《 武術大会 1 》
エステルの治療院は徐々に住民の信頼を得て、一見順調に見えるのですが、
当初懸念したように資金難に陥りそうです
エステルが打開策として選んだのは・・・
今回は長くなるので、二編に分けています
「頼りにされるようにはなったけれど、やはり収入は不安定ね。自力で採れる薬草以外にも買い付けたい物もあるし、手持ちの金の粒も心許なくなってきたわね・・・」
エステルは溜息をついた。
古家とはいえ診療と調剤スペース、住居部分を確保する為にかなり広い物件を購入し、設備にもかなりの投資をした為、手持ちの銀の粒全てと金の粒の2/3を手放していたのだ。
久しぶりにスーの食堂に夕飯を食べに向かう道すがら、エステルは自分に向けられる不快な視線に気づいた。
この街に来て既に1年近くになり、エステルの赤髪は周知のことで、フードで隠すことはなくなっていたが、どうやら今夜はよそ者が多いらしい。
「女将さん、今夜はよそから来た人が多いみたいですね」
テーブルに着いたエステルは隣のテーブルを片付けているスーに声を掛けた。
「エステルさんの髪に見惚れる奴が多かったんだね? もうじき王都で武術大会があるのさ。確か、エステルさんがこの街に着いた時もそうだったね」
「そういえば、そろそろ1年ですね。武術大会ってどんなものなんですか? 優勝すると仕官できるとか?」
「賞金がでかいんだよ。腕に自信がありゃ俺だって出場したいよ」
二つ先のテーブルに居た常連の肉屋の親父が話に加わった。
「へぇ、賞金が出るんですか。武術って『長剣』の打ち合いですか?」
「『長剣』と『弓』と『槍』の三部門があり、長剣と槍は勝ち抜き戦だ。弓は予選を勝ち抜いた5名が本選に出られる。たしか、動く的の中心近くを射た者が優勝だったはずだよ」
今度は反対側のテーブルの若者が答えた。
「出場するには何か資格が必要なんですか? 推薦が必要とか・・・」
「いや、決められた期日までに受付をすれば誰でも出られるが・・・ 剣と槍は怪我を負っても自己責任だし、死者も時々出るんだ。弓はその心配はないが、予選通過が5人だけの狭き門だから、実際に大会に出る奴はそう多くない。ほとんどの奴は大会見物に行って、あわよくば強い奴のパーティーに入りたいっていう冒険者さ。俺も以前はよく見に行ってた」
スーが酒を運んで来たテーブルの老人が答えた。彼は若い頃はかなり有名な冒険者だったと聞いた事がある。
「だったら行ってみようかしら・・・ 受付って、今から王都に向かっても間に合うの?」
エステルが老人に声を掛けた。
「「「え! まさか出るつもりか!!」」」
皆が大声を上げ一斉にエステルを見た。あまりの大声に肉屋の親父と共に配達に来ていたノーマまでもが厨房の入り口から顔を出した。
「はい、治療院の為にちょっと資金を稼ぎたくって。私、これでも剣と弓には自信があるんですよ」
皆の絶句した顔を見回して、エステルはニコリと笑った。
スーの食堂で武術大会に出ると宣言した翌日、エステルは長剣と弓を購入した。武具屋の主人は昨夜のうちに肉屋の親父から聞いていたようで、品定めするエステルを心配そうに見ていたが、エステルが剣や弓の扱いに慣れていることをすぐに見抜いた。
「エステルさん、あんた相当使えるね。選んだ剣も弓も、値段の割にはなかなかの品だよ」
「小さい頃から周りに良い師匠が居たんです。この1年は触っていなかったから、少し訓練しないといけませんけれど」
弓の弦を引きながらエステルが答えた。
「だったら俺の倅に相手をさせよう。2年前まで軍に居たんだが、俺が腰を悪くしたんで店の手伝いの為に退団した。弓は大したことないが、剣はまあまあ使えるぜ」
主人に連れられて奥から出てきたのは20代後半の精悍な若者だった。親父さんとはあまり似ていない。
(あれ? あの人は・・・)
エステルがラスゴーの街に入る直前に骨折を治療した青年だった。もしエステルが通りかからなければ杖なしでは歩けない体になっていただろう。
「エステルさん、倅のアレンだ」
「おい、親父。剣の相手をしろって、このお嬢さんとか? 冗談はよせよ!」
