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《 武術大会 2 》

『剣』の試合

『弓』と違い、実戦形式の勝ち抜き戦です


長剣の競技会場に現れたフィンレー将軍とローリー隊長の期待の一つは、残念ながら裏切られた。エステルは長い赤髪をきっちりと編込み、異国の者が使うような大きな布でスッポリと覆っていたのだ。


だが、エステルの試合はフィンレーとローリーを魅了した。

第一試合はアレンとの初戦同様、鞘から剣を抜くことなく相手の剣を跳ね飛ばした。続く第二試合では、警戒した相手が打ち込んで来ない為、エステルから懐に飛び込むと見せて、直前で高く飛び、慌てて振り上げようとした相手の剣を、左手に持っていた鞘で叩き落した。


「あの娘、やはり実践的な動きだ。どうしたら相手を無力化できるか、動きに全く無駄が無い」

フィンレーが感嘆の声を上げる。


「あぁ、『剣術』ではなく、戦闘用の剣捌きだ。一体どんな師匠について学んだと言うのだ。腕力・体格の差を実に上手くカバーして、最低限の力で剣を振っている。ローガン、お前と打ち合っても良い勝負ではないのか?」


「そうだな・・・ あの速さにはかなり手こずりそうだ」

是非とも一度対戦したいとフィンレーは思った。


軍の高官二人が観客席で話している間に、エステルは第三試合も数秒で完勝した。



隣の競技場でも圧倒的な差で勝負がついていた。


「明後日の準決勝の相手はあいつだな・・・ たしか昨年の準優勝者だ、少しは見応えがあるかな。ローガン、もちろん来るだろう?」


「当然だ! うちの非番の小隊長以上は全員連れてくるぞ。 アルバス、お前の所も連れてきたらどうだ」


「あぁ、非番の幹部に動員をかけよう。あの大男相手に華奢なあの娘がどう動くか、大いに参考になりそうだ」

二人の重鎮は上機嫌で会場を後にした。


「エステルさん、お疲れ。三試合とも秒殺だったね!」

会場の出口でアレンとアベルが待っていた。


「動きが読みやすい相手だったので楽でした。でも、次の相手はなかなか手強そうだわ」

エステルは先に退場していった男の後ろ姿を目で追った。


「あぁ、明日の相手は、昨年の準優勝者らしい。さすがに準決勝ともなると油断出来ない相手になるね。去年の試合を見た者を探して情報を集めようか?」

アレンは既に相手の素性を調べていた。


「いえ、さっき少し見たので大丈夫です。さぁ、宿に帰って食事にしましょう」

エステルは既に戦法を決めているようだった。



準決勝当日、会場は何時にない異様な雰囲気に包まれていた。

例年、国や軍の関係者が観覧に来るのは決勝戦だけで、それ以前の試合で専用観覧席が埋まることは無かったのだが、今日は違っていた。大挙して押し寄せた軍人達が席を埋め尽くし、係員が慌てて一般席を専用に切り替える作業に追われた。


「アルバス、随分と連れてきたな」

最前列に陣取っていたフィンレー将軍が、空けておいた隣の席を叩いてローリー隊長を呼んだ。


「早いな、ローガン。あの娘の噂、俺が伝えずともかなり広まっていた。来たいと言う兵が多く、これでも減らしたのだ。お前の所はかなりの大所帯ではないか、宮殿の警備は大丈夫なのか?」

居並ぶ近衛兵の群れを見てローリーは呆れ顔だった。


「非番の者だけのつもりだったが、夜勤明けの者までついてきた。是非とも目が覚めるような試合を見せて欲しいものだ」


銅鑼が鳴り、試合会場が静まり返った。


熱い視線が注がれる中、二つの会場にそれぞれ選手が入場してきた。

第一会場は長い黒髪を後ろで束ねた長身の男と、金髪を高い位置で結んだ細身の男。

第二会場は栗色短髪のがっしりとした体格の大男と、髪を布で覆ったエステルだった。


「なんだ、今日も赤髪は見れんのか・・・」


「あのほうが良い。あの美しい赤髪を見たら、勝負に集中出来ん奴が出てくるだろう。せっかく兵を引き連れてきたのだ、しかと剣技を見て欲しいからな」

残念そうに呟くフィンレーにローリーが釘を刺した。


ディランと名乗った栗色の髪の男と対峙したエステルは剣の鞘を腰に吊るした。これまでの戦いでは、エステルは剣を抜き放った後も鞘は左手に握ったままで、有効打はすべて鞘での殴打だった。


「始め!」


審判の声が響くと、エステルはスラリと剣を抜き走り出した。ディランは剣を下段に構え動かない。エステルは間合いの1歩手前でディランの利き腕側にジャンプした。ディランは剣の角度を変え振り上げようとしたが、エステルがディランの肩に剣の柄を打ち込むのが一瞬早かった。


