《 守るべきもの 》
『ヴィヴィアンの加護』の陰りを感じながらも、エステルは行動を開始します
薬草園で待つアレックスの前に、消えた時と同様に突如としてエステルが姿を現した。
エステルは魔獣の出現箇所を記した地図をアレックスに渡し、民の安全確保を命じた。どこで情報を手に入れたのかと無粋な事を気にするアレックスではない。エステルに一礼すると直ぐに各砦に伝書鳩を飛ばすべく駆け出して行った。
対魔獣の訓練は砦によっては現実味がないと難色を示す司令官もいたが、近衛騎士団に保管されている魔獣の骨格を見せると、率先して訓練を行ってくれた。その成果が今、王国全土で民を守るべく発揮されている。
エステルはジークフリートとアイリスが眠るベッドに寄り添っていた。二人は未だ意識が戻らない。アンソニーは少し前に意識を回復し、隣室でガラハッドの診察を受けている。
「マーリン、この星全体を浄化する事って出来るかしら・・・」
姿を現しエステルの膝に乗るマーリンの背を撫でながら、ポツリとエステルが呟いた。
「僕が作った魔方陣で、ヴィヴィアンの加護を最大限に利用出来たら・・・ 可能性はゼロではない。まぁ、例えゼロに近いと言ってもエステルはやる気なんだろ?」
マーリンは丸い瞳をエステルに向けて、クルリと動かした。
「そうよ、さすがは私の師匠ね」
エステルはマーリンを目線まで持ち上げ笑みを返した。
(そう、君は何時も自分の事よりも国や民を優先する。僕とアーサーがそう育ててしまったのだけれど、少し後悔しているよ。僕らは何よりも君自身が幸せであって欲しいと願うのに。それに、ヴィヴィアンも決して君に無理はさせたくない筈・・・)
マーリンは黙って愛しい弟子を見つめた。
「私に策があります。私をあの『遺跡』に行かせて下さったら、星全体を浄化出来る可能性があるのです!」
エステルは例の部屋のモニターに向かってそう強く言い放った。
『守護者』に頼み込んで、責任者だと言う男と話すことが出来たのだ。
「貴女が王都に開いた『通路』を何らかの方法で消滅させたとの報告は確かに上がっている。どのような方法を取られたのかお聞きしたいと思っていたところだが、『星全体を浄化』とはそんな事が出来るとは到底信じられん」
男は月基地司令官アンドリュー・ウィットモアと名乗った。
「私の名はエステル・ペンドラゴン。キャメロット城主にしてアルビオンを統一したアーサー・ペンドラゴンの一人娘です。貴方達が『時間操作』に利用したあの遺跡を作った魔術師マーリンの弟子でもあります。そして、私自身も『通路』を通ってこの時代に来たのです」
エステルは自身の正体を明かした。
「重要な用件と言うので会ってみれば・・・ 世迷言に付き合っている暇は無いのですぞ!」
エステルの宣言に、ウィットモアは呆れ顔で席を立とうとした。
「私はマーリンの弟子で、魔法で『通路』を塞いだのです! この世界は貴方達が作った『箱庭』でしょ! 管理すら出来ない物を作った貴方達に代わって、私が星の『浄化』を行うと言っているのです! これでも信用して頂けませんか!」
エステルは声を荒らげて、横に立っていた『守護者』に手を翳すと高々と宙に浮かせた。
「な、何をする! 司令官、これはマジックなどではありません!」
『守護者』は手足をバタつかせて上司に訴える。
「王妃、直ぐに彼を下したまえ! まさか本当に魔法が使えるのか・・・ エステル・ペンドラゴンと言われたな・・・ 確かにアーサー王の一人娘がモードレッドの謀反の際、行方不明になったと歴史書にある。名前はエステル、見事な赤髪の持ち主であったと・・・ 」
ウィットモアは資料を検索して、モニター越しにエステルの真紅の髪を見た。
「分かった、貴女の話を信じよう。過去から人々がやって来てこの世界があるのも事実だ。貴女がアーサー王の娘であっても不思議ではない。だが、たとえ貴女があの魔法使いの弟子だとしても、この危機的な現状を回避するほどの大魔法が使えるとでも言うのかね」
ウィットモアはエステルが過去から来て、王都に開いた『通路』を魔法を使って塞いだことは認めたが、星全体に何かが出来るとは思えなかった。
「あの遺跡は強力な『魔方陣』なのです。マーリンがあの『魔方陣』を作ったのは、私が転移した未来から彼の元へと帰る為でした。ですから私なら、あの『魔方陣』を使って強力な『浄化魔法』を発動させ、この星全体を清浄な状態に戻せる可能性があるのです。しかし、遺跡はアイルレアによって封鎖されており近づくことすら出来ません。どうか『守護者』の権限で私を遺跡に行かせて下さい」
エステルは必死に訴えた。
ウィットモアは考え込んだ。確かにあの遺跡に置かれていた石板には『エス〇ル』と言う一部が解読不能の文字があったとの記録がある。発見当時の研究者はその意味を解読できなかったが、その部分がなくとも『時間操作』は可能だと判断したと記されている。製作者である魔法使いが『エステルの為』に作った物を、石板の発見当時は『対象者』の部分を読み解けず、星全体の時間を操作する装置として稼働させたのだとしたら話の辻褄が合う。
「では、貴女があの遺跡に行きさえすれば、その『浄化』とやらが出来るのですか? だが、我々が『時間操作』を行うには膨大なエネルギーが必要だった。貴女はそのエネルギーをどうするつもりなのですか?」
ウィットモアは南極で使用不能になってしまった二基の原子炉を思い起こした。
「そのご心配は無用です。私自身が魔方陣を稼働させる『核』なのです。ウィットモア殿、例え私が失敗しても『守護者』の不利益にはならない筈。どうか、アイルレアに通行許可を出させて下さい。このままでは世界は瘴気に侵され、民が魔獣の脅威に晒されます」
エステルは最悪許可が出ずとも強行突破する気であったが、妨害を受けず迅速に向う為に『守護者』の協力が欲しかった。
「エステル王妃、是非『浄化』とやらを試してもらいたい。直ぐにアイルレアに指示をして、貴国から最短ルートで向える様に手配する。完全浄化は出来ずとも、魔獣の出現を少しでも軽減出来れば対処の時間が稼げる。我々は全面的に貴女を援助しよう、担当士官は王妃の要望を出来る限り叶えるように」
ウィットモアの言葉に、床に座り込んでいた士官は慌てて立ち上がり敬礼を返した。
「では、すぐに出発の準備を致します。あと一つお願いが・・・ 『浄化』が成功したら、現存する歴史書に誤って記載されている父王アーサー・ペンドラゴンの名前と、魔術師マーリンが実在したことを正しく記載して欲しいのです。ただし、アーサー王に娘が居たことは書かないで下さい。それだけが私への対価です。了解して頂けますか?」
エステルは最後に、父アーサーとマーリンの偉業を正しく伝えたうえで、自分の存在は記載しないで欲しいと頼んだ。
「何故、貴女の存在を記載しないのですか?」
思いがけないエステルの要求にウィットモアは驚きの声を上げた。
「私は父亡き後、国を守ることが出来ませんでした。最も必要とされる時に行方不明になった者の名を残す必要はありません」
エステルは静かに答えた。
「そうですか・・・ 分かりました、お約束しましょう」
浄化の代償がそんな事かと、ウィットモアはエステルの条件を快諾した。
いよいよクライマックスに近づきます