アレンと呼ばれた青年はエステルを見て血相を変えて親父を睨んだ。彼は仕入れの為に遠方に出向くことが多く、エステルとは面識がなかった。
「冗談かどうかやってみればすぐに分かる。俺の目は確かだ。お前なんぞエステルさんの稽古相手には力不足だが、ここいらに他に適当な奴がおらん」
ポンと息子に剣を投げた主人は先に立って裏庭に向かった。
結果は、エステルの圧勝。エステルは鞘から剣を抜くことなくアレンの剣を跳ね飛ばしたのだ。その日から三日ほど、エステルはアレンに剣の稽古相手を頼んだ。弓は北の山にアベルと共に入り、あの草原で練習をした。居合わせたシルフィー達に協力してもらい、的を風で移動させながら次々と命中させていった。
エステルの周りには幼い頃からお手本となる者が揃っていた。剣は父アーサーをはじめ、ランスロットやガウェインから、弓はトリスタンから手ほどきを受けた。
15歳を迎える頃にはアーサーとも互角に打ち合い、勝敗がつかないこともあったほどだ。
幼い頃は大弓を引くにはさすがに腕力が足りず、13歳の初陣の際に初めて大人用の弓を用いた。しかし、軽い子供用の弓で風を読むことに慣れていた為、師匠であるトリスタンが舌を巻くほどの命中率だった。もちろん魔法を使えば矢を命中させることは容易だが、マーリンは武器に関しては魔法の使用を禁じていた。
体力・腕力は屈強な男達に叶う訳はない。日々、騎士達と稽古を積み、それを補う速さと先を読む術をエステルは努力して身に着けたのだった。
「さすがに王都は賑やかねぇ~ 迷子になりそうだわ」
午後3時頃、乗合馬車で王都エランデルに着いたエステルは、停車場で売られていた王都の案内図を買うと王城西門に向かった。門の脇に設置されたテントで武術大会『剣』と『弓』の受付を済ませたエステルは王城を振り仰いだ。流石に高い塀に囲まれてはいるが、濠や跳ね橋などは無く防御の為と言うより、王家の威厳を現すものに感じられた。
「さぁ、スーが教えてくれた宿屋を探そうね、アベル」
エステルが鞄から顔を覗かせたアベルに話しかけ歩き出そうとした時、呼び止める声がした。アレンだった。
「アレンさん、どうして王都に?」
「買い付けのついでと言うか、エステルさんの試合を見たくて・・・ 受付はもう済んだのかい?」
少し照れくさそうにアレンが尋ねた。
「ええ、済ませました。弓の予選が明後日の正午、決勝は4日後だそうです。剣の試合は6日後からで、詳しい時間と組み合わせは前日に連絡があるので、宿泊先を届け出るようにと言われました。今、食堂の女将さんから紹介された宿に向かおうとしていたんですよ」
笑顔でエステルが答えた。
「スーおばさんの紹介ってことは『仔馬亭』かい? あそこの主人はスーおばさんの幼馴染なんだ。俺も定宿にしているから一緒に行こう」
エステルはアレンと並んで賑やかな大通りを進んでいった。アレンによると『仔馬亭』は料理も人気があり、食事だけの客も多いのだという。
アレンの話を聞きながら通り沿いに並ぶ商店を眺めていたエステルはふと足を止めた。
「アレンさん、私ここに寄っていきたいので、先に部屋を頼んでおいてもらえませんか?」
エステルが立ち止まったのは『本屋』の前だった。
「本を見たいのかい? 高価な物だから立ち読みは煙たがられるぜ」
「欲しい物があったら買うつもりですから大丈夫だと思います」
「そうかい、じゃぁ先に行って部屋をおさえておくよ。大会目当ての客で混んでいるだろうが、スーおばさんの紹介だから良い部屋を用意させる。そこの角を曲がって5軒目だから、夕飯までには来いよ」
アレンはエステルの荷物を取り上げると、小走りに角を曲がって行った。
1時間ほどして『仔馬亭』に現れたエステルは、分厚い本を2冊抱えていた。
本を部屋に置くと、アレンと共に食堂で夕食を取ったが、エステルの赤髪を興味津々に覗き見ている客達の目が鬱陶しく、まだ話したそうなアレンに断りを入れて、早々に部屋に戻った。
エステルが購入したのは、ここコンウェル王国周辺の200年程の歴史が書かれた本と、薬草と医術について書かれた本だった。
「少しはこの世界の歴史を勉強しておかないと。それにしても、防壁が不要なほど平和な時代っていつ頃からなのかしら・・・」