「「「 決まったか!? 」」」 

会場が騒めいたが、ディランは耐えた。


「あの筋肉が鎧になったな・・・ あの娘には戦い難い相手だ」

ローリーが呟き、表情を曇らせた。


「なに、あれは小手調べだ。あれで決める気ならいつも通り鞘で打ち込んでおる。今日は剣で渡り合う気だ」

フィンレーはエステルが鞘を腰に吊るした時からそう思っていたようだった。


ディランが体勢を整えるまでエステルは離れて待った。

(パーシバルとの訓練を思い出すわ。次はあっちから仕掛ける筈、たぶん上からね)


円卓の騎士の中でも特に体格が良く、大振りの剣を使うパーシバルとの剣の稽古は、如何に相手の力を利用するかが鍵だった。エステルが今回選んだ剣もそれに特化した物だ。


エステルの予想通り、ディランは剣を振り上げて突進してきた。エステルは剣を中段に構え、ディランが間合いに入った瞬間バックステップした。同時に空中で手首をひねり、振り下ろされるディランの剣を自身の剣の広い腹で受け、剣先へと滑らせる。剣の勢いと方向を逸らされたディランは体勢を崩して前につんのめった。エステルはディランの脇に跳ぶと膝裏に蹴りを入れ転倒させた。無様にうつ伏せに倒れた彼の首横の地面に剣を突き立てたエステルは優雅に審判に会釈した。


会場からドッと歓声が沸き上がる。


「見事だ! 相手の力量を見抜いて、体格的不利を補う理想的な戦い方だ。実戦なら相手が体勢を崩した時点で後ろから首を刎ねておる。いやはや、恐れ入った、あの娘の師匠とはいったいどんな奴なんだ・・・」

フィンレーは溜息をついた。


「お! あっちはまだまだ決着がつきそうにないな」



白刃と共に黒髪と金髪が宙を舞っていた。

両者とも決定打が出ず、既に十数合打ち合っている。金髪の男の息が上がり始めた。華奢な体格で長期戦は不利と思われる彼の額には汗が滲んでいる。

黒髪の男はここが攻め時と思ったか、一気に間合いを詰めて打ちかかった。しかし、それは金髪の男の罠だった。彼は軽やかに高く跳ぶと、黒髪の男の右肩を剣の腹で強打した。


「参った・・・」

右肩を抑え地面に膝をついた黒髪の男が負けを認めた。会場から歓声が上がる。


「あの金髪男のやり口、俺は好かんな。お前はどうだ、ローガン」

ローリーが渋い顔をしてフィンレーに問うた。


「戦術と言えなくはないが、好ましくはない。傷を受けて動けぬと見せて、狩人が近づいたら飛び掛かるオオカミのようだ。いや、オオカミと言うより悪賢いキツネか・・・ あの娘との決勝戦、あのような手は使って欲しくはないな」

フィンレーも嫌悪感を抱いたようだ。


「あの娘が金髪男をどう捌くか、明日の決勝は興味深い戦いになるだろう」


「明日は王族方も観戦なさるから、わしは貴賓席に詰めておらねばならぬ。うちの部下共もアルバスに任せる、面倒を見てやってくれ」

フィンレーは王族の警護の為、一緒に観覧出来ないと残念がった。


将軍と隊長が明日の試合に思いを馳せている間、部下達はどうやったら明日も見に来れるかと必死に思案を巡らせていた。




「明日はやりにくそうねぇ・・・ そう思うでしょ、アベル」

エステルは宿のベッドに寝転んでアベルを胸に抱いた。


「ニャァ~」


「そうよね~ かなりの使い手なのに正攻法では攻めず、相手の油断を誘う作戦だもの。手足が長いから間合いが広いし、剣も身長に比べて長い。目測を誤ると大怪我するわ。ランスロットの広い間合いとモードレッドの謀略、二人と同時に戦うってところかな~ 勝てそうな気がしないけど、負けたくない! だって、髪色は違うけれど、顔つきがモードレッドに似てると思わない? 謀反の事が思い出されて、あんな卑怯者に似ている奴に絶対に負けたくないわ!」

エステルは宿敵モードレッドの顔を思い出して顔を顰めた。


「ニャ!」

アベルも前足を突き出し、強く鳴いた。


「そうよね、負けられないよね!」

エステルはアベルを置いてベッドの脇に立つと、モードレッドとの剣の稽古を思い出し、思いもよらぬ処から繰り出される剣筋を思い起こした。


《剣を見るな、足先と目線を読むんだ》

父アーサーの声がエステルの脳裏に響いた。

15歳の時、モードレッドの剣を必死に躱すエステルに、アーサーがかけた言葉だった。


「思い出したわ、父上が足先と目線を読めと! そうよ、あの日からモードレッドとも互角に打ち合えるようになった。あの金髪君がモードレッド以上の性悪でない限り負けないわ、絶対に勝って見せる!」



