《 故郷 》
玉座の間に戻り通路のドアが閉まると、ジークフリートは大きく息を吐き床に座り込んだ。
「ジーク、大丈夫?」
屈みこんで心配そうに顔を覗き込むエステルにジークフリートは力なく首を振った。
「驚きすぎて頭が回らない・・・ だけど、一つだけ確信したよ、ここが君の故郷の遥か未来なのだとね。きっと兄上も・・・ だから息を引き取る間際、何があっても君を同行させろと仰ったんだ」
ジークフリートはウィリアムが息絶えても握りしめていた自身の左手を見つめた。
「ジーク・・・」
エステルは何と言って良いか分からなかった。
「兄上は即位の日にそうと気づいたが、君にどう話せば良いのか迷われたのだろう。兄上は君から聞いていたそうだね『同じ世界だったら戻る方法がある』って・・・ きっと兄上は、僕の為に君に話さなかったのだと思う。だが今回僕がそれを知った時、君にどう切り出すのか、それを案じて『一緒に行け』と遺言されたのだと思う。エステル、直ぐに知らせなかった兄上をどうか許して欲しい」
ジークフリートはエステルに頭を下げた。
エステルはウィリアムがどんな思いでジークフリートに遺言を告げたのかと心が痛んだ。
「ジーク・・・ ウィリアム様からそうと聞かされて、私が過去に戻ったと思う? 私は貴方の妻で、ローズとアイリスの母親なのよ。皆を置いてここを去ると? 確かに私はアルビオンの民に対して責任を負う立場よ。だから貴方の妻になると決めた時、マーリンに尋ねたの。もしも今後、父上が亡くなる前のアルビオンに戻る方法が見つかったら、謀反を阻止した後でここに再度戻ることは可能かと。マーリンの答えは『否』だった。戻る方法が見つかっても、私がここに飛んだ時点にしか戻れないと。同じ時間軸に二人の私は存在出来ないらしいの。それでは父上を救う事は出来ず、私は新王としてアルビオンを離れられないと・・・ それを聞いて、アルビオンの民には申し訳ないけれど、私はコンウェルの民と生きる決心をしたのよ」
「エステル・・・」
ジークフリートはエステルを抱き寄せた。
「ごめんね、ジーク。ちゃんと話しておくべきだったわ。『同じ世界なら帰る方法がある』とウィリアム様にお話しした時は『在り得ない事』として気軽に口にしたのに・・・ ウィリアム様と貴方を苦しめてしまったのね、本当にごめんなさい」
エステルはジークフリートの背を優しく撫でた。
暫く抱き合ってから、ジークフリートが腕を解いた。
「エステル、これからどうする? 魔獣の事『守護者』は対策を講じているようには思えなかったのだが・・・」
エステルの答えに納得したのか、王としての顔に戻ったジークフリートが尋ねた。
「ジークもそう思った? 彼はさほど責任ある地位ではないと感じたわ。新王に『標』の説明をするだけの役目で、私達から具体的な質問を受けるとは思わず、明確な答えを用意出来なかったのだと思う。最後に言われた様に、事前に質問状を渡して、責任者の返答をもらいましょう。魔物の『通路』については、実際に遭遇した私の方が詳しいかもしれないし(最近、ドライアド様から瘴気が濃い場所が増えつつあると情報も入っていることだし)国内の情報を纏めてから質問状を作りましょう」
二人が玉座の間を出ると、アレックスとアンソニーが廊下で待っていた。
「陛下、王妃様、大丈夫ですか?」
先王ウィリアムが玉座の間から出て来た時の憔悴ぶりを知っていたアレックスは不安げに声を掛けた。
「あぁ、大丈夫だ。だが、かなり疲れたから話は明日にしてくれ」
ジークフリートはアレックスの肩をポンと叩き、エステルの手を引いて居室へ向かった。
「なぁ、アレックス。陛下はかなり顔色が悪かったが、エステル様は何か吹っ切れたような顔をされていたと思わないか?」
遠ざかる二人を見送りながら、アンソニーがアレックスに囁いた。
【確かに。エステルはここが『守るべき故郷』だと覚悟を新たにしたんだ。あの表情に気付くとは、流石はエステルの側近だけのことはあるな、アンソニー】
エステルをジークフリートと二人きりにしてやろうと、アンソニーの肩にこっそり乗っていたマーリンが可笑しそうに呟いた。
ジークフリート達が廊下の角を曲がりマーリンから姿が見えなくなると、エステルのドレスのフリルからシルフィーがこっそりと飛び立った。
【ミレニア様、聞いておられましたか?】
【えぇ、聞いていたわ。直ぐにドライアド様にお会いして、アエネーイス様にご報告しなければ】




