《 決意 》
父アーサー亡き後、国と民を守れなかった事を悔やみ続けていたエステル
この世界を救う為に動き出します
アイルレアへの出発準備を整え、エステルはジョージの部屋を訪れていた。
ジークフリートに万一のことがあった場合、まだ成人前のヘンリーとエリザベス、そして自身の双子の事を託す為だ。
「エステル、貴女が国や民の事を第一に考えるのは分かる。だが、ジークや娘達の為に思い止まってくれ! 例えこの状態が続いても、貴女が居てくれさえしたら、コンウェルは持ち堪えられる。私はもちろん、ヘンリーとエリザベスもそう願うはずだよ」
ジョージはエステルが危険な賭けに出るのを察していた。例えそれが世界の為であったとしても、大切な家族であるエステルに危険な真似はさせたくなかったのだ。
「すみませんジョージ様。自分に出来る事がある以上、黙って見ていられないのです。昔からそういう性分で、父やマーリンに心配をかけてばかりで・・・ しかも今回は私にしか出来ないのです。どうか、後の事をお願い致します」
エステルは深く頭を下げてジョージの元を辞した。
「エステル、君にはジークの妻として幸せになって欲しいのに・・・ なぜ世界は君に過酷な道を強いるのだ・・・」
ジョージは振り返って窓辺に向かった。まだ昼過ぎだと言うのに、黒雲が低く垂れこめ陽光を遮っていた。
「君はあの雲を払う風になろうと言うのか・・・」
エステルはベッドの縁に座り、髪を二房切り取った。細かい三つ編みを二本作り、それぞれをジークフリートとアイリスの左手首に結び付けた。
「ヴィヴィアン様の加護が二人にありますように」
エステルは静かにそう祈ると、立ち上がり振り向いた。そこにはウィリアムの忘れ形見であるヘンリーとエリザベス、愛娘ローズが居た。
「暫く城を離れます。ヘンリー、何かあったらジョージ様とよく相談して下さい。エリザベス、女官長と一緒にローズの面倒を頼みます。そしてローズ、父上とアイリスのお世話をお願いね」
優しいが凛とした口調でエステルは3人に告げた。
「母上・・・」
ローズはおずおずと近づいてエステルに抱き着いた。子供心に止めてはいけないと思いつつも縋らずにはいられなかったのだ。エステルはローズを抱きしめ耳元で囁いた。
「母は何時も貴女を見守っていますよ」
そう言って、二人を見上げているアベルを抱き上げローズに渡した。
【エステル、まさか僕を置いて行くのか!】
アベルの声がエステルの脳裏に響いた。
【当然でしょ、アベル以外に誰がローズとアイリスを守るの? これは主としての命令です、反論は許しません!】
エステルは初めてアベルに強く命じた。
コンウェル王国の西端、アイルレアの遺跡に一番近い国境を前にエステル一行は野営をしていた。
【ねぇマーリン、どうして月が蒼いのかしら? アルビオンではあんな色の月は見たことがなかったわ】
この世界が『異世界』だと初めて認識したのが月の蒼さだった事を思い出し、エステルは木立の間から覗く蒼月を見上げて言った。
【たぶん、月との間に溜まった『汚染物質』とやらのせいだろうな】
【だったら『大月』は? アエネーイス様の草原でしか見たことないけれど、何故不定期に大きく見えるのかしら?】
【さてね・・・ 何かが影響して汚染物質が溜まる層が厚くなって、拡大して見えるのかな・・・ だが、それだけでは『過去との鏡』が開き易かったり、妖精女王の姿がはっきり見える説明にはならない。長い時を経て、月の見え方も僕達が居た頃とは違っているのかもしれない。『浄化』の後、どう見えるか楽しみだ】
大規模な浄化魔法を使った後、果たして『使い魔』である自分が無事でいられるのか。敢えてマーリンは浄化の後の楽しみだと話を結んだ。
「エステル様、あれが遺跡のようですね」
アレックスが指さした先に、高い塀に囲まれた一角があった。付近は異様な霧に包まれている。
アイルレアに詳しいアンソニーがまだ動ける状態ではない為、アレックスと近衛騎士数人がエステルに随行している。
『守護者』からアイルレアに通達が出ているお陰で、軍に止められることは無かったが、途中二度魔獣に出くわし戦闘になった。持ち運び可能な改良型の弩を使って難無く退治出来たが、魔獣に慣れた彼らでなければ、こうは易々とはいかなかっただろう。途上で出会ったアイルレア兵の疲弊した様子を見れば、それは明らかだった。
「あの霧には触れない方が良さそうね、皆はここで待機を。私が戻るか、霧が完全に消えるまでは何があろうとここを動かないように。ただし、日暮れまでに変化がなければすぐに撤収しなさい、私の安否に関わらずよ。これは命令です!」