決勝戦の会場は選手入場の前から興奮に満ちていた。

優勝候補筆頭だった黒髪の剣士を破った金髪の優男と、まだ十代と思われる可憐な女性剣士、どちらが勝つかと熱い論戦が繰り広げられていた。


「フィンレー将軍、今年は随分と盛り上がっているようだが、それほどの剣士が現れたのか?」

貴賓席に着いた第一王子ウィリアムがフィンレーに声を掛けた。武術大会の中でも『長剣』の決勝戦だけは国王以下王族も多数観戦に来るのが慣例だった。


「はい殿下、『弓』部門で優勝したエステルと申す若い娘が、『長剣』でも決勝に進みました。対戦相手のノア・ワイリーと申す者も優勝候補筆頭の剣士を破っており、予測が難しい戦いになると、皆が興奮しております」


「将軍、若い娘とは幾つくらいなのですか?」

ウィリアム王子の横に座った第三王子ジークフリートが尋ねた。


「受付の書類では今年18歳と。殿下の一つ下でございますね」


「ジーク、お前とほぼ同年齢で弓も剣も一流とは凄い娘ではないか。お前も頑張らなくてはな」

武術が苦手な弟に微笑みかけ、ウィリアムはフィンレーに向き直った。


「将軍、その娘の素性が確かならジークの稽古相手に出来ぬか? 『弓』の優勝者ならば父上に推挙できよう。今日負けても準優勝ならば問題あるまい」


「試合が終わりましたら話をしてみますが、恐らくは無理かと・・・ 実は『弓』の優勝時に軍に誘ったのですが、ラスゴーで治療師をしておるとかで断られてしまいました。王都に残ることは無理かと存じます」


「「え、治療師!?」」

ウィリアムとジークフリートが揃って驚きの声を上げた瞬間、ファンファーレが鳴り国王が到着した。

国王が着席するとドラムが鳴り響き、審判に先導されて選手が入場してきた。


「「「 おぉ!! なんと美しい赤髪だ!! 」」」

会場中から感嘆の声が響いた。


審判の後ろを歩くエステルは、美しい深紅の髪を高い位置で一つに結び、左腰のベルトに剣を差していた。


「今日は髪を見せるのか・・・ ん? 剣をベルトに挟んでいる。これも作戦か?」

観客席の最前列に陣取っていたアルバス・ローリーが呟いた。


選手二人が国王の前で跪拝する。


「両名とも、存分に実力を発揮せよ」

国王からの激励の言葉に深く頭を下げ、二人はそれぞれの立ち位置に向かって歩き出した。

15メートルほど離れた位置に二人が立ち、互いに一礼する。


「始め!」


審判の声と共にエステルは静かに歩き出した。5メートルほど進んだ所で止まり、右足を僅かに前に出し腰を少し落とすと、左手でベルトに挟んだ鞘を抑え、右手で柄を握った。

ノア・ワイリーはエステルの意図を読もうとしてか、エステルが構え終わるまでじっと見ていたが、徐にスラリと剣を抜き放ち、鞘を脇に投げ捨てると剣をダラリと下げたままエステルに歩み寄った。


二人の距離が3メートルを切った瞬間、ノアが高く飛んだ。

誰もが上段から切りかかると思った。実際、ノアは剣を一旦上段に構える素振りをしたが、着地寸前に素早く剣を下し横に払った。

それまで微動だにしなかったエステルは、眼にも留まらぬ速さで剣を抜き、ノアの剣を下から跳ね上げた。細身のノアの剣は大きく軌道を逸らされ、太く短いエステルの剣は瞬時に向きを変えてノアの手元を襲った。

剣の根元を強打されたノアは手に強い痺れが走ったが、辛うじて剣を離さなかった。エステルは大きく後ろに跳び、再びあの構えを取った。


「お嬢さん、その面白い構え、どこで習ったんだい?」

ノアがエステルに笑いかけた。


「私のオリジナルよ。ある先輩と稽古するために考えたの」

エステルはノアの目を見て微笑んだ。ノアの顔は笑っていたが、目は恐ろしいほどに冷たい光を放っていた。


(本当にモードレッドにそっくり。絶対に負けないわ)


ノアは剣を大きく一振りして、剣先をエステルに向けると走り出した。エステルが剣を抜くより早く胸を突くと誰もが思った。しかしノアは、エステルが前に踏み出している右足を狙って剣を振った。

エステルはこの打撃にも瞬時に対応し、抜いた剣の腹でノアの剣を流した。ノアの剣は勢いそのままに地面に突き刺さった。

エステルはポニーテールの深紅の髪を靡かせてノアの剣の上を高く飛び越え、後ろからノアの首元に剣を突き付けた。


「勝負あり! それまで!」


審判の声は会場中から沸き起った大歓声にかき消された。




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