僕に告げた。『時の改変』を行いたければ、邪神が切り離した肉体から

失われた能力を抽出することに協力しろとね。邪神細胞を人間の体に移植し、

邪神にとって個体強化の要因となる、同族殺し…つまり、邪神の討伐を

行うことで失われた力を活性化させろと…。

邪神の王がもう一度、力を自分の中に取り込むために」

    

アダム「そんな……僕たちはそのためだけに生み出されたのか? 邪神の王が力を

取り戻すためだけに……」


クリフ「それ以外、意味があるとでも? 君たちはただの媒介だよ。そして君はその

最後のピース……だから邪神の王の力で君の記憶を消し、全てをまっさらにして、

前世であるメルジューヌの記憶を蘇えらせることにした」


アダム「メルジューヌの記憶を蘇らせるため?」


クリフ「ああ、魂の分離の原因となった、メルジューヌの記憶と繋がった能力こそが

時への干渉権限を得ることに最重要な鍵だ。だからその能力には強化なんて必要ない。

今すぐ『使える』。さあ君の能力をダーレスに移行して邪神の王の魂を呼ぶよ」     


アダム「まさか……! ダーレスはどうなる!?」    


クリフ「僕はようやく報酬をもらうんだ。くだらない王様ごっこと邪神討伐ごっこを

続けたことへの報酬だよ。僕の望みは時の改変を行うこと。望みを叶えるためには犠牲が必要なんだ」


アダム「君はそんなことのために多くの人を犠牲にしたのか? 一体何人、あの手術で

死んだと思っているの!? 何も知らず、邪神に殺された人たちは…!?」


クリフ「そんなこと…!? 暗い所に閉じ込められ続けた人間の絶望を想像できるか……利用され、存在を否定され、切り捨てられた僕がどんな気持ちだったか…

なぜ、僕一人の不幸より、その他大勢が重要だと言うの?」


クリフはアダムの首輪を掴みダーレスへの能力継承を行う。


クリフ「ようやく、君に話すことが出来た……ねえ、やっと僕たちは一つになれるんだ。」


アダム「ひとつになる……一体、なにを言っているんだ……?」


クリフ「さあ、時の改変を可能にする鍵を渡せ……殲神にして、邪神と唯一交信し          うる媒介者……アダム! 移植体ナンバーワンに移植体ナンバーツーの能力を継承!」


クリフ、移行処置を行う。


クリフ「さあ、ダーレス。これで準備完了だ。君は今から、邪神の王の器だよ」


ダーレスがそこへ歩いてくるが、膝をついて倒れ込む。


クリフ「全ての能力を継承したから苦しいのか? 安心して。もうすぐ終わるよ。」


ダーレス「クリフ様。これはほんとうにあなたが望んだ結果ですか?

