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《 開業準備 》


ラスゴーの街に来てから4か月が過ぎようとしていた。

エステルは、教会から少し離れたところに広めの古家を買い、治療院の準備をしていた。外装は古びたままだが、内側は魔法を駆使して居心地よく改装されていた。さらに調剤や治療に必要な水と火の使い勝手を優先して、屋内井戸とコンロも設置した。これはかなりの物入りだった。どのような仕組みか、分解したい気持ちもあったが、元に戻せない場合買い直す余裕がなく断念せざるを得なかった。

東側の森と北側の山から大量の薬草を採取し、機械を修理してやった鍛冶職人が作ってくれた器具を使って、既にかなりの量の薬を備蓄した。

人がほとんど入らない森や山から頻繁に大量の植物を持ち帰り、古家で見慣れぬ道具を使って何かをしている赤髪の娘の噂はたちまち街中に広がった。


「娘さん、アンタは薬の知識があるのかい?」

持ち帰った薬草を整理していると、腰が曲がった老人が窓の外からエステルに呼びかけて来た。


「ええ、薬草には詳しいですよ」

エステルは笑顔で答えた。


「だったら、うちの孫の具合を診ちゃくれんかね。咳が止まらんので砦で薬を貰ったんだが、ちっとも良くならん。薬屋にも相談したが、砦と同じ薬しか無いと言うんじゃよ」


「良いですよ、お宅に伺いましょう。でも、その前に中でお茶にしませんか?」

エステルは老人を招き入れ、薬膳茶を出した。


「ほう、これは美味い茶だのう。初めての味だが、喉が潤うわい」

一口飲んだ老人は眼を細めた。


「おじいさんは少し声が掠れているから、喉を保護する薬膳茶を淹れました。ところで、お孫さんの咳ってどんな時に酷くなるんですか?」

エステルは老人から孫の様子や普段の暮らしぶりを詳しく聞き出した後、鞄に薬瓶と薬膳茶の包みを数個入れ、戸締りを始めた。


「そんなに厳重に戸締りせんでも、この辺りは空き巣の心配は無いぞ」

こんな古家を狙う賊などいないと言いたげに老人が首を振った。


「金目の物は有りませんが、誤って使うと危険な薬もあるので用心しないと・・・ 私が作った薬で死人が出ては嫌ですから。 まぁ、薬瓶には私にしかわからない記号で用途を書いているので、盗んで行っても買い取ってくれる所もないだろうし、用途不明の物を飲んでみる命知らずの人もいないとは思いますけどね」

エステルはドアを閉めながら、通りの向かいで屯している数人の男達に聞こえる様に、わざと大きな声で答えた。


ラスゴーは治安が良いとはいえ、それなりに良からぬ輩も居るものだ。エステルが作っている薬が値打ち物であれば、奪ってよその町で売り払おうとでも思っているのか、ここ暫く見るからに怪しい男達が家の周りに屯していたのだ。


「ほう、そんなに危ない薬もあるのかい?」


「ええ、毒と薬は紙一重です。触った手を洗わずに目を擦ったら失明する薬草だってあります。それに、薬は人によって効き方も違いますから、私は直接患者さんを診察してからでないと薬を渡しません。だから、こうして家を改装して、患者さんを受け入れられるように準備しているんですよ」

老人と共に街の西側へ向かって歩き出したエステルは、角を曲がる際にそっと後ろを窺った。屯していた男達がコソコソと裏路地へ消えていくのを見えた。


(これで諦めてくれると良いのだけれど・・・ 自分で効き目を試して、売りに行く度胸は無いでしょうから)

エステルは心の中でフッと小さく笑った。


だが二日後の夜、エステルの思惑は残念ながら外れてしまった。


「ん・・・ アベル、どうしたの?」

眠っていたエステルの顔をアベルが前足でペチペチと叩いていた。


「諦めてくれたと思ったのに・・・ 仕方ないわねぇ」

エステルはベッド脇に置いてある護身用の短剣を持ち、扉の隙間から診療室を覗き見た。


「お前ら二人は娘を縛り上げて来い。脅して薬の名前を吐かせて、高値で売れそうな物を根こそぎ頂いて行くぞ」

賊は4人。リーダーらしき髭面の男が、手下二人に小声で命令している。



寝室の扉を開け忍び足で入って来た賊二人の後で、扉が静かに閉められた。


「あいつら、何をグズグズしてやがる! おいお前、様子を見て来い」

髭面のリーダーは残る手下を向かわせたが、その男も帰って来ない。


「お前ら! 小娘一人に何を手間取ってやがる!」

しびれを切らしたリーダーが寝室の扉を乱暴に開けると、床に手下三人が後ろ手に縛られて転がっていた。


「貴方も熟睡したいようね。不眠解消の薬が欲しかったら、次からは昼間に来てちょうだい」

後から声を掛けられ、慌てて振り返ろうとしたリーダーの後頭部に短剣の鞘が打ち込まれた。


「こんな夜中に砦まで行くのは億劫ね~ 縛っただけでは不安だから、眠り薬も炊いておきましょう」

エステルは寝室の窓を閉め、大皿に薬草を数種類入れ火をつけた。モクモクと立ち込める煙が部屋に充満する。


「これで明日の昼頃までは起きないでしょう。全く迷惑千万だわ。さぁアベル、私たちは診察用のベッドでもう一眠りしましょう」

お手柄のアベルを抱き上げて、エステルは診療室のベッドに向かった。



翌朝、賊達がまだ眠っているのを確かめて、エステルは砦に向かった。兵士に賊達を引き取ってもらうように依頼しての帰路、街の広場で先日の老人を見かけた。


「いやぁ~驚いたよ! あの赤髪の娘っ子の薬と茶を二日飲んだら、孫はすっかり元気になったんだ! 砦でもらった薬を一月飲んでも治らなかったのがだぞ! その上、薬代は恐ろしく安かった。山で採った薬草から自分で作るからなんだそうだ」

老人は孫の具合が良くなったことを知り合い達に話している所だった。

エステルは老人には声を掛けず、兵士を案内して家へと急いだ。


老人の話が広まったのか、ポツポツとエステルの治療院を訪れる者が現れた。中にはエステルの赤髪を見に来ただけの者もいたが、エステルは笑顔で一人ひとり丁寧に話を聞き、薬を調合した。強めの薬草を使う場合は、一晩泊って行くようにと勧め、夜通し付き添って様子を見た。

評判が広まり、エステルを頼ってくる者が徐々に増えていき、開院から数か月後には、砦の医官までが薬の相談をしに来るようになり、エステルの治療院は街の者達から頼りにされる存在になっていた。



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