エステルは夜が更けるのも忘れて熱心に読み込んだ。
ここ200年は実力が突出した王が現れず、アルビオンは4つに分かれた状態で安定していた。戦が無ければ兵士は家に戻り、農業が盛んになり、商業も発達する。役人が腐敗した例はあったが、概ね民も満足した生活を送ってきたようだ。この世界では結局アルビオン統一は成し遂げられなかったようだが、それなりに安定した時代が訪れたらしい。
「父上は一つの大国として安定させようとのお考えだったけれど、こういう形も悪くはないわね。あちらの世界も平和になっていると良いのだけれど・・・ マーリンは今どんな暮らしをしているのかしら。それにしても別世界なのにアルビオンという地名まで同じとはね・・・」
父アーサーが愛しんだアルビオンの地が、どうか平穏であるようにと祈りながらエステルは眠りについた。
「弓」の予選には100人ほどが集まっていた。
15メートル離れた的からスタートし、命中した者だけが次の距離に進める。5メートルずつ距離を伸ばし、30メートル先の的の中心部分に近い者5名が本選に進む。
「エステルさん、フードを被ったままで出場するのか?」
フードを深く被ったまま選手入り口に向かうエステルに、アベルを預かったアレンが声を掛けた。
「私の髪、ちょっと目立つでしょ。それでなくても女の出場者は私一人のようだから」
エステルは少し肩を竦めて見せた。
「そうだね。若い娘さんと言うだけでも目立つのに、あの美しい赤髪を見たら、皆の目線が釘付けで、競技に集中するのに邪魔になりそうだ」
美しい赤髪を風に靡かせながら弓を引く姿はさぞ美しいだろうにと、アレンは内心残念がった。
「では、行ってきます!」
エステルはアレンに手を振って予選会場に向かった。
エステルは全ての的の中心を正確に射抜き、予選を楽々通過した。他1名がエステル同様全ての的の中心を射抜き、残り3名は辛うじて的の端に矢が刺さった者達だった。
「エステルさん、お疲れ」
観覧席で応援していたアレンが出口でエステルを出迎えた。
「アレンさん、アベルは大人しくしていましたか?」
エステルはアレンの腕からアベルを抱き上げた。
「あぁ、とても良い子だった。エステルさん、本選は一騎打ちになりそうだね。あのライリーと言う男は一昨年の優勝者で、アイルレア王国の元警備隊長だそうだ」
「一度優勝してもまた参加できるんですか?(だったら毎年賞金が稼げそうだわ) 彼30代後半に見えたけれど、『元』ということは、随分若くして引退されたの? 」
エステルは栗色の髪の長身の男を思い返した。一見華奢だが、どこか目が離せないような雰囲気の男だった。
「噂だけど、王に苦言を呈して処刑されそうになったところを、ある大臣が取りなして国外追放になったと・・・ 本当かどうかは分からないけどね。 あ、忘れるところだった。『仔馬亭』の主人も一緒に見ていて、予選突破祝いをするんだと言って、飛び出して行ったよ。さぁ、俺達も早く帰って祝杯をあげよう!」
本選当日、試合場には大きな囲いが出来ており、そばに立派な角を持つ牡鹿が数頭繋がれていた。
「『動く的』って、あの牡鹿を射よと言うの?!」
エステルも獲物として鹿を狩った経験はある。ただしそれは食料として必要であったからで、腕前を競う為ではなかった。
父アーサーが若い頃は、腕試しに狩りをすることもあったらしいが、ある事件をきっかけに食料調達以外の狩りをアーサーは禁じていたのだ。
エステルは競技委員の所へ向かった。
「すみません、この競技は鹿の命を奪った者が勝者なのですか? 胸に当たっても首に当たっても鹿は絶命します。どう優劣をつけるのですか?」
「例年、囲いの中を複数駆けまわる鹿に、30メートル離れた位置から致命傷を与えられる者はいない。今回も出場している一昨年の優勝者ライリー殿だけが、2射で仕留めただけだ。通常は、矢を多く命中させた者が優勝者となる」
この娘、ルールも知らずに参加しているのかと、馬鹿にしたように競技委員は不満顔で答えた。