あなたはこれで救われるのですか?」


クリフ「僕は生まれ変わらなくちゃ。ダーレス……そのためになら、僕は君ですら

どうなったっていいんだよ。」


ダーレス「我が君。私の望むものはただ一つ。あなたの幸福だけです。

 私は……それだけを……」


アダム「やめろ、クリフ! こんなことをして、後悔するのは君だぞ!」


クリフ「うるさいなぁ……ねえ、そういえば、ずっと気になってたんだよ。

君ってどうやって邪神の声を聞いてるの? 耳? それとも脳? 鼓膜をつぶしても、聞こえるのかなあ?」


クリフがアダムに手を出そうとした瞬間、まばゆい光が辺りを包む。


クリフ「なんだっ……!?」


邪神の王がダーレスに憑依する。    


邪神の王「クリフ……いや、今はそなたが人の王か」


クリフ「久しぶり。またチェスをやる? どうせ僕が勝つだろうけど」


邪神の王「ふざけていられるのも今のうちだ……簡潔に言え。お前の望みはなんだ?」


クリフ「時の改変だ。 僕を生まれ変わらせて」


邪神の王「生まれ変わる…?」


クリフ「ああ。僕はずっと、正当なる王を演じ、玉座に座っていた……でも、

この身を流れる不純な血も、僕自身という存在も消しようがない……完璧に、

正しい王を演じることなんて、どうやったってできないんだ……

だからまるごと自分を消して、『アダム』として書き換えたい!」


アダム「クリフ! なぜそんなことを望むの!?」


クリフ「アダム? 一体何を怖がってるんだ? 僕が君になるだけだよ。

そう、真似事でなく、今度こそ完璧に君と一つになれる……。」


アダム「君自身が消えて僕になる……? そんなことを本当にしたいのか?」


クリフ「僕が望んでいるのは、悪事でも、愛でも何でもない。与えられるべき、

 正しい人生なんだ。僕が『アダム』としての肉体と魂を手に入れ、

クリフを消し去る……正しい王として生きるために。」


アダム「ダメだよ、自分が何を言ってるのか、わかってるのか?」


クリフ「ああ。僕だって、最初はこの体とこの魂で、得られなかったものを

取り戻す気でいた。でも、気付いたんだ。僕は自分がどんな人間か、わからないんだよ。

生まれた瞬間から、僕は暗闇の中、永遠と続く孤独のなかにいた。

僕は自分が何を欲しいのかも、人にどうしたいかもわからない!!」


邪神の王「くだらない口論はそろそろやめて、ゲームをしよう。退屈な私を楽しませてくれ。クリフ。お前がこのメルジューヌの魂を持つ少年を殺せば、時への干渉権限を使い、

時の改変を行ってやろう。だがアダム、お前が生き残った場合には、

その権利をお前に与える。ゲームはプレイヤー同士に平等な条件を与えなくては、

精彩を欠いてしまうからな」


邪神の王はアダムに向けて手をかざし、アダムの腕の拘束を解く


クリフ「この嘘つき……僕はお前の要求通りにしただろう! なのに何で……」


邪神の王「私はお前がいかさまをして、賭けに勝ったと知っているぞ。だがお前の望む通り記憶改竄を行い、都市への不可侵条件を飲んだのは、忌々しき我が死肉に残った能力と

時への干渉権限を再び手にするためだ。お前も駒の一つでしかない。

そして、死肉に残った魂が執着するメルジューヌは、私の手では破壊できぬ。

だからお前にその役目を与えるのだ。」


クリフ「……最初からそのつもりで…?」


邪神の王「さあ、ゲームだ。愚かな人間たちよ。…私の声を聞き、魂を壊したメルジューヌよ。お前を完全に抹殺しなければ、私が滅んだ肉体に残した魂と愛は永久に消えない……

さあクリフ、時を改変したくば、この少年を殺せ!」


クリフは短剣を抜く。


アダム「クリフ……本気で君自身を消して、全部やり直したいって思ってるのか?」


クリフ「ああ、生まれた瞬間から僕は間違っていたんだ。やり直すのは当然だろう?」  


明かりが変わり、紗幕の中に過去が浮かび上がっていく。

檻の中に閉じ込められたクリフ、そして彼を冷たげに見下ろす

シーフェル王。過去のクリフは、シーフェルに語りかける。


クリフ「父上……僕が、邪神の王と賭けをすること……それが望みですか」


シーフェル王「私を父と呼ぶな……私は一国の主だ。自らが死ぬわけにはいかない。

そして私は……アダムを守らなければ」


クリフ「守る? なぜ彼だけを守るのですか!? 僕はっ!」   


シーフェル王「一体、何だと申すのだ?」


クリフ「……僕は何でもない……僕は……一体……何? 何のために、生まれてきた?」


シーフェル王「……せめて、国家の役に立ってみせろ。それだけがお前の存在価値だ」


アダム「かわいそうなクリフ。ねえ、いつか君を、ここから出してあげるからね」


現在のクリフが、つぶやく。


クリフ「 僕は……君が羨ましかった。僕が君だったらよかったのに……」    


檻から解放された過去のクリフは、邪神の王と賭けをする。

過去のクリフ、邪神の王に語りかけ、


クリフ「お前に勝利すれば、望みを叶えてくれるのか?」


邪神の王(影)「もちろんだ。何でもお前の望むまま……好きに、望む夢を見せてやろう。 

 それが賭けの勝者に与えられる権利だ。」


過去のクリフ、立ち上がり、邪神の王に切迫し、


クリフ「僕は生まれ変わりたい……! 邪神の王、そのためなら、僕は何でも捧げてやる!

 僕が欲しいのはっ!」


現在のクリフ、その声と動きに呼応するように、


クリフ「こんな感情が……この憎しみが、お前に理解できるわけはない! 

