《 王の帰還 》
ついにクライマックスです
エステルに与えられたヴィヴィアンの加護は、星を救う力を残していたのか・・・
「本当に俺そっくりの髪色だな、瞳の色が見られんのが残念だ。さぁ、ヴィヴィアンよ力を貸してくれ」
ジークフリートとアイリスの元を離れようとしないローズを抱いたまま、ベッド横のソファーで転寝をしていたエリザベスは、夢現の中で聞き慣れない男の声を聞いた。目を開けたエリザベスの前に、父ウィリアムや従妹達とそっくりな黄金色の髪の男がこちらに背を向け立っていた。
「貴方は誰?」
不審者だと言うのに、エリザベスは不思議と恐怖を感じなかった。エリザベスがまだ眠っているローズを抱いたまま立ち上がると、男はゆっくりと振り向きローズを愛おしそうに眺め微笑んだ。
その瞬間、眩い赤光が王と従妹のベッドから立ち昇った。驚いたエリザベスが一瞬目を離した隙に男の姿は消えていた。
「ガラハッド殿、来て下さい!! 陛下とアイリスの手が光っています!」
エリザベスは隣室に居るガラハッド侍医長を大声で呼んだ。薬の準備をしていたガラハッドが寝室に駆け込むと、眩い赤光が二人のベッドを覆っている。
「これは、エステル様の御髪・・・」
ガラハッドは光の中心にある二人の手に結ばれた赤髪を見つめた。真紅の髪が徐々にその色を薄くしてゆく。やがて髪はアイリスと同じ黄金色になり、光は徐々に消えていった。
「エステル・・・」
ジークフリートがか細い声で妻の名を呼んだ。
「陛下! お気が付かれましたか!」
ガラハッドが呼び掛けると、ジークフリートは薄っすらと眼を開けた。ガラハッドは急いでジークフリートの脈をとると、ほぼ正常に戻っている。続いてアイリスの脈をとるとこちらも安定していた。
「エリザベス様、何があったのですか?」
ガラハッドはソファーに力なく座り込んだエリザベスに尋ねた。
「転寝をしていたら、声が聞こえた気がして目を開けると、不思議な男の人が立っていたの。陛下とアイリスを見ながら何か言っていた。私が声を掛けると、振り向いてローズの事をとても愛おしそうに見つめたと思ったら、眩しい光が陛下達から! 気付いたら彼は消えていた。私、夢でも見たのかしら・・・」
エリザベスは何も知らずに眠り続けるローズの頭をそっと撫でた。
「エステル様、お二人はもう大丈夫です。貴女様が奇跡をお呼び下さったのでしょ?」
ガラハッドは涙ぐみ天を仰いだ。
☆ ☆ ☆
バルスは目の前に倒れ伏した巨大な魔獣を見て大きな溜息をついた。
「これで何頭目だ?」
「えっと・・・ たしか8頭目です」
部下が魔獣から銛を引き抜きながら答えた。
この三日三晩、引っ切り無しに入る魔獣発見の報に、バルスは商会の護衛を率いて、荷車に固定した捕鯨用の銛を使い駆除に追われていた。一息つきたいところだが、物資の補給のために一旦商会に戻る必要がある。
「軍も手一杯の様だし、この地域はうちの商会で何とかしないと・・・ あと何日持ち堪えられるか」
バルスは思わず天を仰いだ。
「あれは・・・」
バルスの目に不思議な赤色が上空に広がる光景が飛び込んできた。常ならざる空の色ではあるが、何か安らぎを感じさせる色だった。心惹かれる思いで暫く眺めていると、上空から煌めく赤い粒子が降り注いできた。
「見ろ! あの黒い穴が消えていくぞ!」
部下の叫び声にバルスが振り向くと、後方に禍々しい口を開けていた『通路』が、赤い粒子が触れる度に小さくなっていく。
「女神ヴァルキュリアよ、ご加護に感謝します」
バルスは戦女神に感謝の祈りを捧げ微笑んだ。何故か今脳裏に浮かぶのは、かつて西国で真紅の髪を靡かせて剣を振るっていた、かの方の神々しい姿だった。
☆ ☆ ☆
「エステル、もう無理だ! 直ぐに中止するんだ!」
マーリンはエステルの肩に止まって強く訴えかけた。浮き上がっているエステルの髪はほとんど赤色が抜け、大部分がアーサーと同じ黄金色になっていた。
「エステル、ヴィヴィアンの加護がもう底を突く。このまま続けたら君の命に係わる。直ぐに止めるんだ!!」
「いやよ! 完全に浄化出来るまでは止めない! マーリン、娘達の未来の為にも途中で止める訳にはいかないのよ。ヴィヴィアン様の加護だけでは足りないのは最初から分かっていたでしょ! そう言う貴方だってもう消えそうじゃないの!」
エステルの言葉通り、マーリンの姿も半ば透き通っている。
クリスの鞄の中から渦を見上げていたアベルは息を呑んだ。赤く輝いていた渦が徐々に金色に変わっていく。
【エステル!! ダメだ!】
アベルは鞄から飛び出し、塀へと駆け出した。だが、数メートル走ったところで突然宙に浮き、アベルは足をバタつかせた。