「動く的に命中させるという趣旨ならば、鹿に傷を負わせる必要はない筈。いずれも立派な角を持った牡鹿ばかり、角に的となる果物か何かを取り付けて走らせれば良いではないですか。果物を射落とすか、矢が当たれば得点とし、鹿を傷つけたら減点とすれば良い。この平和な時代に腕自慢の為に殺生を行う必要はないでしょう」
エステルは尚も怯まず反論する。
「だが、10年間変わらぬルールだ。不服なら失格と・・・」
「待て!」
競技委員がエステルに失格を申し渡そうとした時、後ろから鋭い声がかかった。
「これはフィンレー将軍! どうしてこちらに?」
思いがけない人物の出現に、競技委員は驚いて敬礼した。
「予選で気になる選手が居たと聞いたのでな。お嬢さん、鹿を射るのは不服かね?」
将軍と呼ばれた40代後半の銀髪の偉丈夫がエステルに歩み寄り尋ねた。
「食料調達の為の狩猟や、身を守る為には鹿も熊も倒します。しかし、不必要な殺生は納得できません」
エステルは将軍の目をまっすぐ見据えてはっきりと断言した。
「弓の腕前だけでなく、なかなか気骨があるお嬢さんだ。よし、他の参加者の了解が取れたら、そなたの望み通り、角にりんごを付けて鹿を走らせよう。それで良いかな?」
「有難うございます、将軍閣下。他の参加者の方々がこれまで通りと言われたら、私は辞退いたしましょう」
エステルは将軍に頭を垂れた。
他の参加者はと言えば、元優勝者のライリーは快諾したが、辛うじて参加資格を得た3人は不満げだった。
「おぬし達の腕では、大きな鹿の体が的であってもまぐれでしか当たらぬだろう。元のルールでも優勝の可能性はあるまい。ここで辞退すれば、わし個人が酒代を渡そう。それでどうだ?」
フィンレーにそう言われ、3人は顔を見合わせ少し考えていたが、頷くと出口に向かった。
「さぁこれで、良い試合が見られそうだな、ハッハッハ!」
フィンレーは上機嫌で審判にりんごの用意を命じた。
囲いの中を角にりんごを付けた6頭の牡鹿が走り回っている。観客たちは通年とは変わった競技内容に興味津々だ。
ライリーが囲いから30メートル離れた位置に作られた台に上った。
与えられた5本の矢のうち4本がりんごを射抜いた。拍手喝さいの中、ライリーは台を降りた。誰もがライリーの優勝を確信していた。
代わって台に上ったエステルは、3本の矢を立て続けに命中させた。その後、なかなか4射目を放とうとしないエステルに、周囲が騒めきだした。
弓を引き絞ったまま、エステルは微動だにせず立っている。
「何をする気だ・・・」
フィンレーが呟いた時、エステルが矢を放った。
「「「嘘だろ!! 信じられない!!」」」
会場中の皆が叫んだ。
エステルが放った矢は、囲いのすぐ内側に居た鹿の角からりんごを射落とした後、奥を走っていた鹿のりんごに突き刺さったのだ。
「「的が重なるのを待っていたというのか・・・」」
フィンレーとライリーが同時に唸った。
4本の矢で5個のリンゴに命中させたエステルは、残った1本の矢を持って台を降りてきた。
「凄い物を見せてもらった、君の優勝だ。お嬢さん、名前を聞いて良いかな」
フィンレーが満面の笑みで歩み寄ってきた。
「恐れ入ります、将軍閣下。私はエステルと申します。ですが、優勝者を決める前に確かめたい事があります」
エステルはフィンレーに会釈をした後、ライリーに向き直り尋ねた。
「ライリー殿、外された3射目の矢は不具合があったのではありませんか? 何故、直後に申し出られなかったのです。競技委員が認めればもう1射出来たはずです」
「確かに3射目、矢を放った瞬間に軌道が逸れた。矢に不具合があったのかもしれんが、番えた際に気付かなかった私の落ち度だ。射直しは有りえぬし、勝敗に変わりはない。だが、私の腕が未熟なのではなく、矢のせいだと何故思われた?」
ライリーはまっすぐにエステルを見つめて返答した。
「ライリー殿がすぐに弓を下ろさず、矢の行方を追っておられたからです。確信をもって放った矢なら、結果を確かめようとはされないのでは? 勝敗についてはライリー殿がそう仰るのでしたら・・・ しかし、私が受け取った矢も2本は軸が僅かに歪んでいました。このようなことが無いように、今後は選手自身に矢を選ばせて頂きたい」
