《 加速する脅威 》
ここが守るべき『故郷』だと知ったエステル
魔獣の出現を防ぐため、国内各地の『浄化』に向かいます
戴冠式の半年後、思い掛けない知らせがバルスから届いた。
バルスはエステルに報告した後も情報網を使ってフィリップの商会を監視していたのだが、最後の荷を送り出した数ヵ月後に商会に賊が押し入り、フィリップ夫妻の惨殺体が発見されたと言う。
「バルスが調べたところ、夫妻は近いうちにコンウェルに帰ると友人に話していたらしいの。ハロルド男爵が王位をちらつかせて『弩』を手配させたのでしょう。でも、最初からフィリップ様も復讐の対象でしかなかったようね」
エステルはバルスの手紙をアレックスに渡した。
アレックスはコンウェル王国内のハロルド男爵一味の捕縛を完了し、フィリップの元へと向かう手筈を整えている最中だった。
「バルス殿のお陰で無駄足を踏まずに済みました、感謝しきれません」
「本当に頼りになる人よね。彼、ご自身の事はあまり話さないけれど、かなりご苦労されたみたい。これからもお互いに協力できるよう、アレックスも配慮をお願いね。それにしてもこの手紙、私が出かける前に届いて良かったわ」
実はエステルは長期で城を開ける予定だ。
1週間ほど前、ミレニアを通じて、アエネーイスから話したい事があると申し入れがあったのだ。エステルは『標』を聞く際、ドレスにシルフィーが潜んでいることに気付いており、当然、アエネーイスの耳にもこの世界の真実が告げられたと知っていた。
エステルはその上で、魔獣の『通路』を塞ぐ協力をアエネーイスに頼むつもりで、準備を進めていたのだ。面会だけなら『森の聖域』を通って直ぐに会いに行くことも出来るが、そのまま各地に『浄化』に向かうとなれば、王妃という立場上エステル一人でと言う訳には行かない。
ジークフリートを説得して、アンソニー始めロバートやクリスなど、魔獣と対峙したことがある信頼できる騎士数名を伴って、エステルはラスゴーへと向かった。
午後遅くにラスゴーに着くと、アンソニー達を街に残し、エステルはマーリンと共に久しぶりに北の山に分け入った。アベルは娘達の護衛として城に残している。
【アエネーイス様、ご無沙汰致しております】
東の地平線から月が昇る頃、草原に着いたエステルは大岩の上の光に向かって頭を垂れる。今夜は大月ではない為アエネーイスの姿は見えない。
【エステルよ、そなた大丈夫かぇ? ティターニアもとても驚いておった。まさか数千年前と『窓』が繋がっておったとはな・・・】
【はい、驚きましたが状況は理解致しました。この世界が再生されるのに、師匠マーリンが私の為に作った魔方陣が役立ったと聞いて、不思議な縁を感じました。私は来るべくしてここに来たのかもしれません】
【確かに縁を感じるのぅ・・・ さて、今回は兵を連れてきた様じゃが?】
【はい、瘴気が濃い場所が増えているとドライアド様から伺っておりますので、この足で浄化に行こうと思っております。以前のように身軽に動けないのが難点ですが、信頼おける者達ですので、アエネーイス様とドライアド様にご迷惑をお掛けすることは無いと存じます】
【それは特に案じてはおらぬ、エステルに任せておけば安心じゃ。だが、ドライアドによれば瘴気の濃さが以前とは比べ物にならぬ所が多いらしい。十分気を付けるのじゃ】
街に戻ったエステルはアンソニーを伴って久しぶりにスーの食堂に顔を出した。アンソニーは先に行って貸し切りにしてくると言ったのだが、エステルは構わず店のドアを開けた。
「いらっしゃ・・・ まさか、エステルさん!? いえ、王妃様!!」
ちょうどドアのそばのテーブルを片付けていたスーが驚いて手にした盆を床に落とした。
女将の声と金属の盆が転がる甲高い音で、店中の者がドアに目を向け仰天した。
「皆さん、お久しぶりです。驚かせてごめんなさい、近くに用事があって立ち寄ったの。女将さん、よかったらシチューをお願いできるかしら」
