《 ヴィヴィアンの加護 》
アレックスは薬草園の中心に立つ木の前で立ち尽くしていた。
執務室を飛び出しこの木まで全速で走ってきたエステルは、此処で待てと一言だけ告げて突如搔き消すように姿が見えなくなった。
エステルと行動を共にするようになり、不思議な現象にも度々直面してきたが、これほど唐突なのは初めてである。しかし、出来る事があると彼女が言った以上、きっと有益な情報を持って帰って来るはずである。
「エステル様、無事に帰って来て下さいよ」
アレックスは祈るように呟いた。
ミレニアに薬草園の扉を開けてもらい『森の聖域』を通って草原に姿を現したエステルをアエネーイスとドライアドが待っていた。ちょうど東の空に大月が昇り始め、アエネーイスの姿が光の中から現れた。大月はこれまでに見たどの月よりも濃く暗い蒼色をしている。
【エステルよ、そなたを呼ぼうとアエネーイス様と話していたのですよ】
ドライアドが思いつめた顔でエステルに歩み寄った。
【ドライアド様、やはり状況はかなり深刻なのですね】
エステルがドライアドとアエネーイスの顔を交互に見ると、二人は暗い顔で頷いた。
【多くの場所で非常に濃い瘴気が立ち込め、精霊や妖精が多数避難せざるを得ない状況じゃ。魔獣も多く現れ、人里にも近づきつつある。我らでは危険を知らせてやることが出来ぬ故、エステルの力を借りようと思っていたのじゃ】
【有難うございます、アエネーイス様。直ぐに付近の砦から兵を送ります。ただ、申し訳ないのですが私自身が浄化に出向く事が出来ません。皆様には当面避難をお願いするしか・・・】
【分かっておる、王と王女が瘴気に侵されたことはシルフィーから聞いておる。まずは民の保護と家族の看護がそなたの務めじゃ。我らは瘴気を避けておれば大丈夫じゃ、さぁ早く戻るが良い】
申し訳なさそうに頭を垂れるエステルに、アエネーイスは優しく声を掛けた。
【ミレニアに民に危険が及びそうな場所を纏めさせている、聖域で受け取って早く対処を】
ドライアドが微笑んで『聖域』の扉を開き、エステルの背を優しく押した。
【アエネーイス様、ドライアド様、有難うございます】
エステルは深く礼をして扉を潜った。
エステルが姿を消すと、ドライアドが深い溜息をついた。
【エステルはかなり無理をしているようですわ。大丈夫でしょうか・・・】
【あぁ、加護に陰りを感じる。本人も気付いておるとは思うが、無茶をしなければ良いが・・・】
アエネーイスは艶が陰ったエステルの赤髪を思い浮かべた。
ミレニアから危険と思われる3ヵ所の情報を聞き地図に書き込むと、エステルは王城へと続く通路を急いでいた。仄暗い通路の明かりでも己の髪が艶を無くしているのが分かる。ヴィヴィアンの加護が浄化に大きく作用していることは以前から感じていた。これまでは浄化から数時間が経てば艶は回復していた。
だが先日、3ヵ月掛けて国内の浄化を行い帰城した際、フードを外したエステルの髪を見て女官長が絶句したように、短時間での回復が難しくなってきている。今回、王城の庭と王都内2ヵ所を浄化しただけで、これまで以上に艶は陰っている。
「ヴィヴィアン様、どうかもう少しだけお力をお貸し下さい」
エステルは祈りながら足を速めた。