僕は時を改変し、生まれ変わる!」


クリフは短剣を構えアダムに向かっていく。

向かってきたクリフを受け入れるように、抱きしめるアダム。クリフの刃が

アダムの胸に突き刺さる。


クリフ「アダム……? どうして?」


アダム「クリフ、君にあげるよ。僕の人生を……。僕の魂も、体も全部。

 それが君の望みなら。」


クリフ「何を言ってるんだ……? 理解できない……」


アダム「色んな人を傷つけて、死なせた僕には、もう何をする資格もないんだ。

クリフ……だからせめて、君に償いをさせて。僕を許して。」


アダムはクリフの頬に手を伸ばしつつ、力を失う。その瞬間、光が発せられ、

音楽が高まっていき、暗転。

ゆっくり目覚めるアダム。美しい楽園か、水底のような世界が広がっている。

そして、そこには白いフードを被った人々、精神をヨグソトースと共有した

『魂の虜囚』が無表情で行きかっている。

顔は包帯のような白い布で覆われていて、ほとんど見えない。そこへ、

長い髪に白い内巻きの角が生えた、人ならぬ少年の姿をした

ヨグ・ソトースが現れる。


アダム「……ここは……?」


ヨグ「やっと会えたね、メルジューヌ。」


アダム「(アダム、完全に目を開けて)その声は・…ヨグ!? 君、どうして……!?

その姿は!?」


ヨグ「……ここでは、魂そのものの姿以外は投影されない……

僕はヨグ・ソトース…かつてすべての時と記憶を支配していた邪神の魂だ。」


アダム「ヨグ……? 君が!? でも、なぜ……」


ヨグ「君が死を選ぶことは予想がついていたよ。

だから、僕は死んだ君を、この終わりなき魂の庭に連れて来たんだ。」


アダム「ヨグ、なぜ君はそうまでして僕を……」


ヨグ「君は僕の、初めての友達だったんだ。だから僕はずっと、引き裂かれた肉体の中に

留まり、邪神の王の侵略を制御してきた。」


アダム「一万年間も……?」


ヨグ「ああ。君の魂が復活し、転生するまではこの世界を守る必要があったから……

でも、もう限界かな…彼は時に介入する権限を得た。世界はいずれ滅ぶだろう」


アダム「そう……でも僕は……あの日、悲鳴をあげて君を拒んでしまった。」


ヨグ「いいんだ。これからはずっと一緒だから。僕の愛しいメルジューヌ」


アダム「ずっと?」


ヨグ「ああ。僕はね、いずれ滅ぶ世界に君の魂を置いておきたくはなかった。

だから、この庭を作り続けたんだ……魂だけが生きる世界。ここには僕が選んだ魂だけが存在している。何千年もかけて完成させたんだよ」


アダム「あの、行きかう人たちが、そうなの……?」   


ヨグ「ああ。姿は変わってしまったけど、彼らは幸せなはずだ。

ここでは理想のものしか見えないからね」


アダム「僕は…これからどうなるの?


ヨグ「盟約の儀式を行おう。意識の共有を……」


アダムを魂の虜囚が取り囲む


アダム「何をする気?」


ヨグ「君と僕の意識と共有するために、

僕の意識を抽出した『禊の聖水』を君の中に注ぎ込むんだ」


アダム「意識を共有する?」


ヨグ「ああ。僕と同じ考えなら、君はもう僕を拒絶しないだろう?

 君を手に入れるためにはもうこれしかないと、わかったんだ」


アダム「何を言ってるの? そんなのいやだ!!」


ヨグ「さあ、この者を捉えてくれ。彼は新たなる魂の虜囚だ」


白いフードを被った魂の虜囚たちがアダムを取り囲み襲い掛かる。

押さえつけられるアダム。彼の前に来て、禊の聖水が注がれた剣を

突き刺そうとする虜囚。


アダム「君と意識を共有すれば、どうなるの?」


ヨグ「永久の安楽を与えてあげる。これは愛なんだ。お願い、僕を受け入れて」


アダム「…これが…誰も救えず、誰も本当の意味で愛せなかった僕への罰…

 僕には当然の報いだね、ガイア……」


虜囚の一人「が…い…あ…?」


虜囚によって向けられた剣がアダムへと迫ってくる。だがアダムを

刺そうとした虜囚が他の虜囚を払いのける。 彼のフードが外れる。

     彼は、ガイアだった。


ガイア「罰を与える権利は、人にも神にもないよ。アダム」


ヨグ「なぜ……」


アダム「その声、ガイアなのか!? どうして…!?」


ガイア「僕は死んでからここに来て、彼に選べと言われた……魂から自我を失い、

 ヨグ・ソトースと精神を共有して魂の虜囚と化すか、完全なる消滅を選ぶか。

僕は、消えるのが怖くて魂の虜囚、ヨグの仲間になることを選んだんだ。」


ヨグ「僕との意識共有が解けただと……!? そんなはずはない!!」


ガイア「……ヨグ、君の寂しさを僕は理解できた……君と意識を共有して、

全て分かったよ……それでも、だめだ……。アダムだけは君に渡せない……」


アダム「ガイア……!! ごめん……僕……!」


アダム、言葉にならず、ガイアを抱き締める。

   