エステルはにこやかな笑顔で皆を見渡した。アンソニーが皆から少し離れたテーブルの椅子を引いた。
「王城でご馳走食べてる王妃様にお出しするような料理じゃないけど」
スーが二人分のシチューを盆にのせて運んできた。
「アンソニーも座って。貴方も女将さんのシチュー、好きだったでしょ」
微笑むエステルに会釈してアンソニーも席に着いた。
「エステルさんは、王妃様になってもちっとも変わらないな・・・」
常連の肉屋の親父の呟きに、周りから笑いが漏れた。店は一気に和やかな雰囲気になった。
エステルは自身が去った後の街の様子や治療院の評判など、1時間ほど皆から話を聞いた。
スーの店を後にし、通い慣れた道を治療院へと向かいながらエステルは思った。たどり着いたこの地で、偶々拠点を置いたこの街。薬草を採りに入った森で妖精と出会い、妖精女王の助力を得てマーリンと連絡が取れた。もし、この街を選ばなかったら自身の運命は大きく異なっていただろう。ここが『守るべき故郷』の未来であるとも知らず、父と師匠の無事を祈りながら、無力な自分を責めながら暮らしていただろう。小さく溜息をついて、エステルは立ち止まり北の山を眺めた。
「エステル様、どうかなさいましたか?」
急に立ち止まったエステルを不審に思い、アンソニーが声をかけた。エステルは黙って首を振り、兵達が待つ治療院へと足を進めた。
エステルはミレニアの道案内で瘴気が濃い場所へと向かう。
獣道しかない深い森の中を、先頭を行くエステルがどうやって道を選んでいるのか、騎士達は懸念を抱きつつも黙ってエステルに従った。そして急に立ち止まり、アンソニー以外の者に待機を命じては更に森の奥へと入っていくエステルを、言い知れぬ不安を胸に見送る日々が続いた。
エステルが待機を命じる場所はやや息苦しさを感じることが多かった。騎士達はこれまでの経験から感じ取っていた、魔獣が現れるのはこのような気配の場所だったと。そして、数分後にエステルが戻ってくると辺りの空気は清浄になっている。
王妃であるエステルが人里離れた場所を訪れ、秘密裏に何かを行っている。エステルが何をしているのかは分からない。しかし騎士達は確信していた。エステルのお陰で民が魔獣に怯えることなく暮らしていられるのだと。そして、どんなことをしてもエステルを守り通すのだと心に誓っていた。
15か所の浄化を終え、エステルが王城に戻ったのは3か月後だった。当初、2か月弱の予定だったのが、浄化した場所で再び瘴気が濃くなったとドライアドから急報が入り、引き返すという事態が頻発した為だ。その際、2度魔獣と出くわし戦闘にもなった。
「こんな異常事態なのに『守護者』からは何の警告も無いの!?」
帰城するなり、エステルは声を荒らげた。これほど状況が悪化しているにもかかわらず、警告すら無いのは無責任甚だしい。
「我国はエステル様のお陰で民への被害は報告されておりませんが、他国はかなりの被害が出ている様です。アイルレア、イングラムの情報提供者からも連絡が入っています。国が隠蔽しているにも拘らず、これほどの情報が入るからには相当な被害だと思われます。バルス殿からも東国での被害が増加していると手紙が届きました」
アレックスは世界各地で状況の悪化が見られると顔を曇らせた。
「分かりました、我国の現状は私がまとめます。隣国と東国の情報をアレックスが書面にして頂戴。資料がそろい次第『守護者』に連絡を取ります。ジーク、それで良い?」
「そうだね、早く手を打つべきだ」
隣国での被害の深刻さを聞くにつけ、現場のエステルの身を案じ続けていたジークフリートは、妻が無事に帰ったことを喜びつつも、今後の展開を考えると更に無茶をするのではないかと案じていた。