そう言うと、エステルは持っていた矢をフィンレーに渡した。
「確かに、僅かだが軸に反りがある・・・ エステル殿は渡された時点で矢の不具合を見抜いたが、ライリー殿が抗議しなかった為、そのまま競技を・・・ ん? 2本が不良品だったということは、もう一本はそのまま命中させたということか?!」
フィンレーが驚きの声を発した。
「2射目の矢がそうです。1射目で風を確認し、軌道を修正しました。弓の師匠が言うには『戦場で矢を打ち尽くしたら落ちている矢も使う。まともな矢が落ちている訳はなかろう』と。なので、訓練ではわざと傷んだ矢を使い、修正方法を学びました。ですが5本目を修正して使うより、ライリー殿が命中させた4射で私も勝負しようと思い、1本は残したのです」
エステルはトリスタンの顔を思い浮かべながら返答した。
「『戦場で』とは、そなたの師匠は随分と過激なことを言われるのだな。しかし、この平和な世でもその心構えは天晴だ。大切な競技で矢の不具合を見抜けぬとは、平和な世に慣れ切った当方の手落ちだ、申し訳ない。わしが責任を持って善処すると約束する。ところでエステル殿、軍に入らぬか? わし直属の部隊に是非とも来て欲しい」
腕はもとより、その気構えに感じ入ったフィンレーはエステルを軍に誘った。
「せっかくのお誘いですが、私はラスゴーで治療師をしております。お恥ずかしい話ですが、運営費に苦慮しておりまして、賞金目当ての参加なのです」
少し申し訳なさそうにエステルが事情を話すと、フィンレーとライリーが驚きの表情を見せた。
「なに、治療師!? 冒険者ではないのか? その腕前を役立てぬとは実に惜しい・・・」
フィンレーがそれでも諦めきれないと言う顔で呟く。
「たまたま幼い頃から剣や弓の達人がそばに居り、薬草学や医術を学ぶ傍ら身に着いたものです。旅をしていた頃は護身の為でもありましたし・・・」
「そうか、実に惜しい。もし気が変わったら何時でも訪ねて来い、軍医として迎えてやってもよいぞ。そなたがだめなら、師匠はどうだ? ぜひ教官として迎えたい。近衛師団の詰め所でわしの知り合いだと言えば何時でも歓迎する」
ならば代わりに師匠を紹介しろと、フィンレーは諦めようとしない。
「師匠は遠い地に居りますし、私が従軍することも無いと思いますが、もし将軍のお力をお借りしたい時は、お訪ねさせて頂きます」
エステルはフードを外すと深々と頭を下げ、深紅の髪がフワリと風に舞った。
その美しい光景に、フィンレーのみならず会場中の誰もが息をのんだ。
「ほう! その美しい赤髪を忘れることは無い。何時でも訪ねて参れ」
フィンレーは上機嫌で会場を後にし、繋いでおいた馬に乗ろうとした時、声を掛ける者があった。
「ローガン、どうだった? なかなか面白いものが見られただろ!」
現れたのは顎髭を生やした武人だった。
「アルバスか、『見て欲しい者が居る』と誘っておいて何処へ行っていた。あの娘、お前が見込んだだけあって大したものだ! だが、治療師とは驚いたな。あの揺ぎ無い構え、どう見ても相当の実戦経験があると思ったのだが・・・」
フィンレーを呼び止めた男は、王都の警備隊長アルバス・ローリー。フィンレーの幼馴染であり、弓の名手として他国にもその名が轟いていた。
「お前もそう思ったか・・・ 予選で見かけ、あの立ち姿に惚れ込んだ。あれは動かぬ的しか撃ったことが無い者ではない。命のやり取りをしてきた者だと確信したのだがな・・・ ローガン、明後日の剣の試合も付き合え。あの娘を見に行こう」
「なに! あの娘『長剣』にもエントリーしているのか! 弓と違い、実際に打ち合うのだぞ。あの華奢な娘が猛者どもと渡り合えるのか?」
エステルが剣の試合にも出ると聞いて、フィンレーは驚愕した。
「俺はかなり期待している。弓の腕前を考えれば、無謀な挑戦はしないはずだ。剣も相当自信があると思わないか? あの美しい赤髪と長剣が宙を舞う姿は見逃せんだろう!」
ローリーは顎髭を撫でながらニヤリと笑った。
アーサーをはじめ円卓の騎士に鍛えられたエステル、楽々優勝ですね
さて、次回は『剣』