エステルは強い口調で皆を見渡した。そして、優しく微笑んだ。
「アイルレアを旅してよく分かったわ。皆のお陰でコンウェルの民は安心して暮らせるのだと。有難う」
エステルの言葉に、アレックス以下騎士達はその場に跪いて頭を垂れた。
エステルは彼らに背を向け歩き出した。数キロ手前にあるアイルレアの砦で渡された鍵を使ってエステルは塀の中に入った。
肩の上のマーリンが姿を現した。暫く歩くと霧は晴れ、空気も清浄になった。霧に入る際に張った保護結界をマーリンが解いた。
「ここの空気がきれいなのは、マーリンが魔方陣に張った結界のお陰?」
エステルが巨石群を見渡しながら師匠に尋ねた。
「たぶんね。そういうつもりで張った結界じゃないんだけど・・・ ちょっと、魔方陣の確認をしてくるよ」
マーリンはエステルの肩から飛び立ち巨石の間を飛び回った。一ヶ所配置がズレている所があり、マーリンは魔法で巨石を動かした。
「彼らはこの魔方陣を拡大した物を作ったと言っていた。『ズレ』部分が正確な起動を妨げ、望まぬ所と『通路』を繋げたかもしれないな・・・」
二人は正しく修復された魔方陣の中心に立った。
「では始めよう。まず、僕が魔方陣を起動させるから、エステルはヴィヴィアンの加護を強く願って。浄化の呪文は少し文言を変えたから僕が先に唱える。後半の繰り返す部分は変更ないからエステルも一緒に。ちゃんと発音は覚えたね?」
マーリンの言葉にエステルが頷いた。
マーリンがエステルの頭上に飛び、羽根を大きく広げると円形に並んだ巨石達が輝き始める。エステルが両手を天に掲げてヴィヴィアンの加護を願うと、足元から風が巻き起こりエステルを中心に円形遺跡の中に渦を巻き始めた。マーリンがまず浄化呪文全体を唱え、エステルが合わせて唱え始めると、エステルの赤髪がフワリと浮き上がり、渦の中にキラキラと輝く赤い粒子が混じり上空へと真っすぐに昇っていく。
「あれは!!」
塀の外、離れて見守るアレックス達の目にも、赤く輝く渦が天を目指して昇っていくのが見えた。皆が空を見上げる中、騎士クリスの鞄からアベルが顔を出した。エステルの命に背いてコッソリ付いて来ていたのだ。
赤く輝く渦は天高く昇り、やがて四方へと広がり空全体を覆っていった。
☆ ☆ ☆
「あれは何だ!? まさか、本当に彼女が!」
監視衛星のモニターを見ていたウィットモアは驚愕した。
あの遺跡を作った魔法使いの弟子だと名乗った小国の王妃を全面的に信じた訳ではなかった。本当に『浄化』なるものが出来るのであれば、例え小規模な範囲であっても時間稼ぎにはなる。その程度の期待しかしていなかったというのに、あの遺跡から立ち昇る赤い輝きは既にオゾン層を超え中間層にまで広がり、地球の三分の一近くを覆っている。
「司令官、あれが話しておられた『浄化』なのですか?! 原子炉二基の出力でも中間層まで影響を及ぼすことは出来なかったというのに、一体どうやって!!」
技術部門トップのランドルフ少佐の声は震えていた。
「君も話した事があるのだろう? あの王妃と。彼女があの遺跡を使えば出来ると言ったんだ、星全体の『浄化』が。単なる妄想に過ぎないとは思ったが、やらせても害は無いと許可したのだが・・・ まさか、本当にあんな事が出来るとは! おい、データは来ているか! 至急分析しろ!」
ウィットモアに急かされて、ランドルフが慌ただしくコンピューターのキーを叩く。遺跡の上空は既に汚染物質が消滅していると観測衛星からのデータが示していた。
魔方陣の起動から30分ほど経っただろうか、星全体を覆っていた赤色がやや褪せ始め、代わりに黄金色の粒子が混じり始めた。
「おい、データはどうなっている! あの色の変化は何だ?!」
ウィットモアが声をかけると、ランドルフは首を振った。
「汚染物質は順調に消滅しており、その速度にも変化はありません。色の変化は『浄化』の進行に寄るものなのではないでしょうか? このままの速度ならあと15分ほどで星全体の『浄化』が完了すると思われます」
月基地は歓喜に沸いていた。万一、今の状態で『浄化』が止まっても、『時間操作』実験開始以降、最高の状態なのだ。
「かつて大叔父が、その存在自体を歴史から葬り去った魔法使いが作った装置を、我モードレッド一族の不名誉隠匿の為に名前を奪った王の娘が起動させて地球を救った。歴史はこの出来事をどう記録するのだろうか・・・」
ウィットモアの後ろでモニターを見つめていたモードレッドはポツリと呟いた。