エステルは苛立っていた。浄化に向かう前に『魔獣の通路』と思しき場所の確認に赴くと『守護者』には報告を上げていた。それにも拘らず、三月経ってもそれに対する返事さえ来ていない。現状を強い言葉で綴り、エステルは質問状を『守護者』へと届けさせた。
面談の意向が齎されたのは1週間後だった。
「思ったよりは早かったわね」
ジークフリートから手渡された書面を、エステルは皮肉たっぷりにヒラヒラと手で弄んだ。
「僕も一緒に行こう」
ジークフリートは案じていた。エステルが本気で怒っているのをひしひしと感じていたからだ。『守護者』の返答次第では無茶をしそうで、一人では行かせたくなかったのだ。
「ジーク、大丈夫よ。確かに怒ってはいるけれど、ケンカを売ったりはしないわ。『守護者』がどんな力を持っているかは知らないけれど、『標』を犯した国を懲らしめる力はある筈だもの。コンウェルを危うくするような真似は慎むわ」
エステルは無茶はしないとジークフリートに約し、当日までに少し頭を冷やさなければと思った。
戴冠式の日にも案内された部屋に、今日は二つの箱(『守護者』はモニターと呼んでいた)が置かれていた。
右側のモニターに男の顔が映し出された。前回とは違う男だ。エステルは少しは権限を持つ者なら良いがと思った。『魔獣』について纏めた新たな資料を差し出すと、側に控えていた『守護者』が受け取り、金属の板の上に書類を翳す。すると、左側のモニターに内容が映し出された。
「王妃様、私はランドルフと申します。大変詳しい資料を作成頂き有難うございます。我々の調査は主に上空からの為、洞窟や木立が密集した場所は見落としがあるようです。対策の貴重な資料として活用させて頂きます」
前任者と違い丁寧な物言いだが、相変わらず具体的な話は出て来ない。
「どのような対策を取られるのかお聞きしたいのですが?」
エステルは直球で聞き返した。
「その前に一つお教え頂きたいのですが、この『瘴気』と言うのはどのような物なのでしょうか?」
ランドルフは資料を読みながら尋ねた。
「貴方方は『瘴気』と言う表現をされないのですね。『息苦しいほどに淀んだ禍々しい空気』と言えば伝わりますか?」
エステルの返答にランドルフは頷いた。
「よく分かりました。それを踏まえて『魔獣』と言われる生物が現れると思われる原因からお話ししましょう。隣のモニターをご覧下さい」
ランドルフが話し出したのは前回も聞いた『終末兵器』による星の汚染についてだった。思いがけず人々が現れた2回目の『時間操作』でも、全ての汚染は除去しきれず、地表から遥か高い位置にある『オゾン層』という場所に蓄積され続けた。因果関係は未だ明らかになっていないが、特に濃度が高くなった個所で次元の歪みが発生し、凶暴な獣が地表に現れるという現象が確認されると言う。モニターには上空を幾層にも分けた図が示され、ブラックドッグの他、オルトロスなどの画像も映し出された。『守護者』はオゾン層の汚染を除去する為、この100年間に何度も『時間操作』を試みたが未だ完全除染に至らず、引き続き対策を講じていると言う。
「では、その汚染を取り除く方法は『時間操作』だけだと・・・ 汚染そのものを浄化する方法はないのですか?」
エステルは自身が行っている『浄化魔法』に似た方法は無いのかと問うてみた。
「『浄化』? そんな方法があれば苦労しませんよ。終末兵器によって生じた放射性物質は数万年経たねば自然消滅しない非常に厄介な物なのですよ(知らぬとはいえ、簡単に言ってくれる・・・)」
ランドルフは半ば呆れたように溜息をついた。
【『科学』とやらは空を飛ぶ乗り物は作れても、『浄化』すら出来んのだな・・・】
マーリンの呆れ声がエステルの頭に響いた。
エステルも内心溜息をつきたい思いだったが、気を取り直して予てから気になっている別件を尋ねることにした。
「魔獣の発生状況については理解しました。『通路』が更に増加傾向にあります。早急に手立てを講じて頂くようお願いいたします。別件なのですが、あと2点お尋ねしたい事があります。よろしいでしょうか?」