ガイア「アダム、……この世界にはね、本当は抜け道の扉があるんだ。君が彼を選ば

なければ、そこから逃げられる……お願い、逃げて。君はまだ死んでいない!」


その瞬間、白い扉が出現する。ガイアに向かい手をかざすヨグ。


ヨグ「黙って……!! 」


 SE。ガイアはヨグの力によって倒れる。彼の体から灰が流れ出る。


アダム「ガイア!」


ヨグ「君の魂を選ばなければよかった……こんなことなら……僕の絶望の記憶と共

鳴した君なら分かってくれると思ったのに…失敗だった……」


アダム「そんな……ガイア! いやだ……僕のせいで、また君は死んでしまうのか!?」


ガイア「いいんだ…誰かと心を共有して自分を失うことは死と同じ…そうわかったから。

僕はこれで解放される……でも、君はダメだ…早く逃げて! 彼に禊の聖水を与えられる前に…君にしかもう、運命は変えられない!」


アダム「僕にしか、変えられない……!?」    


ガイア「僕には未来が見えた。それでも、抵抗せずに死ぬことを選んだんだ。それはね、

もうこれ以上の絶望や悲しい現実を受け入れるのが嫌だったからなんだよ。

でも、君は違う。君には何も見えないだろう? 先のことが。

だからこそ、僕は君に託したいんだ。」


アダム「…それでも、絶望以外、未来にはないかもしれない…

僕はまた…誰も救えないかもしれない…!」


ガイア「やってみなくちゃ、わからないだろう? 抗わずに諦めたら、そこで終わりなんだ。僕は怖くて信じられなかったけど、君は信じて。予測される未来は全て可能性でしかないって! さあ、行って…!」


ガイアの体が灰になっていく。


アダム「信じる……未来を……?」


ヨグ「この者をもう一度捉えよ。禊の聖水を彼に与えるんだ!」


その言葉で反応し、アダムに襲いかかってくる虜囚たち。


アダム「ガイア、僕は、もう逃げない!!」


アダムは短剣を取り出し、襲いかかる他の虜囚を倒す。そして

ヨグに向かって、剣を向け、言う。


アダム「ヨグ、君を選ぶことはできない。僕には、自分の手で取り戻したいものがあるから。」


ヨグ「アダム……!! 僕を一人にしないで…お願い…行かないで…」


アダム、悲し気に首を振る。


アダム「鍵を渡しに行かなくちゃ……闇の中、手を伸ばす彼に。」


扉が自然に開き、光が見える。ガイアを振り返るアダム


アダム「どうして、僕を助けてくれるの、ガイア。僕は君に何もできなかったのに。」


ガイア「そんなことない。覚えてないだろうけど、ずっと昔、僕にこの名前をくれたのは、記憶を失う前の君だったんだよ。スラムで生きる僕に、声をかけてくれた小さな王子様。みんなは記憶の操作で君を忘れていたけど、僕は忘れるはずがなかった…

たとえ邪神の王の力をもってしても……!」


アダム「そんな……僕が?」


ガイア「ああ。生まれた途端に捨てられ、名前も与えられなかった僕に、

君はためらいもなく近づいて、手を握ってくれた。欲しいものはある? 

君にそう聞かれて僕は答えたんだ。名前がほしいって。」


アダム「でも、そんなものじゃ君を死から救えなかった。何の意味もない!」


ガイア「それでも君は、確かに僕を救ったんだ。

だから、僕は君に生きてほしい……生きて、運命に抗って……!」


風音。ガイアは完全に灰となる。白いフードだけがそこに残る。

    