「確かアベルだったな、お前はここに居ろ。エステルの所へは俺が行く」
輝く黄金色の髪を持つ偉丈夫がアベルの首根っこを掴んで持ち上げていた。
【あ、貴方は・・・ アーサー様?!】
アベルは男の顔を見上げて息を呑んだ。
「お前は渦が完全に消えたらエステルを迎えに行け。それまでは後ろで大人しく待っていろ」
霧の中から突然現れアベルを掴み上げた不審な男に、アレックス達は剣を抜こうと身構える。
「俺は娘の所に行く。すまないが、こいつを抑えておいてくれ」
振り向いた男はそう言うと、アレックスにアベルを投げ寄こした。
その男はとても穏やかな表情にも関わらず、思わず平伏したくなるほどの威厳が感じられ、アレックス達は一歩もその場を動くことが出来なかった。
「おいアベル、あれは誰なんだ?」
遠ざかる男の背を見送りながら、アレックスは答える筈がないアベルに思わず問いかけた。
アベルはただ首を左右に振った。
「エステル、もうダメだ!! 言うことを聞かなければ、魔方陣を破壊する!」
マーリンはもう一刻の猶予も無いと、エステルの肩から飛び立った。
「待てマーリン、後は俺がやる」
突然聞こえてきた懐かしい声に、マーリンは後ろを振り返った。
「アーサー!! なんで君が?」
「え? 父上?!」
マーリンの大声に意識が朦朧としていたエステルも思わず声を上げた。
「二人とも、久しぶりだな。エステル、後は俺に任せろ」
アーサーはエステルを背後から優しく抱きしめた。
「よく頑張ったな、エステル。さぁ、父の言うことを聞きなさい」
エステルはアーサーの胸に凭れ掛かり、掲げていた腕を下した。アーサーは己と同じ色に変わった愛娘の髪を優しく撫で微笑んだ。
アーサーは左手でエステルを抱き、凛とした表情で右腕を高く掲げた。
「我はアーサー・ペンドラゴン。アルビオンの精霊達よ、王の命に応えよ! 我に力を貸せ!」
アーサーが声を上げると、その右手に宝剣エクスカリバーが現れ、剣先から渦が巻き上がった。渦は回転数を増し、黄金色の粒子が勢いを増して天を目指す。
「父上・・・」
アーサーの腕の中でエステルが呟いた。
「どうした? 後は俺に任せてゆっくり休め」
アーサーはエステルの顔を覗き込んで微笑んだ。
「父上、申し訳ありません。キャメロット城を任されたのに、モードレッドの謀反を防げませんでした。私がもう少し早く気付いていたら・・・」
エステルはアーサーの瞳を真直ぐに見つめて一筋涙を流した。
「違うぞ、エステル」
アーサーがエステルの謝罪を遮った。
「モードレッドが叛意を抱いたのは全て俺の責任だ。それを見抜けなかったのも、お前をヤツと共にキャメロット城に残したのも俺の落ち度。お前を遠征に伴っていれば、ここへ来ることもなく、俺の後を継いで立派にアルビオンを纏めていただろう。民に要らぬ苦労をかけたと悔やんでいる。だが、お前はここでも民を守ろうと頑張っている。俺は本当に誇らしいぞ」
アーサーがエステルの額に口付けると、エステルは瞳を閉じ安らかな顔で意識を手放した。
「エステル、お前にはずっと無理をさせたな。だが、お前も今は母親だ、娘達の為に生きなさい。それが俺とマーリンの願いだ、そうだろうマーリン?」
マーリンも盟友の肩に止まり頷いた。
「ところでアーサー、どうしてこのタイミングで現れたんだ? もっと早くエステルを連れ戻すことも出来たんじゃないのか?」
エステルの寝顔を覗き込んで、マーリンはアーサーに尋ねた。
「俺は『アルビオンに危機が訪れたら必ず戻る』と言っただろう。俺にとってのアルビオンはエステルと同義だ。ヴィヴィアンから転移の事を聞いた時は、エステルが只人として生きるのも良いのではないかと思ったんだが、結局この子は自ら重荷を背負う定めの様だからな・・・」
アーサーは肩を竦めて苦笑いした。
「ところでマーリンよ、『浄化』が済んだらアヴァロンに送ってくれるか? 俺をこちらに送るのにヴィヴィアンはかなり無理をしたようで、戻るのにギリギリの加護を貰って来ていたんだが、ここに来るまでに少し使ってしまってな、俺一人では帰れそうもない。そう言えば、その姿はどうしたのだ? 魔力もかなり弱いようだが・・・」
アーサーは肩に乗るフクロウの羽根にフッと息を吹きかけた。
「こっちの妖精女王が開いた通路では、このサイズでなければ通れなかったんだよ。身体はティターニアの所に預けてあるんだ」
マーリンは肩を竦めて見せた。
「では、まずはティターニアの所だな。どうだ、そろそろ良さそうか?」
アーサーは頭上を見上げてマーリンに尋ねた。
「あぁ、『浄化』は行き渡ったと思う。なぁアーサー、孫達に会わなくても良いのか? 二人ともエステルに似て可愛いぞ」