ランドルフが頷くのを見て、エステルは話し始めた。
「まず、我国に存在する歴史書の記述についてです。『標』をお聞きした日に教えて頂いた『アーサー・ペンドラゴン王』の名前が、アルザー・ドラゴニアと改竄されているのはどういう理由なのでしょうか? また、アーサー王の右腕であった魔術師マーリンの記述が全て削除されている点もお聞きしたい」
エステルの問いにランドルフは虚を突かれた。魔獣の退治方法や武器の供与など、具体的なことを聞かれると思っていたのだ。
「アーサー王ですか? 少しお待ちを・・・」
ランドルフは手元で何かを操作しているようだった。
「歴史書の編纂については、過去の文献を元に三名の考古学者が担当し、貴国についてはクリストファー・モードレッド博士が担当したようですね」
【【モードレッド!!】】
エステルとマーリンの声が頭の中で重なった。
「王の名前の変更については記録が残っていませんね・・・ 単なる誤記載だったのではないでしょうか。魔術師については『汚染除去に用いた石板を秘匿する為にも、敢えてその存在を削除した』との記録があります。魔法と言う概念が既に失われていた為、削除しても問題無いと判断されたようです。あの、もっと詳しい情報が必要ですか?」
説明を終えてもエステルが何の反応も示さないのをランドルフは訝った。
「いえ、有難うございます。では後もう1点・・・」
エステルは漸く声を整えて尋ねた。
それは、彼らの医療水準についてだ。月よりも遠い世界に人を運ぶほどであれば、ほとんどの病気や怪我を克服している筈だと考えたからだ。
ランドルフの答えは『是』。だが、その技術をこちらに普及させる段階ではないと言う。医療技術は生物兵器への転用が可能で、今回の『弩』の様な武器以上に規制が難しいのが理由だとのこと。驚くことに彼らの平均寿命は180歳を超えると言う。現在のコンウェル王国の平均寿命が60歳に届かない現実に、エステルは医療水準の差を思い知らされた。
「医療技術を直ぐには伝授頂けないことは理解しました。ではせめて『魔獣』の脅威は速やかに排除頂くよう、重ねてお願い致します」
エステルはランドルフに軽く会釈すると部屋を後にした。
【マーリン、歴史書を作ったモードレッド博士って彼の子孫なのかしら・・・ だから父上の名前だけではなく謀反人の名も変えたのかも】
玉座の間に戻りドアに凭れ掛かったエステルが呟いた。
【例えそうであっても年数が経ち過ぎているんじゃないか? 単に自分と同じ名前の者を謀反人にしたくなかっただけじゃないかな。僕の存在を消した理由は理に適っているし】
【だったら、謀反人の名前だけ変えれば済むことよ。本当に父上の名前は誤記載なのかしら・・・】
説明を終えたランドルフ少佐は面談内容をコンピューターに入力した。数時間後、ライブラリーに格納されたその報告書を開く者があった。科学顧問のイアン・モードレッド博士だ。彼は単に魔獣に詳しいと言う王妃の事を知りたいと思っただけだったが、後半の質問に目を見張った。
件の歴史書を編纂したクリストファー・モードレッド博士はイアンの大叔父である。イアンが物心付いた頃、クリストファーは一族の重大な秘密をイアンに教えた。地球復興のために行った『時間操作』は、数千年前に魔術師マーリンが作った遺跡のお陰だったこと。そして、マーリンの主人であったアーサー・ペンドラゴン王を謀反により死に至らしめた円卓の騎士モードレッド卿は、自分達の祖先であり一族の大いなる汚点なのだと。新たに歴史書の編纂を依頼された際、せめて『この世界』ではその事実を葬り去る為に、敢えて王と謀反人の名前を偽って記載したのだと、クリストファーは幼いイアンに告げたのだった。
「何故、王の名を気にする・・・」
イアンは言い知れぬ不安を覚えた。