アダム「ガイア……今度こそ、必ず君を救って見せる……! 最後まで僕は抗う!」


アダムは扉をくぐる。ヨグは追いかけようとするが、立ち止まる。


ヨグ「結局……どうやっても君の魂は縛れないんだね。メルジューヌ。でもいいさ、

僕は諦めない。いつか必ず、君を手に入れる……僕はいつまでも、深淵から

君を呼び続けよう……たとえあと何万年かかったとしても、君をずっと待ち続ける……」


音楽高まっていき、暗転。異なる世界への扉は閉ざされ、つめたく、

静寂に包まれた心臓の玉座が明かりによって照らし出される。


玉座には未だ、ヨグ・ソトースの心臓の鼓動が響いている。

倒れたアダムのそばで困惑し、

アダムの閉ざされた瞳の奥を見つめようとするクリフがいる。


クリフ「僕の願いは、彼になること……それだけだった……なのにもうわからない…

…なぜ彼は僕に自分を殺させたんだ? …どうして? わからない……

理解ができないっ! ……僕の願いは一体、何だった? 本当の望みは!?」


邪神の王「さあ、早く望みを言うがいい……取り戻したい過去を」


クリフ「アダム……やっぱり、僕には出来ない……今わかったよ……

僕の望みは自分自身の完全なる抹殺。それだけだったんだ……。

僕は君を殺したかったんじゃない! 君の人生を奪いたかったんじゃない!

たとえ君にすべてを与えられたとしても、僕が歩いていける明るい道はどこにもない。

だって僕の存在には何の意味もない! 」


クリフは自分の心臓に向かい、短剣を突き刺す。

彼は自分の目に涙が滲んでいたと、失われてゆく意識の中で初めて気づく。

そして、クリフは完全に絶命し、倒れる。

彼の体が倒れたのと入れ替わるようにアダムは傷を抑えながら、起き上がる。

クリフの亡骸を見つめてアダムは胸に手をやり、ゆっくり銀の鍵を

服の中から取り出す。それが心臓の前にあったため、アダムは自分が助かったと

認識する。彼は悲し気な表情を浮かべ、鍵を握りしめ、

倒れたクリフの髪にそっと触れる。


アダム「今度こそ、鍵をちゃんと渡しに行くよ……待ってて…。」


邪神の王「なぜ、戻ったのだ?」


アダム「僕にはやらなきゃいけないことがある。それは償いでも、許しを乞うことでも

ない……勝者は僕だ。僕の願いを聞いてくれ」


邪神の王「願い……お前は何を望む?」


アダム「僕は過去に戻り、牢の中のクリフを助ける。そして、過去の彼と共に

もう一度、自分の力で過去を変えるんだ。僕はきっと、懲りずにまた罪を犯していくだろう。何度も失敗して、大事な物を失うだろう。それでも、自分の行動次第で、何かが変わると信じたいんだ。邪神の王……だから僕の願いを叶えてくれ」


邪神の王「ああ。いいだろう。だが、クリフを助けたところで一体どうなるのか。

お前は…お前たちはまた、同じことをするかもしれんぞ。最後の人の王よ」


アダム「わかってる! でも、やるしかないんだ。」


邪神の王「バカバカしい。いずれにせよ、私はお前たちをいつか滅ぼす。

お前たちに変えられるものなど、限られている。いくらあがき、もがこうとも、

全ては私の支配の中だ。」


アダム「たとえお前が時を支配したとしても、未来に何が起こるか、

確実なことなんて何もない。だから僕はそう信じて、可能性に賭けたい。

間違っているか、正しいかわからなくても、今度こそ大切な人を守りたいから」


邪神の王「そうか……。では、行くがいい、過去に。その愚かで無謀な賭けを

どこまでも、繰り返せばいい。」


明かりがある空間へとあてられ、影絵の中に過去、クリフがいた牢獄と、

彼の姿とが浮かび上がる。アダムはゆっくりとそこへ歩いていく。


アダム「ああ……たとえ、未来が見えなくても、絶望が待ち受けていたとしても、

 可能性があるのならば僕たちはそこへ突き進む……一体自らがどんな罪を犯すのか、

未来がどうなるのか、予想がつかなくても……

だからこそ、ただ一つの光を目指し続けるしかないんだ。」


アダムは過去のクリフと向かいあう。

クリフはアダムへと手を伸ばす。音楽高まっていき、暗転。

〈幕〉



読んでくださり、ありがとうございました。

自分で言うのもなんですが……私はこの作品が大好きです。

キャラ設定やもろもろの設定、登場人物の立ち位置や展開などは変えておりますが、

どうにかこれを、文章だけで完結した版権作品としたいという思いで

小説化した半神スカーラメントを書いています。

もしよろしければ、見守って頂けますと幸いでございます。

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