「実は、ここへ来る前に会って来た。ヴィヴィアンがエステルの気配が二か所にあると言うので行ってみたら、孫の手にエステルの髪が結ばれていた。瘴気の気配がしたから払っておいたぞ。帰りの加護が足らんのはそのせいだ」
「ジークの瘴気も払ってくれたのか?」
「あぁ、婿殿はついでだがな。顔もよく見ておらん」
興味なさそうにアーサーが呟いた。
「そう言うなよアーサー。エステルにとって良い夫だよ、ジークフリートは。昔、君が願ったように、良い婿が見つかったんだ」
「ならば、俺が来た甲斐があったというものだ。エステルと孫達が幸せに暮らせるのであれば俺は満足だ。マーリン、そろそろ行こう。これ以上長居するとお前が消えてしまいそうだぞ」
アーサーはエクスカリバーを下すと、上着を脱ぎ草原に敷いた。意識を失っているエステルをその上にそっと横たえると髪を優しく撫でた。黄金色に変わっていたエステルの髪が二房真紅に染まった。ヴィヴィアンの加護の一部をエステルに移したのだ。
「エステル、あまり無茶をするなよ」
アーサーは愛娘の額に優しく口付けた。
マーリンは上空に飛び上がると羽根を左右に大きく振った。立ち昇っていた渦が下から徐々に消えていき、巨石の半数が役目を終えたかのように砕けた。
夜の帳がおり始めた空に向かってアーサーとマーリンがゆっくりと昇って行く。
「「エステル、家族と幸せにな」」
アーサーとマーリンの声が重なり合って横たわるエステルに降り注いだ。
【エステル! エステル! しっかりして!】
頭の中にアベルの声が響き、エステルは薄っすらと目を開けた。
「アベル・・・ 父上は・・・」
エステルの呟きに、一歩遅れて到着したアレックスが答えた。
「エステル様、大丈夫ですか! あの、お父上とは先程の方の事でしょうか? 我々が来た時にはもうお姿がありませんでしたが・・・」
アレックスは横たわるエステルに手を貸して座らせようとした。
「 アベル、父上とマーリンは? 二人はどこ! どこに行ったの!」
アレックスの言葉が理解できなかったのか、エステルは徐に立ち上がって周りを見渡した。マーリンの気配は全く感じられず、魔法で呼びかけても返事はない。
【マーリン、父上、何処なの? また私を一人にするの!!】
髪色が変わり、これまで見たことがないほど狼狽えるエステルの姿に騎士達が騒めいた。アレックスは黙って首を振り、騎士達に塀の外で野営の準備をするようにと命じた。
【エステル、マーリン様はきっとアーサー様をアヴァロンに送って行かれたんだよ。僕も塀の外でアーサー様にお目に掛ったんだ。渦が止まったらエステルを迎えに行けと命じられた。きっと『浄化』が済んだら、お二人はここを離れるから僕にそう命じられたんだよ。エステル、城に帰ろう。アイリスとローズが君を待っているよ】
アベルが再び地面に蹲ってしまったエステルの膝を前足で優しく叩いた。
草原に敷かれていた父の上着を抱きしめ、ふらつきながら立ち上がったエステルは空を見上げた。夜の帳が下り始めた薄蒼色の空に黄金色の粒子がキラキラと輝いている。
「エステル様『浄化』は上手くいったのですか? 騎士達は塀の外です、マーリン殿、姿を現しても大丈夫ですよ」
アレックスは辺りを見回してマーリンの姿を探した。
「アレックス、『浄化』は父上がやり遂げて下さったわ。私だけでは力が足りなかったの。そしてマーリンは・・・ どうやら父上と一緒に行ってしまったようね。アレックス、貴方も父上に会ったの?」
エステルは寂しそうに足元のアベルを抱き上げた。
「やはりあの方がエステル様の・・・ 霧の中から突然現れて『娘の所に行く』と仰いました。本来なら怪しい人物は止めるべきですが、我々は一歩も動けず、逆らうどころかその場に平伏したくなりましたよ」
アレックスはあの時感じたオーラを思い返した。
「そう・・・ ジークや娘達にも会って欲しかったわ」
空に翳したエステルの掌に黄金色の粒子が一粒乗った。
月が東の地平線から登り始めた。月は嘗てアルビオンの空で輝いていた色に戻っている。
「彼らが作った『箱庭』であったとしても、ここは父上が愛し守ったアルビオンの未来。そして、父上が取り戻して下さった平穏を娘達と共に守ります。二度とこの地を蒼月が照らすことがないように、どうか父上、マーリンと共にお見守り下さい。ヴィヴィアン様も今少しお力をお貸し下さい」
肩に波打つ父と同じ黄金色の髪の中に残された二房の真紅の束を手に取って、エステルは白銀に輝く月に向かって祈りを捧げた。
アーサーが残してくれたヴィヴィアンの加護が、エステル達を見守ってくれますように・・・




