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《 崩壊する世界 》

一気に『通路』が世界中に開き『守護者』は成す術もない状態

エステルはどう動くのか


月基地は大混乱に陥っていた。

世界各地から魔獣出現の報告が続々と寄せられる。これまでは森林地帯や山岳部の奥地に単発的に『通路』が開く程度で、被害が大きな国には『守護者』として情報操作を指導し、大きな問題になることは稀だった。

だが、今回の『時間操作』の失敗以降、都市部でも多数の『通路』が開き隠蔽はもはや不可能となった。元々、強力な武力を持つ事を『標』で禁じていた為、魔獣に対処出来る国は極僅かで、多くの民が犠牲になり恐怖が広がっている。『守護者』として武力に関わらない技術提供は行ってきたが、緊急事態とは言え武力介入するべきか否かと、大論争が巻き起こっているのだ。



「コンウェル王国から『通路内の瘴気』に対する治療法及び、治療薬の提供要請がありました。国王が『通路』に引き込まれ瘴気に侵されたそうです」

紛糾する会議を中座し医務室に戻った医療責任者ワトソン医師の元に、西ヨーロッパ地区の小国コンウェル担当の士官から連絡が入った。


「治療法と言われても、その『通路』とやらの実態も我らは把握してはおらず、彼らが『瘴気』と呼ぶ物質の正体すら不明なのだ。放射性物質の可能性もあるが、確定出来ない状態では手の打ちようがない。気休めにヨウ化カリウムの投与ぐらいだが、月基地からの輸送も現状困難だ。残念だが、提供出来る情報は無いと伝えてくれ」

会議で疲れ果てた体を椅子に投げ出しながら、ワトソンは素っ気なく答えた。


「しかし・・・ 了解致しました」

担当士官は一瞬反論しようとしたが、ワトソンの態度を見て無駄と悟りモニターのスイッチを切った。


「どうせ何を言っても無駄だろう、世界中が大混乱なのだ。小国の王を救うために彼らが尽力する事など無いだろう。ならば・・・」

通信を切ったコンウェル王国担当士官は、この星を放棄する事態が起こった際、緊急脱出時に放射能汚染の予防薬として服用するようにと常備されているカプセルを取り出した。

「『焼け石に水』だろうが、せめてもの自分の誠意だ。どう使うかは聡明な王妃に任せよう」

彼はカプセルを手に玉座の間に続く廊下を進んだ。



王都に開いた『通路』の浄化を終え帰城したエステルの元に『守護者』から手紙と小箱が届けられた。手紙には専門医に相談したが有効な治療法はなく、限定的な汚染に効果が期待できる薬剤は存在するが、早急に輸送する手段がないとの事。唯一提供出来るのは『汚染の可能性がある場所に赴く際の予防薬』として手元にある薬のみと記され、数粒の見慣れぬ形の薬が添えられていた。


「『予防目的』の薬ではね・・・ 彼の誠意として受け取りましょう。恐らく世界中が同じような状態で、一国に構う余裕などないのね・・・」

エステルは手紙と小箱を机にしまった。


「エステル様、二つの砦から魔獣発見の報が届きました。どちらも『弩』を配備していた砦なので対処は可能と思われます。民の被害は今のところ報告はございません。今の手紙は陛下の件ですか?」

国内の状況を纏めていたアレックスが入ってきた。


「ええ、でも残念ながら役に立つ情報はないわ。それにしても、あの『弩』が役に立つのは皮肉だけれど、この際有難いわ。『通路』には近づかず、出来るだけ遠距離から仕留めるようにと、もう一度通達を出しておいて。あとは、砦から離れた場所の民に被害が無いと良いのだけれど、確認手段がないから闇雲に兵を遣わすことも出来ないし・・・」

その時、エステルの頭に一つの策が浮かんだ。自分にしか使えないが「確認手段」が一つあったのだ。それは妖精達だ。少し時間は係るだろうが、アエネーイスとドライアドなら各地の妖精や精霊から情報を得られる。『通路』の場所さえ分かれば、討伐部隊を派遣して付近の住民を避難させることも出来る。


「出来る事があったわ! アレックス、付いてきて!」

エステルはそう叫ぶと、地図を掴んで執務室を飛び出し薬草園へと走った。



☆ ☆ ☆


バルスは半年の航海を終え自身の商会に戻った途端、顔馴染みの傭兵団の(かしら)が血相変えて飛び込んできた。

「バルスの旦那、東の森にデッカイ獣が現れてルト村が全滅した! 何とか谷間で応戦して隣町への侵入を防いでいるが、俺達だけじゃ手に負えない!」


バルスはすぐに商会の護衛を集め谷へと向かった。傭兵団は崖から岩を落として道を塞ぎ、両側から矢を射かけているが、剛毛に弾かれ傷を負わせることすら出来ずにいた。


「あれが魔獣か・・・ 『聞く』と『見る』では大違いだが、心構えがあっただけでもマシだな」

禍々しい獣を前に、バルスは愛用の大刀を握りしめた。エステルからの依頼で各地の情報を集め、魔獣の特徴や対処方法を聞いてはいたが、いざ目の当たりにすると恐怖で背筋に冷たいものが走った。


「普通の弓矢では太刀打ち出来ない。あの『弩』を作った東国の気持ちがよく分かるな。とは言え、無い物は・・・ そうだ、銛ならば!」

バルスは港に停泊していた捕鯨船を思い出した。銛を崖の上に設置出来たら一撃であの獣を倒せるはずだ。バルスは急ぎ港に引き返し、捕鯨船の船長に掛け合った。始めは渋っていたが、襲われそうな町の名を聞いてすぐに協力してくれた。その町は船長の生まれ故郷だったのだ。


「お前達は港に戻り、銛を積んでいる船に協力を求めて、獣が現れたらすぐに移動出来るように手配しろ。国軍にも知らせて、軍船の装備を陸戦用に改造してもらうんだ」

銛で魔獣を仕留めたバルスは、部下に更なる対処を命じた。


「エステル様、貴女が私を信頼して下さったお陰で、何とか持ち堪えられそうですよ」

バルスは遠い西の空を見上げて、美しい赤髪を思い浮かべていた。



☆ ☆ ☆


自力で対処出来る国は極僅かで、各地の惨状を見かねた月基地はついに小型戦闘艇を発進させた。上空から視認できる範囲の魔獣掃討戦が始まったが、突如現れた禍々しい獣に為す術もなく逃げ惑っていた民は、さらに空から轟音を立てて現れた得体が知れぬ物体に恐れ慄いた。




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